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第7話 フレデリク・ヴァレリー

 

 僕の名前はフレデリク・ヴァレリー。

 伯爵家の長男で、巷では腹黒フレッドの愛称で親しまれている。

 気軽にフレッドとでも呼んでくれ。むしろ呼んで。


 まぁ、僕の話はいいんだよ。これから語りたいのは、黒猫亭、僕の親友である、リットが居る宿屋の話さ。

 半年ほど前だろうか。僕が黒猫亭を知り、リットに初めて出会ったのは。







 ――半年ほど前のある日。



 その日は朝から父の手伝いで、商人との商談について行った。

 特にやる事はなく、父と商人の商談を聞いて、勉強をさせてもらった。将来は自分がしなければならない仕事なので、やる事のない僕は、熱心に二人の会話を聞いていた。

 最近になって頻繁に連れて行かれるようになったのは、僕の成人が近づいて来たからだろう。

 あと数年もすれば、いくつかの商談を任せられることにもなる。


 商談を終え、父から自由に行動していいと言われ、街へと繰り出した。従者は先程振り切って来た。

 ふふ、ごめんね。やっぱり一人で羽根を伸ばしたいんだよ。

 年頃の多感な時期、一人にしてほしいものだ。


 さて。


 一人にはなれたが、本当に一人になりたいわけではない。フレッドは、対等な存在が欲しいと思っていた。

 そう友人だ。産まれてから十三年、いやもうすぐ十四年になるが。フレッドはその年月の間に、友人というものが居た試しがない。

 作ろうと思った事もない。友人とは、気づいたらなっているものだろう?


 まぁ作ろうと思っても、みんな近づいて来ないしねぇ。嫌われ者は辛い。


 その原因はフレッドの性格によるものなのだが、本人はそれ込みで、自分を対等に見てくれる存在が欲しいのだ。


 貴族と言うものは、しがらみが多い。

 子供の頃から他家の者の顔色を伺い。時には媚びへつらい。時には容赦なく蹴落とす。そんな世界で生きて来たのだ。友人は少なくて当たり前、むしろ居ない方が心に負担がかからない。どんなに仲がいいところで、派閥が違うという理由で裏切られる可能性もあるのだ。些細な理由でも、このようなことがあるからフレッドは友人を作って来なかった。


 フレッドは、周りとの間に壁を作り。影から周囲に干渉するようになった。

 そしてついたあだ名が、腹黒フレッド。

 全くいい迷惑である。

 フレッドは、街をぶらつきながら思案していた。



 おっと、考え事をしていたら随分遠くまで来てしまったな、ここは、どこだ?


 近くの看板を見ると、第二十一区と書かれていた。聖王国の王都エルトムントは一区から二十五区に区画が分けられている。


 二十区以降は治安があまり良くないと聞く。まぁ平民ではなく貴族から見たらという事だが。

 うん。戻ろう。

 そう思い踵を返そうとした時だった。


 あれ? いい匂いがするぞ。


 鼻腔を刺激する良い香り、何処かに食事処があるのだろうか。

 ぐうぅ〜。っと、腹の虫がなる。

 そういえばもう昼時か。

 よし、この匂いの元へ行ってみよう。食事処だったなら簡単に食事を済ませよう。


 フレッドは、香りに誘われて歩き出すのだった。




 ―――――――――――――――――――――




 香りの元にはすぐにたどり着けた。何故なら、香りもさることながら、その場所は、ひときわ喧騒も大きかったからだ。


 酒場? 黒猫亭か、よし行ってみよう。

 期待を持ちながら店に足を進める。

 だが少し近づいて足を止めることになる。


 ドバァァアン!!

 物凄い音がした。


「うぎゃぁぁぁー!」

「おうっふぅ!」

「ぐはぁ!」


 店の中から、人が飛んで来たのだ。

 服装や身体つきを見るに、たぶん冒険者だろう。


 えっ? 何が? とりあえず隠れよう。

 危険を感じ取り、近くの物陰に隠れる事にしたフレッド。


 中から人が出てくる。

 なんだ! このプレッシャーは!

 くっ、いったいどんな奴がこんな圧を出しているんだ……!


 ちょこん。


 子供が立っていた。

 店から出て来たのは、子供だった。

 うん。子供だ。僕よりも小さい、十歳前後くらいか?

 いやいや、まさかあの子がこのプレッシャーを?

 ないないないない。勘違いだろう。きっと子供の背後には、身の丈二メートル強の大男か小型のドラゴンでも居るのだろう。ドラゴンは困るが……それほどの圧はあったのだ。


 だが予想に反して、プレッシャーは少年から出ているようだ。


 信じられない。だがあの子の周りだけ空気が違うように感じる。


 店から飛び出て来た冒険者が慌てている。


「リ、リット待ってくれ! 知らなかったんだ! 悪かったよ……」


 どうやらあの子供を怒らせてしまったらしい。

 リットという名前なのか。



「謝って許される事じゃないよ。あんた達は、僕の大切なものを踏みにじったんだ」


 どうやら大の大人が、リット少年の大切にしている物に粗相をして、少年が怒っているようだ。

 大人気ない。嘆かわしい事だ。


「エヴァが描いてくれた僕の似顔絵を!」


 リット少年が憤慨して冒険者達に飛びかかる。


 ん? 似顔絵? エヴァと言うのは、この子が好きな相手のことだろうか?

 相当好いているのだろうな。可愛らしい事だ。

 だがやっていることは恐ろしいな……も、もうそのくらいでいいのではないか?

 さっきから技をかけ続けているが、泡吹いてるよその人……。


 ひとしきり技をかけてから冒険者達を解放する。

 魔王かっ! そう突っ込まずにはいられない。

 あの子やりきったみたいな顔してるし。あっ、あの冒険者の人達は、他の冒険者に引きずられて帰っていきました。


 ドン引きだよ……。



 あそこはないな、帰ろう。


 踵を返して反対方向を振り向くと、そこには一人の少女が居た。

 僕を見ている。

 整った顔立ちだ。思わず息を飲む。

 息を飲んだのは、顔立ちにではない。彼女の手にある物に対してだ。

 何だ、この名状しがたい禍々しい棒は……!?


「あ、あの、何をされているんですか?」


 凝視。


「あの〜もしもし?」


 はっ! 今話しかけられたのか、彼女の持っている物に注意が向いていて気づかなかった。


「あっ、あぁ申し訳ない。少し気分が悪くて……」


「大丈夫ですか? 介錯しましょうか?」


 何さらっと殺そうとしてるのこの子!

 介錯って。東方にある国伝統の処刑法だよね! ハラキリ介錯!


「あっ間違いました。介抱でした」


 ペロリと舌を出す彼女。


 いや、もう君に対する警戒心はMAXだよ。

 可愛さが別の何かに変換されてるよ。


 とりあえず逃げなければ。

 彼女の横を通って行こうとすると、禍々しい棒のような物を背後から突き立てられた。


 何だこの状況は!


「ど、どうしたんだい?」


 くっ、頰が引きつる……! いつものポーカフェイスはどうしたフレデリク・ヴァレリー!


 そんなことは気にせず少女は僕に話しかけてくる。


「さっきお兄ちゃんを見てましたよね……」


 ……なん……だと、この子からもプレッシャーが!

 お兄ちゃんだと……いや、わかる。わかりすぎる。彼女は先程のリットと言う少年の妹なのだろう。

 プレッシャーそっくり。


「何のことだい? 僕はただ散歩をしていただけだよ」


 勤めて冷静に話す僕。


「うそっ、ずっと見てました。あなたがお兄ちゃんに熱い視線を送っているところを」


 くっ、なにかニュアンスがおかしいが、まずい。話を逸らさねば。どうすれば……。とりあえず違う人を見ていたことにしよう。


「君もずっと見ていたというなら知っているだろう。君の兄に折檻されていた冒険者を」


 よし、これで僕は冒険者の方を気にしていたことになる。


「み、見ていました。でも……そんな、あなたはあの冒険者さんが気になっていたんですか?」


 逸れたぁー! この調子だ。


「あぁ気になっていた」


「あの冒険者さんを見て何を……はっ!? へっ、変態さんですか!?」


「違う! よくわからないけど違う!」


「だってそうじゃないですか! あんなボロボロになった人を見て〝気になる〟だなんて、普通は心配するとかじゃないんですか? 」


 せ、正論だー! 選択肢を間違えた!


「もしかしてボロボロにされた冒険者さん達が羨ましかったんですか!? まぞの人なんだ!」


 違うっ! でも何か言えばまた誤解が!


「何も言わないってことは、やっぱり変態さんなんですねっ! こわいっ!」


 彼女はそう言って、手に持っている禍々しい棒を振りまわす。


 君だっ! 怖いのは!

 なんてものを振り回してるんだ!


「イノセントステッキです」


 素敵な名前っ! とても純粋には見えないけど、名前は素敵! 素敵なステッキ!


「何を言ってるんですか?」


 凍えるような声で言われた。

 うん。気が動転してね……。


 そんな時だった。



「エヴァ、何をしてるんだい」



 声が聞こえた。

 声の先には先程の少年が立っていた。


 ……終わりだ。


 父上、母上、そして弟と妹よ。

 最後にもう一度会いたかった。


 僕はもう、生きては帰れないようです……。




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