第53話 光の矢
大変お待たせしてしまい申し訳ありません。
また、不定期ですが更新させていただきます。
これからもよろしくお願いします。
「アルリエル」
優しい声が聞こえる。
私は声のした方へと振り返り言葉を返す。
「どうかしたのですかお祖母様?」
呼び止めたのは祖母であった。エルフの中でもかなり高齢で、顔にはシワがあり腰が曲がって杖をついている。
「いやなに、可愛い孫娘がいたのでな。たまらず声をかけてしまった。忙しかったかい?」
「いいえ、お祖母様。用事はあらかた終わりました」
というよりすべて兄に任せてきただけだが。兄達は私の頼みは断れない。可愛くて仕方ないのだろう。祖母も一緒で、今もニコニコとシワを深めて楽しそうにしている。
「そうかい。それはご機嫌だね。そういえばアレから何か変わったことはないかい?」
アレとは私が天啓を受けた時のことだろう。天啓というよりは自分の中に不思議な力があることを自覚したというだけだが。
そのことを父に話した後はひどかった、加護を調べられるエルフの神官を呼び確かめさせ、それが確信に変わると、やれ神の子だの伝承の英雄だのとお祭り騒ぎであった。
だけど、自覚はあってもその力を使えることはなかった。
いくら願っても、うんともすんとも言わない。
自分の力だというのにどうしたものだろう?
確かにあるのだこの胸の奥に熱いものが、光り輝くものが。
はがゆい。
何より一番辛かったのは家族の期待を裏切ることになったことだ。
私が思うように力が使えないせいで。
幸い産まれてから私は溺愛されていたので責められたり落胆されたなどということはなかったが、それでも哀れむような視線は少なからずあった。
祖母も気にかけてくれてたまにこうして話してくれる。
だが私の返答は決まっていた。
「変わりは……ありません」
少し寂しそうな目をして祖母は「そうかい」と私のそばに寄り添ってくれた。
それは嬉しくもあったが、悲しくもあった。
祖母は複雑な表情をしている私を見て。
「アルリエル、加護っていうのはね、神様が頑張っている人に与えるものなんだ。だから誰しも平等に得るチャンスはある。アルリエルが頑張っているのはみんな知っているからね。そりゃ神様だって素晴らしい加護をくださるさ。現にアンタの加護は他とは違う特別なものだ。なんせ世界にはアンタと同じ特別な加護は11個しか存在しない」
そうだ、私は世界でも12しか無い特別な加護を宿している。知っている。ちゃんと調べてもらった。
だけど使えなければ意味はない。
私はうつむき拳を握る。
祖母はその拳を、優しく自分の手で包みこう言った。
「力は正しく使うためにある。アンタの父親はどうだい。我が息子ながら立派なものじゃないか。権力のある立場にありながらそれをひけらかすでもなくエルフの今後のためを思い使うべき時に使っている。だから慕われる。ようは使い所さ。きっとアルリエルのその力はまだ使うべき時が来ていないだけなのさ」
私は顔を上げこう聞いた。
少し苛立っていただろうか? もしかしたら口調が強くなっていたかも知れない。
「いつ使えると言うのですか……! 私は今必要としているのに」
そんな私に祖母は優しく楽しげに話してくれる。
「そりゃ私にはわからないよ。アルリエル、本当に今その力は必要かい?」
必要だ。家族に情けない姿を見せてしまった。恥ずかしくてしょうがない。
私自身にもプライドがある。コレは私の加護なのだから。
「お祖母様、私は強くなりたい。何よりも誰よりも」
祖母は少し困った顔をして私の顔を覗き込んだ。
「アンタは真っ直ぐな子だからね。もしかしたら本当に貫きたい想いが出来た時に、曲げられない気持ちに気付いた時に、加護の方から寄り添ってくれるかもしれないね」
そんなものだろうか? 今の気持ちでは足りないと、そういうことなのだろうか?
ならばもっと強くならねばなるまい。
かつて、魔神をも打ち倒したと言われるこの力に認めてもらえるように。
「その顔は、ふふっ、まぁいいさね。なんでも助言ばかりしては成長できないからね。壁は乗り越え壊すためにある。アンタの放つ矢が真っ直ぐに飛ぶ事を祈っておくよ」
エルフ族らしい例えをした祖母は、満足そうに笑っていた。
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ああ、こんな時に昔のことを思い出すなんて、まるで走馬灯みたいじゃないか。
だが、こんなところでは死んでいられない。
だってようやく人生が楽しくなってきたところなのだから。
毎日が楽しいのだ。新鮮なのだ。幸せなのだ。
こんな気持ちは初めてなのだ。
冒険者になった時も、ギルドを立ち上げた時も、困難なクエストを達成した時だってこんな気持ちになったことはない。
毎日が充実している。今までの人生でこんなに笑ったことはない。自分ではない誰かのことを考えたことはない。知りたいと思ったことはない。
誰かに寄り添って生きたいと思ったことはない。
こんな気持ちにさせてくれたのは、
「……リット」
きっと私が死んだら悲しんでくれるんだろう?
なんだかんだ言いながらお前は優しい奴だからな。
私はお前を、泣かせたくない。
一緒に笑っていたい。
そして一生食事を用意して欲しい。ふへへ。
だから、私は、
「死ねない。……死んでたまるかぁ!!」
アルリエルを包んでいた闇の魔力から光が溢れ出る。
「こっ、これは!?」
リッケルトは勝利を確信していたため、この現象に驚き光の放つ聖なる力に目を覆う。
「なんだこの光は!? 熱い! 身体が燃えるようだ!」
たまらず距離を取るリッケルト、翼を羽ばたかせて空に逃れる。
リッケルトが放った闇の波動は霧となり、代わりにそこには思わず目を細めてしまう光の柱が天を衝いていた。
眩い輝きは徐々に収縮していく。
その光の中にいたのは、
「アルリエルさん!」
誰かが叫んだ。きっとフィリアだろうとアルリエルは思った。
安心しろ私は無事だ。
……力が湧いてくる
私はもう以前までの私ではない。
あの頃は家族のためと言っておきながら結局は自分のことしか考えていなかった。
自分のためだけに使おうとしていた私にはこの力は使えなかった。
力は自分のためではなく人のために使うもの。
私のための力ではなく、誰かのための力。
私には勇気がなかったのだ。
自分の信念を貫き通す勇気が。
もう迷わない。特別な力? いや違う。これは、大切な人達を、場所を、そしてそれを育んだこの愛すべき世界を守るための力。
拳を握る。
「……知っているか? 名も知らぬ復讐者よ」
「何の話だ疾風の射手よ?」
魔人の男は怪訝そうに目を細める。
「この世界を守護する十二人の戦士の話だ」
「知っているさ、俺も子供の頃は憧れた。今では逆の立ち位置ではあるがな。……遥か昔、魔神を打ち破り世界を救った〝聖天十二勇者〟」
子供でも知っているこの世界の常識だ。お伽話や吟遊詩人の歌、各地で語り継がれる伝承。
……リットは知らなさそうだな。黒猫亭とエヴァのことで、頭がいっぱいそうだからな。
「知っているなら話は早い」
「……それがどうしたというのだ?」
男の言葉に、口角を上げ左手を前に出す。
まるで、弓を構えるかのように。
空中にいる男は、警戒と戸惑いの間で揺れていた。
この女は何をしようとしている? さっきまでの話は時間稼ぎか? だが、先ほどのあの光は一体……?
考えがまとまらずに空中で様子をうかがうことになってしまった。だが、その隙に周りに人が集まってきている。
「アルリエルさんっ!」
「アルリエル!」
ローダス達や、衛兵などがリッケルトを下から見上げる。魔法を使える者は手をかざし、武器を持った者はそれを構える。
「お前たち、下がっていろ」
だが、彼女は助太刀に来た彼らを止める。
困惑する彼らであったが、アルリエルは笑顔を見せ安心させて見せた。
「大丈夫だ、私は負けない」
強い言葉だった。その言葉から溢れる自信と、彼女自身の内側から発する闘気に、ゴクリと喉を鳴らす面々。
「俺も長々と待ってやるほどお人好しではないぞ」
魔人が上空から風を切り高速で接近してくる。
それだけで死を悟らせるほどに禍々しい気を携えて。
勝負を長引かせるのは危険だと判断したリッケルトは、己の持つ最強の力でアルリエルを消滅させることにしたのだ。
「深淵の叫び!!」
これで、俺の復讐は終わりだアルリエル!
負のエネルギーの奔流がアルリエルに迫る。
「アルリエルさぁーん!!」
フィリアの悲痛な叫びが王都に響いた。
ドパンッ!
何かが弾ける音がした。
その音を聞いた近くにいた者達は、信じられないものを見たと目を見開く。
リッケルトが放った一撃は霧散し、代わりに一筋の光が彼の身体を貫いていた。
彼は何が起きたか分からず、呆然と身体に空いた穴を見つめていた。
「私は射手だ」
意志の強い言葉が聞こえる。
そこには一人の戦士が立っていた。
手に金色に輝く弓をたずさえた、美しい女神と見紛うようなエルフの女性が。
「私は射手の勇者アルリエルだ!」
その場にいた誰もが、空気が凛と澄んでいくような気を肌で感じていた。
この作品はおふざけ8割、シリアス2割でお届けしております。