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第48話 ふっ、ここは任せて先に行け

以前から読まれていた方は、次が最新話になります。


 

 男は三人の意外な反応に、先程までの得意げな顔をきょとんとしたものに変えて呆けている。

 だが、しばらくすると冷静になったのかニヤリと笑う。


「ははっ、なるほどなそう言って私を揺さぶるつもりだったのだろう。だが甘い、よく考えてみれば平静を取り繕ったところで意味はないからな。時間稼ぎのつもりか?」


 それを聞いて「いやいや」と、またしても手を横に振る三人。


「リットは大丈夫だろう。俺たちはここをどう乗り切るかだな」


「私がなんとかするわ。元冒険者舐めないで」


「わたしも手伝うよ。お兄ちゃんから色々教わってるから」


 あんたはダメ、とルーティはエヴァの頬をつまみ不敵な笑みを浮かべる。

 周りを見て状況を確認。


「五人か……」


 敵であろう人数は五人。いや、今日来た新規客が全員そうならもっと多くなるはずだ。


 ……少し厳しいか。


 そう思うルーティであったが、私がやらなきゃ誰がする。と覚悟を決めた。

 決めたルーティであったが。


「おいおい。なんだよ」


 一人の冒険者が剣を構えた。


 ルーティは驚いたが、その冒険者が何をするつもりなのかをすぐに理解した。

 理解して複雑な表情をする。


 私達のために剣を抜いたのだ。


「俺達を頼っちゃくれねぇのか?」


 剣を抜いた冒険者に続く様に、武器を取り出す冒険者達。

 武器のない者はポキポキと拳を鳴らしている。魔法使い達も口元を動かし始めた。いつでも魔法が使える様に。


「……あんた達分かって言ってんの? この国に居られなくなるわよ。それに下手をしたら……」


 ルーティの言葉を聞いてなお、冒険者達は武器を納めなかった。


「この国は居心地良かったんだがな。今思えばそれはこの場所があったからこそなんだ」


「この国がって言うよりは黒猫亭が、だな」


「そうそう。あんた達が居なくなるってんならこの国にいる意味が無くなっちまう」


「おい。そりゃ冒険者としてどうなんだよ。……だけどよ、わかるぜその気持ち。俺たちゃいつ死ぬかもわかんねぇ商売をしてるんだ。殺伐とした仕事をしてもここに来ればたちまち笑顔になっちまう。ここに来て美味いもん食って、リットとエヴァの顔見てるとよ、生きてるって実感できるんだ」


「俺も俺も、そうなんだよ乾いた心に癒しの水が染み渡るって言うか、……ここに来たらいつも酔うから癒しの酒か……。とにかくどんなに疲れてても明日も頑張ろうって思えるんだ。毎日を楽しく過ごしてるあんたらを見てるとな」


「俺達はいつも元気を分けて貰ってんだぜ。だからよ……」



『俺達にも少しは何かさせてくれ』



 誰かが言った最後の言葉は三人の心を打つには強すぎた。


「……馬鹿な人たち」


 ルーティは呆れながらも心の中では感謝をしていた。本当の感謝は言葉だけでは足りなく感じて、どう言っていいか分からなかったからだ。

 ルーティは、父親が死んだ時のことを思い出した。


 あの時も言葉にはできなかったっけ……。


 きっとそれでもいいのだと、この人達を見ていてそう思った。


「………私の話を聞いていなかったのか?」


 蚊帳の外に出されていた男は、話が途切れてから入ってきた。

 実は空気が読めるんじゃないだろうか? 少しだけそう思う一同に対して。


「私を無視したな。ここにいる全員皆殺しだ。やれ!」


 そう男が命じると、数名の手下が冒険者達に襲いかかった。


「エヴァンジェリン・アルジェントには手を出すなよ。大切な人質だ!」


 エヴァを連れて行く事もきちんと伝える。


 冒険者達と男の手下達が店内で鍔迫り合いを始めた。椅子がテーブルが、乱雑に壊されていく。ライオスは苦しい表情を浮かべるが、家族の安全が第一だとエヴァの手を引き出口を目指した。

 男の手下が襲いかかってくるが近くに居た冒険者が助けてくれた。


「急げ! こいつら手練れだぞ、守りながらじゃ戦えねぇ!」


 ライオスは頷く。

 出口に駆け出すがそこにはあの男が待ち構えていた。


「逃しはしない」


 この野郎と罵ってやりたいがそんな余裕もない。

 男が手を伸ばした。


 疑問。


 まだ距離があるぞ。突っ込まずに迂回すれば突破できる。ライオスが方向を変えた瞬間だった。


「がはぁ!」


 ライオスが見えない圧に吹き飛ばされた。


「なに!?」


 エヴァが驚きの声を上げる。エヴァもライオスに手を引かれていたのでその場に倒れ込んでしまった。

 だがライオスほどにダメージはない。


 何が起きたのか?


「……風の魔法? 詠唱破棄?」


 ルーティは眉をひそめた。


「さぁ、どうかな?」


 答える気はない様だ。魔力の放出はあった。だが男は詠唱の類をしていない。詠唱破棄は高度な技術、魔法に卓越していなければ出来ない芸当だ。貴族は魔法を教育の一環で学んでいるが、詠唱破棄はその範疇を超えている。


 ……となれば。


 ルーティは一つ思い当たる節がある。

 それは神から与えられる奇跡。


「……加護ね」


「ふふっ」


 余裕の笑みを浮かべる男。自分の力に自信がある様だ。


 だが。


「舐めんな」


 ルーティが男に肉薄する。

 間合いを詰められた男は足を引く。


 ルーティはすでに見破っていた。男は加護を過信している。故に突然の行動には反応が遅い。


 加護を過信しすぎている奴ほど戦闘慣れしてないってね!


 過去の冒険者だった頃、この手の相手は散々戦ってきた。その経験がルーティに味方したのだ。


 ドスンッと、鈍い音がした。



「――やれやれ、困りますねギーシュ様。事を荒立たせると動き辛くなるのですが」



 いつのまにか男とルーティの間には、執事服を着た男が立っていた。


 ルーティの身体がその場にゆっくりと崩れ落ちる。


「お母さん!」


 エヴァがルーティに駆け寄り抱きすくめた。

 確認するとルーティは気を失っているだけの様で、命に別状は無いようだ。

 どうやらこの執事服の男がルーティを気絶させたらしい。


「……オズワルド」


 男がそう口にした。そう言えば先程この男はギーシュと呼ばれていた。

 エヴァは母を抱きながらも警戒は怠らなかった。


 オズワルドと呼ばれた男はため息をついて話し始めた。


「はぁ、短慮が過ぎますよ、私がいなければ死んでいたかもしれません」


 まぁ、殺す気は無かっただろうがとオズワルドはルーティを一瞥した。


「今後、勝手に動かないでください」


「……父上に言われてきたのか?」


「ええ、心配だとおっしゃるので」


 心配とは疑いでもある。

 小さく舌打ちをするギーシュ。自分を侮ったな、と憤りを感じていた。


 黒猫亭の中は突然の事に静寂に包まれていた。静寂の中エヴァに視線を向けるオズワルド。その目は紅く、まるで暁のように燃えていると、エヴァは純粋な恐怖で目が離せなかった。ギーシュの物とはわけが違っていた。


「一緒に来てもらいます。来なければここにいる方々がどうなるかは、分かっていますね」


 オズワルドの言葉にエヴァは頷いた。頷くしか無かった。

 ルーティが一瞬で倒された。きっと実力は今この場にいる誰よりもあるだろう。纏う魔力も絹のように滑らかだ。リットが言っていた、魔力の扱いに長ける者ほど魔力の揺らぎが少ないと。


 エヴァの選択はこの場にいる全員の命を救った。エヴァ自身が犠牲になる事で。


 冒険者達も理解しているからこそ口が開かない、身体が動かない。絶対的な強者の空気を感じ取っていた。


「……ま…て」


 倒れていたライオスが床を這いながらエヴァの方へと進んでいた。

 父親としての感情が恐怖を凌駕したのだろう。


「……お父さん」


 エヴァが不安そうにそう呼ぶ。


「………俺の娘をどうするつもりだ」


「少しだけお借りするだけです」


 返すことはできないだろうが、と心で嘆息しエヴァの手を取り店の外へと歩き出す。


「待てオズワルド、私が連れて行く」


「いえ、私が連れて行きます。ギーシュ様はお休みください」


 オズワルドがそう言うと、ギーシュは苛立ちげに鼻を鳴らして店を先に出た。


「……本当に困った方だ」


 オズワルドもギーシュの後に続いた。その時後ろから声が聞こえた。


「待てよ! 待ちやがれ! 待てっつってんだよぉ!!」


 店から出ようとしていたエヴァの手を引くオズワルドに向かって、ライオスが怒りをぶつける。


 その声に立ち止まると。


「……バルト伯爵邸」


 そう呟いて再び歩き始めた。


「待ってくれ! エヴァ! エヴァァァァァ!!」


 その叫びを聞いたエヴァが振り返り、ライオスにぎこちない笑顔を見せた。

 口だけを動かして何か伝えるエヴァ。

 そしてエヴァとオズワルドは黒猫邸を後にした。






 先程のエヴァの口の動きを見たライオスは、雰囲気で感じ取っていた。


「……お兄ちゃんが来てくれるから大丈夫、か」


 エヴァがそう言った気がした。


「確かにな……」


 リットの事を考えて、きっとなんとかするだろうと苦笑する。


 先程まで必死で忘れていた。

 アイツがエヴァを攫われて黙っているはずがないと。


「早く戻ってこい、リット」


 エヴァに絶対の信頼を置かれている息子に対して、ライオスはこの場にいないリットに、少し嫉妬するのだった。























 ――――――――――――――――――



 襲撃者に行く手を阻まれたリットは、これなら1分もかからないなとブンブン腕を回す。


 早く帰って何があったのかこの目で確かめないと!


「我々の任務は足止めと生け捕りだ。大人しく一緒に来てもらえるとこちらも良心が痛まない」


 いったいどんな良心だと呆れて嘆息する。


「何がしたいか分からないんですけど?」


 一応聞いてみる。僕を捕らえてどうするつもりか、もしかしたら答えてくれるかもしれないし、今は少しでも情報が欲しい。


「答える必要はないな」


 あっそう。

 じゃあ料理を始めますか。


 僕は、襲撃者達に向けて足を一歩踏み出した。

 力を掴むように拳を握りこむ。


 僕がやる気を出して、走り出そうとした時だった。

 僕の横に四人の冒険者が並んだ。


「リット、こいつぁ護衛の仕事なんじゃねぇのか」


 不敵な笑みを浮かべながらローダスが剣で肩を叩いている。


 やだっ、ローダスさんが頼もしいわ。


「さぁ、急いで家族の元へ」


 ユリウスが優しく微笑む。


 なんだろう男の人なのにドキドキする。病気かな?

 イケメンは目の毒だ。普段空気のくせに。


「面倒なんで広域殲滅魔法で一網打尽?」


 フィリアが物騒な事を言っている。


 ……やめてね。城下が火の海になりそう。


 この人は突飛のないことするからなぁ。雪合戦の時、魔法ぶつけてきたし……。


「お前達覚悟はいいか?」


 アルリエルがローダス達に確認をする。

 各々が頷きリットの前に出る。


「当たり前だ」

「右に同じく」

「炎の精霊よ、か弱き我等に力を与え給え、爆炎の担い手に成りて、強き者を討ち滅ぼさんが為に……」


「うむ」


 いや、うむじゃねぇーよ。一人変な人いるよー、早口で何かブツブツ言ってるよー。詠唱、詠唱だよね?

 こんなところで魔法ぶっ放すの?


「開戦の狼煙だ。薙ぎ払え」


 アルリエルが剣を前に突き出す。それと同時にフィリアが魔法を解き放った。



爆撃炎舞(ブラストフレア)!」



 炎が舞い踊り襲撃者達を襲う。

 悲鳴がけたたましく響き渡る。(主に普通の客)

 まさに阿鼻叫喚。


「やりました! 一網打尽です!」


 魔法が敵を焼き嬉しそうなフィリア、加減したかは分からないが、呻き声が聞こえるので生きているようだ。


「ふははは、まるで人がゴミのようだ!」


 それ完全に悪役のセリフですからねリエルさん!


「くそっ!」


 まだ戦意を喪失していない者が立ち上がる。

 それに合わせて人混みからさらに襲撃者が現れた。

 先ほどよりも人数が多い。


「炎で燻り出せたようだな。まるで虫だ」


 そう言ってアルリエルが再び剣を構えた。

 今度は人混みがバックにあるので魔法は使えない。白兵戦が始まろうとしていた。


「リット、何をボーっとしている」


 ハッとしてリエルさんを見る。とても勇ましい目をしていて引き込まれるようだった。


「リエルさん僕も!」


 リットは自分も戦うと意思を示したが。


「ローダスが言っていたろう。これは私達の仕事だ。なぁに、心配はいらない。お前と初めて会った時に比べれば絶望的な状況じゃあない」


 でも、と言いかけて横から遮られる。


「リットくん、今君がするべきことはなんですか?」


 ユリウスにそう言われてため息をつく。


「……家族の元に向かう事です」


 よろしい、と頷くユリウス。


「では皆さんくれぐれも気をつけて、無茶しないでくださいね」


 心配そうな表情をしているリットにアルリエルが静かに笑う。


「ふっ、ここは任せて先に行け」


 リエルさん、それフラグですか……?


 余計心配になってしまった。


「一度言ってみたかった」


 頬を染めながら言うアルリエルに、カッコつけたのに台無しですよ、と思いながらもリットは走り出した。


「リット、ストップ!」


 走り出したがフレデリクに止められてしまった。

 今急いでいるんだが?


「僕もいくよ、バルト家関係に間違いないからね」


 なるほど、話し合いで解決できるならそれに越した事はない。


 よし、行こう。


 リエルさん達を心配しながらも、僕はフレデリクを伴い黒猫亭へと向かって走り出した。


感想いただきました!

ありがとうございます!


これからも感想、評価お待ちしております。

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