3、仕事内容
「それじゃあ、私の下で働いてくれないか?」
銀の髪をした男は突拍子もないことを言い出した。
芽衣は一瞬、何を言われたのか分からなかった。段々と理解してくると同時に、耳を疑った。
「私が?」
「ああ」
「あなたの下で?」
「うん」
「働く?」
「そう言ったつもりだが」
「具体的には何をすれば?」
押し問答をしていても時間の無駄だと悟った芽衣は、内容に関して質問することにした。
「普通に、私の家の掃除と雑用をしてくれればいい」
「...それ、だけ、ですか?」
「ああ」
「...」
芽衣は正直、拍子抜けしていた。最悪、先ほどの青年よりひどいことを要求されるのではないかと思っていたのだ。それなのに、この男は自分の家の掃除をするだけでいい、と。ほかに何か裏があるのではないかと勘繰るのも仕方ないだろう。
しかし、ここは周囲に人が多すぎる。尋ねたところで素直に答えてくれるとは到底思えなかった。だから、とりあえず了承することにした。
「わかりました。えっと、ここから通えばいいのでしょうか?」
男は、首を横に振った。
「いいや、住み込みで働いてもらう。勿論、衣食住は保証しよう。ただし、お礼をしてもらうのだから、給金は払わない」
芽衣は驚いた。いや、周囲の者もあり得ないという顔をしている。当然だ。そもそもこの下町に住む者は、給金は衣食住でほとんど持っていかれる。その衣食住でさえ不安定なこのご時世に、それらを家の掃除だけで保障してくれるというのだから。
これではどちらがお礼をしているのか分かったものではない。芽衣は、意を決して拒否の言葉を口にした。
「大変素敵なお誘いですが、その、私には分不相応といいますか。ここでの仕事もありますし。あの、ですので」
「分不相応、だと?其方、今、私の下で働くのが分不相応と言ったのか?」
「っ、いえ。お礼をする身で衣食住まで保障してもらうのは、遠慮したく...」
突然男が真顔になり、芽衣はたじろいだ。
「ふざけるな」
冷徹に放たれたその言葉に押し黙る。
「どこが駄目なのだ?お前が遠慮する必要などない。容姿は整い仕事も、私が見る限りしっかりとしている。それに、周囲の者が遠巻きに見る中、わざわざ礼を言いに話しかけてきた。俺はそんなお前を気に入った。だから、俺の下で働け」
男は一気にまくしたてると一息ついた。興奮しているのか、途中から一人称が私から俺になっていたが、誰も突っ込まなっかた。
ここまで言われては断る理由もない芽衣は、しぶしぶ頷いた。
「...わかりました。明日、そちらに向かわせていただきます」
そう言うと、頭を下げた。それを男は満足そうに見て、頷いた。
「では、明日の朝、使いの者を送る。今日中に準備をしておけ」
銀の髪をした男は、屈託のない笑顔を見せた。
誤字、脱字などあれば教えてください。