6 文官の日常が変わる
起床後、台所に寄り、ハーブウォーターをコップ1杯飲んで庭で軽く運動する。文官だからといって、身体を動かさないでいると、体調不良の元だ。
リドラー家は、子爵家として特段裕福な訳ではないが、先祖から受け継いできた屋敷を維持し、使用人を常時30人ほど、その家族手当てまで出している状態で、そこそこの生活が出来ている。
代々の当主も、根っからの文官であり、何度か領地拝領の声かけをされたようだが、文官の仕事が疎かになるのを危惧して、領地は持たない。
朝食後に、出仕する。都市課の仕事は、都市計画から、上下水道、道路、公園整備、各地の橋梁の敷設、点検、維持管理と、多岐にわたる。
これらは、人工的な構造物だ。
橋梁においては、魔導課が所有する橋もあるが、とても特殊だ。魔導師が魔力を流している間、魔力によって具現し、使用できる橋だから、主に王族の移動や、国賓の歓待時の移動に使われたりする。何にしても、庶民や下級貴族には縁遠いものだ。
この国の貴族は少ない。まぁ、基本的に、上位層というのは少ないものなのだろうが、それにしても、少ない。
国が、功績を与える時に、貴族籍を与えようとしないからだ。
功績を上げた者は、政治を動かす省庁の中での昇進と褒賞で対応してきた。
ある程度の力を持つが、その本人限りだ。
腐敗すれば処分されるし、清廉な人物なら、重用される。国外の人物の功績に関しては、褒賞で対応されてきた。
反対に、貴族であっても、能力が無ければ、政治の中枢に関わる事は出来ない。貴族籍は、名誉職であるが、過去の遺物だ。貴族であるだけで、毎年、国から手当てが出るが、それは、贅沢をしなければ、普通に過ごせる金額というものだ。
ガゼルはそんな自国が好きだ。
朝の始業の鐘から、夕刻まで、毎日が慌ただしく過ぎてゆく。
文官に関しては、昼食に関しては定められていない。
食事など、休みたい者は、休憩は随時とっていく。
平民出身の者も多々採用しているからだ。彼らの中には、昼食を取らない者も多い。
良くも悪くも成果主義だ。早く仕事が出来る者は、休暇手続きを取ってさっさと帰る。
反対に、新任など、仕事が出来ない者は、仕事に慣れるまで、休日返上の勢いだ。まあ、同僚や上司が補助についているので、そう言っても、適宜休めるようになっている。
そんな平凡な1日が、ガラリと変わった。
夕方、慌てた父が飛び込んで来たのだ。
何でも。僕が送った婚約申し込みを受理すると、バトー家から手紙が届いたと。
はい?何ですって?
僕の耳は、何かおかしくなったのか?
手紙を受け取って確認する。確かに、バトー伯爵家から、当主である父宛に、僕と、マリル嬢の婚約を認める、とある。
その、正式な婚約締結日時の希望が書いてある。来週の休日だ。
何故だ。どうしてこうなっている?
親子で固まっていると、「あ、出しておいてあげたからね。」と、魔導師のレンさんが通り掛かって、声をかけられた。
ん?
今、何て言った。
「ちょっ!レンさんっ???」
「ここまで、お膳立てしてやったんだから、後は自分で頑張れよー。」
ちょっと、待ってください。心の準備が…
僕の戸惑いもなんのその。どうせ、また断られるんだろうと思っていたお相手のマリル嬢は、可愛らしく顔を赤らめて僕の隣にいる。
わずか、3ヶ月でのスピード婚。
貴族では異例の速さ。
こんなオジサンで良かったのだろうかと思いつつ、せっせと彼女に尽くす僕であった。
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