5-18
「へえ、ギルドのね。それで命がどうだって?」
この世界では魔法使いという存在は別格だと言われている。
何故かと言うと魔力を自在に操れ、そして魔法にまで行使する才能を有している人が極端に少ないからだ。
希少性だけの問題ではなく兎の雷魔法のように一度放てば相手を行動不能、高位の魔法になれば一撃で命を奪えるほど強力な攻撃手段だ。
先ほどキロロは魔法で3人もの男を一撃で行動不能にし、その威力を見せつけた。
なのにこの賞金首の男は余裕を崩さずに相対している。
なんでこいつはこんなに余裕なんだ?
「そうですか、ではあなたに死んで頂きましょう、アースバレット」
キロロが放った魔法、ナイフほどの大きさの岩を発生させ弾丸のように発射する土魔法が何の躊躇もなく男へ向かう。
「ダメ!その男には魔法が効かないわ!」
「え?」
「そういうこった」
いつの間にか抜いた黒い刃の短剣を振るうと魔法で打ち出された岩の弾丸が砕け散った。
しかも粉々に、そして床に散らばった欠片は砂となり消える。
まるで魔法など無かったように消え去ったんだ。
「な、何がいったい起きて」
「いやぁ、良い腕だな嬢ちゃん。それだけ早く魔法を放てるって事は初級、いや中級ぐらいまで行ってるか?」
「そのオスが持っている短剣は瘴気を帯びてるわ。だから魔法は効かないのよ」
「そ、そんな、まさか魔剣!それならあなたは魔剣のグレン!」
「流石ギルドメンバーだな、よく知ってるじゃないか」
「ナオヤさん、気を付けてください!この男は金貨10枚の賞金首です!」
「な、そんな大物だったのか、こいつ!?」
遠く離れた西国の元ギルドメンバーにして依頼人を殺害した5年以上も捕まっていない賞金首。
現在ギルドで唯一賞金首に賭けられている男で有名な極悪人。
そんなやつがこんなところで人攫いなんてしやがったのか!
「へえ、今は10枚なのか。去年は8枚だったのにまた上がっちまったな。さて、この嬢ちゃんは俺がやるからお前らはガキをやれ」
「「「へい、旦那!」」」
「ナオヤさん、私も戦います!」
「リースちゃんは兎と下がっててくれ!」
「でも!」
「兎を、ルナを頼む!」
「わ、解りました。気を付けてくださいね、ナオヤさん!」
「おう」
流石に魔法が通じない相手だとキロロも危ないだろうし、早く加勢に向かわないとまずい。
それにボスぽいやつを女の子に任せるとか恰好悪いったらない。
散々自分のダメさ加減に気が付いたんだ。
このままで終われるかよ!
「いやぁ、旦那に付いててよかったぜ」
「だな。金は入るはあんな良い女もやれるんだから」
「まずはこのガキからだ。さっさとやっちま、ぐが!?」
のんきに会話とか馬鹿なやつらだ、さっきまでの俺たちを棚に上げて言わさせてもらうけど。
こっちを殺しに来てるのに黙ってみてる訳ないだろ。
アホな皮算用をしだしたこいつらの真ん中に居たやつの顎を思いっきり蹴り上げ、振り下ろした足を軸足にして両手の武器を振り回す。
「ぐあ、くそ!」
「ちっ、意外と動きやがる!」
流石に少し離れていたので鉈の刃が掠った程度で大した怪我もしていない。
だけどそれだけじゃ終わらない。
飛びのいて距離を取った右側の男に回転の勢いを殺さず詰め寄って、左腕のナイフを肩口に向けて突けば手に持った剣で弾こうと相手の右腕が動いた。
手に何か持っている状態で後ろに伸びのく時、ほとんどの人は前方にその物を持ってくる。
そのような状態でナイフを払おうとすれば外に向けて剣を動かすのだから当然隙ができて、俺の鉈を防ぐのは生身の左腕しかない。
「ぎゃぁああああ!?俺の左腕がぁああああああ!?」
そして左腕が切断するほどの痛みを味わえばもう片方の右手でそれを押さえようと勝手に動くから剣なんて持ってられるはずがない。
「このガキがあああああああああ!」
そして俺の背後にいるやつがそんな光景を見たら激怒して襲ってくるのは当然の事。
しかも怒り心頭だから大振りな攻撃、上段からの打ち下ろしを全力で行ってくる。
だから横に飛びのいてやればその斬撃は。
「ぎゃあああああああああ」
「ラ、ラリー!?」
俺の目の前で蹲ってたやつに直撃だ。
「おらああああああ!」
そしてそんな事態を引き起こしたやつは同様して周りが見えなくなるから死角を突いた行動なんかも簡単にできる。
利き腕を潰すように鉈を振るい。
「ぎゃあああああああ」
廻し蹴りを腹部へ食らわせ吹き飛ばす。
毎朝のイメージトレーニングと訓練でやっていた事をやれば、相手が人だって関係ない。
こっちに覚悟さえあれば、人相手だって俺はやれるんだ。
「キロロ!」
「くっ、ナオヤさんたちは逃げてください!この男は何としても私が!アースウォール!」
「へぇ、ウォール系まで使えるのか。やっぱり中級ってところだな。でも無駄だぜ、嬢ちゃんよ!」
「きゃ!?」
俺が3人を相手にしている間キロロがグレンとかいう賞金首を相手に岩の弾丸を撃ち続けていたが、それらすべては魔剣で防がれていた。
そして接近してきたやつと距離を取ろうと魔法で土の壁を作るもあっさりと砕かれてキロロが吹き飛んだ。
「このやろう!」
それを見て頭に血が上った俺は背後から襲い掛かって鉈を振るうも振り返ったグレンの短剣で防がれた。
間近で見たやつの魔剣からは確かに瘴気が漏れ出している。
魔族ガダブリルの時も思ったが、これを浴びたら体に悪そうだ。
「ほう、ガキにしては良さそうな武器持ってるじゃないか」
「あんたのその短剣も凄そうじゃないか」
魔剣と鉈で鍔迫り合いを始めながらそう答え、ナイフを振るうも鉈を弾いた魔剣で止められる。
鉈とナイフを小刻みに振るうもすべてグレンの魔剣で弾かれてしまい、手数の上ではこっちが有利なはずが逆にこちらが追い詰められる形になっちまう。
戦士としての腕の差、それがもろに出てしまった結果だ。
「くそっ!」
「中々やるじゃねえか、ガキのくせに。しかも二刀流とか器用な事だ」
「うるせえ!」
こっちは必死に両手の刃を振るっているのに相手は涼しい顔でいなしている。
腕の差、それはどうしようもないとしてあんな禍々しい物を長時間使っててなぜ平気なんだ?
魔法を無効化する魔剣、その正体は瘴気を塗れの刃。
確か兎が言ってた、瘴気を浴びて害虫が変異したと。
あれだけ目に見えるほど濃い瘴気を出す剣なんて農園にあった物なんて比じゃないぐらいだ。
それを使ってて変化がないってどういう事なんだ?
「アースバレット」
「ちっ、流石に面倒だな」
俺に集中していたからなのかキロロが放った岩の弾丸を避けきれずに少し食らったようだけど、全然堪えたように見えない。
それどころか最初剣を合わせた時よりも動きが良くなってる気がする。
マジでどうなってやがるんだ、こいつは?
「おらっ!」
「きゃあ!?」
「なっ、お前!仲間だろう、そいつ!」
床に転がってた人攫いの男をキロロに向けて蹴りやがった。
普通じゃない、こいつのやる事が。
「ぐっ、そういうお前は後ろから斬撃ってか?どっちが卑怯なんだろうな」
「倒れた仲間を蹴るとか、お前正気なのか!」
「はっ、仲間だからだろうが。仲間が俺の役に立つのは普通だろうがよ!」
「ぐっ、くそ!」
まずい、左腕に一撃貰っちまった。
傷自体は大した事ないけど感覚が鈍って上手くナイフを振るえない。
こっちが攻め手だったのに手数の差というアドバンテージを失えば攻守逆転してしまう。
それに少量とはいえ出血し続けてたらその内こっちが負ける。
その前に決着を付けないと!
「おらっ!」
「足癖も悪いと。面白いガキだぜ、ほんと。まあ、だがそれじゃあ俺を倒せないな」
集中しろ!こいつを倒すイメージを固めろ!こいつをここで今倒さないと守れない!
「うおおおおおおおおお!」
左手のナイフをグレンの左肩に向けて突けばやつは魔剣でそれを弾く。
そして右手の鉈で右肩へ振り下ろすように振るえばやつは左手で受けるしかない!
「貰った!」
「甘い」
「なっ!?」
グレンの左腕には何も身に着けていない。
それなのに。
「なんで切れない、血が出ないんだ!」
左腕で鉈を完全に受け止めやがった。
しかも無傷で。
「ああ、これか?」
「ぐ、が」
「「ナオヤさん!」」
「義手だよ、義手。よくできてんだろ?」
力が抜ける、まるで何かに吸い取られているかのように抜けていく。
これが瘴気を発する魔剣の力。
くそ、ここまでか。
「ナオヤ!」
魔剣の一刺しは致命傷になったのか俺はその場に崩れ落ちた。
位置取りから行くと兎たちもその光景が見えていたのだろう、俺の名を叫ぶ声が聞こえる。
まだ意識は残っているが立ち上がる力がでない。
魔剣の瘴気に力を奪われたからだろう、先ほど体中から何かが抜けていったしな。
「アースバレット!」
「だから無駄だって」
「アースバレット!アースバレット!アースバレット!」
「懲りねえ女だな」
「アースバレ、アースウォール!」
「寝てろ!」
「きゃああああ!?」
「キロロさん!」
首すら動かせない状態だから見れないが、キロロもグレンにやられたのか、くそ。
「ナオヤ、大丈夫かしら?」
近寄ってきた兎が俺の顔を覗き込む。
その表情は俺を心配してるのが解るもので、獣なのに器用なやつだ。
「へ、だ、い、じょう」
「今治すわ、待ってなさい。ヒールライ、ぐっ」
光の回復魔法を使おうとしたのか一瞬兎は輝くが、首に巻かれた首輪に吸い込まれ、絞まる。
魔法封じの首輪は魔法を使おうとすると魔力を吸い取って首が絞まる仕組みのようで、それが兎を苦しめる。
俺の怪我を治そうと無理をしたから首を。
「や、やめ、ろ」
「ヒールラ、ぐぅ。い、いやよ、私は。ヒール、ぐっ、ヒールライ、ぐっ、諦めな、いわ」
「も、もう、いい。お前、たちだけ、でも逃げ、て、くれ」
「へえ、兎のくせに根性あるな。ほんと珍しい生き物だ。高く売れそうだ、こいつは」
「ヒールライ、ぐぅ、ヒールライ、ぐっ」
やめてくれ、それ以上したら、お前まで死じまう。
嫌だ、こいつが死ぬところなんて見たくない。
俺は、ルナと一緒に日本に帰るんだ!
「嫌よ、ナオヤ。一緒に帰るのよ、私たちは。だから、こんなところでナオヤは死なせないわ!」
俺の中に残った何かが兎に、ルナに流れて繋がる。
この感じ、知らないはずなのになぜか懐かしい、そう感じる暖かさ。
まるで俺とルナが一つになったような感覚。
それを感じた時、ルナの輝きがいっそう強くなった。
「ヒールライト!」
「な、馬鹿な!」
暖かい光に包まれ、俺の傷が癒えていくのを感じる。
そして力が戻っていくのも。
ルナの首に巻かれていたはずの首輪が、千切れて床に落ちていた。
「魔封じの、しかも奴隷用の首輪を破りやがったのか!あり得ない!何者だ、お前!」
「そういえば名乗ってなかったわね。私は白き衣を纏う事を神に認められし高貴なる白兎のルナよ」
こんな時だというのにルナのやつ、薄い胸を張って名乗りやがった。
まったく、すごいやつだよ本当に。
「まさか、本当に聖獣だというのか!」
「そんなものと一緒にしないでちょうだい。それよりもよくもやってくれたわね」
「な、何がだ!」
「私の従者をよくも甚振ってくれたわね。報いを受けなさい」
「ふはははは!ふん、魔法が使えるからと粋がっているようだが、俺には魔法は効かない。散々見ただろうに所詮獣か!」
「確かに普通の魔法は霧散するようね」
「そういう事だ。だから死ぬのはお前だ、兎!」
「でもね、そのネタは攻略済みよ」
殺そうと襲い掛かるグレンに笑みを浮かべてルナは呟いた。
ナオヤは殺らせないわ、と。
「雷光に貫かれて逝きなさい、ライトニング」
落雷でも発生したような閃光と轟音が、辺りを包み込んだ。
お読みくださってありがとうございました。
次回の投稿は明日を予定しております。




