1.6再出発?いいえ、ただ野宿しただけです。
こんにちは、神座木眞緒です。
ようやくたどり着いた場所は廃墟でした。
いまだに自分の立ち位置がよくわかりません。
これがゲームならチュートリアルが欲しいところです。
まぁ、世知辛い現実にはチュートリアルなんてないのですけどね。
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足を踏み入れた場所は、教会の廃墟であるらしい。
視界の片隅にAR表示されるされる画面から得た情報だ。
廃墟の奥、一段高くなった場所に巨木に埋もれるようにしてシンボルが立っている。
何と無く神妙な心持ちになった俺は、とても適当にお祈りっぽいものをしてみた。
(ここはどこで、自分はどうなってしまったのでしょうか?)
暫し瞑目してみた所で答えなどあるはずもない。
ため息が出るばかりだ。
現状が分からない事がこれ程心細いものだとは思っていなかった。
いつまでもうじうじ悩んでいても仕方ない。
とりあえず、周辺の状況を確認してみることにした。
今いる場所──仮に礼拝堂と呼ぶ──は2つある丘の内の小さい方だ。
そのすぐ隣にはもう1つ、頂上に半ば崩れた石造りの大きな建物──AR表示では天守跡となっている──が残っている。
少しでも高い位置から周辺を確認するため、そちらの方へ移動してみることにした。
「見事に何もないな……」
見回せば広大な森、背後──自分の来た方向だ──を見れば雲の掛かった峰々が見て取れる。
今いる丘を中心に外壁の名残がぐるりと周囲を取り囲んでいた。
はじめは集落の後かと思っていたのだが、想像より建屋の後が少ない。
丘の麓は開けた広場になっていて、広場を囲むように大きな建屋の跡が5つ程ある他はこれといった痕跡もない。
周囲は元々は5メートルはあったであろう外壁に囲われているが崩落しているところも多い。
外壁の角にはそれぞれに塔が立っていたようだ、こちらも半ば崩落した状態だ。
周辺の確認のために思考の隅でメインメニューのマップ機能を使ってみる。
マップを見てから気付いたけれど、この廃墟の名前は『防人の砦跡』というらしい。
最初に目覚めた地点からここまで移動するのに大分時間が経っている。
日も傾いてきたことだし、今日はここで野営する事にした。
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この『防人の砦跡』でも比較的頑丈な壁が残っている天守跡の一角で休むことにする。
天井はないが風は凌げそうだし、後は昨日と同じようにテントを設営すれば大丈夫だろう。
並列思考で昨日からやっているアイテム確認と整理も大分進んでいる。
アイテム一覧の中でフォルダ分けが出来たので、確認済みのアイテムは複数作成したフォルダに分けて整理している。
整理できた分のフォルダから野営道具とこれから使う分の薪を取り出しておく。
崩れた外壁の石材を適当に組んで竈を作り、薪を組んで鉄棒に引っ掛けた鍋を掛ける。
魔法の水袋から鍋に水を入れ、食料フォルダから選んだ乾燥野菜数種と干し肉の切れ端を入れて蓋をする。
丁度ストレージに火付け棒というマジックアイテムがあったので、試しに使ってみることにした。
火付け棒は20㎝ほどの鉄の棒で、持ち手の端──剣で例えるなら柄頭の部分──に赤い宝石のような石がついている。
柄の端──やはり剣で例えるなら鍔の部分──にボタンのような突起があって、押すと手から何かが抜ける様な感覚があって鉄棒の先に火が灯った。
何と無くお墓参りの時に持っていくライターみたいだ。
火はそのままだと数秒で消えてしまったので、竈に組んだ薪に突っ込んでからもう一度スイッチを押す。
思いのほか簡単に火をつけることができた。
このあたりの勘所は野営スキルでなんとなくわかってしまうから、スキルというのは便利なものだと思った一幕であった。
鍋の具材が煮え始めた所でストレージから取り出した調味料で味を調えていく。
鍋が煮あがったら火から外し、同じくストレージから出したワインをカップに注いで保存用の固い黒パンと共に並べれば今日の夕食の出来上がりだ。
温かいスープに黒パンを浸して食べれば、何とはなしにほっと溜息が漏れる。
……
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………………
翌朝、夜明けと共に目が覚める。
廃墟と化してはいても周りを壁で囲われた人工的な空間で休めたのは良かった。
まぁ、寂れた廃墟で熟睡できるのもどうかとは思うけど……。
軽く伸びをして体を解しながらこれからの事を考えてみた。
昨日の夜、試していた魔法の巻物が二つある。
一つは『探査』でもう一つが『警報』だ。
『探査』は自分を中心に半径100メートル内の物事を調べる魔法で10分間有効だった。
対して『警報』は指定した範囲に侵入者があるとそれと分かるように知らせてくれる魔法で、こちらは30分持続した。
まあ、魔法の効果は大した事は無いのだが、驚いたことはもう一つ、いや二つあった。
一つは、魔法の巻物から使った魔法がステータスの魔法欄に登録されたこと。
そしてもう一つは、魔法欄から使った魔法は巻物の比ではない効果範囲や持続時間を持つという事だった。
例えば『探査』なら有効半径は1万キロメートルまで、持続時間は168時間までと、ともに自由に設定可能だ。
ただ、残念な事にこの『探査』を使っても今居る場所以外はよく分からなかった。
それというのも、ここから100キロメートル程も森を通り抜けた場所から先はフィットマクス王国ブッタンドール辺境伯領という名前である事以外、山があるとか川があるとかいう大まかな地理しか分からないからだ。
ちなみに、今いる場所の名前は『竜神の庭』という、巨大な山脈に囲まれた盆地の端である。
こちらは逆に詳細な地図が分かるのだけれど、山と川そして森と平原で町の一つすらない。
一度『探査』で確認した土地はメニューのマップに登録されるらしく、マップを開けば『竜神の庭』の詳細な情報をマップ検索することも可能だったが現状では全く役に立たない。
さて、いつまでも突っ立っていても始まらない。
幸いにしてというべきか何というべきか、100キロ先は何とか辺境伯領とかいう名前なのだから人がいるということで間違いない……はず。
昨日走った感覚から言えば、森を通過することを考えてもさほどの時間は必要としないはずなので、サクッと出発してしまうことにする。
本当なら何もわからないこんな未知の状況、怖いし混乱して立ちすくんでしまってもおかしくないと思う。
とはいえ動かない事にはどうしようもないわけだし、なんというのかそれほどの恐怖や不安を感じない。
我ながら楽観過ぎるとは思うのだが……
とりあえず、自分の置かれた状況を理解するためにも情報収集しかないわけだし、そのためにも人里を見つける必要がある。
この世界で気が付いてから──並列思考と高速思考のスキルの合わせ技で──ずっとやっているアイテム整理で適当に旅装を調える。
アイテムに剣や槍等大量の武器があったり魔法が実在したり、──アイテム欄の大量の死体を思い出したくないが──竜人族や爬人族、人族等といった多様な人類がいたり、この世界はきっといわゆるファンタジー的なそういう世界なのだろう。
なので、装備は適当にそれっぽくなるようにマントを羽織り、短剣を腰に吊るして魔法の鞄──アイテム一覧に幾つもあった──を肩から掛ける。
ファンタジー物のゲームやマンガなんかだと、こう……召喚主だか神様だかが現れて何かしらの使命を授けるみたいなノリがあると思うのだが、今のところ何もない。
というか、本当に何もないのかもしれない。
まぁ、それでもいいかと気を取り直す。
何も無いなら無いでそれでいいのだ。
召喚だか転生だか何だか知らないが、何もないのなら──職場の同僚には少々悪いとは思うが──今の俺は自由だ。
なら、せっかくの自由を満喫してもとやかく言われる筋合いはない。
せっかくの自由だ、わけのわからないこの状況も楽しんでみようじゃないか。
「人間、生きてりゃ何とかなる」
こうして、俺はまだ見ぬこの世界へと一歩を踏み出していくのだった。
エタらせていたので、とりあえず序章だけでも完結させておきます。