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第33話 悪意

 

 とある貴族の屋敷の一室で、屋敷の主人である貴族に、その執事が近況の報告を行なっていた。


「旦那様、ご報告いたします。ヴァレリー伯爵が何やら新しい事業を始めるようです」


「またあやつか、自重を知らぬ愚か者め」


 執事は口にこそ出さないが、愚か者は自分の主人だと思っている。

 実際には主人ではなく、ただの隠れ蓑だが。


 執事は主人を愚か者と思っていたが、実はその点には感謝していた。

 隠れ蓑と言ったが、まさに隠れるにはうってつけの場所であった。

 自分の正体にも気付かず、命令を出しては全てを執事任せにしてくれる。


 やりたい放題だ。


 この国の軍事力、財政、力のある貴族、全ての情報を得るのにこれ以上の場所はない。


 配下が幸せになれるのは、愚か者の支配者に隠れ、実権を握ることができるからである。

 ただ、能力がなければそんな事は出来ないわけだが。

 その点、執事には確かな能力があった。


 ここまで来るのに数年かかったが、本物の上司には、まだかなり余裕のある任務期間をもらっていた。


 執事の任務は、この国を攻め落とすための情報収集。


 すでに内側からじわじわと壊す手立ては持っているが、まだその時ではない。


 確実性が欲しいのだ。


 だからこんなに卑しく愚かな仮初めの主人に仕え、任務に勤しんでいるのである。


 全てはこの国を、シャインハート聖王国を滅ぼすために。


「オズワルドよ、ヴァレリー家の調査を頼む。お前は優秀だからな」


 オズワルドと呼ばれた執事は、黙って礼をとる。

 長身痩躯の出で立ちに、艶のある黒髪をオールバックにした若い男、端正な顔に赤い瞳が印象的だ。


 優秀なことなど自分でわかっている。いずれは自分の真の主でさえも手玉に取ってやろう。


 私が真に使えるべき者は、この世界には存在しないのだから。

 もし私が認める主人がいたとしたら、全霊を賭して仕えたいものだ。


 ふっ、叶わぬ夢か。


 オズワルドがそう思っていると、部屋をノックする音が聞こえる。


 このノックは主人の息子だ。


 性格の曲がった父親以上の愚か者、いや狂人か。


「入れ」


 ゆっくりとドアが開く。


 入ってきたのは、金の長髪を結わえた痩躯の青年。歳の頃は10代後半、顔こそ整っているが、雰囲気はおよそ人のものではないほど禍々しかった。


「父上、ただ今もどりました」


「おお、ギーシュか、ちょうどいい。お前に話したいことがあるのだ」


 ギーシュと呼ばれた青年は笑顔で父親と向き合う。


 この男はまた余計なことを吹き込むつもりか。お前の息子は狂っている。あまり面倒を起こすと私が動けなくなるではないか。


 オズワルドは気が気でなかった。


 一体どれだけの不祥事をギーシュが起こしてきたと思っているんだ。


 今回も厄介なことになるに違いない。


「父上話というのは?」


 顔に不気味な笑みを貼り付けてギーシュが問うた。


「ああ、実はな、またヴァレリーが良からぬことを考えているようでな」


 良からぬことを考えているのはどっちだ。下衆め。


 オズワルドは、一ミリも顔に出さずに頭の中でそう思った。


「ははっ、それはいい。楽しくなってきた。ちょうど退屈していたんですよ。あそこの嫡子、フレデリクは気に入りませんでしたからね」


「そうだろう。私もそうだよギーシュ」


 醜悪な笑みを浮かべる親子。


「なんとか失脚させたいな」


「では父上、私もお手伝い致しましょう」


「やってくれるか息子よ」


 ギーシュは父親よりも頭が良く扱いにくい。できればマンツーマンでの調査は避けたいが、まぁこの男には直属の諜報員、いや闇ギルドの連中がいるからそれはないな。

 金さえ貰えば何でもする無法者だ。今回も無駄な血が流れるな。


 私としてはあまり好ましくはないが、放っておくのが自分のためか。

 動けなくなっては困るからな。


「もちろんです父上、必ず何か弱みを掴んで見せましょう」


「親孝行な息子だ」


 反吐がでる。自分たちの利益しか考えられない俗物め。


「私は私で、独自に動きましょう。オズワルド、お前は父上の助けになって差し上げろ」


 上から目線だな。私にも父親にも。


「はっ、仰せのままに」


 大袈裟に礼をとり。頭の中では今後どう動くか考える。


 まずは敵情視察。正々堂々とな。


 怪しまれないにはそれが一番いい。私の顔を知る者は少ない。裏で動く時には変装をしているからな。


 さて、申し訳ないが私のために犠牲になってもらうぞ。ヴァレリー伯爵。




 ――シャインハート聖王国に悪意が満ち始めていた。


 その悪意にリットが巻き込まれる日は、もう、すぐそこまで迫っていた。


不穏です……。

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