間話~とある冒険者の戦う理由~
ついに評価PT10を突破しました!
ブックマークを6名の方がして頂いておりまして、ありがたい事です、本当に。
これで、まだまだ私も闘えます!
あ、間話ですので、今回も主人公未登場話になります。
これはまだ藤堂直也が大怪我の後遺症で宿屋暮らしをしている頃の話だ。
自称、いや公称となった白き衣を纏いし高貴なる兎を称するルナは総合ギルドへ単独訪れていた。
訪れた理由は直也が目を覚ました報告をする為であり、自身のギルド証を更新する為でもある。
ルナは理由を語らないが、直也が目を覚ますまで更新を取りやめていた。
その赤い瞳に何を思っているのか、誰にも分からない。
知っているのは当の本人、ルナだけだ。
「へえ、やっぱすげえな、ルナは。なんだよその称号の数。アイアンの俺でもそんなにないぞ」
「私だけの成果ではなさそうだけれどもね」
ギルドには受付嬢のミラ以外に熟練メンバーであるノランも居て、ルナの更新の結果を見て驚いている。
ミラは驚くというよりも酔心しきった表情なので背景と化してもらおう。
とても良い子には見せられない、そんな姿だから。
「しかし、未だに信じられねえぜ。ナオヤのアレは」
「ああ、その話ね。どうも本人は覚えていないようよ」
「あ?どういう事だ?」
直也が覚えていないとは、彼があの戦闘で見せた光を纏い魔族を打ち倒したという事実についてだ。
彼の記憶では魔族であるガダブリルに一度倒されたところまでで止まっており、認識としては魔族に負けたとなっているのだ。
そしてルナはあの不可思議な戦闘方法を伝えるのは危険かもしれないと、嘘の途中経過を教えていた。
「そういう事だから、あなたもそのつもりでね。あと、アデルたちもそう伝えないといけないわね」
「まあ、確かに下手に広まるとまずよな。あれはまるで」
勇者、と続けようとしてノランはそこで口を閉じる。
魔族が発する瘴気を中和する光のオーラを放ち、ルナが使った光と雷の合成魔法と同じ斬撃を放った直也。
だれが聞いても勇者と連想するだろう戦いだったのだ。
直也はルナの従者、と考えられるクラスと称号をお互いに持っているが、他者から見たら白い獣を連れた男。
すなわち勇者に見える青年が勇者と思える戦いをする。
女神教が魔王出現を発表する前にそんな存在が現れたとなると、世界中の注目が直也とルナに集まる事にあるだろう。
偶然とはいえその2人を見つけ、この村に連れてきたノランとしたら彼らをそんな目に遭わせるつもりはなかった。
勇者として祭り上げられるだけなら良い。
だが、間違いなく色々な国の施政者たちが彼ら2人を狙うだろう。
女神教が見出した勇者ではない勇者。
その価値は計り知れない物を持っている。
それをノランは解っているのだ。
「ナオヤがそうだったとしても不思議ではないのだけれど、然るべきタイミングでないといけないわ」
「なるほどな。まあ、その理由を聞くと俺まで巻き込まれそうだからやめとくわ」
「うふふ、賢明な判断ね。でも、感謝するわ、黙っていてもらえるのでしょう?」
「ああ、それについては了解だ。まあ、あれだ。ナオヤに言っちまうと間違いなく舞い上がってヘマするよな」
「そうね、間違いなくやるわね」
ノランとルナは笑い合う。
2人は直也がどういう性格をしているのか、この1月ほどの付き合いで見極めているのだろう。
それだけ彼の事を見ているからに他ならない。
直也が解りやすい性格をしている、というのも忘れてはならないが。
「さて、まあ、何にせよナオヤが起きてよかったぜ」
そう呟くとノランは席を立つ。
「あら、どこかに出掛けるのかしら?」
「まあ、野暮用だ、野暮用」
「ふーん。お付き合いしても良いかしら?」
「あー、まあ、ルナならいいか」
そしてルナも椅子から飛び降りノランを追い、ギルドを後にした。
その光景を見たミラは信じられないモノを見たような顔で呟いた。
「ノランさんが同行を許した?」
ノランが向かったのは村を出て東にある森の中。
数日前には緊急依頼でゴブリンたちをせん滅させた地域ではなく、山側の地域だ。
追従するルナには見覚えのある獣道。
それはこの世界に辿り着いて初めて訪れた場所。
ノランに助けられたちょっとした広場のような、開けた場所だった。
その広場に辿り着いた彼らはそこで止まり、ノランは背の剣を抜いて地面に刺す。
そして何も言わずにただ立ち尽くす。
それになんの意味があるのかは分からない。
ルナはいつも見たいに疑問を口にすることなく、立ち尽くすノランを見上げていた。
「きやがったか」
どれぐらい時間が流れたのだろう?
気が付けば完全に日は傾いており、あと1時間もすれば空は茜色に染まる時刻になっていた。
そして、この広場に新たなる客がやってきた。
それは巨大な、そして力強い気を発するモノ。
右目あたりに大きな傷を持つ巨躯の獣。
森の主たる熊、隻眼だった。
「さて、今年こそお前のその首取ってやるぜ、隻眼」
「ぐるうう」
「は、俺には熊語なんて解らねえよ。だが、律儀に毎年やってくるお前に俺は敬意だけは払うぜ、隻眼」
地面に刺していた剣を、ノランが十数年の間大切に扱ってきた大剣を肩に担ぐ。
無骨で斬るよりも潰すという事になるだろう、その剣は重量だけでも相当なものであり、並みの者では持ち上げる事すらできない。
彼の剣は魔法が掛かった魔剣、という訳ではないが、人が作りし武具の中では最高峰だろう。
相手を殺す事に掛けては、高額な魔剣よりも優れている剣だ。
「じゃあ、やろうか」
「ぐるうう」
人と獣。
言葉は通じないが、通じ合うその2つはお互いに走り寄り、ぶつけ合う。
剣線が走り、剛腕が唸る。
ただただ、その2つがぶつかり合うその会合に言葉はない。
互いにどちらが強いのか、それだけを確かめ合う戦い。
死合いを繰り広げているだけだ。
幾度剣を振ったか覚えていない。
幾度剛腕を受け止め、流したのか覚えていない。
2つの気がぶつかり合う、そんな時が永遠に続く。
だが、それもやがて終わりを迎える。
気が付けば辺りは赤く染まっており、すべてが朱色となっていた。
彼らの場所から離れた位置に突き刺さった剣も赤く染まっていた。
「くそっ、まだ、とどかねえか」
戦いの終わり、それはノランの敗北で告げられた。
近郊最強の1人であるノランでも隻眼は単独で倒せない。
それは理解している。
ただ、彼には戦う理由がある。
なぜかこの獣は彼の挑戦を拒まず。
そして。
「また、俺を殺さねえのか、お前は」
勝者である森の主は彼を殺さず、立ち去るだけだ。
「なぜだ!なぜ、俺を殺さない!なぜ、俺と毎年、この日にお前は!」
それは彼がこの数十年続けてきたこの儀式、戦いの後、初めて口にした思いだ。
去年までであれば沈黙のまま別れていたであろう人と獣は、今年違う行動に出たのだ。
「ぐるうう」
隻眼もまた歩みを止め振り返る。
その左目はノランをただ見つめる。
「答えろ、隻眼!」
問う人と問われる獣。
人と獣は会話できない。
だから、これは意味をなさい。
はずであった。
「いいかしら、ノラン」
「ああ」
「ついて来い、そう言ってるわよ、ヌシは」
だが、この場にはそれを可能とするモノがいる。
森の女王、白き智獣のルナ。
彼女の存在が、止まっていた時を動かした。
隻眼が歩くに追従する。
どんどん山の頂、森の奥へと進んでいく。
そこは人が踏み込んだことのない未開の地。
隻眼の縄張りであるこの辺りには誰も踏み入れた事はない。
獣ですら主の許可なく踏み入れる事のない聖域。
その場所に連れて行こうとしているのだ。
進む隻眼の後をしばらくついて行くと、甘い花の香が漂ってきた。
一面の花畑。
彼らはやがてそんな場所に辿り着いた。
「すごいわ、ここ」
「あ、ああ」
ルナとノランはその光景に圧倒され、思わず呟く。
「魔力が溢れている。聖域とはこういう場所を言うのだわ、きっと」
もし、彼らが精霊や妖精といった存在を視る事ができたなら、この空間に漂う彼らを目にした事だろう。
甘い花の香が漂い、熱くも寒くもない、そんな場所。
伝説の妖精郷を感じさせる花畑だった。
隻眼は歩みを止めず中心へと進む。
圧倒されていた2人もそれに続き、中心へとやってきた。
そこには3つの岩があった。
その岩の前で隻眼は止まり、一度だけ振り返り唸った。
「ぐるうう」
「お墓、だそうよ」
「墓だと?」
「尊き森の主、これは一体誰のお墓なのかしら?」
「ぐるう、ぐるううう」
「え?そうなの?」
「ぐるう」
「隻眼の野郎はなんて言ってるんだ?」
「事情は解らないわ、でも。こう言ってる」
これは妻と子、そして自身の右目を潰した強き者の墓、と。
「は、はははは。なんだ、それ。まさかここに埋まってるのか。お前が食ったんじゃないのか」
「ぐるうう」
「ノラン、あなただけなら何時でもこの場所に来て良いそうよ」
「は、はは、は。そうか、なってこった。俺はなんてことをしてたんだ」
「ぐるうう」
「来年もあの場所で待つ、ですって」
「ぐるうう、ぐるるる」
「生涯最高の敵の血を引くお前を待つ。事情は聴かないわ。ただ、あなたはヌシに認められているのよ、胸を張りなさい」
「はは、そうか、俺はこいつに認められたかったのか。すっきりしたぜ」
何時のまにか膝を付いて涙を流していたノランは立ち上がり、笑みを見せた。
「ああ、来年こそお前に勝って、親父を超えてやるさ」
「ぐるうう」
それは今から二十年ほど前の事。
まだ幼い少年は冒険がしたかった。
エントという小さな村に辿り着いた父と子は、穏やかに過ごしていた。
そんなある日の少年の冒険。
父からもらった練習用の銅剣を握りしめ、森の奥へと旅立つ。
少年は冒険者、名を轟かせるギルドメンバーでる父の背を追い掛け、自分も冒険がしたかったのだ。
冒険とは楽しさだけじゃなく死も付きまとう事も知らなかった少年は、初めての冒険でその意味を知った。
森の中で出会ったのは小さな熊だった。
冒険のしたかった少年は銅剣を握りしめ、父と同じように立ち向かい、狩りをした。
才能が有ったのだろう、傷つきはしたが、初めての狩りは成功した。
だが少年の冒険はそれで終わらなかった。
仔熊には当然のように親がいて、少年よりも大きなその母熊が彼を襲った。
勝てるはずもなく、成す術もなく死を待つだけになった時、初めて彼は冒険の意味を知った。
だが少年にも当然のように父が居て、強かった。
母熊を倒した父は少年を叱る事もなく、連れ帰ろうとしたが母が居れば父もいる。
その父熊はあまりにも巨大で、強かった。
ギルド最高の証であるミスリルである父よりも強く、巨躯の熊の右目だけしか潰せなかった。
少年は泣き叫び、気を失い、父の最後を見届けた。
それから数年後、少年は父の形見である、死体も見つからなかったため、唯一となった形見の剣を背負いギルドへと訪れ、強くなっていく。
そしてあの広場で隻眼となった巨躯の熊と戦い、敗れ、強くなるを繰り返した。
ただただ、父の敵を討つためと誓って。
それが十数年と続き。
やがて父の敵討ちは父を超えたい、という思いに変わった。
かつて少年だった男の冒険は、まだ終わらない。




