2、男のお願い
「うるさいなぁ、さっきからギャーギャーギャーギャーと。私は食事をしに来ているんだ。喧嘩なら、よそでやってくれるかい?」
銀色の髪をした男は、呑気な声でそう告げた。
周りの視線が一気にその男へと集中する。不躾にジロジロ見られてもなお、その男は気味の悪い笑みを顔に張りつけていた。
「おっ、まえっっ!!」
怒りで顔を真っ赤にした青年は、床に押し付けていた少年の頭を放すと、今度はその男に掴みかかろうとし、しかし寸前のところで思い留まる。
なぜか。それはその男の容姿に会った。彼は黒い外套を羽織り、長く伸ばされた銀色の髪を、一つにくくり片側にながしていた。
そう、男は銀色の髪をしていた。
この国において銀の髪を持つものは限られている。それは、この国の頂点である皇帝とその周りの皇族。そして皇族が嫁いだ良家の子孫のみ。
この男は皇族、又はそれに連なる者である。そう告げていた。いくら良いところのお坊ちゃんであろうとも、皇族に喧嘩を売ればどうなるかを考える頭はあった。
悔し気に歯噛みをしながらも、悪態をつきながら青年は店を出て行った。
周囲の者は呆然としながら、一連の流れを見ていた。そして、ふと気が付いたように食事を始めた。
何人かが男の方をちらちらと見ていたが、話しかける勇気はなかった。誰だって面倒ごとに自ら首を突っ込みたくはないだろう。
一人を除いて。
「あの、助けてくれてありがとうございます」
芽衣が少し気まずそうに話しかけた。
「ん?私は食事を楽しむのに、煩いのがうっとおしかったから文句を言っただけだ。君に礼を言われる筋合いはないと思うのだが」
「っ、それでもあなたがあそこで声をかけてくれたから、大事にならずに済みました。本当に感謝しています」
そう言うと、芽衣は頭を下げた。周りが息をのむ。
「おっ、俺も!俺もお礼言わせてくれ!ありがとな、にーちゃん!!」
二人の間に割って入ったのは、先ほど青年を殴り飛ばしていた少年だった。
男は少し悩むそぶりを見せた後、芽衣の方を向き口を開いた。
「...君は僕に、感謝しているんだね?」
「っ、はい」
芽衣の肩が震える。
「うーん、じゃあ私のお願いを聞いてくれるかい?」
「私にできることでしたら」
ここにきて、芽衣は礼を言ったことを後悔した。彼も良い家の出なのだろう。それならば、どんなお願いだろうと、自分に拒否権はない。恐々としながら男の返事を待った。
「それじゃあ、私の下で働いてくれないか?」
銀色の髪をした男は、突拍子もないことを口にした。
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