第45話 過去と今を繋ぐ
ルーティの過去回になります。
――私は孤児だった。
戦争で敗走した兵達が盗賊に身を堕として私の村を焼いた。目の前で両親や姉が殺された。母と姉は慰み者にされ嬲り殺された。私は泣くことしかできなかった。子供の私には価値がないと連れて行くだけ金の無駄だと、焼き払われた村で一人取り残された。私は身体中の水分がなくなるんじゃないかと思うぐらいに泣いた。
一人は寂しかった。
だけどすぐに一人ではなくなった。
焼き払われた村で、私は一人の男と出会った。男は自分は盗賊だと言った。
私には、もうそんな事はどうでもよかった。連れて行ってくれと懇願した。何でもすると、乾いた喉から乾いた声を出して必死に叫んだ。
男は優しく笑って頭を撫でてくれた。
私は新しい家族を得た。
男は私を連れて、男の隠れ家に移動した。そこには沢山の人がいて、皆んなが優しくしてくれた。
後から聞いた話、男は盗賊などではなく、金さえ払えば何でもやる闇ギルドのリーダーだということがわかった。
もちろん私も仕事をすると男に言った。
だが男は、そんな事はしなくてもいいと首を振っていつも私の頭を優しく撫でた。
いつの頃からか私はその男を父と呼ぶようになった。
最初は照れ臭そうにしていたが、次第に慣れると、酒を飲みながら仲間に私の自慢をするようになった。今度は私が照れ臭くなって、私の自慢をするたびにクソ親父と罵ってやった。そう言うとなぜか大笑いするので私も一緒になって笑ってやった。
楽しかった。
しばらく一緒に行動すると、働いてもいないのにこの場所で生活をすることに、流石に耐えられなくなって父に黙ってギルドの仕事をするようになった。
初めて人を殺した。
今でも忘れられない。ナイフが皮膚を裂き心臓に刺さるあの感触を……。
どうやら望んでもいないことに私にはその手の才能があったらしく、めきめきとギルド内で頭角を現していった。
同時に父に仕事がバレて、初めて殴られた。
いつも優しく私の頭を撫でてくれていたあの手を、私が握らせてしまったのだ。
殴られて初めて父の本当の優しさを知れた気がして、私は笑ってしまった。
もう一発殴られてしまった。
父の愛が私の仕事のストレスを緩和していてくれると思った。
父は悲しそうであったが、私は役に立ちたい一心で働いた。
人を殺す仕事だ。他にも誘拐、拷問、そんな非人道的なことをして金を稼いでいた。
いつのまにか私はギルドの幹部にまでのし上がっていた。15歳くらいだっただろうか?
そんな殺伐としながらも充実した日常を過ごしていた私たちに大きな仕事が入った。
当時幅を利かせていた正規ギルドの一つ、星の旅人達を壊滅させるという内容だった。
新進気鋭、当時最強の一角と呼ばれていた新設したばかりのギルドを潰す。言葉にすれば簡単だがその依頼内容に私と父は顔を歪めた。
新進気鋭で新設したばかりのギルドに私と父は脅威を感じたのである。
理由は単純に戦力だ。
構成員の数は新設なだけあって少なかったが、一人一人が名の知れた冒険者であった。中でもS級と呼ばれる最高位の冒険者が6人もいた。一人ですら厄介なのにそれが6人。
私と父は依頼を断りたかったが、依頼主が大貴族であったため断ればこちらの口封じに来るのは確実であった。依頼を出した理由については、予想でしかないが面子を潰されたのだろう。噂でその大貴族が暴れている古龍を討伐しようと私兵を送ったらしい。結果は惨敗、一人として残らなかったらしい。
古龍といえば文句無しのS級の魔物である。そんなものが暴れているとなれば小さな国なら一晩で消滅してしてしまうだろう。
だが、そんな時に彼等が姿を現した。彼等は犠牲を出しつつも古龍の討伐に成功、国から賞賛されて英雄と呼ばれるようになった。
つまり、それが気に入らなかったと。
とばっちりである。
父はしぶしぶながらも依頼を受けた。実際には処刑宣告である。貴族も戦力を削いで人気を落としてやろうくらいにしか思っていないだろう。要は私達は捨て駒として雇われたのだ。私達が勝つなどとは微塵も思っていないだろう。相手にも私達にもただの嫌がらせである。
来るべき決戦に向けて父はギルド員を全員招集してこう告げた。
ギルドは解散する、と。
今でも忘れられない父の真剣な表情を私は誇りに思っている。
正規のギルドではない。だが、正規のギルド以上に仲間を大切にするギルドであった。
私は誇らしかった。
みんなも同じ気持ちだったのだろう。真剣な目で父を見て誰も意見を言わなかった。
父は誰にも付いてきてほしくなくて言った言葉であったのだが、裏腹にも誰も父の側を離れる者はいなかった。
あの時の父の顔は傑作だった。
ルーティ。と、名前を呼ばれた。
私を呼んだ父の顔はとても寂しげであった。
私には付いてきてほしくなかったのだと思う。死にに行くようなものだったからだ。
だけど私は一緒に行くと決めていた。ずっと前から決めていた。あの日、村が焼かれて泣いていた私を拾って育ててくれたこの人の恩に報いるためにも。
そう、私は決めていたのだ。
人生は選択の連続。私はその選択を後悔していないしむしろ誇りを持っていた。
遠い未来、この選択が間違っていなかったと言えるように私は、全力で今を生きる。
決行の日付になった。奇襲は夜だ。戦力で劣る私達は小細工を浪さなければ明日はない。準備は万全……とは言い切れないが、やれるだけのことはやった。後はいつものように首にナイフを、心臓に剣を突き立てるだけである。
合図は無い。
皆んなの呼吸が揃ったら自ずと体が動いてくれる。私達はプロの暗殺者なのだ。
私達は一匹の生物のように一斉に動き始めた。ターゲットは野営をして見張りも少数だ。先ずは見張りから音もなく殺す。次に野営のテントに毒を放つ。そして慌てて出て来た冒険者達を、私達が狼のように噛み殺してやるだけだ。
違和感があった。
皆んな気づいていたと思う。少な過ぎる見張りも、静か過ぎる野営地も、私達は罠にかかったのだ。きっと他にも奇襲があったのだろう。情報不足だった。
だけどあえて、私達は自ら罠にかかった。
理由? わからない。きっと野営地を見た瞬間皆んな確信したんだ。嗚呼、今日私達は死ぬのだと。さ
野営地の真ん中には、古龍の亡骸が横たわっていた。
彼等は運が良いのか悪いのか。またしても古龍を討伐したらしい。
私達は野営地に着くと真っ先にそれに視線を誘導され、死を覚悟した。
所々で剣戟が繰り広げられている。魔法も小規模ではあったが使用していた。味方を巻き込まないように細心の注意をはらいながら。
ひとり、またひとりと仲間達が斬り伏せられ、魔法で焼かれ倒れていく。血の匂いも人が焼ける匂いも、もう慣れていた、慣れ過ぎていた。
だけど………。
仲間の死だけはどうにも慣れなかった。皆んな同じ時間を過ごした仲間であり家族である。一人一人との想い出が走馬灯のように流れていく。きっと兄と慕ったあの人も、姉と慕ったあの人も、私を姉と慕ってくれたあの子達も、刺され、斬られ、焼かれ、土に還っているのだろう。もしかしたら、父と慕ったあの人も……。
戦いは一方的であった。
気付いた時には私は一人になっていた。今日は調子が悪いらしい。私はまだ誰も殺していないのに、仲間は誰一人として起き上がらなかった。
周りを囲まれていた。
よく見ると私は一人ではなかった。隣に父がいた。息も絶え絶えで身体中から血を流した父がいた。父が隣にいてくれた。だけど、私を優しく撫でてくれた、愛情を持って殴ってくれたあの大きな手はもうなかった。肘から先がなくなっていた。
私はもう戦う力も残っていなかった。力なく父の隣に座り込み、肘から先がなくなった父の腕を取り涙を流した。父の腕は死を匂わせるように血が流れ続けて、少しずつ冷たくなっていった。
こんな時に私は泣くことしかできない。あの頃と一緒だ。村を焼かれて一人で泣いていたあの頃と。
「……ルーティ、すまなかった」
そう言った父は何故か嬉しそうだった。なぜ謝っているのに嬉しそうなんだ。
父は近くに居た冒険者の女に、目線を向けてニヤリと笑ってこう言った。
「……俺の娘は優しいだろう。こんなに汚い俺を父親と呼び慕ってくれる。人殺しの俺のために涙を流してくれる。俺にはもったいない最高の娘だよ」
父は目に涙を溜めながら女の冒険者に話し続けた。
「………初めて会った日は酷い顔をしていた。 初めて仲間に合わせた日は怯えた顔をしていた。 初めて頭を撫でた日には驚いた顔をしていた。 初めて名前を呼んだ日には嬉しそうな顔をしていた。 初めて俺を父と呼んだ日には照れ臭そうな顔をしていた。 初めて殴った日にはなぜか笑顔だった……」
涙が止まらない。もういい、もういいから。
「毎日違う顔を見せてくれる娘のことを俺は愛している。きっと今までも……そしてたとえ死んだとしても」
父は涙を流していた。今まで見たことない顔だった。慈愛に満ちてとても清々しい表情だった。
「……はぁ、がぁ…がぁ、ルーティ、俺はな幸せだったんだ。幸せを掴んだんだ。人を殺すことしかできない俺が人を育てることができた。お前は立派に育ってくれた。……ルーティ……ありがとう。俺の娘になってくれてありがとう……」
父の言葉が胸に染み込む。初めて会った時も、父は私の乾いた心に優しさという水を与えてくれた。それなのに私はまだ、何も返せてはいない。
ありがとうと言うのは私の方なのだ。私でなくてはならないのだ。
「……クソ親父」
何を言って良いかわからなくなった私は、いつものように罵倒してしまった。
ちがう! そんなことが言いたいわけじゃない!
ありがとうって、父さんありがとうって言わなきゃいけないんだ!
今まで育てくれて、愛してくれてありがとうって!
私の顔は涙と鼻水と血でベトベトになっていた。
父の頬が緩み。声を上げて笑った。いつものように。だけど少しずつその笑い声は小さくなる。
――父の笑い声が聞こえなくなった。
死んだのだと、直視したくない現実に叫び声を上げる。
私はまた一人になってしまった。
もう、一人は嫌だった。
私は持っていたナイフを首に当てがい、動脈を断ち、父の後を追おうとした。
だが――
バチン!
私の頬に衝撃が走った。打ぶたれたのだと気づくのに少しの時間が必要だった。
私を打ったのは父の話を聞いていた女冒険者であった。
暗くてよくわからなかったが、よく見てみると女はエルフだった。見た目は若いがエルフなので外見はあてにならない。
それが、私とアルリエルの出会いであった。
なぜ死なせてくれないと文句を言う前に、目の前の女が話しかけてきた。
「少女よ、私達と共に来い」
最初、言っている意味がわからなかった。
数秒後、意味がわかり私は激怒した。
なぜ仇の仲間になどならなければならない。お前達は仲間を家族を父を殺しただろうと。
言っていて急に虚しくなった。今まで私に殺された人の事が頭を横切ったからだ。一人一人覚えているわけではない。だが、全員が同じ表情だったのは覚えている。死にたくないと、そんな顔を皆しているのである。
私は生きなければならない。なぜかこの時そう思った。殺した人間のためか、死んだ仲間達のためかはわからない。だけど私は、生きたいと思ってしまった。
女の提案は私を生かす事なのだ。ただそれだけ。きっと気まぐれだったのだろう。
後から聞いても答えてはくれなかった。
ただ、その事を聞いた時に彼女はこう言ってくれた。
「私はお前の父親を、尊敬しているよ」
その言葉が私と彼女を繋げてくれたと思う。
私は誇らしくて胸がいっぱいになった。
嗚呼、嬉しくても涙は出るのだと、私は産まれて初めて知った。