1、下町の料理店
ここ、大麗帝国は大陸随一の大国である。
そんな帝国の下町には,有名な料理店がある。飯は美味く内装は広すぎず狭すぎず、値段も安い。そして何より、給仕の娘がとても美しかった。
「芽衣~、いつもの2つ~」
「はーい!」
この料理店の看板娘、芽衣は今年で十五になる美しい少女だ。ろくに手入もできない下町で、陶磁器のように白い肌と光を当てると輝く艶々の黒髪、夜空と同じ藍色の瞳を持つ彼女は多くの男衆を虜にしてきた。
しかし、彼女はどんな甘い言葉を囁こうとも、町一番の美少年が蕩けるような笑みを見せても、靡くことはなかった。
中にはそんな彼女を御高くまとっている顔だけの女だと言う者もいたが、料理屋の常連客である厳つい親父にそのことを聞かれた者は、生きては帰れないと噂されていた。
そんな彼女は今、とてもやっかいな客に絡まれていた。
♢♢♢♢♢
「だーかーらー、君を僕の愛人にしてあげるって言ったんだよ。何が不満なわけ?」
服装はあまり目立たないものを着ているが、後ろに連れた侍従と見た目、何よりその態度から良いところのお坊ちゃんだと一目でわかる青年。偉そうにふんぞり返った彼の目はあきらかにこちらを見下しており、この世に自分に逆らえる者などいないと信じ切っていた。典型的な甘やかされて育った、お坊ちゃんである。
しかし実際、周りの客たちは手を出せないでいた。下手に出て事態が悪化する可能性を、恐れていた。今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいが、それをして迷惑を被るのは他でもない芽衣であると皆理解していた。
だから、次の瞬間その青年が殴り飛ばされるのを、誰も予想していなかった。
ゴッ
と、鈍い音が響く。青年を殴ったのは、芽衣を慕っている少年だった。少年はその顔に怒りを湛えて青年を睨みつけていた。
一瞬、周りの者は何が起こったか、理解ができなかった。が、段々と状況をのみこみ、次から次へと青ざめていった。
「っ、何すんだ、このクソガキッッ!ぶっ殺してやる!!」
そう言うと、少年の髪を鷲掴み床に叩きつけた。痛みで少年が呻った。
「痛ってぇな...このっ、ゴミ屑野郎!!」
「なんだと!?貴様、今何といった?この俺がゴミ屑だと?ただの平民の分際で...誰に口を聞いているのか分かっているのか?俺は、この国のっ」
「...若。それくらいに」
ここで初めて侍従が口を開いた。家名を言われてはまずいと思ったのだろう。青年を諫めようとしたがしかし、逆効果だった。青年は逆上する。
「この程度ですませろと?此奴は、この俺の顔を殴ったんだぞ!この、俺の、顔を!死刑だ、死刑にしろ!俺が此奴の首を刎ねてやる!!」
周囲の空気が一気に緊迫した。一触即発、そんな空気の中、呑気な声が響いた。
「うるさいなぁ、さっきからギャーギャーギャーギャーと。私は食事をしに来ているんだ。喧嘩なら、よそでやってくれるかい?」
声のする方を向くと、銀糸の髪をした男が、笑いながら、座っていた。
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