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五 挑戦いたします


 恐れ多くも光帝がおわす帝都。

 お城を中心に、周囲は代々続く身分ある方のお住まいが整然と並び、美しい列強風や異国風の建物も点在しております。

 我がアサツキ家も武家屋敷の並ぶ一角にございます。


 緑のトンネルになった土手を行けば、私の通う女学校の赤煉瓦でできた門は、すぐそこです。


 強すぎる夏の日差しも、少しなりを潜めたでしょうか。

 それでも、ここ、女学校の道場を満たす空気はねっとりと温められています。我が家のささやかな道場と違い、広々としておりますが、先生方の熱のこもったご指導に熱さは増すばかり。

 だけどどうして、と言いたいのです。


 午前中、最後の授業は薙刀。

 格子から差し込む光に、手にした切っ先が銀色に閃いているのに、皆、どうして平気なのでしょう。私はこわくて仕方がないのに。

 我が家での伯母様の鍛錬もそうですが、授業で、何故、真剣を使わなければならないのでしょう。

 大きな声で抗議したく思います、真剣でなくともいいではありませんか、と。

 一度でいい、そう言ってみたいものです。


 春には、婚約騒ぎもありましたが、すっかり日常に戻りました。

 いえ、厳密には元には戻っておりませんが。


「あなたの伯母様はまだお許しにならないの?」

 髪を一つに纏めた私の黒いリボンを見つめ、薔薇の様な頬でミレイ様がおっしゃられました。

 ちょ、ちょっとお待ち下さい。息が切れてお答えできません。薙刀は苦手なのです、嘘です。刃物全般が苦手です。

「アサツキ殿、しっかりなさい。下級生の手前ですよ」

 たった今まで先生に散々叱られ、ようやく壁際に避難できたのです。

「普通、喪に服するのは一月よ。もう五か月になるのにまだ喪服で過ごせなんて」

「え、ええと、そ、うですね」

 ようやく出せた声も途切れ途切れでした。

 未遂ですが、婚約者がお亡くなりになり、伯母様の言葉通りに喪に服しております。裳は学校指定なので、黒の上衣と黒いリボンで登校しているのです。

 ミレイ様が眉を顰めるように、私も、どうして五か月も、と思います。

 ですが、伯母様には逆らえません。

 ああ意気地なし。


「ま、ご覧になって。涙目でますます目を赤くなさっていますよ、黒ウサギさんたら」

 くすくす。

「本当に〈武〉を許されたのかしら。薙刀如きで」

「仕方ないでしょう、黒ウサギさんですもの」


 ちらちらと視線を感じて顔を上げると、笑い声がますます大きく聞こえました。三人のお嬢様方の額には、菖蒲色の長めのはちまきが絞められていて、私の方を見ております。

 ミレイ様や私のはちまきは、紅梅色。

 下級生、一つ下の方々ですね。

「…聞こえるように言っているわね、あの子達」

 ミレイ様が声を潜め、お三方をぎゅっと睨みつけると、眼光に怯んだかのようにそそくさと場を離れておいでです。

 絡みつく視線が無くなって、ほっとしました。

「ありがとうございます、ミレイ様」

「あなたのことを黒ウサギと呼んでいいのは、我ら同級のみよ。下級生に権利はないわ」

 この数か月、喪服にて登校する私を、好奇の目で見られる皆さま。いい加減に慣れましたが、黒い衣装から黒ウサギなる愛称を考案したのは、他ならぬミレイ様です。

 ミレイ様を始め、五名の同級はそれぞれ高名な家柄なのですから、影響力はご存知でしょうに。

 まったくもう。


 ようやく授業が終了し、昼休みは教室でゆっくりできます。

 詰まった喉が、ほっと緩むよう。

「それにしても、あなたの伯母様も大概よね」

 はふっとため息を吐くミレイ様の瞳は、私の黒い上衣に向けられています。どうやら先程の話題が続きのようですね。

「当家も御同様。朝も縁談の話を持って来たわ。振り切って参りましたけれど」

「ミレイ様はまだ頑張っておられるのねぇ」

 この教室には最終学年となった六名が在室しているのですが、長年のお付き合いでとても仲が良いです。学校は私の癒しです、先ほどの様な耳に痛い言葉も頂きますけれど。

「あら、勿論ですわ」

 きっぱりと言い切り、にやりとした笑みを湛えるミレイ様。

「何度も言いますが、わたくし、思う方以外と結婚するつもりはありませんもの」

 きゃああと口々に叫び、当然、私も頬を染めました。

 素敵です、ミレイ様。

「女だとて、嫌なものを嫌と言って何がいけないのでしょう。親の言いなりに結婚し、好きでもない相手と本当に幸せになるのでしょうか」


 身分はいりません。

 平民がいいのです。


 などと考える私は、他の人に頭がおかしいと思われているのだろうなと理解しております。

 そんな私を受け入れて下さるミレイ様も、大〈商〉カン家跡取り姫でございますのに、かなり革新的な考えをお持ちでして。

 好きな人がいるので、その方以外とは結婚しない。

 そう宣言なさっているのです。

 なんて、素敵。

 普通、女は親に反抗できないものです。

 憧れます。

「大好きです、ミレイ様。応援致しますね」

「…あなたって本当、子どもみたいよね」


 思っていても、大好きとは口にしないのですって。

 窘められてしまいましたが、ええ、いけませんでしたか?


「ミレイ様が思いを寄せるお方は幸せですわね、どんなお方ですか」

「わたくしも知りたいわ」

「わたくしも。お聞かせください」

 きゃあきゃあと高い声が木造の教室に響いて、ミレイ様がふっと目を眇められた瞬間に、一斉に押し黙りました。

「わたくしが思う方は、妹程度にしか思って下さらないのよ。でも」

 くっと唇の両端が上がり皆を見回すミレイ様、その鮮やかさ。

「でも、きっと振り向かせてみせますわ」


 私ならイチコロです。

 ああ、私が殿方であるなら即座に結婚を申し込みますとも。


 歓声は喧騒となって満ち満ちて、がらりと扉が開かれるまで続きました。

「失礼いたしますわ」


 すわ先生がお目になったのかと、慌てて皆が扉に顔を向けると、そこには下級生らしき二人の少女が居りました。

「わたくしは〈華〉のアイシャ ビムと申します。こちらは〈技〉のエイコ イルマです。〈商〉のカン様はいらっしゃいますか」

 二人の上衣に輝く校章は菖蒲色です。

 お顔を拝見いたしますと、あのお三方ではありませんが、道場で同じく薙刀の授業をお受けしておりましたね。

「どういったご用件ですの?」

 ミレイ様が立ち上がれば二人はそちらに向かい、〈華〉のビム様が特殊な折り方をしたハンカチをぱっと投げつけました。

 え。

 ミレイ様の胸元にぽんと当たって床に落ちた白い布。

 白のハンカチ、そしてこの折り方。


「わたくし、〈華〉のアイシャ ビムは、〈商〉のカン様に挑戦いたします」


 この光護国の特徴は、良く言えば勇猛果敢。悪く言えば猪突猛進。

 侮辱には死をもって贖いを、の精神が脈々と受け継がれて、とにかく争いが絶えません。海に囲まれた小さな国であるのに、子どもの頃は北国と戦争をしていましたし、現在も西国と紛争中です。


 挑戦とは、血気盛んな国民に国が認めている、私闘です。

 大抵の人が経験されておりますが、私は苦手ですので、一度も経験がございません。

 話し合いで何とかなりませんか。

 できるだけ穏便に、それが私の信条です。

 こんな事を言えば、伯母様に正座三時間は頂くでしょうけれど。


「〈商〉のミレイ カン、お受け致します」

 ハンカチを拾いになったミレイ様は、ビム様の胸元に投げ返しました。

 正式な挑戦。

 私なら回避しますとおろおろしている間にも、お三方は淡々と交渉をお続けになり、同級生は好奇心に満ちた眼差しを送っています。


「弓はいかが?」

「よろしくてよ。ビム様とイルマ様のお二人を、わたくしはお相手するのかしら」

 基本、私闘は一対一です。

「カン様は相方をお選びして下さい。二対二で参りましょう。どなたをお選びしますか?」

「そうね、では同級のアサツキ様を」


 はい?


 今、私の名前が聞こえたような?

 幻聴でしょうか? 


「「…え?」」

 挑戦を挑んだお二人も、茫然となさっているようです。

 同じく幻聴ですか?


「…カン様?」

「アサツキ様で、と言いました」

「…カン様、獲物は弓ですよ」

「何か問題でもあるのかしら?」

 え、大ありですよ。

「アサツキ様…本当に、ですか。よろしいのですか?」

「足手まといでしょうに」

「まあお優しいのね。助言は結構、下級生の分際で」

 美しい瞳をお二人に向け、淡々とミレイ様は内容を決めていかれます。

「獲物は弓ですから、騎射はどうかしら」

 騎射とはかなり大掛かりな挑戦になりそうです。日付は明後日の午後、丁度半休の日です。

 ああ、明日なら軍部に伺う日でしたのでお休みする予定だったのに。それを口実に挑戦をお断りできたのに。

 …ミレイ様。


「…了解しました、場所は当校の馬場で」

 ちらり。

 一瞬、お二人は視線を向けられ、ふふんとお笑いになる。

 えっと、あの?


 分かります。

 私が相方では、足を引っ張るだけで、勝ち目などありはしませんよね。

 ええ。


「手配はお任せあれ」

「では先生方も巻き込みましょう」

「数人の審判が必要ですわね、信頼できる方に頼んでみましょうか」

「あら大事になりそう。では、校外の方も見学可としませんか」

 こんな楽しい事逃しませんわ、とばかりに同級四名が喜々として提案しております。え、ちょっと。

 唖然。

 茫然。

 ぼんやり固まってしまいましたが、あの、私に非はありませんよね。

 ぽんと肩に置かれた手に、ぎ、ぎ、ぎとぎこちなく振り向けば、満面の笑顔のミレイ様。


「初めての挑戦ね、頑張りましょう。黒ウサギさん」


「ビム様、挑戦の理由は?」

 思い出したようなミレイ様の言葉に、ビム様はかっとお顔を赤くされ、悔しそうに口元を歪ませます。

「胸に手を当てて、良くお考えになって…っ」

 袂を翻し、走り出してしまわれました。

 残されたイルマ様が、後を追い、言い捨てされます。

「カン様が、ビム様の婚約者をお取りになったのですわ」


 は、はい?


 お二人が去られても、もたらされた興奮は残されたまま。それにしても、皆さま楽しそうですが、ぽかんと立ちつくす私が変なのですか。


 ちなみに、この挑戦は、泡沫の夢とはなりませんでした。


 そうなりますよう、神様、お祈り致しましたよね?



なかなか進みません。お読み頂き、ありがとうございました。

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