第42話 陰謀
リット達がギーシュに会ったその日の夜、バルト伯爵邸の執務室にて、マイルズ・バルト伯爵その人が、部屋のソファーに鎮座していた。
「オズワルドよ、報告を聞こう」
今日はオズワルドからの報告を聞く日であった。
もちろんヴァレリー伯爵の情報についてである。
「はっ、ではヴァレリー家の動向から」
オズワルドは、一呼吸置いてから話し始める。
「どうやら新しく建設する工場では、ご存知とは思いますが娯楽品の玩具を製作するようです。詳しくは完成品がこちらにございますので後でご覧ください。こちらはすでに陛下の手にあるようで我々が手を出す事は難しそうです。利益にはなりません」
「もう陛下に渡っているのか、謁見が早すぎる。陛下はあの男を信頼しすぎているな」
「はい。ですが言い換えれば些細な事でも気にしていると言う事になります。工場に対しての妨害工作をすれば人も集まらず、量産には至りません。陛下の信頼を落とすことが出来るでしょう」
「それは結構。ではただちに人員を割き妨害工作にあたらせろ、むろん気付かれぬようにな」
「はっ、そちらには既に何人か忍ばせております。外からよりも中から崩す方が容易いでしょう」
「流石だオズワルド。私は優秀な部下を持って幸せだよ」
「お褒めにあずかり光栄です」
本当はそんな事を微塵も思っていなかったが、仮にも自分が使えている相手なので恐縮するふりをするオズワルド。
もう一つ、と言って追加の情報を提示する。
「工場の生産とは別に城下町で屋台を出しているようです。こちらも直接行きましたが……」
歯切れの悪いオズワルドにマイルズが怪訝な表情をする。
「ん? どうした?」
「いえ、実は営業は明後日からのようで、偵察だけで済まそうと思っていたのですが、何やら人が大勢集まってしまったらしく今日臨時的に営業をしておりました」
ふむ。と言って、オズワルドに話を続けるよう促した。
「売られていたものはパンに肉を挟んだ料理で売れ行きは上々、早くも市民に受け入れられていました。私も一つ食べてみたのですが……」
「どうだったのだ?」
「――美味でした」
オズワルドの表情は、普段の無表情とは違い、頰が緩み柔らかさが見て取れた。
「お前のそのような表情は初めて見るな。ふむ、私も少し興味が出た。もちろん買ってきてあるのだろう?」
マイルズはオズワルドの表情を見て、ハンバーガーに興味を示す。
「っ! 申し訳ありません! 並び直すのに時間がかかったため断念してしまいました。次の機会をいただければ」
普段の完璧な仕事とは違い、少し予定外のことが起きてしまったオズワルドは、妥協せざるをえなかった。
「はっはっは、まぁよい。むしろ楽しみが増えたな」
いつもの仕事を考えればそれくらいのミスは許容するマイルズ。
これが他の者なら罰せられていただろう。
「それと……、ギーシュ様がその場におられました」
「何? ギーシュが?」
オズワルドの発言に驚くマイルズ。
オズワルドと同じ行動をしていた事に自分の息子も優秀だと鼻が高くなる。
「どうやら独自の調査でその屋台に行き着いたのだと思います。屋台の方は息子のフレデリクが運営をしているようなので」
「なるほど」
と言ってマイルズは少し思案する
「そちらはギーシュに任せよう」
息子の可愛さゆえに出した案である。
オズワルドは慌てる。自分のペースを乱されたく無いのだ。ギーシュは頭は良いが他人のことなど考えない。いつもの尻拭いは御免である。
それに理由はもう一つあった。
「っ! お待ちください。もしかしたらそちらが本命かもしれません。」
「どうゆう事だ? 説明しろ」
怪訝そうに尋ねるマイルズに少しだけ冷静さを取り戻す。
「工場で作るものも、屋台の料理の件も一人の人物を中心に動いているようなのです」
「何? ヴァレリー伯ではないのか」
「はい。調査によれば王都の外れにある宿屋、黒猫亭の倅、リット・アルジェントが携わっているようです」
マイルズは、誰だそれはという表情をしている。
「今年11歳になる少年です。しかしただの少年ではありません。その宿の客に聞いたところ、いわく料理の腕は宮廷料理人並みで、交友関係は先に挙げたフレデリク・ヴァレリー、ルノール商会現会長オーランド・ルノールの娘イリナ・ルノール、Sランク冒険者 疾風の射手アルリエル、他にも多数の冒険者などとの交流があります」
「むぅ、宮廷料理並み? 眉唾ではないか? 冒険者達は宿屋に来る客という事か」
胡散臭そうな表情でオズワルドを見るマイルズ。
「私も屋台の料理を食べましたが、間違い無いかと」
「ほぅ、ますます食べたくなったな」
その一言に多少は信じてもいい気持ちになり、また未知の存在に興味を示すマイルズ。
「そして極め付きが信じられない事に戦闘力なのです。その実力はSクラスの冒険者に匹敵すると」
「それこそ眉唾では無いのか? まだ11歳なのだろう?」
マイルズはその事に関しては全く信じなかった。話を聞いてすぐに冒険者の冗談か何かだと頭から離す。
「はい。それに関しては私もそう思います。ですが本当なら危険です」
「それはありえんだろう。まぁ気に留める程度にしておけ」
「わかりました。ではこちらも私に任せていただけますね?」
うぅむ、と言って悩んでいる。
すると突然ドアが開いた。
「父上!」
ギーシュ!? もう戻ってきたのか。まさか何かやらかしたわけでは無いだろうな? と、オズワルドは冷や汗をかく。
「おおっ! どうした息子よ。血相を変えて?」
「父上! この間の件は覚えていますか?」
「う……。ああ、覚えているよ」
フレデリクの件もオズワルドに任せようかと思っていた矢先にギーシュが戻って来てしまったのだ。少し目が泳いでいる。
「私はこんな屈辱は初めてです! 今すぐ奴らを八つ裂きにしたい……! いや、それだけではおさまりません!」
憤慨するギーシュにたじろぐマイルズ。
「ど、どうしたと言うんだギーシュ?」
落ち着くようにとマイルズがなだめるが、ギーシュの怒りは静かなものになるだけで、目は怒りの炎で燃えていた。
「……今日城下でフレデリクに会いました」
「オズワルドの報告で聞いている。それで、何があった?」
一瞬だけオズワルドを見て、もう一度マイルズに向き直る。その行動は牽制だとオズワルドは思った。
邪魔をするなと目がそう言っているような気がしたからだ。
「フレデリクなんて今はどうでもいいんです。私が今憤っているのはフレデリクの出した屋台にいた子供、リット・アルジェントです。情報は少しだけならありましたが、アレは今すぐに消すべきです」
「穏やかではないな。私もその少年の事は今オズワルドに聞いたんだ。詳しく聞きたい、話を続けなさい」
ギーシュが今日あった出来事を話し出す。
オズワルドは、やはり厄介なことをして来たなと落胆した。
また死人が出て尻拭いをさせられるのだと。
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「なるほど、話はわかった。その件はお前に任せる。フレデリクよりもそちらの方が角が立たないだろう。たかが宿屋の息子風情だ、そんな事ではこちらに手を出す動機にはなりえん」
貴族とは厄介なものだとオズワルドは辟易した。
もはや新しい種族である。同じ人種でここまで争うのか?
いや、争うのが人の本能なのかと諦めたように天を仰いだ。
――自分も似たようなものだと。
「ありがとう。実はもうどうやって痛めつけてやるか考えてあるんだ」
「ほう? 聞かせてくれるか」
「もちろん」
親子は醜悪な笑みを浮かべて、悪巧みを始めるのだった。
早く話して見せろとマイルズが促す。
ギーシュは目を細めて嬉しそうに話し始めた。
「――リット・アルジェントには、可愛がっている妹・がいる 」
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