2 猫かぶり魔導師
私だって、初めからお城での勤務希望なんかじゃなかったのよ?
でもね。考えてみて。
家族全員が魔導エリート。おまけに美形ばっかりなのに、私だけ、ちょっと可愛い、止まり。
ひいお祖母様に似たのですって。
英雄級の、華々しい経歴をお持ちの黒魔道士のお祖母様。顔はひいお祖母様似なのに、私の適正は白魔導。
戦時下でも無い今は、身体を無理に治療する白魔導より、薬術師の方がよっぽど重宝されている。
もうねぇ。一応、貴族だし、デビュタントも出たし、茶会や夜会にも行ったわよ。
でもねぇ。顔と胸と、家柄ばっかり気にする男達なんて、どうでもいいと思いません?
まあ。顔と胸が男性に対してかなり効果的なのは、わかってるわよ。でも、それで嫁ぎたいかって聞かれると、無理だわ。
1ヶ月もすると、私はそんな生活望んでないってわかったし。2ヶ月目なんて、胸の空いたドレスを着て、ウフフなんて、腹の中の探り合いをする社交は、もうすでに苦痛でしかなかったわ。
そんな時に、成長に伴って、有り余る魔力量に魔導課から目をつけられて、声がかかったわ。
魔導課、特捜は、この平和なご時勢に、表に出る特殊事件を解決したり、秘密裏に処理する事件も取り扱うのよ。
そこで、私の出番、なんてあるわけないでしょう?
私のお仕事は、隠密や戦闘職の魔導師が危険にならないように、補助の魔道具を作ること、そして、その魔道具に、魔力を注ぎ、いつでも使えるようにすることよ。
稀に、白魔導で治癒もするけど。
それがねえ。昨日はちょっと失敗したわ。
魔導師のレトさんに、結界法具を届けた帰り道で、人にぶつかって、しかも、魔導課まで運んで頂いたんですって。覚えてないわ。全然。
いやだわ。魔力の枯渇なんて、今までなったことなんて、なかったもの。
気がついたら、魔導課の仮眠室で、翌日昼とか。流石にないわ。
魔導師長が、回復結界を張ってくれたおかげで、身体は随分、楽だけれど。
男職場だから、毎日、いくらぐうたらでも、ちゃんと帰ってたのに。メイドのミアに、朝はちゃんと髪結いしてもらって出勤してるのに。
帰ろう。今日は、帰ってゆっくりしよう。
髪も崩れてるし。化粧なんて、殆どしてないけど。
化粧してなかったら、目の下のクマが目立つじゃない!?
「課長。やっぱり、今日はキツイので、帰りま『緊急です!!南の泉、魔物が水霊を取り込んで、暴走しています!緊急度4。至急、応援を!!!』通信魔石からの声に、訴えは遮られた。
「すぐ行く!すまんが、仮眠室で休んでていいから、通信石を持って留守番しといてくれ。」『機動班、全員出動』とは、課長の言。「魔法基材の納入来たら、第4倉庫な」「さー。やるわよー。」「俺の出前、届いたら保存魔法かけてて」「処理終了まで、予想3刻。残業確定。」と、無情にも、課長以下、腕利き職員が、色々と言い捨てて、転移魔法で次々と消える。
ひどいわ。こんな日に限って、緊急招集とか。帰れなくなっちゃったじゃないの。
机に突っ伏して、うなだれる。
しばらく経っても、誰も帰って来ない。魔物の暴走とか、久しぶりだわ。
こういう時は、直接、戦闘に加わらないのは虚しいわね。
基材納入書類の確認して、第4倉庫に空きスペース作って。アクロ先輩の遅い昼食予定だったものに、保存魔法かけて。
きっと、水魔なら、風の結界聖石の魔法具はいくつも壊れるだろうから、法具をつくる準備を・・・
「あのう。」
「ヒッ!」
振り返ると、見覚えの無い文官さんがドアを少し開けて、立っていた。
誰だろう、知らない人。
「驚かせてしまって、申し訳ありません。私、ガゼル・リドラーと申します。 昨日は、申し訳ありませんでした。お怪我はありませんでしたか?」
昨日?怪我??=抱っこで運んでくれた方!!??
「あのっ。こっ。こちらの方が、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。魔力切れで、集中力に欠けていたようで、よく覚えておりませんの。」
カァッと、全身が熱を持つのを感じる。
話しながら、頑張って、猫を、かぶる。記憶にございませんの、作戦。
「そうなんですか。お仕事熱心なんですね。」ニッコリ。
人畜無害って感じの方ですわね。落ち着いてきましたわ。余計なストレスも感じさせない、良い方ですわね。
「お疲れ様でーす。トンプル商会です。納入に参りましたー。」ああ。いい所に。これで帰って頂けるかしら?
「はーい。ガゼル様、申し訳ありません。お仕事に戻らせて頂いても?」
ニッコリ笑顔。
「ええ。僕の事はお気になさらず。」
「それでは、トンプル商会さん、納入物品の数量確認を。」
「よろしくお願いします。それでは。まず、黒曜石を大、中サイズ各1箱。輝石を光、水、炎各2箱。サーヤ砂漠の白砂、羊袋に10袋。ルルの泉の水が、ガラス瓶で、10ケースになります。」台車から、次々と降ろされる荷物。
「注文内容は合ってますわ。 」
「それでは、受領のサインを」
「はい。」サラサラと署名。
「ありがとうございました。また、よろしくお願い致します。」
「ええ。伝えておきますわ。」
ねえ。どうしてあの方、帰られてないのかしら。視界の隅に、さっきと変わらぬ位置で、いらっしゃるのですけど。
「大量ですね。これ、どうするんですか?収納なら、手伝いましょうか?」
「大丈夫ですわ。風魔法を使って、浮かせて倉庫まで運びますの。」
室内には、元から、便利が良いように、魔力を込めて倉庫指定の呪文を唱えると、倉庫が勝手に収納してくれる術式が組んである。
昔、どなたか、駆け出し時代の先輩が楽できるように構築したらしい。
呪を唱えると、すうっと消えるように、物が無くなる。
「素晴らしいですね。とても便利だ。」
関心したとばかりの、屈託のない笑顔。
「遅くなりましたが、これ、差し入れです。」
新緑の袋に白文字の店名が入った、それって、とっても今、人気のマドレーヌ屋さんじゃなくって??買うのも。とっても並ぶって聞く。
「ありがとうございます。嬉しいわ。」
受け取って、にっこり笑顔になる。
そう言えば、昨日の朝以来、何も食べてなかったんだったわ。
「・・・もしかして、お忙しくて、お食事されてませんか?」
ええっ?そんなに顔に出てた??
「お昼は、まだですが。」
本当は、昨日の朝からだけど。
「ちょっと、待ってて下さいね。」
ガゼル氏は、あっという間にいなくなってしまった。
待っててって。どういう事?まさか、ご飯持ってくるとかないわよね?
予想以上に、ガゼル氏の戻りは早かった。しかも。大きな紙袋を抱えて。
「お口に合うか解りませんが、サンドイッチと、パイと、サラダです。知り合いのお店のなのですが。お皿ありますか?なかったら、この紙皿と、フォークと入ってますから。あと、こちらはレモネードと、ハーブティーです。ボトルに入ってますので、カップに移してお飲みください。それでは、僕は、これで、失礼しますね。」
そう言って、去って行った。
まさか、本当に食事を持って来るなんて。
なんていい人なんだろう。
サラダを食べて、サンドイッチを食べて、レモネードを飲んだ。
本当は、もうちょっと食べたかったけれど、絶食時間が長過ぎたのか、胃がキリキリしたから、ちょっとずつで食すのをやめた。
それから、今日は遅くなる旨、家に連絡して、仮眠を取ったら、バタバタと、先輩方が帰った音で目が覚めた。
慌てて、仮眠室を出る。窓の外は真っ暗だ。
水魔は、なかなかに粘ったらしい。
昼ごはんを食べ損ねたアクロ先輩は、左腕がボッキリ折れて、骨が見えて痛々しい。
こういう時が、私の出番だ。
「痛え。」
先輩が呻く。
両手を左腕に翳し、白の魔力を感じる。生命の源。気の流れ。
フワリと術式が螺旋のように浮かび上がると、先輩の腕に纏わり付いて発光する。ミシミシと音はしないのだが、そんな感覚がする。静かに骨が正常な位置に戻って行く。表皮もきれいに戻ったのを見て、私は、また魔力の枯渇で倒れたのだった。