第11話 森の中の邂逅
ある日の昼下がり。黒猫亭では客が引き始め、リットは暇を持て余していた。
いつもなら新作料理を考えたり、スパイスの調合を楽しむのだが。今日は魔力操作の訓練をすることにした。
では、さっそく。
集中、集中、集中。
「リット! やめて! 止めて! 漏れてる、漏れてるからぁ! 」
ルーティが慌ててリットを止める。
えっ、うそ漏れてる!?
慌ててズボンをチェック。
ん? 漏らしてる感覚もないし、濡れてもないぞ?
「魔力よ魔力! ダダ漏れじゃない! 尋常じゃない量が!」
あっ、そっちか。しまった。最近訓練してなかったからな、身体に循環できてなかったか。
「いや、単純に魔力量が上がって持て余してるんでしょ……。目の前にドラゴンでもいるかと思ったわ。客が来なくなるから店ではやめてちょうだい」
そう言われて、店から追い出された。
店から追い出された僕は、死神の森に向かうことにした。あそこなら多少の魔力が漏れても問題ない。早く持て余してる分を馴染ませなければ。
▶︎▶︎
到着。
鬱蒼と生い茂る森の中。リットは、一人で歩いていく。
時々、魔物が襲いかかってくるが、弱いので一捻り。
リットは、この時には知らない事であったが、魔物にはランクがあり、F〜Aランクに分類されている。
その上にSランクという最上位の魔物がいるが、Sランクの魔物が現れれば国を挙げて討伐隊を編成するほどの一大事となる。
同じように、冒険者にもランクがあり、F〜Sまである。
Sランクにもなれば、もはや英雄扱いである。
魔物のランクと冒険者のランクは比例せず。魔物の討伐依頼などは、冒険者ギルドが厳正に審査している。
一応の基準としては、二つ下のランクの魔物なら一人でも相手に出来るとしている。
つまり、Aランクなら一人でCランクの魔物を。BランクならDランクの魔物を。という風になる。
一応の基準なので、依頼を受ける参考程度になっている。
実際は死者を減らすための、安全に配慮したギルドの策であった。
Sランク以上のランクは存在しないため、Sランクに関しては、冒険者も魔物もピンキリである。
なのでこの基準には当てはめにくい。
パーティーや部隊を編成する場合はまた違う基準があったりする。
魔物がまたリットに襲いかかる。
大きな熊のような魔物だ。後ろ足で立つと五メートルはあるだろう。
鋭い爪に牙、血走った眼に恐ろしい形相、普通のクマと違いその額からは角が生えていた。
それは、見たものを震え上がらせる容姿をした魔物であった。
「グルワァ!」
ビュンと、魔物がリットに飛びかかる。
「よっと」
「ギァアアア!?」
ズドドドドドッ!!
リットは、飛び出して来た魔物を殴り飛ばす。樹々が倒れ魔物はその下敷きに。
「うーん。またワンパンか……」
リットは物足りなさを感じる。
ちなみに先ほど倒した魔物はBランクである。リットが冒険者だったならどの位のランクかは、もはや言うまでもないだろう。
「さて、この辺でいいか」
そう言ってリットは魔力を身体に循環させていく。
神界で武神に教わった。魔力操作の基礎である。
身体中に魔力が駆け巡る。
最初はこれ、めちゃくちゃ痛かったんだよなぁ。
練習中に魔力が暴走して、肉体が無かったので、魂を傷付けまくった事を思い出す。
一通り自分の魔力の確認をすると今度は動作を確認する。
シュバ! シュバ! シュババババ!
キレ良く動けることを確認できた。
「よし。こんなもんだろう。肉でも狩って帰るか」
お土産に、魔物の肉でも持って帰ろうかと思うリット。
さっきのクマの魔物は食えるかな?
呑気にそんな事を考え、先程のクマがいた場所に戻ろうと一歩踏み出した。
だが、そんな時だった。
森の中が騒がしくなってきた。魔物の声に樹々の倒れる音。何かが爆発するような音も聞こえる。
「あきらめるな! ここで食い止めるんだ! 」
激しく響く音の中に、かすかだが、人が叫ぶ声が聞こえた気がした。
誰かが魔物に襲われているのか!?
リットは、気を引き締めて、すぐに騒ぎの方へと駆け出した。
騒ぎの中心にたどり着くと、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
樹々は薙ぎ倒され、地面は抉られ、辺りは荒れ果てていた。
そしてそこには、無数の魔物がひしめいていた。
何だこれは!? こんなにたくさんの魔物は見たことがないぞ……!?
それは異常な光景で、リットはこれが、魔物集団暴走という現象だとは知らなかった。
どうなってるんだこれは……。
辺りを見てハッとする。
リットは、その魔物の群勢の前に立つ、数人の冒険者を見つけたのだ。
「くそっ! ここまでか」
「あきらめるな! まだ誰も死んじゃいない!」
「だけどこのままじゃあすぐに死んじゃうよ〜!」
「みんな、逃げてくれ。私が囮になる」
誰しも諦めの色が濃厚な中、一人の若い女性が囮を買って出る。
美しい女性だ。思わず見惚れてしまうその美貌は、まさに女神と言うにふさわしい。
特徴としては、金色の髪にエメラルドグリーンの瞳がとても神秘的だ。
「バカ言うんじゃねぇよ! 仲間を置いて行けるわけねぇだろ!」
「そうだね、キミを置いてなんて行けないよ。それにキミを囮にしたってすぐに追いつかれるさ」
「そうですよアルリエルさん! 私達は運命共同体です。死ぬときは一緒ですよ」
仲間達はアルリエルと呼ばれた女性を引き止める。
「お前達……。バカな奴らだな。私なんかに付き合うこともないのに。人間の一生は短いのだろう。うまく生きればいいものを」
「はっ! エルフのアンタは充分生きたってか。俺から見りゃただの口悪い小娘なんだがな」
どうやら女性はエルフ族のようだ。よく見れば耳が長く、先になるほど細くなっている。
「ふっ、言ってくれるな、ローダス。……すまない。この窮地、脱して見せるぞ!」
「腹は決まりましたね。では行きますよ」
「魔法はあまり期待しないでください。もう魔力がすっからかんで……」
「じゃあ肉弾戦しかねぇな。蹴散らすぞユリウス! フィリア!」
「ええ!」
「ふえ〜! こうなればもうヤケです! 撲殺しますよ〜!」
冒険者達は、魔物の群勢に立ち向かうようだ。
だが冒険者達は傷を負い、魔力も切れ、すでに満身創痍の状態だった。このままでは無駄死にしてしまうだろう。
リットは駆け出した。魔物の前に。
否。魔物の前ではない。冒険者達の前、さらに言えば、エルフの女性の前に。
突然現れたリットに驚く冒険者達。
「なっ!? 子供!?」
「おい坊主! 何してやがる危ねぇぞ! 早く逃げろ!」
そんな心配する声もリットには届かない。
今リットは、あることに感動し、それどころではないのだ。
そうそれは……。
「うぉぉぉぉ! エルフきたぁぁぁぁぁぁー!」
リットはエルフとの邂逅に感動していた。
「「「「へっ?」」」」
呆気にとられる冒険者達。状況について行けないようだ。
「エルフの人ですよね? ね?」
グイグイ攻めるリット。
「あ、ああ、そうだ。私はエルフだが……君は?」
「僕はリットって言います。王都にある黒猫亭っていう宿屋で働いています」
「あ、あぁそうなのか。私はアルリエルだ。アルでもリエルでも好きに呼んでくれ」
「ではリエルさんで!」
エルフの人初めて見たよ! まじ綺麗、やっぱ美形なんだなぁ。
あと細身の人が多いって言ってたけど、……大きいな。どことは言わんが。
リットの双眸はアルリエルの双房に吸い寄せられていた。
くぅ! 男の性が!
「おいマセガキッ! 早くこっから離れろ! もう持たねぇ!」
どうやら視線の先に気づかれていたようだ。
恥ずかしい。
「もう無理ですよ! 囲まれてしまっている!」
「せめてこの子だけでも!」
「少年! キミは逃げるんだ。私達が何としても時間を稼ぐ!」
冒険者達は、必死に魔物をリットに近づけまいとしている。
はっ! 感動のあまり状況を忘れていた。いかんいかん。
それにしても魔物が多いな。それにうるさい。せっかく人がファンタジー世界の醍醐味に感動しているというのに。
さて、どう料理してくれよう。
数が多いからな、チマチマはやってられない。一気に殲滅しよう。
そう判断し、リットは万物創造を発動させる。
「おい少年! どうしたのだ!?」
考え事をしているリットを、アルリエルが揺らす。
揺れる揺れる。
リットを揺するアルリエルのある部分が、たわんたわんと揺れていた。
ハッ!? 桃源郷が見えた!
ふぅ、危ない。魅入ってしまっていた。
恐ろしい引力だな……。
どうやらリエルさんは僕の心配をしているようだ。
はははは、大丈夫ですよ。すぐに終わりますから。
万物創造。
イメージ、一本じゃ足りない。十本、百本、千本、イメージを形にする!
ブワッ!
魔力の渦がリットを覆う。
「こっ! この魔力は!」
アルリエル達が魔力の質、膨大さに戦慄し、口をだらしなく開け、リットの事を信じられないと言うように見ていた。
リットの周りに、次々に剣が創造されていく。
「これは魔法!? いや違う! 加護かっ!?」
「でもこんな魔法も加護も、見たことも聞いたこともありませんよぉ〜!」
冒険者達は何が起きているのか分からずに、慌てふためいていた。
剣の創造は止まらない。
いくぞ。魔力解放。
「〝無限装填剣〟」
無数の剣が宙を舞う。
魔物達には、その無数の剣の切っ先が、鋭く睨んでいるように見えているだろう。
パチンッ。
リットは一つ、指を鳴らす。
「さぁ、召し上がれ」
――瞬間、剣の雨が、魔物達に降り注いだ。
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