第一話「道士と殺人鬼」6
玉兎は答えも聞かず、いつの間にやら取りだした例の板を翳す。
板からは再び蛍火が漏れ、辺りを照らした。
すると、血痕が浮かび上がり、更にはその血痕から空中に文字が浮かび上がる。
粘土版に彫られた古代文字のように、形自体はシンプルだ。
その多くは、直線の組み合わせによる、麦の穂のような形だった。
「な、なにこれ……」
「オガム文字……ノルマン人以前よりこの島に住まう者たちが使っていた文字だ」
「い、いやそんな事よりこの魔法みたいなものは……」
「魔法ではない。道術だ……いや、同じようなものか」
「あんたが……? まだ魔女の方が近そうだけど……」
ヴェロニカはまだひっかかりはあるものの、この事態を受け入れ始めている様子だった。
科学の光が闇を照らし始めた19世紀末とはいえ、教育を受けられる者は一握り。
民間には迷信がはびこる時代だ。
実際に魔術を目にすれば、ヴェロニカでなくとも多くの者が信じるだろう。
「で、このヘンな文字が浮かんだからって何なの?」
「これは呪いだ。浄化や炎に関する文字がゴロゴロ出てきている」
「呪い?」
「そうだ。そもそもこの倫敦は呪われるだけの歴史がある」