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白兎の従者~一文字で大きく違う異世界転移~  作者: ゆうき
第5章 やっぱり甘くない異世界の町
43/62

5-2

結局あの後リースの誤解も解け、同じ部屋に泊まる事になった。


やはり予想通りすごく遠慮していたが、兎の勧めもあり本人も納得したようだ。


まあ、誤解を解いた時のほっとした様子に違和感を感じたが、とりあえず些細な事なので気にしないでおく。


俺と兎の乱闘騒ぎがあったため結構時間を食ってしまい、今は食事時になのでエンティ亭の酒場も人であふれている。


何時もならこれほど客も来ないそうだが、よほど俺と兎の戦いに物珍しさを感じたのだろう、俺たちが酒場に入ると野次馬たちも付いてきた。


その後は想像通りに兎がしゃべる事に驚愕し、現在信者増殖中の看板が掲げられていたりする。


俺は痺れが治まってないのでテーブルに突っ伏しているのだが。


「ほうほう、エント村からですか。そちらでも何かなされたので?」


「大した事はしていないわよ。ちょっと不便そうだったから知恵を授けただけね」


「それはそれは。して、どのような事を?」


「そうね、別に秘匿技術でもないからあなたにも教えるわ」


「おお、本当ですか!」


商人と思われる身形と恰幅の良いおっさんが揉み手をしながら兎に教えを請いている。


魔法を使うしゃべる兎、という摩訶不思議な存在だから何か悪巧みを考えていたと思われるのだが、会話している途中から嫌な笑みがキラキラした笑みに変わっていったのだ。


見世物とか魔法使いとかそういう感じで飼おうという魂胆だったんだろうな、この商人。


顔は笑ってたけど雰囲気は森の肉食獣のそれだったし。


兎ももちろんそれが解っていたのだろう、これだけ人が集まっているところで事を起こすほどの馬鹿じゃないと踏んで会話を続けていたのだ。


商人だからこそ理解できたのか、この兎の知識と教養の高さから良い商売相手になりえる存在と感じたのかもしれない。


会話を続けるうちにどんどん笑顔の質が変わっていく様は、見ていて怖いものがあった。


しっかし、いきなりこんなに目立って大丈夫なのか?


と、その目立つ要因になった自分を棚に上げて考えていた。


あ、そうそうリースなんだがこれだけ人が集まる場所に居るのが嫌だったのか、早々に部屋に引き上げた。


食事も部屋で取るそうで、湯浴み用の桶をお願いしてたし、もう降りてくる事はなさそうだ。


「なるほど、あれはそういう使い方もできると。いやぁ、勉強になりますよ、ルナさま」


「ちょっとした工夫なのだけど、なかなか気が付かないわね、人だと。森の獣である私だから簡単に気が付けただけのようよ」


「むう、もっと人が聞いていない所だと商売のタネになりましたが、これだけ聞いていれば難しいですな。いやはや、勿体ない」


「あら、あなたの器ってそんなに小さいのかしら?」


「器が小さい?あ!?ありがとうございます、ルナさま!この御恩は一生忘れませんぞ。ここのお代は私めが」


「うふふ、そこまでの事ではないのだけれど、ありがたく受け取っておくわ」


「では、これにて失礼いたします。ぜひ、王都へ来られる際は私めにお声をお掛け下さい」


「そうさせてもらうわね。あなたに森の加護がありますように」


なんか知らんが兎の話で今日の宿代と食事代がタダになったようだ。


商人のおっさんは何ども頭を下げてエンティ亭を後にした。


たしかに今まで無い発想で生活改善が、しかも既存の物でそれが出来るとなったら大きな商売のチャンスなんだろうとは俺でも解る。


だけどこれだけの人が聞いていたなら皆マネをして商売にならないと思うのだが、兎のアドバイスが商人には解ったらしい。


俺は今のところ商売に興味がないからどうでもいいのだけれども。




「ふぅ、やっと痺れも治まってきた」


「あら、だんだん回復が早まっているわね。調教は順ちょ、耐性が付いてきたのかしら?」


「おい、今、調教とか言わなかったか?」


「気の所為よ。それよりも早く食べてしまいなさい。冷えてしまっては料理人に失礼だわ」


失言について問いただしたいところだが、兎の言う事ももっともなので目の前の料理に手を付け始めた。


おそらく牛であろう肉が入ったホワイトシチューと少し硬めのパン、それとサラダ。


エント村で解っていた事だがこの世界では調味料類はまだまだ発達していないようで、良く言って素材を活かした味だ。


このシチューも胡椒や塩なんかをもう少し加えるだけでもっと美味しくなるんだろうが、いかせん香辛料は高いのだ。


胡椒と言えば黒色を連想しがちだが、実際良く目にするのは白っぽい粉胡椒ではないだろうか。


よっぽど料理好きな奥さんの家庭でもなければ、この白っぽい粉末の胡椒、白胡椒が使われていると思う。


だけど胡椒って実はカラフルで、白や黒だけではなく、赤や青、緑なのも存在する。


この違いは実の収穫時期や加工方法によるもので、どういった用途で使用するかで分けているそうだ。


黒だと肉、白だと魚、といった感じだな。


で、この世界の胡椒の事だが、実は赤胡椒しか存在しないし、流通量が少ない。


そもそも胡椒を栽培して専門に扱う者が居ないゆえにそうなっているのだが、胡椒の位置づけ自体が食料の長期保存料の一つであり、調味料として使う事がないのだ。


他の調味料も同じような理由から、味を美味しくする為ではなく、長期保存や薬効を期待されて使われていたりする。


調味料の代表である塩も似たような理由で調味料として使われておらず、また海塩の製造も発達していないので岩塩に頼っているのが拍車を掛けているのだ。


まあ、なんでそんな話をいきなりしだしたかと言えば、先ほど兎が商人に言っていた話に保存料として使われてる物を調味料として使うに適した物だと出ていたからだったりする。


うん、一口飲んでみたがやはりこのシチューも胡椒を加えるか、胡椒の実自体を具にまぜるなどした方が美味しくなりそうだ。


サラダもドレッシングがかかっていないし、植物油も揚げ物用ではなくマヨネーズなんかができれば食生活も豊かになるんだろうなぁ、なんて思いつつ胃に納めていった。


あ、別に不味い訳ではなく、日本の食生活に慣れている俺だからこう思うだけで、この世界では十分に美味しい食事だと思う。


なんせ宿泊客でもないのにわざわざ食べに来ているんだから、この酒場の料理はかなりの物だ。


だから冷めたり残したりするのは料理を作ってくれた人に失礼だと、俺も思う。


「勿体ないよな、もっと美味しくできるのに」


「だからといっていきなりあっちの調味料を広めたら大参事よ」


「え?なんで?」


「育成方法が確立されていないのだから、乱獲して資源が枯渇するからよ」


「おっさんには塩の事言ってたじゃないか、塩なら良かったのか?」


「塩は海辺ならば海塩の製造、天日塩田は確立されていると思うからよ」


「まあ保存食があれだけ一般家庭に浸透してればそうか。胡椒よりも塩漬け保存の方が多いもんな、こっち」


「そういう事よ。岩塩だけではどうしても限界があるもの。流通コストの面さえクリアできれば塩を調味料とする文化が根付くのではないかしら」


「なるほどなぁ。でも、まあ、俺にはそこまで関係ないか。この味でも十分だと思うし。勿体ないとは思うけどな」


「何を言ってるのよ。あっちに帰った時にこれぐらいの事を考え付かなくては社会でやっていけないわよ」


「いやいやいや。そこまで知恵が回らなくてもやっていけるって、絶対」


「あなたは私の従者なのよ。下働き程度で終わってもらっては困るわ。私の名誉に関わるもの」


「お前の従者じゃねえよ!?」


「まだそんな事を言っているのね。でも、まあ良いわ。それよりもそろそろ引き上げましょう」


「すっげえ重要なんだけど、仕方ないから解った」


さて、これだけ引っ張っておいてなんだが、商人のおっさんに言った塩を調味料として使う話だが、旅に必ず持ち歩く塩の使用方法についてなのだ。


俺たちがこの町に来た時にも持ち歩いてて、馬に塩分補給として与えていたが、それぐらいしか用途がなかったりする。


旅中に人が塩分を取る場合、塩漬けの保存食を食べる事で得ているのだが、馬用の塩でとればいいじゃない、という事だ。


ぶっちゃけ塩漬け保存食はまずい上に高い。


それを食材は現地調達して塩を使って調理すれば美味しくなるし、塩分も補給できるだろ?と言う話をしたのだ。


あと、それだけで終われば旅でのコストカットの話になるのだが、これを町中で行うとなると商売のチャンスになる。


あの商人、店は王都にあるらしく、王都なんてぶっちゃけ生産面ではかなり低いのだから塩や胡椒を調味料とする文化を持ち込めば、と思い至ったんだろうな、と兎の談である。


自室に戻りながらそんな話を聞いて、なるほどと頷いた。


あれ?なんで胡椒や塩の話題で俺はこんなに時間食ってたんだ?


「これはあなたへの調きょ、教育なのよ。ちょっとはその頭を使いなさい」


「また調教と言いかけたよな、絶対!」


あと他人のモノローグに口を出すんじゃねえよ、この齧歯類!






などとやり取りしている俺たちを見ている人影にまったく気が付いていなかったんだな、これが。


その事で、俺たちはどえらい目に遭うのだが、その時は全く気が付いていなかった。






「ふむ、欲しいな」

お読みくださってありがとうございます。


次回の投稿予定は15日の夜になりそうです。

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