第30話 紳士の嗜み
ヴァレリー伯爵の屋敷に招待された僕は、伯爵に料理を作ることになった。昼に呼ばれたのはこのためだろう。
まさか転生ゲームの説明をこんなに早く切り上げることになるとは、フレデリクが事前に説明していてくれたようだ。
まぁ、早く料理を作らせるためだったのだろうが……。
作る料理はもちろんハンバーガーだ。伯爵にもそうしてほしいと頼まれた。
ここにきて違う料理を頼まれても困るが。
伯爵は空気を読めるようだ。
フレデリクも見習うといい。
「じゃあ案内するね」
どうやらフレデリクが厨房に案内してくれるらしい。僕的にはウィリアムさんよりはいいが、それは家令であるウィリアムさんの仕事だろう?
「フレデリク様、私の仕事を取らないでください」
ほら怒られた。でもなぁ、この人何考えてるかわからないから少し怖い。
出来れば半径十メートル以内に入らないでもらいたい。
「むぅ。仕方ないなウィリアムに任せるよ」
ウィリアムは丁寧にお辞儀をし。
「お任せください。リット様を私の部屋にご案内いたします」
何でウィリアムさんの部屋!?
怖い! 何をする気だ!?
いや、勘ぐるのはよそう。きっと今日来ている服が安物だから(平民には上等)着替えを用意してくれるのかもしれないし。
「早くリット様を堪能したい!」
やっぱ変態だった。
部屋で何するつもりだったんだ……。
フレデリク案内してくれ。
「わかったよ。ついてきて」
フレデリクについて部屋を出る。伯爵は後から来るようだ。
ウィリアムさんは自分の世界にのめり込んでニヤニヤしている。
初めて見る笑顔がそれとは……。
あっ、悶えはじめた。
僕、妄想の中で何されてるの?
「ねぇフレデリク」
「ん? どうしたんだい?」
僕は声をひそめてこう尋ねた。
「ウィリアムさんっていつもああなの?」
「ああ、いつもだね」
「えっと、あっちの方なのかな?」
「ん? あっち?」
「いや、男性が好きなのかなって」
「ははは、違うよ。彼は子供が好きなんだ」
ほっ、最悪のケースではないようだ。
しかしそうだとしたら異常な子供好きだな。
誘拐とか平気でしてそう。
「そんなことはいたしません」
うわっ! 出た!
聞いてたのか。気分悪くしたかな?
「リット様、私は男性ではなく子供が好きなのです。厳密に言うと小さくて可愛い物ですね」
な、なるほど。でも僕もう十一になりますし……。
というか、前世の年齢を含めると、もうおっさんなんだよな……。いや、身体が幼くなっているんだ、精神も比例して幼くなっているのか?
「リット様は、まだ子供です。一目見た時から撫で回したいと思っておりました」
言いまわしが絶妙に変態だ。
しかしそうだとしたら幼少の頃のフレデリクはどうだったんだ?
相当可愛いがったのでは?
「生意気な小僧でしたね」
おいっ! 主の息子だろ!
予想外の答えに驚く。
「構わないよ。昔からだし」
いやいや、いいのか? 仮にも貴族、それも伯爵の嫡子だぞ?
「子供らしさがない方でしたね。今ではさらに」
「悪かったね」
まぁ、仲は悪くないんだろう。自然体な感じで、お互い信頼しているのだろう。
フレデリクが爵位を受け継いだら、ウィリアムさんがリチャードさんの代わりに支えるようになるのだろう。
あれ? そういえば、フレデリクには弟と妹がいるんじゃなかったっけ?
「あー、居るんだけど。弟は騎士になるために学校に行って寮暮らしなんだ」
まだ十三歳くらいだろ? すごいな。僕だったらさみしくて無理だ。
「まぁ寮に入ったのはウィリアムが原因だけど……」
多大に影響与えとるやないか!
「妹も今は学校だね。夕方まで帰らないよ」
こっちにウィリアムさんの影響は?
「ウィリアムはスキンシップとりたがってるけど、婚約者がいるから両親に言われて自重している」
……婚約者って、貴族ってやっぱり大変だ。恋愛の自由はないのか。
はぁ、伯爵 僕にもウィリアムさんが手を出さないように言ってくれないかな……。
ただ、押さえつけられた反動で子供を見つけたらえらい事になりそうだな。
時々エサを与えなければ、暴走して誘拐犯になりかねない。
「ですので、リット様よろしくお願いします」
何を!? てか心読まないでよ!
油断も隙もないな。
手をワキワキしながら近づいてくるウィリアムを牽制しつつ、フレデリクに気になった事を確認する。
「フレデリクはさぁ、婚約者とか居ないの?」
「珍しいね。リットが僕にそんなこと聞くなんて。婚約者か…いたことはあるけど、貴族の子供の頃の婚約なんてあってないようなものだからね。貴族同士がつながりがありますよーっていうポーズを見せたいだけなんだ。まぁ本当に結婚するのも珍しくはないけどね」
なんか上手くかわされたような。まぁ今はいないという事か。
あっ、ウィリアムさんがこっちを見ている。話に入りたそうにしているぞ。仕方ない。
「ウィリアムさんには恋人とか婚約者はいないんですか?」
こんな変態にはいないだろうが、コミュニケーションは大事だ。
「私にはそのような方はいませんね。ですが世界中の子供が私の恋人のようなものなので」
うわぁ、ぶっ飛んでるなぁ。真顔でよく言えたなそれ。
ある意味ハーレム思想だな。
「ではリット様、答えましたので約束通り堪能させていただきます」
急だな!? してない! 約束してないよ!
何堪能するつもり!?
「騙されませんか……」
欲望に忠実すぎるだろ……。本当に犯罪だけは起こさないでください。
結局そのまま三人で厨房に移動した。
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「広っ!」
厨房に入った僕の第一声はそれだった。
うちの五倍の広さはあるぞ。
「実は狭いんですよ」
「いや、広いわ!」
条件反射でつっこんでしまい、慌てて口を押さえる。
多分使用人の数に対して狭いという意味だったのだろう。
作る量が多そうだからな。
「慌てて口を押さえる仕草……可愛い」
やだこの人、鼻血出してるわ。
「失礼、興奮してしまいました」
すごいこと言ってる自覚あるのかな?
まぁ、僕も違う意味で興奮している。
何にかって?
厨房の広さもそうだが、設備が整っている事が一番だな。
うちにはない魔導調理器具の数々。僕の万能創造
では複雑な仕掛けの物は創れないからな。
欲しいなぁ。チラッ。
フレデリクを見てみる。
「さすがにあげれないよ。ただ、屋台に必要なものは揃えるよ。それに屋台で稼げれば自分で買えるだろ」
むぅ、けち。
唇を尖らせて拗ねる。
「はぁはぁ……」
あっ、やばい。ウィリアムさんの呼吸が荒い。
「男の子の拗ねた顔、氷の中に閉じ込めて永久保存したい……」
サイコか! あんたサイコパスだよ!
ヤバイよフレデリク、解雇すべきだよ!
「いやー、仕事できるから」
仕事ができてもヤバイ奴だよ!
絶対にエヴァは会わせられない人だな。
リットはそう心に誓った。
「エヴァのこと考えたでしょ。もうウィリアムに話してあるんだよねぇ。ははは」
ははは、じゃねぇよ! なに変態にエヴァの事を教えてるんだ!
「早くエヴァ様にもお会いしたい」
想いを馳せるな!
ウィリアムは両手を祈るように合わせて目を輝かせている。無表情のままだが。
なんとしても阻止しなければ………。
てか女の子はアウトだと思う。
「だいぶ前にイリナ嬢がオーランドさんときた時は、構い過ぎて最終的には無視されてたよ。それ以来屋敷にはオーランドさんと息子さんしか来てないね」
女児にもえげつないのか!?
イリナに今度美味しい物を作ってあげよう。
「可愛いものを愛でるのは紳士の嗜みです」
あんたは変態だがな。
変態の嗜みに変えたらどうだ?
「リット様のジト目ありがとうございます。可愛い撫でたい……」
「料理作るんで出てって下さい」
もはや視線を合わすこともなく、ウィリアムに退場を宣言するリットだった。