3 仕事上のお付き合い
今日は、忙しい。何に忙しいかと言うと、お付き合いの賜物で、新規開店のお店の焼き菓子を相当額注文していて、さらに、馴染みの肉屋(調理済の物も売っている)から、バーバー鳥の揚げ物(甘ダレ)を相当数注文しているから。
菓子は、半分は、家の使用人に分けるように、家に届くようになっている。が、揚げ物は、そうはいかない。
家には、料理人を雇っているから、半分は、家がいつも補助している孤児院に届けさせた。
手元にやってきた焼き菓子は、同じ都市課の職員の机に置いてそれぞれ置くが、まだ余る。数個ずつ、袋に入れてくれているあたり、気が効く店だな。
肉は、昼時に、食べやすいように、休憩室に、皿に盛る。
が。余るな。うん。
どこかヨソにも配るか。
肉が入った油紙の袋があと3つか。
菓子は12個。
都市課を出て、ばったり、警備のヨウさんに会う。
「ヨウさん、これ、差し入れです。食べて下さい。」と、油紙袋を1つ差し出す。
「えっ?いいんですか?ありがとうございます。」ニコニコと、貰ってくれる。
よし、1つ減った。
ここは、もちろん、外せないのは、財務。財務課の受付までフラリと立ち寄り、受付の、マリア嬢に、焼き菓子を半分の6個と、肉を1袋差し入れる。
さーて、後は。
ん。そういや、昨日のお嬢さん、仕事して、ろくに食べてなかったみたいだから、魔導課に差し入れるか。
ツテはあるに越したことは無い。
「ガゼル様っ!そのような雑事は、私が致しますと、申し上げたはずです!!」
ああ。しまった。ライルに見つかった。
ライルは、乳兄弟で、そのまま従者となった。ずっと一緒に育ったせいで、僕に全然、遠慮がない。従者のハズなのに。
「いや。これも、立派な仕事だよ。」
「クーベルルート陸橋の、修復工事案やら、パトミ港の港湾工事図面はどうなったんです??」
ライルー。目が座ってて怖いな。
「今日、朝イチで出した。」
「では「あと、魔導課にちょっと寄るだけだから、まってろよ。」
「魔導課?って、ぶつかった詫びなら昨日、行ったでしょう。それに、差し入れなら、主人からだと言って持って行きますよ」
「忙しいから、若いお嬢さんなのに、目の下、クマ作って、倒れる程にお仕事してるんだよ。可愛そうだろ。今日までは、差し入れて。魔導課のレンさんともしばらく会ってないから、顔つなぎだよ。お前がレンさんと話し合うのか??」
レンさんは、超引きこもりで、愛想も良くないのに、魔導と、酒をこよなく愛す男だ。魔導の事は専門外で分からないが、その力はとても繊細で、しなやかに強い。しかも、公爵家の次男で、家柄もトップクラス。
実力は本当は規格外すぎて、比較出来ないと言われているが、本人はのらりくらりと役職を逃げている。引きこもりじゃなかったら、とっくに魔導課のトップになっていたと言われている。
僕にとって、師匠であり、長女が結婚した義兄の弟である。
「さっさと戻って来て下さいよ。」
よし。ライルが折れた。
別に魔導課じゃなくても、よかったんだけどなー。咄嗟に言っちゃったし。残りは、魔導課で。
王城内は平和だ。
ここ数年、気候も安定して穀物の収穫も、いいし、東のトルトト山で、宝石が採掘されるようになり、景気はいい。
この安定期に、出来るだけの都市の防災工事と、人口の増加を見越した治水事業に着手しなければ。
なんてぼんやり歩いている内に、魔導課に到着。
珍しく、扉が開きっぱなしだ。
魔導師は偏屈が多くて、その扉も別世界のように閉じられているのに。
しかも、偏屈達が嫌がって、事務的な事を補助する文官を入れたがらないから、受付も居ない。
「こんにちは。レンさんはいらっしゃいます?」
「・・・ん。まあ、隣の書庫かな。」
「どうも。」
書庫の扉は重い。魔道書は貴重だから、劣化を防ぐ陣が書かれた、特殊な部屋らしい。
「レンさーん。」
書庫の奥のカウチソファーでだらし無く、寝そべりながら、魔道書を読んでいるレンさん。
手前の椅子に、昨日のお嬢さん。
あ。一気に渡せる。
「レンさん、これ、差し入れ。酒のつまみになるでしょ。あと、お嬢さん、お菓子よかったら食べて。」はい、はいっと手渡す。
「おー。久しぶりだな。変わらず、元気そうだな。」
「ええ、変わりなく。」
「ちょうどよかった。そこの、マリル嬢の世話を頼む。」
「は?」「えっ??」
バトー家の娘さん、マリル嬢っていうのか。
いや、そこじゃない。
「世話??」
「うむ。昨日は、完全に回復してないまま、白魔導を使ってまた、倒れてな。嬢はさっき、起きたばかりだ。お前、髪結い得意だろう。ここは、機密も多くて、メイドも入れないしな。嬢には、不便な思いをさせていると、常々思っていたんだが。本当に、お前、丁度いい所に来たな。」
「いや。待って下さいレンさん、色々おかしいでしょう。そもそも、僕はメイドではないし、家族でもない未婚の女性に触るなんて、マリル嬢にも、あらぬ噂が立つと困るでしょう。」
だって、マリル嬢、完全に固まってるじゃないか。
「ここには、3人しかいないから、あらぬ噂など、立つ事はないな。お前、姉達のオモチャにされて、そういうの得意じゃないか。11歳のときまで、ドレ「わかりました、わかりました。やらせていただきます。」
姉達の着せ替え人形にされ、お人形ゴッコをしていた過去なんて、忘れたい。というか、レンさん、絶対、わざとだ。
「と、言うわけで、お嬢さん、これは、レンさんという横暴な上司命令という事で、髪を触らせていただきますね。櫛や紐はお待ちですか?」
「あの。申し訳ありません。普段は毎日、家に帰っているので、簡易的な櫛と、昨日まで結んでいたこの紐しか・・・。」
マリル嬢、真っ赤だし。
何で、こんな事になったんだろ。しかも、何年振り?すぎて、できるのかな。
「お借りします。」
マリル嬢の髪はサラサラだし。いい匂いがする。流石、若いお嬢さん。
耳の上、両サイドから編み込みにし、仕事の邪魔に、ならないように、後ろに垂らす。
着せ替えごっこの髪結いなんて、メイドにさせればいいのに、疑問にも思わなかった、幼少期の僕の努力がこんな後になって発揮されるなんて。
いや、違う。元々、してなかったら、こんな事振られなかったんじゃなかろうか?
「とりあえず、編み込んどきました。これでよろしいです?」
「あっ。ありがとうございます。」
「おー。流石、相変わらず手先が器用だな。良かったな、嬢も。コソコソせずに帰れる。」
レンさんが、フフンと。不敵に笑う。
なんかのボスみたいだ。
なるほどねえ。魔導課、ここしばらく忙しかったから。家に帰してあげたかったのに、髪も乱れて家に帰る途中、誰かに会ったら、要らぬ噂が立つからなぁ。貴族令嬢には、外聞悪いし。
こういうさり気ない気遣いは、レンさん紳士だよなぁ。
「お前、戻るのか?」
「ええ、もちろんですよ。そろそろ戻らないと、またライルがうるさいです。」
「帰るついでに、正面馬場に、バトー家の馬車を呼んでるから、嬢を送り届けて帰ってくれ。」
「ええっ?」マリル嬢は、完全にこの流れについて来れてない。
「はあ。僕が来た時から、手配済みですか。わかりました。マリル嬢、このまま帰っても大丈夫ですか?僕でよければ、お送りします。」
「ありがとうございます。」
パッチリとした目で、頰がほんのり色づいている。マリル嬢はとても可愛らしい。
若い子息達に、引く手あまたなんだろうな。
「手は出すなよー。出せないだろうけど。」レンさんが、こちらを見もせずに言う。
「お手をどうぞ。」
それなら、こっちも、レンさんは無視だ。マリル嬢の手を引いて、立たせる。
「お荷物は?」
「隣の部屋に。」
僕は、マリル嬢の荷物を持って、馬車までエスコートし、心配そうに待っていたメイドさんにお預けして、都市課に戻り、いつも通りに仕事をしたのだった。