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向日葵がくれた夏

作者: ケイ


夏の終わりというのは不思議なものだ。

あれだけ騒がしかったのがまるで嘘だったかのようにいつのまにかいなくなる。

アスファルトに吸い込まれる蝉の音、夕暮れの蚊取り線香の香り、目が痛くなるような青々とした空。

何もかもが大味で大胆で、それでいて儚くどこか寂しげだ。

毎年、また夏が来るのかとうんざりしたはずなのに、もう終わるのかと少し寂しく思う。

誰が言ったのか、四季の中で夏だけが終わるなんていうのはよく言ったものだ。

20年間生きてきた。20回過ごした夏は、毎年増えていっているはずなのに、同じ光景だけが思い浮かぶ。

記憶の中にいるのはただ一人の女の子。

彼女の名は奈々、夏そのもののような女の子だった。


彼女はいつの間にか傍にいた。

きっかけが何だったかはよく覚えていないが、確か冬と春の境目くらいだったように思う。

彼女は何が面白いのか、よく寄ってきては、話をするようせがんできた。

とにかくそういった感じで、よく一緒にいるようになった。


自分ではユーモアなんで持ち合わせているつもりはなかったが、奈々はとにかくよく笑う子だった。

笑いすぎて涙を流しながら、君は本当に太陽みたいな人だね、と言っていた。

それは君のほうだろう、眩しすぎて一緒にいるのがつらいくらいだ、よくそう思った。


梅雨が始まる頃だろうか、奈々はよく雨の話を聞きたがった。

日本語には雨を表す言葉が数百種類もあって、日本人は雨に情緒と恵みを感じながら生きてきたんだと話をすると、じゃあ私は日本人じゃないな、雨は大嫌い。

よくそう言っていた。

雨が降っていると、心が苦しいもの。

彼女が放つその言葉には海に沈んだ錨のような暗さがあった。

「私はね、太陽がいっぱいに輝いて、どうしようもない!って日が大好き」

「そんな日ばかりじゃ疲れるだろう」

どうでもいいような、そんな話を毎日毎日していた。

春が来て、夏が来て、そんな自然の理と同じように、二人の時間は続いていくのだと思った。



お祭りに行きたい。

彼女がそう言ったのはこの町で一番大きな納涼祭がある日の前日のことだった。

「浴衣を着てね、夕暮れ時の町を一緒に歩いてね、少し汗をかいて、サイダーを一気飲みするの。どう?最高だと思わない?」

わざわざ暑い中人の多い場所にいかなくてもとは思ったが、奈々の浴衣姿を見るのは魅力的に思えた。


納涼祭は本当に楽しかった。

思えば二人でどこかに出かけるということはなかったかもしれない。

顔中わたあめやらソースやらで汚して、次は何を食べようか?なんて青海苔のついた歯を見せながら不敵な笑みを見せる彼女はとても嬉しそうだった。

朝顔柄の浴衣がとてもよく似合っていた。

「私の浴衣、どう?いけてる?」

人もまばらになり、屋台が店じまいを始めた時、彼女がそう問いかけてきた。

ふと、あぁ夏が終わる。そう感じた。

この夏は二度と来ない。最初で最後の夏だ。

何故かそんなことが頭の中で渦巻いた。

「黙ってたらわかんないよ!」


あぁ、世界で一番綺麗だよ。なんて言えるはずもない。

でも確かに、あの時の奈々は世界中で一番綺麗だった。

君の傍で、ずっと君の笑顔を見ていたい、柄にも無くそんなことを思わせるほど、その時の奈々は美しかった。



別れは突然だった。

珍しく視界が悪くなるほどの雨が降っていた日、飲酒運転の車にはねられ、一瞬のことだったそうだ。

雨は嫌い、どんよりして、私が私でなくなってしまう。

そんな言葉がよぎった。

「君は太陽で、私は向日葵。君が私を笑わせてくれて、輝かせてくれるんだ」

よく、そう言っていた。

「だから、雨は嫌い。お日様が出てこないもの」


本当に、彼女は、夏そのものだった。

突然驚くような熱量で近づいてきて、あっという間に去っていた。

目を背けたくなるほど輝いていて、どこか懐かしい香りがして、いないと辺りが静まってしまう。


きっとまた夏は来るだろう。来年も再来年もずっと、ずっと。

大きな入道雲が流れてきて、蛇口から出る水が温かくなる頃、また向日葵が咲くだろう。

あれから、夏が来るたび、僕は奈々の言葉を思い出す。

「私は向日葵、私を笑顔にさせてくれるあなたが大好きです」



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