僕に無関心だった筈の婚約者が、貴族をやめた僕の所にやってきました。 番外編 《冬のとある日の日常》
僕に無関心だった筈の婚約者が、貴族をやめた僕の所にやってきました。 活動報告にてアップしていた番外編です。
寒さが厳しい冬のある日の事。僕は農作業(今はネギや白菜などの葉物を中心に育てている)、マリーは夏や秋に育てた花の出荷出来なかった物を乾燥させたもの、香りの良いハーブ等を混ぜたもので、小さなポプリを作っていた。
太陽の位置が高くなって来た頃。マリーに『マルロー、そろそろ休憩しましょうー』と声を掛けられ、手洗いうがいをしっかり済ませて家の中に入ると――…
(あ。花の香りがする)
…――家の中は暖かく、ほんのり花の香りが漂っていた。
「はい、マルロー。マルローのは少し熱めにしてあるから気をつけてね」
外に居て体が冷えているだろうからと、少し熱めにお茶を淹れてくれたマリーに『ありがとう』と、お礼を告げて。冷えた両手でカップを包むように持ち上げる。
「ふぅ、温かいなぁ…あれ? ねえ、マリー、今日はチョコレートを使ったお菓子が多いね?」
テーブルの上に置かれたお茶菓子。それらは皆、溶かしたチョコレートが掛けられている物ばかりだった。
「ドーナツにクッキー、後はフィナンシェ? え? こんなに沢山どうしたの?」
チョコレートは、ある程度の貴族なら簡単に手に入るけど、平民(いやまあ、一応は貴族に連なってはいるけどね)には高い買い物になる筈だ。
それに今日は、いつもよりお茶菓子の種類も量も多い。
「ええと、今日は何かあったかな?」
首を傾げる僕にマリーはニコニコと笑いながら答えてくれた。
「あのね、マルロー。遠い異国では冬の寒い時期に、その…好きな人にチョコレートを贈る習慣があるらしいの。それでね? 正確な日にちはよく解らないけれど素敵な話ですよね、って、ルウのお母さんと話していたら一緒に作りましょうって事になって、作り方を教えて貰いながら作ってみたの」
チョコレートは、お互いに実家に居た頃食べた物と比べれば値段はとても安いし、味も大分落ちてしまうかもしれないけれど、それでも――…
「その、あ、愛情は沢山込めているからっ! あの、マルローに、食べて欲しいなっ、て…思って」
…――そんな風に顔を赤くして恥ずかしそうに言われちゃったら。
食べないという選択は出来ないよ、マリー。(まあ、元々その選択肢は無いけどね)
「そっか。どうもありがとう、マリー。嬉しいよ」
『いただきます』と言って、チョコレートが掛かったクッキーを一つ、パクリと食べる。
「…うん。甘さも丁度良いし、サクサクしていて美味しい。僕、こういうクッキー好きなんだ」
「ほ、本当に? 良かったぁ…」
ホッとした顔で微笑うマリーに、僕はもう一つクッキーを摘み上げると、マリーの口元へと運んだ。
「え? マルロー?」
戸惑うマリーに、にっこり笑い掛けて。
「マリーも食べて? 美味しいから一緒に食べようよ」
『はい、あーん』と声を掛けた。
「ええっ、え? えっ、そ、その! 大丈夫ですわ! わ、私、自分で食べられますからっ!」
あわあわと慌てて顔の前で両手を振るマリー。動揺して口調が“マリエラ様”になっている。
「ふ、っく。あはははっ」
「なっ!? マルロー! 酷い! からかっていたの!?」
「ち、違うよ。マリーが可愛くてつい、笑っちゃったんだ、ごめんね」
「かわ、可愛い…」
今度は両手で頬を押さえるようにして呟いていた。うん、マリーは今日も可愛いなぁ。
「って事で、はい!」
「へ? むぐ!?」
僕はマリーの口にクッキーを押し込んだ。(ちょっと強引だったかな…)
もぐもぐと、クッキーを食べて飲み込んだマリーに『美味しい?』と聞いたら。
コクリと頷き――…
「おいしい。でも、マルローのばか」
…――ジト目でそう言って来たのだけど。
「可愛いだけだよねぇ」
「え? なぁに?」
「ん? 何だろうね? あ、ドーナツも貰おうかな? さあ、マリーも食べようよ」
「え、ええ?」
そんなこんなで今日も僕とマリーは平和な日を過ごしている。
「どっ、どーしよう。母ちゃんのお使いで来たけど、マルローの家に入れない! これ、今は入っちゃダメなやつだってオレでも分かるよ!」
家の外で中の様子を覗って居たルウに僕らが気付くのは、これから十分位後の事である――…。
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