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第43話 襲撃

 

 本格的に営業が始まってそれなりの日にちが過ぎた。当初予定していたよりも集客が出来たため、僕たちは毎日忙しく働いている。いや、母さんやオーランドさん、ひいてはヴァレリー伯爵の期待を裏切らないために働かせてもらっていると言ったほうが正しいだろう。


 ギーシュもあの日以来 来ていない。

 フレデリクいわく、探りを入れているらしい。

 もしくはもう何かを始めているかもしれないと。


 鳥肌が立つ。


 毎日そんなことを考えるのは精神衛生上よろしくない。

 なので心の平穏を保つために見目麗しいメイドさんの方を眺めることにした。

 スカートとフリルのエプロンがゆらゆら揺れる。

 なんだろう、心が洗われるようなこの気持ちは……。


 ぼー…………。


「何ぼーっとしてんのよ! 」


 メイドさんに見惚れていると、横から突然叱咤された。


 僕を叱りつけたのは幼馴染のイリナである。先日の一件から立ち直り、今では彼女が屋台の店主なのではないかという働きぶりである。


 それは彼女の格好にも現れていた。現れ過ぎていた。


「……何ジロジロ見てんのよ」


 イリナは自分の身体を恥じらうように隠している。


 僕はイリナの姿を見て心の中で手を合わせる。


 イリナは約束していたメイド服を着て接客をしていた。紺のワンピースに白いフリルのエプロンが清楚なイメージを与えて、頭のカチューシャと胸元のリボンが目線を上に持って行き、自然とイリナの小ぶりでパーツの整った顔に誘導される。

 自分の姿にまだ慣れないようで、少しだけ照れがまじっていた。

 それがまた良い。


 正直抱きしめたい。


 美少女のメイド姿、それは凶器であった。そしてその姿は男の狂気をさらけ出させた。主に僕の。


 なかなか様になっていて驚いたが、僕に対してのツンはとどまることを知らない。

 それでこそイリナなのだが……。


「早く作りなさいよ! お客さん待ってるでしょ!」


 数日前のデレは一体なんだったんだ……。

 あのままならこんなに精神をすり減らす必要はなかったかもしれない。

 もしあのままであっても、それはそれで扱いに困っていたかもしれないが。


「分かったから怒らないでよ」


 僕は苦笑しながら料理を作っていく。


 屋台は本日も大入りである。ひっきりなしにお客さんがやって来る。毎日来ている人もいた。まだ一月ほどしか営業していないが、もはや常連と言って良いだろう。本人達も「明日も来る」と言っているので、そう定義しても問題ないだろう。これからもそういったお客さんが増える事を期待するばかりである。


「やっぱりうまいな。また来るよ」


 その言葉を聞けるだけで生きてて良かったと思う僕はちょろい奴なのだろうか?


「ありがとうございます。お待ちしてますね」


 こんなやりとりも増えてきて、毎日が充実していた。朝早く起きるのも以前までは億劫な日もあったが、今では早く屋台に行きたいと楽しみに思うほどである。


 ハンバーガーを作っていると後ろから声をかけられた。声の主はアルリエルだ、何だろうと耳を傾ける。


「リット、問題発生だ」


 クレームかな?


「喧嘩だ。列がなかなか進まないせいでイライラしている」


 どうしようもないな……。


「なるべく急ぎます。リエルさん迷惑かけますけどよろしくお願いします」


 リエルさんは嫌な顔一つせずに頷いてくれた。心なし顔がほころんだようにも見えた。


「リットくんに頼られて嬉しいんですよ。かわいいですねぇ」


「フィリアさん」


 フィリアがニコニコと近寄ってきて耳打ちをした。


 近いっ! 息が耳に!

 はふん。


「おいフィリア! リットに近づきすぎだぞ!」


 アルリエルが顔をトマトのように真っ赤にして、ドシドシと距離を詰めて来る。


 喧嘩の処理は?


「今はこっちの方が問題だ!」


「アルリエルさんってば独占欲が強いですねぇ」


 余裕のないアルリエルに対して、フィリアは楽しげにしている。むしろ挑発しいているようにも見えた。


 リットとしては喧嘩を止めてきてほしかったのだが、まさかこちらでも喧嘩? が勃発するとは思わなかった。

 あとフィリアが意外にもSっ気があり、人は見かけによらないなと思った。アルリエルも冷静沈着そうな外見をしているというのに、蓋を開けてみればあら不思議、ただの美人な変人である。

 知り合いには、見た目と性格が一緒な人の方が少ないかもしれない。

 期待を裏切らないのはイリナぐらいだろう。


「アルリエルさん! フィリアさん! 仕事してください!」


 業を煮やしたイリナが、二人の間に入って檄を飛ばした。


 子供に叱られてるよこの人達……。


「す、すまん……」


「ごめんなさい……」


 イリナに怒られて仕事に戻って行く二人。


 リエルさんは気にし過ぎで、フィリアさんはからかい過ぎだな。

 でも二人の仲の良さがわかる微笑ましいじゃれ合いだったな。

 トボトボと仕事に戻る二人の背中を見ながら笑みをこぼす。


「あんたもペースを上げなさい」


 イエス! マム!


 イリナの圧に押されて慌てて作業スピードをあげる。すでにルーティンになっているので、無駄を省きながらどんどん効率を上げることができた。


「いいペースじゃない。クレーム減ってきてるわよ」


 まだクレームあんのかい!?


 これ以上は厳しいぞ。


「他の屋台もあんた並みに早く作れればいいんだけど、あんた分身とかできないの?」


 出来るか! 人をプラナリアみたいに言うな!


「チッ、使えないわね」


 イリナさん、言葉使いが汚くってよ。


「もう店構えた方が早いわね。これだけ毎日集まれば、多少落ち着いても大丈夫でしょ。あとは生産方法の見直しね」


 イリナが店舗経営を考え始めている。だがしかし、黒猫亭の二号店になるわけなのだが………。


 うん。僕に相談してから決めてね。


 きっとイリナなら考えていてくれるはずと、その言葉は飲み込んだ。


 トントン拍子ではあるが、新しく黒猫亭の暖簾を掲げることが出来れば、店で出す料理がハンバーガー以外にも増やすことが出来る。

 そうなってくれば本当に店長なんかを雇わなければいけなくなる。早く工場の求人が集まる事を祈ろう。

 ていうかこっちでスカウトした方が早いかもしれない。フレデリクやイリナと相談しながら、これからの事を決めていこう。


 ん? 僕が店主になれば良いじゃないかって?

 ノンノン、あくまで僕は生まれ育ったあの場所で働きたいのだ。

 2代目黒猫亭店主リット・アルジェント。それが僕の夢だから。

 まぁ、それまでは色々とやらせて貰おう。

 フレデリクとイリナにも手伝って貰っているからな。半端では終われない。

 この屋台、黒猫亭二号店を城下で1番の店にする。まずはそれから始めよう。

 そして本店は聖王国一の店にしよう。


 リットはそう心に誓った。




 ――――――――――――――――――――――




 その日の営業にて、少し困ったことがたびたび起きた。


 客同士の喧嘩、料理に対するクレーム、商売敵による嫌がらせ、それにメイドをナンパするクソ野郎の出現、変態ウィリアムの暴走……など。


「後半はどうでもいいね」


 バッサリと切り捨てるフレデリク。


「フレデリク! どうでもいいって何さ! むしろ後半の方が大事でしょ!」


 まったくこの男は何を言っているのか、僕の目の前でメイドさんをナンパされたんだぞ。ふざけるな、僕の心の平穏アンド癒しを乱そうとするなんて。

 それにあの変態またやりやがった。列の整理をするとか言ってフラフラ人混みに入っていったと思ったら、あの野郎案の定子供と戯れてやがった。仕事をしろ!


「……いや、問題はそうじゃないよね。明らかに営業妨害されているよ。それも故意にね」


「?」


 僕はフレデリクの言っている意味がわからなかった。故意に営業妨害? されてましたっけ?

 クレームなんていつもの事でしょ。

 いや、いつも通りではいけないんだけどね……。


「クレームや客同士の喧嘩、徐々に増えてるからね」


「えっ? うそでしょ」


「営業記録見てみるかい」


 そこまで言うなら本当なのだろう。だけどまったく気づかなかったな。


「少しずつ増えていたからね。僕もやっと確信が持てたよ。まぁ何かしてくるとは思っていたけど……。変な噂も流してるみたいだね。何の肉を入れているかわからないから食べない方が良いとか、メイドは全部男だとか」


「メイドさん男なの!?」


「信じちゃうの!?」


 ほっ、嘘か。よかったぁ。

 今まで男にときめいていたのかと。


「少しでも評判を下げようとチクチク攻撃してきてるね」


「でも実害はあまりなくない?」


「チリも積もれば何とやらだよ。それにそう思わせることが狙いでもあるだろうね」


「狙い?」


「それぐらいなら気にしなくてもいいって思っていて放置していたら、取り返しがつかなくなるよ。油断させておいて一気にたたみかける。あの家がよくやる手法さ」


「もしかしてバルト家が」


 ついにギーシュが手を出してきたか。

 思わず拳を握る。

 あっ、ハンバーガー潰れた。

 フレデリクにあげよう。


「ぐちゃぐちゃじゃないか!」


 いらないの?


「いただきます」


 召し上がれ。


 もぐもぐと食べながら僕に説明してくれるフレデリク。


 うん。飲み込んでから話そうな。貴族なのに行儀が悪いぞ。


 飲み込んでから話すように促す。


 ゆっくりお食べ。


 バルト家か、何もしてこないと思っていたら、こんなちまちました攻め方をして来るとは………。

 陰湿なことをする。


「じわじわと体力と気力を締めつけて奪い。満身創痍になったところで喉元に噛み付く、ギーシュ・バルトはまさに蛇だ」


 綺麗にハンバーガーを食べたフレデリクが急に話し始めた。


 話の繋ぎを考えろよ……。


 ……なるほど蛇か。言われてみれば不気味で蛇っぽい雰囲気だったかもしれない。それにこの世界の蛇は知能が高く狡猾だ。フレデリクが蛇と揶揄するのもわからないでもない。


「こら、二人とも何してるのよ。営業中よ」


 フレデリクと話し込んでいたらイリナがやんわりと注意しに来た。やんわりと注意したのは話の内容を聞いていたからだろう。


「その話は私も一緒にしたいのだけど」


 真剣な顔でそう言ったので、どうやら何かあるようだ。


「パパが言っていたんだけどバルト家がリットを欲しがっているみたいなのよ」


 ぞわっ。


 うわっ、鳥肌立った。


「僕もそれは聞いていたけれど、もちろん父上が止めてくださっている」


 それ僕知らないんだけど……。


 なんにしても僕を求める理由なんて、この間の一件に関してだろう。ほいほいついて行こうものなら何をされるか分かったものではない。まぁついてなんか行かないが。知らない人と危ない人にはついて行ってはいけないと前世の母に躾けられている。


 ん? 今は放任主義だから何も言われませんよ〜。


「それはパパも頑張っているんだけど、正攻法だけで来るとは思えないのよ」


「確かに。用心するべきだろうね。でも、リット相手に誘拐は無謀にもほどがあるね」


 フレデリクはそう言ってニヤニヤとしている。

 いやぁイケメンが台無しだよ。


「そうね。でも来てほしいわ。誘拐できなくて慌てふためく襲撃者を見て思い切り笑いたいもの」


 イリナ、悪い笑顔だなぁ。

 美少女が台無しだよ。


「二人とも物騒なことを言わないでくれよ。何もないに越したことはないんだから」


 それもそうだと三人で笑い合う。


 とりあえず何が起きても動じないようにしよう。冷静さを欠いては適切な対応が出来ない。料理と一緒だ。

 クールに行こう。






 話を終えて営業に戻り忙しくしていると、急に並んでいた客達が騒ぎ出した。

 列は乱れてアルリエルさん達が慌てている。一体どうしたんだ。今までこんな騒ぎはなかったはずなんだが?


 冷静になろうと思ったばかりなのに心が騒つく。何か嫌な予感がするのだ。この騒ぎが心を乱しているわけではない。第六感とでも言うのだろうか、この心臓に冷たいナイフを直接突きつけられているような感覚は。


 この嫌な予感は現実となった。いや、すでに起きていたことに言うべき言葉ではない。予感が的中した。これはきっと啓示だ。


 人だかりをかき分けて、一人の男の冒険者が僕の前に現れた。知っている顔だ。黒猫亭の常連でひいきにしてもらっている。

 その冒険者は肩で息をしていて、急いで来たのが見てとれた。

 慌てている理由を聞こうと屋台の前に出る。

 するとその冒険者は、僕の両肩を勢いよく掴んで、ものすごい剣幕をしてこう言った。


「リット! 急いで黒猫亭に戻れ!手遅れになっちまう!」


 頭をハンマーで殴られたような感覚になる。

 店で何かがあったのだ。嫌な予感はこの事だったのだ。

 急いで店に戻らなくては。僕は詳しい話を聞かずに駆け出そうとした。


 だが、行く手を十数人はいるだろう客に阻まれた。見たことのある顔だ。毎日来る屋台の常連もいる。


「……通していただけませんかお客様」


「ちびっ子店主。申し訳ないな、あんたの作るハンバーガーは美味いんだが命令でね」


 そう言って目の前の客達は自分達の服に手をかける。そして勢いよくそれを剥ぎ取った。


 バサッ!


 まるで前世で見た時代劇の忍者のように、一瞬で黒装束に身を包む。


「ここから先は通行止めだ」


 お客様。いや、襲撃者と呼ばせて貰おう。誰の差し金かは大体わかる。大切な家族と僕の前に立ちはだかると言うなら……。



「どう料理されても文句はないですよね?」


 僕は静かな声で、だけど出来るだけ力を込めてそう言った。




次回 アルジェント家に危機が!? どうなるエヴァンジェリン!?

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