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第8話 フレデリク・ヴァレリー2

 

「エヴァ、なにをしてるんだい」


 少年が少女に話しかけている。


 今、僕の目の前には黒髪の少年と、禍々しい棒をもった金髪の少女がいた。


 少女の方がゆっくりと僕の背後にまわる。

 逃げ道を塞がれた。まずい。

 なぜ背後に回った!

 覚悟を決めるか……。

 いや、僕は諦めない。もう一度、家族に会うために。


「お兄ちゃん、この人変態さんなの」


 くぅ! 僕の覚悟が!

 終わりだ……。

 ていうか君、いつのまにあの棒をしまったんだ?

 あっ、向こうに折られて捨ててある。

 ポイ捨て、ダメ、絶対。


「えっ、それは本当かい? 確かにずっとこっちを気にしてたな。子供好きの特殊な変態か」


 僕の精神力を、これ以上削らないでくれ!

 年は君と、そう離れてないよ。だから子供好きではない。同年代好き? これもおかしいな……。



「違うよ。まぞの人だよ」


 ぐふぅ!


「二重属性だと? ハイブリッドな変態だな」


 はぁはぁ、この兄妹は僕に恨みでもあるのか?

 そんな特殊な趣味は持ち合わせていないんだよ!


「お兄ちゃんこの人気持ち悪いよ。はぁはぁ言ってる」


「エヴァに近寄るな変態!」


 理不尽!


 誤解だ!


 こんな屈辱は、初めてだよ。使っちゃうか貴族パワーを。


 ついプライドを捨ててしまいたくなるフレッド、だがこんな所で貴族としての権威を使う事は、父が許さないだろう。


 平民に優しい方だからな。僕もそうありたいとは思っているが、今は屈辱と恐怖で、なにをするかわからない。わからないんだからね!

 ふぅ、落ち着くんだ僕、とにかく弁明しなければ。


「誤解なんだ、聞いてくれリットくん、僕は君を見ていた。この事に偽りはない。だが決してやましい気持ちじゃなかったんだ。ただ少し気になったと言うか」


「なんで僕の名前を知っているんですか? 初対面ですよね」


 しまったぁー! 今日はおかしい。いつもなら冷静に対処出来るのに、この兄妹の前では冷静でいられない。

 そりゃ初対面の僕が名前を知ってたら怖いよね! 勘ぐっちゃうよね!


「整理しましょう。貴方は僕のことををずっと気にしている子供好きの変態で、エヴァいわくマゾの人で、さらに僕の名前はリサーチ済み、となると答えは限られてきます。エヴァの言ったマゾの人は、僕には判断出来ませんが」


 グサグサッ!

 変態確定の整理の仕方だな!

 もうどうにでもしてくれ!


「つまり僕に興味があって付け回していたと」


 断じて違うが、もういい……。


 わかった、と、リット少年が手を叩く。


「エヴァこの人はストーカーさんだよ」


 どうあっても僕を貶めたいのかこの子達は……。


 そう思っていたが、事態が急変した。


「えっ!? そうなの! ごめんなさい!」


 ん? どうした。


「ストーカーさんって言うんですね。お兄ちゃんの知り合いだったなんて……」


 何か盛大な勘違いをしているな。ストーカーを名前だと思っているようだ。


「はじめましてストーカーさん、わたしエヴァンジェリンって言います。よろしくお願いします」


「いやエヴァ違うんだが……だけど挨拶できて偉いぞ。ところでストーカーさん、あなたは僕に、何か用があったのですか?」


 名前をストーカーで定着させないで!

 だがこれで最悪のケースは脱したのではないか?

 話を聞いてもらおう。


「……僕の話を聞いてくれないだろうか」


「仕方ありません聞きましょう。あんまりからかうのも悪くなってきたことですし」


 からかってたの!? 凄い威圧してたけど!


「エヴァと仲良さげだったので、つい」


 シスコンめ!


「あとムシャクシャして」


 八つ当たり!?



 ふぅふぅ、息を整えよう。

 よし話すぞ。……あれ何しにここへ来たんだっけ?

 まずい忘れてしまった。衝撃的なことが多すぎて。


「どうしたんですか?」


 まずい、ここで忘れたなんて言ったら、また何か言われてしまう。なんとかせねば。

 そう思った瞬間、ぐうぅ〜、っと、腹の虫が鳴った。

 はっ恥ずかしい。

 顔を赤くしてあたふたするフレッド。


「お腹が空いてるんですか、ストーカーさん。なら丁度いい。うちは宿屋をやっているんです。営業時間は少し過ぎていますが、よかったら食べていきませんか」


 渡りに船とはこの事だ。まさか敵だと思っていた子に助けられるとは。

 そう、僕は昼食を食べようと思っていたんだった。


「是非お願いしたい」


 ここまで漕ぎつけるまでに、どれだけ時間を費やしただろう。

 だが、今まさに目的の昼食を食べれるんだ。


「では、こちらへどうぞ」


 リット少年について行く。

 店の前に着き。二人にドアを開けてもらう。

 ドアの向こうからいい香りがして、思わずニヤける。



「「いらっしゃいませ。黒猫亭にようこそ!」」



 二人の案内で店内へと入ると、そこは今まで見た、どんな場所とも違った。

 冒険者や旅人、多種多様な人々がそこには居た。

 営業時間は過ぎているらしいが、中はとても騒がしい。

 だが、この喧騒は嫌ではない。


「リット、油売ってないで手伝って、片付けが残ってんのよ」


 女性がリットに話しかけてきた。

 どうやらこの店の女将のようだ。び、美人だな……。

 奥のキッチンには店主らしき人物がいる。ワイルドな男性だ。


 リット少年は母親似か。エヴァ嬢はどちらにも似ていないな。失礼になるから言わないでおこう。



「ごめんごめん。そこでストーカーさんに会ってさ」


「は? 何わけわかんないこと言ってんの」


 リットがフレッドを指差す。


「えっ、あっ、ちょっとリットこっち来なさい!」


 僕を見て慌てる女将。

 リット少年に手招きする。


 なんだろう?


「あの子、もしかしなくても貴族なんじゃないの」


 小声で話しているが聞こえてくる。

 安心していい。僕は食事をしに来ただけなのだ。問題を起こすつもりはない。……いや、すでに起きているか。


「うん。知ってる」


 っ! 知っててあの態度!? おかしくない!?


「おかーさん。ストーカーさんって言うんだよ」


「えっ? 名前だったの?」


 当然の反応だな。あとエヴァ嬢、それは名前じゃない。


 女将は僕の方を向き丁寧に挨拶をした。


「はじめまして、ストーカー様。黒猫亭にようこそいらっしゃいました。私はルーティ・アルジェントと申します」


 あっ、うん。ストーカーじゃないからね。


「フレデリク・ヴァレリーと申します。貴女のような美しい女性に出会えて、私は幸せです」


 社交辞令だが、本音でもある。


 笑顔で挨拶したのだが、ルーティさんは顔を引きつらせて固まってしまった。

 はぁ、僕の名前に萎縮してしまったようだ。流石に知っていたか。


「リット! エヴァ! 名前が違うじゃない!」


 そっちか!

 違和感がなくなってきてたよ。あぶないあぶない。



 エヴァが兄を揺すって「うそつきー」と、言っている。

 そんな彼女の頭を撫でて微笑むリット。

 微笑ましい光景だが、フレッドは呆れていた。


「ルーティさん僕は食事をしに来たんです。何か食べさせてもらえませんか?」


「もちろん喜んで。リット、ストーカー……フレデリク様に食事を作って。貴族様なんだから気合い入れなさいよ」


「はーい」


 えっ? 彼が作るの?

 流石にそれは……。


 僕の表情を察したのかルーティさんがフォローを入れる。


「安心してください。料理なら、リット以上はウチには居ません」


 大丈夫なのか、この店?

 店主も頷いている。

 プライドはないのか?


 不信感は拭えないが、しょうがないリット少年頼んだぞ。味がイマイチでもお金は払うし、不敬罪にもしないから。



 そうこう思っているうちに料理ができたようだ。


「お待ちどうさま。黒猫亭人気のメニュー、ハンバーグです」


 はんばーぐ? 聞いたことのない料理だな。

 テーブルに置かれた料理を見る。楕円形をしていて、ソースがかかっている。肉料理のようだ。だがこんな形の肉は見たことがない。香りは……うん。いい香りだ。


 さて、いただこう。


 フォークとナイフを使い切り分ける。

 柔らかな感触でフォークは簡単に入り、中から肉汁が溢れ出す。ごくり。思わず生唾を飲む。

 この得体のしれない未知の料理を今から食べるのだ。抵抗がないと言えば嘘になる。……だが、香りが、肉汁が、まるで早く食べてくれと言わんばかりに僕に訴えかけている。

 これは本能だ。抗いようのない遺伝子に刻まれた快楽を求める僕の一部。

 僕は僕に逆らうことができなかった。する必要もなかったが。

 フォークでハンバーグを刺し、ゆっくりと口に運ぶ。


 口の中に入れた瞬間、肉汁が弾けた。


 こっ、これは!

 普通の肉ではない。これは中にタマネギが入っている。どういうことだ?

 だが考える余裕がない。

 口の中に肉の旨味が、タマネギの甘みが、それを甘辛いソースが包み込む。

 舌が胃が脳が蕩けてしまいそうだ。ハンバーグを食べた僕の身体が、心が、これまでには経験のないほど喜んでいる。


「うまい!」


 心からの言葉だった。

 この感覚を表す言葉が他になかったのもある。自分の語彙力の無さが恨めしい。


 ハンバーグを全部食べ終わった頃には、多幸感が身体を包んでいた。


「お気に召していただけましたか」


「あぁ、とても美味しかったよ」


 そう言うと、「ごゆっくり」と、食後の紅茶を淹れてくれた。

 安いものであったが、とても心が落ち着いた。きっと、あの兄妹に振り回された反動だ。


 王族でも、ここまでの料理は食べられないだろう。

 僕は幸運だ。あの二人に会った時はひどく驚いたが。どうやら良縁だったようだ。


 ふぅ、また来よう。


 黒猫亭に入る前とは打って変わって、また足を運ぼうと決めたフレッドであった。




 その後、定期的に黒猫亭に通うようになり、アルジェント家の面々や常連客と仲良くなっていった。




 ――そして、現在に至る。




 初めて二人に会った時は、終始振り回されてたなぁ。今では逆だが。ははっ。


 あの後、誤解も解け、名前をきちんと覚えてもらって、美味しい料理に驚かされ、そして、僕は初めて友人を得たんだ。


 悲しきかな、二人は否定してるけどね。




 おや、今日も黒猫亭は騒がしいな。

 きっと面白いことがあったに違いない。


 ワクワクしながら、足取り軽く、フレデリクは黒猫亭の入り口をくぐる。


 さあ、今日も美味しい料理と楽しい時間を味わうとしよう。


 もちろん、あの日の仕返しに、アルジェント兄妹をからかう事も忘れずに。



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