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「ナオヤ、ここが宿場の村エントだ」
あれから30分ほど歩いて辿り着いた村は、木の柵で覆われた結構大きな村だった。
ノランの説明によれば、この国と隣国を隔てる山、現在地だが、に唯一存在する村で、町と隣国を結ぶいくつかある街道の一つにある最後の村らしい。
街道と言っても整備された山道ではないため、馬車なんかは通れず、人が徒歩で進むしかないため、利用者はそれほど多くないとの事。
だが、他の街道よりも移動距離が短く、また、馬車を用意するお金がない旅人や商人などが利用する、宿場町のような村として年間それなりの人数が訪れるそうだ。
村とされているのは、定住者の人数が村の定義としての範疇で、町ほどではないからだ。
しかし、宿場の場所として生計を立てるこの村は、町と言っても過言ではない規模を誇る。
宿屋も数件、食事処や酒場、道具屋と言った商店もあり、また、山間部に存在する為、防衛意識も高い。
その一つである門には扉があり、武装した門番が常駐しているとの事だった。
その門番とノランはしばらく話をした後、俺たちも村に足を踏み入れた。
「おお、思った以上に綺麗な村だ」
「まあな。こんな辺境にある村だが、流石に旅人や商人が来るような場所だ。衛生管理もしっかりしてないと寂れちまうからな」
匂いも酷くないし、整理整頓とまではいかないが、物が無造作に置かれたり、家屋の軒先に何かを吊るしたりと言ったことがない。
村と聞いて想像していたのとは違い、本当に町のような場所だった。
まあ、中世レベルの、とは付くけど。
さて、村人はどうだろう?と思い見回してみれば、小さな子供や大人の女性、老人に至るまでそれなりに小奇麗な恰好をしている。
ノランが進むに任せ付いて行っている間、2か所も井戸を発見し、下水の役目と思われる側溝なんかも見受けられた。
異世界モノの定番、いや、まだ異世界だとは決まってない、そう思いたいだけだが、定番だと衛生管理は中世レベル、すなわちその辺に糞尿をまき散らすとか、そんな風に予想していたからこの光景は逆にありがたい。
これならトイレや食事、風呂の心配も、もしかしたらないかもしれない、と密かに喜んでいた。
しばらく村のメインストリートと思われる道を進み、ちょっとした広場にある大き目の建物の前に辿り着き、ノランは「まあ、まずは食事でもしよう」と入っていった。
「おーい、ミラ。食事と飲み物を頼む」
建物の中は結構広く、カウンターや掲示板、この辺りは何かの役所みたいな感じで、奥の方は食事ができるのか、テーブルとイスが数セット置いてあるスペースまであった。
ノランは扉を潜ると手をあげ、そのテーブルの方まで進み、座ると注文をし始めた。
「あら、ノランさん。今日は珍しく連れがいるんですね。」
「まあ、偶にはな。あ、俺はエールと肉が良いな。ナオヤはどうする?」
で、そのミラさんと言うやってきた女性は、おそらく年のころは十代後半と若く、そして明らかに外人、そう外人だった。
なんせ、頭の上に耳が生えてるんだからな、ふさふさとしたやつが。
俺は思わず、その耳、おそらく猫系と思われる耳を凝視して固まった。
ありえないほど精巧にできたその猫耳を見て、日本人として見過ごせるであろうか?いやない!と俺はかなり興奮していたと思う。
「ぐあっ、目があ、目があ!?いてえ、何しやがる、この兎!」
「目つぶしよ。失礼じゃない、レディを凝視して、はぁはぁしてるなんて」
「してねえよ!それに目つぶしをして良いほどの事でもないだろ!」
「ふん」
この兎野郎、まじ、毛皮剥いで吊るしてやろうか。
痛さに目を抑え、とりあえず椅子に座ったが、辺りの静けさになんだと目を開けると、ノランをはじめ、猫耳少女ミラや他の人たちまで俺たちの方を向き、あんぐりと口を開けていた。
あ、兎だが、俺が離した隙にテーブルへと飛び降り、偉そうに踏ん反りかえって居やがる、忌々しい事にだが。
「おい、ナオヤ、まさかと思っていたが」
「どうしました、ノランさん」
「その、気のせいだとは思っていたんだが、いや、気が動転してるナオヤが独りでボケツッコミ的な事をしてるんだと勘違いしてたんだが」
「おい!さすがにそこまでの事はしない、のですが」
「そ、そうか。じゃあ、やっぱり、そのしゃべってるのか?」
「え?何がですか?」
「いや、ほら、その」
ノラン、だけじゃなく、全員の視線が俺たち、いやテーブルの上で踏ん反りかえっている兎に集まった。
「な、何?いくら可愛いからって、注目するなんて失礼よ、あなたたち。いくら私が高貴な」
「「「「「兎がしゃべってるううううううううううう!」」」」」
「今さらかよ!?」
「いやいやいや、普通兎はしゃべらないぞ、ナオヤ。いくら聖獣とは言え獣がしゃべるとかありないぞ!」
「そ、そうです。さすがに白い獣は女神さまの眷属と言っても会話能力を有した存在は確認されていません!」
「おい、まさかと思っていたが、マジで聖獣なのか?」
「聖獣だからとしゃべらないだろ、普通」
「じゃあ、あの兎はなんなんだ?」
あーやっぱり、兎がしゃべれば混乱するよな、そりゃ当然だ。
俺も最初は混乱してたしな。
まあ、慣れた今ではただの憎たらしい白い毛むくじゃらの齧歯類でしかないわけだが。
「うふふ、私は白き衣を纏う事を許されし唯一の兎。だから会話できても不思議ではないわ。え?まって、なんで冴えないオス以外も私の言葉が解るのよ?」
「また冴えないとか言ったな、この齧歯類。お前、表に出ろ!決着をつけてやる!」
「またお前なんて言ったわね、貧相なオス!でも、お生憎様。私は乱暴な事なんてしないわ。だって、レディですもの」
「じゃあ、噛みついたのは暴力じゃないのか、このやろう!」
「あ、あれは甘噛み、そう甘噛みだったのよ。本気で噛んだわけじゃないからノーカウントよ、ノーカウント!あと、私はメスだからヤロウじゃなくて、メロウが正解よ」
「一々こまけえよ!」
俺たちが言い争ってる間に落ち着いたのか、ノランたちは静かになっており、カウンター側に移動して何やら話合っているようだ。
そちらも気になるが、それ以上に気になることがあるので、そっちの疑問を解決したかった。
なんせ、これはどう考えても、確定じゃないだろうか。
「なあ、おい、兎よ」
「おい、とか、兎とか言う呼び方やめてくれないかしら?」
「じゃあ、どう呼べっていうんだよ?」
「そうね、固有名詞が必要ね。今まで山では私しか白兎が居なかったからそう呼ばれたけど、そうもいかないわね」
「白兎でいいじゃねえか」
「やっぱり馬鹿ね。白兎は固有名称、名前ではないわよ。俗称とかそういうモノに該当する名称よ」
「さいですか。じゃあ、適当に考えるか」
「適当って失礼ね。でも、そうね、即急に必要な事でもあるのだし、今決めるわ」
「兎に考え付くことなのかよ?」
「失礼ね、本当に。よし、決めたわ。私の名はルナよ。白き衣を纏いし兎のルナ。これからルナさまと呼ぶことを許してあげるわ」
「ぷっ、お前、ルナとか安直すぎるだろ」
「お前って言わないで、って言ったわよね?」
「お前も俺の事名前でよばねえじゃねえか!」
「ふん!」
「このやろ、めろう!っと、こんな事を話すのが目的じゃなかった」
「こんな事って、本当にあなたは失礼ね。で、なんのようなの?」
「なあ、ここってさ、やっぱりそうなのか?」
「おそらくそうね、冒険者と呼ばれる職業の溜まり場、ギルドとかそういう所だと思うわ」
「やっぱりそうか!じゃなくて、そっちも疑問だったが、それじゃねえよ」
「じゃあ、何よ?ああ、あの娘ね。あの娘は間違いなく猫系の獣人よ。しかも人間ベースに猫耳や猫尻尾が生えた、ジャパニーズアニマノイドね」
「やっぱりか!リアル猫耳少女とかアツいな!で、なんだ、ジャパニーズアニマノイドって?」
「ああ、ほら、海外の獣人って狼男に代表されるような全身体毛に被われて顔や手なんかも動物じゃない?でも日本は萌え文化の影響で特定部位だけ獣なのよ。だからジャパニーズアニマノイド」
「たしかにな。獣ベースの獣人も可愛いのは可愛いんだが、リアルだと怖いだけだからな」
「会話の節々で思っていたのだけれど、あなた、かなり酷いわね、厨二病。しかも潜伏タイプで」
「違うわ!もう、卒業して完治、まではいってないがだいぶん薄い、ってそうじゃない。俺が言いたいのは、ここが異世界じゃないかってことだよ!」
これだけの要素があったら疑う余地はまずないだろう、ここは異世界だ。
だが、まだ諦めるには早い。
だって、そうだろう?
俺はフィクションの主人公を張れる存在でもないし、昔ならいざ知らず、今はそんなことは思っちゃいない。
あくまでもフィクションであり、見聞きするのが面白いのであって、体験するものじゃない。
いや、ちょっとは体験したいと思っていたし、村に入るまでであればそう思ってた。
だが、いざ確定するような要素がそろえば、流石に尻込み、いや、否定したかった。
俺が異世界へ転移したなんてことは。
「そうね、ここは異世界。間違いないと思うわ」
だがこの兎、そうは問屋が卸してくれなかった。
「どの辺が決定的だと思うんだよ」
「あなたが感じている所と同じよ。後はそうね、文字が見た事のない未知なモノなのに読める事。」
「よく見てたな。そうか、やっぱりあれは異世界文字か」
「さらに言えば、あのノランというオスの声と口の動きが違う事。これは、未知の言語が私たちに解るよう日本語として変換されて聞こえているのだと推測するわ」
この兎、マジ何者なんだよ。
「お前、どっかの諜報員なのか?口の動きとか普通見ないだろ」
「またお前って言ったわね?」
「そこに食いつくのかよ!?」
「あら、言わなかったかしら?私はレディなのよ。情報収集は必須スキルなの。口の動きで読み取るとかもできなくてどうするのよ」
「まじ、何者なんだよ!?」
「だから、白き衣を纏いし高貴なる白兎のルナさまよ!」
本当に、この兎何者なんだ?と、益々疑問が深まり、今異世界に居ることより、そっちの方が気になって仕方がなかった。