第28話 ジャンクなあいつ
「リット、まだなのかな!?」
朝早くからフレデリクが詰め寄せてきた。
何をそんなに急かすことがあるのやら。
いや、わかっている。屋台で出す料理のことだろう?
慌ててもしょうがない。準備が必要なのだ。
「準備準備って、この間もそれではぐらかしたじゃないか。企画書も出してくれよ。父さんだって一枚噛んでいるんだ。僕も張り切らないといけないんだよ」
ちっ、ここで伯爵を出してくるか。めんどくさいなぁ。引き延ばせないかなぁ。
そうだ、あの手で行こう。
「フレッド、僕達親友だろ、もう少し待ってくれないか?」
「ダメ」
何ー! ダメ、だと。一体どうしたんだ。フレンドリーに愛称で呼んでやったというのに! いつもなら半狂乱で喜ぶじゃないか!
「今回は本気なの。君だって半端なものを出したら信用ガタ落ちだよ。ていうかなんで引き伸ばしたがってるのさ?」
「いや、だってほぼ自分の将来に関わってくることだろ。それをこんなトントン拍子で……」
正直不安にもなる。家族に迷惑がかかるかもしれないのだ。
僕だけならいいがこの店に、そしてこの店に来てくれる人に迷惑がかかるなら、この企画自体やめたいのだ。工場だけで十分ではないだろうか?
「僕はリットを、黒猫亭をもっといろんな人に知って欲しいんだ。最初は僕の秘密の場所だったけれど、ここはもっと外に出て行くべきなんだ」
フレデリク、そこまで黒猫亭のことを……。
くっ、泣かせるじゃないか。いい男になったな……。
「だって家に近いところにあればいつでもすぐに食べに行けるじゃないか。ははっ」
本音が出るよねぇ〜。
確かに貴族が多く住む城下や、貴族街からは遠い位置にあるからな。
「大丈夫だよ。リットが作るものはいつも美味しいから」
「万が一もあるだろう」
「だから僕が試食しに来たんじゃないか」
それが一番の目的か。
フレデリク基準で味を考えてもなぁ。
「なんで僕だけ試食するみたいになってるんだい? 他にもいるからいくらでも作ればいい。その方が最終的に良い物が作れるだろう」
「そうだね。まぁ腹をくくれってイリナに言われたからな。やりますよ、やればいいんでしょ」
「料理自体は決まってるみたいに言っていたよね? じゃあ試作を食べさせておくれ」
さっきから催促ばかりじゃないか。作れば良いんだろ、作れば。
フレデリクは店のカウンターに座って紙に何かを書き始めた。企画書のようだ。
おい、1日の売り上げがヤバいぞ。そんなに稼げるのか。
「いける いける」
他人事じゃないんだぞ……。
「まぁまぁ、リットは料理をおねがいね」
今から作るよ。はぁ……。
さて、では作るとしますか。ジャンクフードの王様を。
そう、みんな大好きハンバーガーだ。子供から大人まで幅広く愛されるジャンクな食べ物。
今回は簡単に行こう。
まず欠かせないのがバンズ。パン屋に無理言って作らせたものだが、まずまずだ。
これがなければ皿に盛った薄いハンバーグでしかない。
バンズを上下に切り分けて、切り分けた面をカリッとするまで焼いていく。
次に、こちらも欠かせない。パティだ。
いやもう全部欠かせないな。全てがハンバーガーの味を引き出して高めてくれるからな。
と、いうわけであらかじめ作って冷凍しておいたパティを取り出す。
えっ? やる気なかったんじゃないのかって?
備えあれば憂いなしってやつさ。
パティをフライパンで焼いていく。
屋台用に鉄板が欲しいな。フレデリクに頼んどこう。
パティを焼くが、ここで助っ人をお願いする。
「父さん焼いてくれる?」
「あいよ」
息子の商売でこの店の未来も決まってくるのだ。協力は惜しまないようだ。
ありがとう父さん。
さて次はと、うん。バンズがいい感じに焼けてるな。
バンズの焼き加減を確認し、ハンバーガーの土台になる方にマスタードを塗る。その上にアクセントになるキュウリのピクルスを乗せる。
ピクルスは好き嫌い分かれるので、注文を取るときには気をつけなければならない。
アクセントになって最高なんだけどなぁ。
「フレデリクはピクルス食べれる?」
一応聞いてみる。
「大丈夫だよ。アクセントに使うのかい?」
なんだ、わかってるじゃないか。
「そうだよ。まぁ食べてからのお楽しみだね」
フレデリクは楽しみだと微笑んで、再び企画書を書き始めた。
邪魔したかな? ごめんね。
真剣な表情で企画書を作るフレデリクを見て気合いを入れ直す。
僕が主軸なんだ、しっかりしろ、甘えるな、覚悟は決めてたはずだろう。
そう自分に言い聞かせて調理に戻る。
「リット、焼けたぞ」
ライオスから焼いたパティを受け取り、バンズの上に乗せる。
あとは玉ねぎのみじん切りを乗せてシャキシャキ感が出るようにして、自家製ケチャップをかけるだけ。
うむ。いい感じだ。
最後に上に置くバンズを乗せて、完成だ!
リット特製試作ハンバーガー。
さぁ、召し上がれ。
「出来たのかいリット?」
「うん。出来たよ。食べてみて」
フレデリクの前にハンバーガーを置く。
「これは! 真ん中にハンバーグが入っている!」
大好物だもんな。
「この料理は何なんだい?」
「ハンバーガーって言うんだよ」
名前の由来はドイツの地名だったっけ? まぁ異世界じゃ関係ないな。
「ハンバーガー、なるほどハンバーグの親戚みたいなものか……」
神妙な顔でハンバーガーを見つめるフレデリク。
「見てるだけじゃ味はわかんないよ」
「はっ! そうだね。いただくとしよう」
「召し上がれ」
………。
ん、どうした? 食べないのか?
「……どう食べたらいいのか」
あっ、そうか当たり前すぎて考えてなかったな。
「かぶりつきます」
雑か、どうしよう。
と、思っていたら父さんから助け舟。
「フレッド、こうやって食うんだ」
そう言って、いつの間に作ったのか、手に持ったハンバーガーを、大きな口を開けてかぶりついた。
父さんいつの間に……。
それを見てフレデリクが。
「なるほど、少しはずかしいが、それが作法なら従おう」
フレデリクがハンバーガーを手に取る。そしてそのまま口元に持って行って、大きく口を開ける。
がぶり。
ハンバーガーに綺麗な歯型ができた。
フレデリクは何度か咀嚼すると、もう一口かぶりついた。
もぐもぐ、ごくり。
ハンバーガーを飲み込み、フレデリクは俯いてしまった。
えっ、マズかったか?
それとも貴族に手掴みで物を食べさせたから怒っているのか?
答えはどちらでもなかった。
フレデリクの肩が震える。
「……う」
「う?」
「うんま〜い!」
勢いよく顔を上げて満面の笑みを浮かべる。
「リット! これはいけるぞ! 美味すぎる!」
ほっ。とりあえずオーケーみたいだな。
まぁもう少し改良してもいいが、これはこのままスタンダードとして、メニューを増やす形にすればいいか。
「パンの甘みとハンバーグの旨味、ピリッと鼻を抜けるのはマスタードか。ピクルスもアクセントになって見事に調和している。最高だよ!」
べた褒めだな。そこまで言われたらコッチも自信が出てくるな。
「ふぅ。これで屋台で出すものが決まったな」
「あぁ、あとは仕入れ先に連絡してこの形のパンを大量に発注する」
「頼んだよ。僕は料理しか出来ないからね」
「任せてくれ。もう少し案を練ってから父上に見てもらうよ。その時はリット、頼んだよ」
えっ? それって僕がヴァレリー伯爵にハンバーガー作るってこと? んで、手掴みで食べさせろと。
不敬罪になるんじゃね?
「大丈夫だよ。父上は寛容な方だ。リットも気に入られると思うな」
そりゃ光栄だ。
「これからが大変だけど頑張ろうリット」
「うん。ぼちぼちやろう」
こうして屋台のメニューがハンバーガーに決まったのであった。
憂いが少しづつ消えていくが、大切な事を忘れてはいけない。
そう、全てはケモ耳っ娘のために!!