第5話 昼時の喧騒
昼時、今日もいつも通り黒猫亭では喧騒が聞こえる。
主に冒険者達の声だ。
今日は何々を狩った。今日は実入りがイマイチだった。などの声がホールに響いている。
反省会だったり、責任のなすりつけあいなど、様々なグループがいた。
そんな喧騒の中、エヴァとルーティが忙しなく動き回っている。リットとライオスも、料理の注文を捌くたびに新しい注文が入り、てんてこ舞いだった。
やっと昼のピークが過ぎ、注文も落ち着いてきた。
エヴァは疲れて動きが遅くなってきている。ルーティはさすが元冒険者というだけあって、疲れた表情は見せない。
いつも通り仕事をして、今日も時間が過ぎて行った。
注文も入らなくなり、食器などを片付け始めた時だった。
カランコロンと、入り口のベルが鳴り一組の冒険者グループが入ってきた。
エヴァが対応に行く。
四、五名ほど一緒に入ってきたので、パーティーを組んでいるのだろうと、空いているテーブルを拭いておく。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
エヴァが丁寧に接客をする。
すると入ってきた冒険者の一人が、エヴァに対して最悪の行動をしてしまう。
「なんだこのガキ、邪魔くせぇな、見りゃわかるだろう。どけっ!」
そう言ってエヴァを突き飛ばす。
「あっ!」
エヴァはバランスを崩し倒れてしまう。
その瞬間、黒猫亭の中の時間だけ止まったように、周りにいた全員が倒れたエヴァに注目した。
周りにいたのは常連客ばかりだ。ちらほらと旅の行商人などあまり見ない顔もあった。
焦ったりオロオロするのは、あまり見ない顔の客達で、常連客は怒りに満ちた顔をしたり、エヴァの悲しそうな顔を見て、苦痛に満ちたような表情をしていた。
ルーティやライオスも怒りの表情を浮かべている。今にも飛びかかりそうな形相だ。
だが誰も飛び出さない。
エヴァを傷つけられ、一番怒っている者を知っているからだ。
手を出せば巻き添えを食らう可能性があると知っていて、誰も手を出さないのだ。
「おいおい。なんだこの空気は、ガキを突き飛ばしただけじゃねぇか。俺は客だぞ! 早く料理を持ってこい! 酒も忘れるなよ!」
男は悪びれもせず空いている席に座り注文をする。他のパーティーメンバーであろう冒険者も苛立った顔で「はやくしろ!」と、まくし立ててくる。
そんな男達に臆すことなく歩み寄る小さい影があった。
「いらっしゃいませ。お客様、ご注文はお決まりでしょうか?」
リットがマニュアル通りに接客を始める。
「なんでもいい! 早く出せ!」
「左様でございますか。それならばこちらで料理の内容を決めさせていただきます」
丁寧に対応するリット。周りの者達も固唾を飲んで見守っている。
「早くしろって言ってんだろ! お前も床に叩きつけるぞ!」
「どう料理してやろうかと考えていましたが、オーダーが入りましたので、そちらを作らせていただきます」
リットは一拍置いてからオーダーを通す。
「オーダー。冒険者のたたき」
リットは拳を握り、腕を振りかぶる。そして、それを思い切り目の前の冒険者に叩きつけた。
ドゴォォォオン!!!
凄まじい音が店の中に響いた。
それは子供の膂力ではない。まるで稲妻が落ちたかのような衝撃だった。
リットは武神との修行で、身体能力強化を極限まで高めることに成功していた。
一流の冒険者にも、騎士にも出来ない芸当である。
そんなリットの一撃により、冒険者の体は床にめり込み、気絶して足がピクピクと痙攣していた。
誰も冒険者の男達に手を出さなかったのは、リットがエヴァを傷つけられて黙っているわけがないと、確信していたからである。
常連達はこの光景を何度も見ている、もしくは自分も同じ目に遭ったことがあるため、手をださなかったのだ。
店の中は静寂に包まれた。だが一瞬のうちに喧騒へと変わる。
「おっしゃー! リットよくやったぁ!」
常連客の、その言葉を皮切りに、皆騒ぎ始める。
昼間なのにどんちゃんさわぎである。
殴られた男の仲間達は呆然としている。
「あんたら注文は?」
リットが問うと、男達は焦って、口々に謝罪の言葉を並べた。
リットはエヴァを抱き寄せ頭を撫でる。顔を赤くして照れるエヴァ。
「残念だな、フルコースを用意していたのに」
エヴァの頭を撫でながら言ったリットの一言に、男達は顔を青くするのだった。
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ちょっとした事件はあったが、無事に昼の営業を終えることができそうだ。
先ほどの冒険者達も、大人しく料理に舌鼓を打っている。
「うめー! 何だこの料理は、こんなうまいもん食べたことがねぇ!」
「何っ!? てめぇーそいつをよこしやがれ!」
「リットの旦那! 俺はもうこの店の虜になっちまいましたぜ!」
気に入ってもらえて何よりだ。
あと旦那って何だ? 店主は父さんなんだが。まぁ大人しくするなら何でもいい。
まだ殴り倒した冒険者は気絶していて、今は床に転がしてある。
もう少し仲間を労ってもいいと思うが、料理を食べるのに集中していて、気にも留めない。
冒険者がめり込んで壊れた部分の床は、僕の加護の能力で直してある。万能な能力だ。
加護の能力を使ったと言っても、床を新しく作ったわけではない。壊れた床をそのまま作り直したのだ。
僕の加護の能力は『破壊と創造』と、名付けた。
えっ、そのまんまだって? 細かいことは気にしない。
そしてさらに右手は、世界の破壊者、左手は、万物創造と、名前を分けて使っている。
右手の能力は、物を壊したり消したりだけで、派生の能力は現れていないが、左手の万物創造は、物を創り出すだけでなく、物を創り変える能力や、物の品質や性質を鑑定する能力が発現している。
神様の言ったとおり、僕の加護は成長しているようだ。
その、物を創り変える能力で、床を直した。
それを見た冒険者の男達は、驚きの表情を浮かべていた。
知っている家族や常連客は、呆れた顔をしていた。
えっ、ふつうだよね? これ?
現存している加護や魔法では、こんなことは出来ないのだが、魔法や加護の勉強をしているわけではないリットは知る由もなかったので、後々少しずつ知っていく事になる。
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昼の営業が、間も無く終了する時間になって、ようやく気絶していた男が目覚めた。
「うぅ……いててててて、くそっ……! どうなったんだ? 記憶が曖昧だ」
どうやら少し記憶が飛んでいるらしい。強く殴りすぎたようだ。
「起きたみたいですね。反省できてますか?」
冒険者の男に声をかけて確認をする。
「んあぁ?…… 反省、何のことだ?」
やはり記憶がなかった。これでは意味がないな。
さて、どうしたものか。
困った顔をしていると、男がむくりと起き上がり、ポキポキと首を鳴らす。
殴った頰は、魔法によって腫れが引き、回復している。
魔法って便利だなぁ。
そう思っていると。男が声をかけてきた。
「おいガキ、どうして俺は気を失ってたんだ? 何か知ってるなら早く教えろ」
偉そうに聞いてくる男に、え〜と、それはですねぇ。と、言いかけたところで言葉を遮られた。
「リットの旦那、この馬鹿には俺達から話しときます」
仮に殴った男を、冒険者Aとしよう。その冒険者Aに何が起きたか説明してくれるようだ。あなたには冒険者Bの称号を与えよう。
説明は、再犯がないようにキッチリお願いしたい。
冒険者Bが説明を始める。冒険者Aが顔を赤くしている。恥ずかしがっているのかな?
「てめぇ! ふざけんなそんな事あるわけねぇだろ!」
そう言って冒険者Bを殴り、暴れ始める。
違った。認められなくて怒ってしまったようだ。
というわけで、認められるよう男の背後に回り腕をとる。そのまま関節をキメて、床に押し付ける。
「クソガキがぁ! 離しやがれ!」
やれやれ元気な奴だ。このままもう一度意識を狩るか。
そう判断し、腕を振りかぶった瞬間。
カランコロン。
「やあ。今日もここは賑やかだね」
入り口が開く音と共に、爽やかな笑顔の少年が入って来た。