第41話 スパイスガール
悪辣貴族ギーシュの襲来から1日、今日も今日とていつも通りの日常があるわけでもなく。屋台の改良に奔走していた。
昨日のイレギュラー営業から学んだ事を活かしつつ、今後の営業に役立てていきたいと思う。
まず食材の供給、これはマジックバッグで解決。僕の空間収納でもいいが、いつまでも居るわけではないので、質の良いマジックバッグを入手したい。
次に調理場の数、一つじゃ足りません。
なので急遽屋台を改装、ていうか屋台を三つ追加した。
そのうち屋台ではなくどっしり店を構える所存である。らしい……。
そのことに関して、主に母が目を金貨のようにキラキラさせながらオーランドさんに相談している。
黒猫亭二号店である。
後は人員不足、これもイリナに注意されたので冒険者の護衛を使うのは禁止となってしまった。
ルノール商会が求人を出してくれているが、工場優先らしい。
何でも量産の目処が立つほどの人が応募してきているらしい。これならすぐにでも屋台人員を確保できそうだ。
しめしめ。
応募には亜人種もそれなりにいるようだ。
しかし、人種差別などが心配だな。募集要項に人種を気にしない事、それも足してもらおう。
僕担当の屋台の人員に関しては当面ヴァレリー家から人を借りる事になりそうだ。
というわけで、屋台も工場もとりあえずは順調に進んでいる。
いやはや、今朝も母さんの機嫌がいいこと。
当分は父さんのストレスも減ることだろう。
感謝して欲しい。
今上げた以外にも細かい改善点はあるが、あまりやり過ぎて営業に支障が出てもしょうがない。
ボチボチ行こう。
今日僕がする事と言えば屋台の改装ぐらいである。大変な作業ではあるのだろうが僕の万能創造があればほぼ一瞬だ。
ふっ、瞬殺だぜ。
屋台の作業指導に関しては、新しく入るメイドさんに、営業を経験したメイドさんが教える事になっているので僕は必要ない。
ちょっとさみしい……。
営業に関して新しく決めた事がある。営業時間とシフトだ。
営業時間を朝から夕方までにした。屋台だと外なので色々不便なのだ。
夜まですると暗いし。
ちゃんとした店になるまでの辛抱である。
そしてシフトだ。これはバイト感覚で仕事をしてもらうためである。夜仕事をしている人や、朝だけ仕事をしている人などもいる事から、そっちの方が応募が増えるかなと思ったのである。
まぁ、工場の求人が終わらないと、こっちには見向きもしないかもしれないが……。
だけど融通利くと固定人員になるしその時間安心なんだよな。
休まれたら地獄になりそうだが……。
おっと、流石に仕事をしないとな、イリナがこっちを睨んでいる。
すいませんすぐに仕事します……。
昨日の一件があったが、イリナはいつも通りに戻っていた。いつも通りを演じている可能性もあるが、仕事をしている時間は忘れられるのかもしれない。
それにしてもよく働く。
そのまま仕事に生きたら結婚できないかもな、ははっ。
そんなことを考えていたらこちらに速足で歩いてきた。
まさかまた顔に出てました!?
変なこと考えてすんません! 仕事するから許して!
イリナは僕のそばまで来ると無言の圧を飛ばしてきた。
親方申し訳ない。
そのまますぐに作業に移った。
――――――――――――――――
作業自体はチート能力で一瞬で終わらせて、これからの営業のことをオーランドさんにでも相談しようとイリナに交渉を頼んだ。
「何よ。私じゃ不満なわけ?」
めっちゃ不機嫌になった。
え〜。プライド高いなぁ。
仕方ないまた今度にしよう。
適当に話をそらす事にした。
「あー、いい天気ですね」
「キモっ!」
ちょ! ひどくない!?
「何よ急に。話そらそうとしてるのバレバレよ」
あはは。バレましたか。
「バレましてよ」
あらお上品。
「バカにしてんの?」
「してないよ。バカみたいな話をしてるだけ」
「バカだもんね」
おい、お前は僕をバカにしてもいいのか? ……まぁいいけど。
「それよりさぁ」
それより!?
「 話をそらそ「変えようとしてんのよ。アンタも都合がいいでしょ」……はい」
かぶせられた上に、言葉を正されてしまった。精神的には僕が歳上のはずなんだが、へこむ。
「昨日の事なんだけど……」
ばつが悪そうに髪の毛をいじりながらチラチラとこちらを覗き見る。
あ〜はいはい。昨日の事ね。元に戻ってるかと思ったけど、やっぱ気にしてたか。
子供にはギーシュの刺激は強かったらしい。
「まだあれか……あんまりいい気分にはなれないか」
「あったりまえでしょ! アンタばかぁ?」
うわ。心配してやったのにそれはなくない? なくなくない?
どこぞの二号機のパイロットのように僕を罵倒したあと、イリナが目の前で急に悶え始めた。
騒いだり悶えたり忙しいやつだな。
「……う〜」
何だ言いたい事があるんじゃないのか?
「……ある……けど…」
歯切れが悪いな。
僕もう行くよ。
「あっ!? 待って!」
「ぐえっ!?」
踵を返してメイドさんの集まりに突撃しようとしたところを、イリナに背後から首を絞められ止められた。
ついでに息の根も止められそうだった。
殺す気かっ!?
「ごっごめん!」
ほんとこいつは言いたい事を言わない奴だよな。プライドが高くてそれが邪魔してるんだろうけど。
でもまぁ、そんなとこも可愛くはあるんだけどね。
たまに素直になるし。
ツンデレ嫌いじゃないっす。
イリナが話してくれるまで待つか。幸い今日は時間がある。
いや、本当はないけど……。
まぁ、わがままを聞くのも幼馴染の仕事? だしな。
忙しいのに仕事の合間を縫って幼馴染の機嫌をとる。
僕って幼馴染の鏡じゃね。
マスターオブ幼馴染の称号もらってもいいんじゃね?
僕が自分を称えていると、ポツポツとイリナが話し始めた。
「……リットにはさ、なんだかんだでお世話になってると思うのよ」
誰だよ!?
本当にイリナさん?
あの、ツンが九割九分くらいあるイリナさんが殊勝なことを言い出す……だと……!?
失礼な事を考えて戦慄している間も、イリナは話し続ける。
「昨日だって私が助けるつもりだったのに、結局逆に助けられちゃったし。今回の出店自体リットがいなければ話さえ出なかった」
「……昨日も助けに来てくれたのはうれしかったって伝えたろ、だから気にしなくていいよ。それにイリナっぽくなくて調子狂うし………」
「調子狂うってなによ。私っぽいって何?」
ジト目を向けてくるイリナにたじろぎながらも返事を考える。
ミスすれば悲惨な事に……。
「………イリナはさ、僕にとっていろんな事を教えてくれる姉のような存在なんだ。僕が間違った事をするといつも叱ってくれるだろ。でもちゃんと怒った理由は教えてくれる。それは相手の事を想っていないと出来ないことだから、それが出来るイリナは、すごく厳しくて、それでいてすごく優しいんだと思う」
精神年齢おっさんの僕が少女に叱られてるのはかなりシュールではあるが、この世界では知らない事ばかりだったので助かっている。
だがしかし、理不尽な時もあるな。さっき優しいと言ってしまったが、優しい? 優しいのかな?
「うん。優しいかもしれない?」
「……何で疑問形なのよ」
ありゃミスったか? 気分を害してしまったかもしれない。
まぁ、ここまで来たら言いたい事を言ってみよう。
「とにかく、元気があっていつも僕に説教してるのがイリナなんだよ」
「それ元気だけが取り柄みたいなんだけど……」
「さっきの話を足してくれよ……。文句を言いながらも、何だかんだ最後まで面倒見てくれる最高の幼馴染って事さ。だからイリナが元気ないと僕も寂しいな」
なんだか上手く気持ちが伝えられないな。気恥ずかしい……。
なんかイリナもキョトンとしてるし……。
「………はっ! 」
どうやら意識が戻ったようだ。僕はどれだけ変な事を言ってしまったんだろう。
「……それって褒めてんの?」
「……たぶん」
ぶはっ!
突然イリナが吹き出した。
どうした? 今笑うとこあったか?
箸が転がっても笑っちゃう年頃なのかな?
「……ふはっ…ふっ…褒め方が斬新過ぎ……ひぃひぃ!」
イリナがお腹を抱えて笑っている。
全然面白いことは言ってないんだけど?
「ふふっ、ちょっと元気出たかも。仕事に打ち込んでれば大丈夫かと思ったけど、やっぱり……怖かったから」
イリナはいつも通りを装ってはいたが、ギーシュと言う貴族は日常に支障をもたらすほど存在が大きかったようだ。
「大丈夫 大丈夫、イリナならそのうちどんな貴族でもひれ伏させる事が出来るようになるよ」
励ますように冗談を言って空気を軽くしてやる。
「ふっ、当たり前よ。いずれは国王でさえ手玉にとってくれるわ。ふはははは!」
少し元気が戻ったのはいいけど、不敬だからね。聞かれてたらヤバイからあんまり大きな声で言わないで……。
「ふふっ、気が小さいわね。……リット、ありがと」
どういたしまして。
まぁ僕は思ってる事を言っただけだから。
「ほんと、リットには感謝してるのよ。……いつもは言えないけど、今なら言えるわ」
「大げさだなぁ」
それに感謝してるのは僕の方なのに。
口には出さないけど、いつもありがとうイリナ。
僕が微笑むとイリナもニッコリと笑い返してくれた。
「今回の件で思ったけど、私リットがいないとダメなんだなって思ったわ。だから私を助けてくれたお礼をしなくっちゃね」
いや〜、照れるな。僕にもイリナがいないとダメだよ。これからもよろしくね。
後お礼なんていらないよ。元はと言えば僕のせいだし……。
「じゃあご褒美はどう? 昨日の売り上げが予想以上だったし、あんた頑張ってたもんね」
お礼じゃなくてご褒美か。言い方が変わるだけで受け取りやすくなるな。
ご褒美、美少女の口から出ると期待してしまう言葉だな。
いや、あれですよ。いかがわしい期待なんかしてませんからね。
僕は断じてロリコンではないので。
この容姿でロリコン云々は関係ないかもしれないが心はおっさんなのである。
「実はもう決まってるのよ」
おや、すでに決まっているとは、さすが仕事のできる女のイリナさんだ。
期待は膨らむ一方だ。
さてどんなご褒美が待っているのだろう。僕的にはヴァレリー家の厨房にあった魔導調理器具一式を希望します。
しかし、僕の希望は現実になる事はなく、イリナのご褒美は予想の斜め上をいった。
「それでイリナ、何をくれるんだい?」
この時に聞かなければよかったと、少し後悔してしまった。
だって予想できるかい?
いや出来ない。まさかあんなにぶっ飛んだご褒美を提示してくるとは……。
イリナは僕の期待に応えるようにこう言った。
「私の奴隷にしてあげるわありがたく思いなさい」
「なるほどイリナの奴隷かぁ、それはそれは最高のご褒美に……」
なるかぁ!!
誰が好き好んで奴隷になりたがるか!
どうゆう風に考えたらそれが褒美になるんだ!?
「あらお嫌い?」
好む好まないの話はこの際置いといて、見損ないましたよイリナさん、貴女奴隷制度推奨団体の方でしたっけ? すでに肩書きがありそうでこわいですねぇ!
「リットのご主人様?」
かなりそそる肩書きをお持ちで!
女王気取りかよ! 何人も奴隷を並べて愉悦を満たすのか?
「あら? 安心なさい私が奴隷にするのは生涯で貴方一人よ」
嬉しくねぇし! 頬を染めるな!
「身に余る光栄でしょう?」
身に余るか!
あははは、と笑うイリナ。
「冗談よ、本気にした?」
いたずらが成功し、満足そうに笑うイリナに僕は溜息しか出なかった。
冗談かよ……。
「当たり前じゃない、バカね。もしかして本当は私の奴隷になりたかったのかしら? もしくは私を奴隷にしたかった?」
「バカはそっちだ、寝言は寝て言ってくれ」
イリナを奴隷に? 確実に主人に歯向かってくるだろ……。
どっちが奴隷かわかりやしない。
「つれないわね。じゃあご褒美あげるから手を出して」
ん? 用意してあったのか。でもそれらしき物は持ってないし、イリナの服にはポケットのようなものがない。
僕は戸惑いつつも手を差し出した。
グイッ。
イリナが僕の手を掴んだと思ったら、勢いよくその手を引っ張られた。
あっ、と思った時には、僕の頬にイリナの柔らかな唇が当たっていた。
不意打ちだった。
またもいたずらが成功し満面の笑みになるイリナ。どことなく頬が赤いのは気のせいだろうか?
僕は赤くなってはいないはずだ……。だけどなんだか頬が熱い。
きっと僕の頬が熱いのはイリナの唇に毒があったからだと思いたい。
甘く痺れる、スパイスにも似たそんな毒が。
「……ご褒美になったかしら?」
伏し目がちにそう言った彼女が、妙に可愛く見えた。
今日の彼女は一味違うな、デレが勝っている。
僕はロリコンではないと心に言い聞かせながらも、こんなご褒美なら毎日でも欲しいと思ってしまうのだった。
「身に余る光栄でしょう?」
「身に余る光栄だね」
今度は間違いなく。
恥ずかしがりながらも、二人で仲良く微笑み合うのだった。
穏やかな日常にほんの少しスパイスを、けれど君のは少し、効かせすぎかな?
やばい、メインに据えたい。