第38話 営業が終わった後に
衛兵が詰め寄せてきた。
うん。ヤバイね。
ウィリアムさんマジ大事な時に使えねぇ。
「リット大丈夫だよ。親友の僕に任せたまえ」
胸を張るフレデリクに若干イラッとするが、貴族が出れば大体収まるので、丸投げする。
しかし、その間に注文を取る人を変えなければならない。
メイドさんは……手が離せないな。
イリナは……。あいつ接客出来るのかな?
よし、イリナに任せてみよう。この状況を悪化させたのはあいつだし。
僕はイリナに手招きをする。
「イリナちょっと」
「何よ?」
イリナは何やらお客さんと話していたが、今は猫の手も借りたい事態なのだ。
黒猫亭だけに。
「オーダー取ってくんない?」
「良いわよ」
いやにあっさり引き受けたな。
「お客さん待たすのも悪いでしょ」
さっき立ち話してたような……。
「さぁ、張り切っていくわよー!」
誤魔化された。
まぁ、働いてくれるならなんでも良い。
イリナは接客をそつなくこなし、こちらにドヤ顔を見せてくる。
分かったから、そのまま接客をしててくれ。
何とかなりそうか?
いや、客の数に対してハンバーガーの生産が追いつかない。人員不足というよりは、単純に慣れの問題だろう。
少しずつ動きは良くなっているが、お客さんの数が多すぎてパンク寸前だ。
接客に回っているメイドさんを調理に回したい。
でも、それだと注文が滞るし、列の整理もできやしない。
どうしたもんか。
神様助けて。
困った時の神頼み。
「おーい! リット!」
救世主が現れた。
都合のいい男……もといローダスさん。
その後ろにはアルリエルさん、フィリアさん、ユリウスさんがいる。
神様っているんだなぁ。
知り合いだけれども……。
「護衛に来たぜ」
「護衛はいりません」
「ん? リット、どういう事だ?」
疑問を持ったローダスさん達に、無言でエプロンを渡す。
最近作った黒猫の刺繍がついた、可愛らしいエプロンだ。
「可愛いですねぇ」
ほわほわしながらそう言って、フィリアが早速着用する。
着たな。(ニヤリ)
「似合いますかぁ?」
ええ、とても可愛らしいですよ。これなら周りの男性が放っておきませんね。
えへへ〜、と笑うフィリア。
「なんだと! リット私もだ! 私の方が似合うぞ、見てくれ!」
そうくると思った。リエルさんは、負けず嫌いだからなぁ。
これで流されて、そのまま手伝ってもらえれば御の字だ。
リットは、アルリエルがムキになるのが、自分が絡んでいる時だけとは微塵も思っていなかった。
エプロンを着たリエルさんは普通に可愛くて、正直誰にも見せたくないと思ってしまった。
腰に下げた、無骨な剣が無粋ではあるが……。
「……かわいい」
思っていたことがつい口に出る。
正直ドストライクですリエルさん。
「そ、そうか。ふだん着ないから似合うか分からないが……」
モジモジするアルリエル。
それを見た周りの男性陣が色めき立つ。
「……めっちゃ美人」
「エルフだ、珍しいな」
「恥じらう乙女、うん、至高だな」
「てか胸やばいな」
「あれは凶器だなぁ」
「あの美貌だけで一生食いっぱぐれないだろうな」
「やっぱ胸だよ」
「だな。嫁に欲しい」
おいこら。リエルさんの胸を見て良いのは僕だけだぞ。
「そんな訳ないでしょスケベ」
イリナにジト目で見られてしまった。
「……私だって大人になれば負けない……はず…」
自分の胸に手を当てて、何やらブツブツ呟くイリナ。
えっ? 今なんて?
「何でもないわよ! 仕事しろ!」
めっちゃ睨まれた。
目をそらしてリエルさん達に指示を出す。
しぶしぶながらもローダスさんとユリウスさんが列の整理に奔走した。
リエルさんとフィリアさんは見た目が良いので接客をしてもらう。
「なんで俺がこんな事を……」
「まぁまぁ、これも依頼の内ですよ」
「私一度こうゆう事してみたかったんですよねぇ」
「私はあまり得意ではないが、リットのためなら頑張ろう」
四人がそれぞれの仕事をし始めて、かなり楽になった。これなら昼も乗り越えられる。
しばらくすると、また客が引き始めて、少しずつ余裕が出てきた。
「リエルさん達をそろそろ解放するか」
「それが良いわね。護衛の上に店の手伝いなんて」
いや、本営業からもやってもらおうかと思っていたんだが……。
「おバカ、いくら親しくてもダメよ。あくまで護衛なのよ。手伝いまでさせたら追加報酬も出さなきゃなんだから、人件費考えなさい」
イリナってまだ11だよな。あー今年で12か、それにしても普通はそこまで考えないぞ。
はっ! まさかお前も転生者か……!?
「何言ってるかわからないけど、私は商人の娘なの。このくらい普通よ」
普通の定義がわかりません。
「そっくりそのまま返すわ」
はっ、ミスター・アベレージを捕まえて何を言っているんだか。
「はぁ、まぁいいわ……。今は人をヴァレリー家から借りてるけど、ちゃんと雇用する人も考えないとね。私もちゃんと付き合ってあげるから」
「助かるよ。ありがとう」
「私のありがたさがわかったようね」
ない胸を張ってふんぞり返るイリナ。
ぺったんこだなぁ。
「聞こえてんのよ! 変態!」
あべしっ!
イリナにぶたれてしまった。
暴力反対!
「うっさい! 料理作れ!」
はい。
イリナにチクチク攻撃されながらも、その日の営業をなんとか無事に終えることが出来た。
「皆さんありがとうございます。皆さんのおかげで乗り切ることが出来ました」
「ホントだぜリット、追加料金期待してるぞ」
そう言って手をひらひら振るローダスさん。
「まぁ、依頼の範疇を超えていたからな。そこはきっちりしておこう」
リエルさんは真面目だな。
ただ、いつまでエプロンしてるんですか?
気に入ったのかな?
「リットからのはじめてのプレゼントだからな」
エプロンをしている自分を抱きしめるリエルさん。
いや、あげてませんけど……。
別の物あげるから返してね。
「リット様大変申し訳ありませんでした。このウィリアム一生の不覚」
うん。反省してね。
結局衛兵はフレデリクが対応したし。
「ホント主人の息子に丸投げするとはね。でもまぁ食材に関しては良くやったよ」
フレデリク大人だなぁ。
僕だったら一月は子供から遠ざける罰を与えるがな。
「リット、僕頑張ったからご褒美があっても良いんじゃないかな、ミートソースバーガーとか」
目を輝かせてすり寄ってくるフレデリク。
気持ち悪いわ!
「……仕方ないな、じゃあこれあげるよ」
「ミートソースバーガー!」
僕はフレデリクにハンバーガーを手渡した。
プレーンなやつを。
「だから食べたことあるやつ!」
騒がしい貴族の坊ちゃんはほっとこう。
メイドさん達もありがとうございます。またお願いしますね。
「こちらこそ貴重な体験をありがとうございます」
「リット様是非またお手伝いさせて下さい」
「礼儀正しくて可愛い方ですね」
メイドさん達はそう言って、一人ずつ僕の頬にキスをした。
「なっ! にゃにを!」
あっ、噛んだ。
「ふふふ、リット様可愛いです」
これは照れちゃうなぁ。うへへ。
頭をかいて照れていると。
「……リットあんた何してるわけ?」
「……少し話し合いが必要だな」
底冷えするような声を出してリエルさんとイリナが僕に近付いてくる。
ひぃ!
「何に怯えてるのかしらこのスケベは?」
「そうだな怖くないぞ、少し話をするだけじゃないか」
二人とも目が怖いんだよ!
僕が何した!?
「「鈍感!」」
答えになってない!?
僕は本気で困っているのだが、他の人はそれを見て笑うばかりである。
他人事だと思いやがって……。
その後も談笑をしながら片付けをしていると、目の前を一台の豪華な馬車が通り抜けた。
「……あれは」
フレデリクがその馬車に反応する。
知り合いの貴族の馬車かな?
その馬車は屋台の少し先で止まると、中から貴族とおぼしき青年が現れた。
ちっ、イケメンか。
出てきたのは長い金髪を後ろで結わえた美青年。
顔立ちは良いけど何か嫌な雰囲気の人だな。
僕がその人をはじめて見た感想はあまり良いものではなかった。
まぁ、貴族っぽいしこっちには来ないだろう。
と、思ったのだが、その思いに反して青年はこちらに歩み寄って来る。
フレデリクが牽制するように前に出た。
やっぱ知り合いか?
フレデリクはあからさまに警戒している。
珍しいな、こんなに敵意をさらけだすのは。
青年はフレデリクの前で立ち止まると、爽やかなか笑顔で挨拶をした。
「御機嫌よう。フレデリク殿、このような場所で会うとは奇遇ですね」
何故かそれが妙に違和感を感じた。まるでその笑顔は仮面なのではないかと思えるほどに、その青年の雰囲気が禍々しかったからだ。
「全くですね。ギーシュ殿」
どうやらギーシュと言う名前らしい。フレデリクに挨拶しに来たと言う事は、やはり貴族なのだろう。
ギーシュに挨拶を返したフレデリクも、笑顔という仮面をかぶっているようだった。ギーシュの禍々しさとは違い。警戒心の上に貼り付けているものだったが。
「ところでフレデリク殿は何故このような場所に」
フレデリクの頰に汗がつたう。
ホントどうしたんだよフレデリク? 君らしくないぞ。
「……少し散歩に、たまには運動をしないと」
おじいちゃんか。激しく動け。
この貴族の人に弱みでも握られてんのかな? この男が?
ははっ。
あまりにも普段のフレデリクとは違い。小声でイリナに訳を知らないか聞いてみる。
「(なぁなぁイリナさんや)」
「(何だいリットさんや)」
こういう時はノってくれるイリナ。
「(あの人何なの? あのフレデリクが拒絶反応出してんだけど)」
「(あの人はギーシュ・バルト。バルト伯爵家の一人息子よ)」
同格の家柄かよ。
「(子供同士だからあんまり家柄は関係ないけどね。家を継いだ後が問題なの、だからなるべく仲良くしたほうがいいんだけど……)」
歯切れが悪いな。
「(あの家はいつも問題を起こしては揉み消すの繰り返しをしていて、あんまり良い印象がないのよ)」
貴族ならどこもやってそうだけどな。イリナが言うなら相当やばいことしてんだろうな。
「(例えばどんな問題を起こしたことがあるんだ?)」
「(分かりやすいやつならピンポイントよ)」
はてな? ピンポイント?
「(あんたの住んでるところで奴隷商人と通じていたのはあの家って噂よ)」
は? 何だって?
僕からケモ耳っ娘を奪ったのは………。
「貴様かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
僕は思わず叫んでしまった。
幸い距離は離れてはいたが、バッチリ目があってしまった。
「ちょっ!? バカ! やめなさい!」
イリナが僕の口をふさぐ。
ちょ! 息ができないんだけど!
「ッフゴッ! ンゴンゴ!」
必死に抵抗するがイリナは離してくれない。
やっ! まじ死ぬって!
「黙りなさいこのバカ!」
くっ! 最終手段だ。
ペロリ。
僕の口をふさいでいるイリナの手の平を舐めてやった。
「ひゃん!」
可愛い声を出して飛び退くイリナ。
「な、な、な、なにすんのよ! この変態ペロリンチョ!」
何その特殊な変態!?
真っ赤になって憤慨するイリナ。
早く手を退けないからだよ。
てゆうか僕らが騒ぎすぎて、結局あの貴族にガン見されてるじゃないか。
「フレデリク殿お知り合いの方ですか?」
笑顔を崩さずに、こちらを見ながらフレデリクの返事を待つ。
いやらしい笑みだ。
「え、いや、その……」
フレデリクどうした。言ってやれ、いつもみたいに友人だと。
「どうかされましたか?」
さらに圧をかけてくるギーシュ。
フレデリクの汗が尋常ではない。
何をそんなに焦っているんだ。フレデリク、君は馬鹿か?
ていうかいつも君が友人だの親友だの鬱陶しいんじゃないか。
こんな時こそ胸を張ってほしいものだ。
仕方ない奴だな。
僕はしびれを切らして、自分から話しかけてしまった。
「あー、友人ですよ。えーとギーシュ・バルト様?」
あっ、そういえば貴族から話しかけてもらわないとこっちから喋っちゃいけないんだっけ?
あれ、ヤバイ?
フレデリクとイリナが顔面蒼白だ。
アルリエルさん達はオロオロしている。
落ち着け僕、話しかけてしまったのはしょうがない。
何か言われたら独り言だと誤魔化そう。
うん。それが良い。
もし誤魔化しきれなかったら……。
考えるな僕! まだ落ち着けてないようだな。
よし! 一句詠んで落ち着こう。
不敬かな?
不敬じゃないよ。
不敬だよ。
うむ。
不敬罪ってギロチンだったっけ?