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白兎の従者~一文字で大きく違う異世界転移~  作者: ゆうき
第4章 やっぱり甘くない異世界の旅
37/62

4-6

夜の帳が舞い降りたころ、辺りは月と星の光りに照らされている。


フクロウだろうか?ほーほーと鳴き声と、風に揺れる葉音だけが辺りに小さく響く。


時折、焚火の薪が崩れる音が響き、静かな夜を彩っていた。


そんな暗い森の中、2匹のオオカミが歩いている。


瞳を爛々とさせ、滾る熱い気持ちを抑え込んで足音を立てずに進む獣たちは若い個体のようだ。


経験豊富なオオカミたちはこの狩りに対して消極的だったようで、先ほど袂を別った。


風に流れてやってくる匂いは、少しばかり人の匂いが混じっているも獣の匂いだ。


という事は人に飼われた弱いモノ、彼らにとっては恰好の獲物だろう。


しかも複数の匂いが混じっていることから、中々獲物を得られない彼らの胃を満たしてくれるに違いない。


狩りは慎重に行えと教え込まれた彼らも気持ちを抑えきれないようで、その足取りは段々と速くなる。


あと少しで獲物が見える、そう思ったとき突然それは降ってきた。


「まずはお前な」


「ギャウン!?」


このオオカミたちが本当にそんな感じでやってきたのか分からないが、木の上から見てるとそんな風に見えたから勝手にこいつらの状況を設定してみた。


夜になって襲ってきたオオカミはこいつらを含めてすでに7匹目だ。


最初の頃はこういう狩りの方法にも慣れてなかったから緊張したけど、伏兵のような奇襲戦法もこれで3回目だから馬鹿な事を考える余裕があったのだ。


この待ち伏せ戦法を思いついたのは兎で、小鳥やフクロウが接近してくるオオカミたちを教えてくれるので、それだったら木に登って身を隠し奇襲を、というものだ。


1回目の奇襲は失敗したら目も当てられないし、高所から飛び降りるという事もあり、それはもう緊張したもんだ。


それも2回目、3回目ともなれば完全に慣れてしまって、鼻歌混じりに熟せる作業となりつつある。


本当に鼻歌なんて歌わないけどな!


「さて、あと1体だ。お前らが単純な若いやつらで助かったよ」


目の前の残る若いオオカミもさすがに警戒しているのか距離を取っているので俺から突っ込むのは馬鹿らしい。


かといって、このまま睨み合いを続けていたら別のやつが来て面倒な事になるので素早く倒さなくてはならない。


なので態と隙を作る、視線を右に向けて体を傾ければ、オオカミがそれに釣られて左側から攻めてきた。


誘導に従ったやつの牙を体捌きでいなし、がら空きの背中に鉈を叩きこむ。


「ギャウン!?」


地に伏せたこいつの首にナイフを突き刺して、息の根を止めてやる。


そのままでも出血死していただろうが、せめてもの慈悲ではないが、早く楽にしてやりたい。


殺す事には変わりないが、俺も登山なんかで森によく出掛けていた身だ。


彼らに対して無慈悲にはなりたくなかったのだ。


完全に動かなくなった2匹のオオカミを引きずり、夜営地に戻って死体を並べる。


こいつらも毛皮を剥いで鞣せば色々な用途で利用できるから処理をするつもりだ。


既に先の5体分も剥ぎ取りを済ませ、前処理までは終わらせている。


鞣し加工は特殊な溶液が必要だし時間がかかるからさすがにここではやってられない。


町に付いたらこの状態で納品する予定になっている。


ちなみに肉などは食べられない事もないが、やっぱり草食動物よりも臭みも強く癖がある上1頭分運ぶだけでも重労働だから毛皮のみの納品が多い。


俺はオオカミの肉でも美味しく頂ける派なので、ちょっとずつだが倒したやつは焼いて食べたぞ、そのまま捨てるのなんて冒涜だし。


オオカミの肉も結構いけると思うのだが、選択肢があればより美味しくて安い方を選ぶわな、普通の味覚の人は。


アニメなんかでは野生動物を狩るのが肉を得る手段だったのだが、この世界というよりもこの国では畜産が盛んなので飼育された草食動物の肉がかなりの量流通している。


苦労して狩らなくてはいけないオオカミと飼育が比較的簡単な草食動物ならば、コストと労力の兼ね合いで草食動物の肉の方が安くなる。


実際にエント村ではオオカミの肉はたまに狩人が持ち込むぐらいで高級な珍味扱いだった。


なお、エント村では村人の脅威となる獣として常時討伐依頼が出されていたが、これから行く町ではそんな依頼はないので討伐証明である右前足は持って行かずに処理する。


肉は町まで持っていけば売れそうな気もしなくはないが、大した金額にならないだろうし、そこまでの労力を払う必要性を感じない。


ちょっとでもお金を稼ぎたいが、肉を持って幾分の重量を毛皮にしたほうが確実に儲かると予想しての事だ。


「お疲れさま。それにしても器用に剥ぐわね。私も獣だから複雑な気分だわ、生存競争の結果だとしてもね」


「はふはふ、うまうま。まあ、慣れだな慣れ。爺さんだったらもっと素早く綺麗にやってたから、俺の腕前はまだまだだと思うぜ」


「現代日本であなたよりも手際が良い者は中々居ないと思うのだけれど。お爺さまは猟友会にでも所属されていたのかしら?」


「銃を扱った事はなかったそうだぞ。まあ、終戦直前に生まれて野山で育ち、趣味は登山なんて人だったからじゃないかな」


「あなたにその系譜が継承されたという事ね」


「親父は登山とか嫌いだけどな。さて、剥ぎ取り完了っと。悪い、また水を出してくれ」


「いいわよ」


さて、この前処理なのだがようするに脂肪分を取り除く作業で、地味な上に手間がかかる作業だ。


動物性油は常温では液体にならなし、油ゆえに水をよく弾く。


なのでナイフ等の刃物を使って皮を傷つけないようぎりぎりまで削ぎ、中性洗剤などで洗うのだがそんなもん有もしないので、体温よりも熱いお湯で洗い流す。


この作業、体温が残っているうちにやった方が楽だから時間との戦いでもあるし、だからといって焦ると皮に傷がつくので本当に神経を使う。


脂肪分を取り除いたら臓器の一部をお湯で、うん、別にこんな地味な作業を長々描写しなくていいか。


正直な話、こんな作業やりたくないのだが、こういう下処理をやったかやってないかで納品したときの報酬に差がかなりある。


町の物価がどうなっているか解らないが、折角持ち込んだ毛皮が買いたたかれたら泣けてくるからな。


儲けが少ないと宿泊が町でも馬小屋になってしまうし、少しでも高く売りたい一心で作業中だ。


しかし俺は異世界に来てまでなぜそんな事を心配せねば?と思ったらテンションが下がって眠くなってきた。


でもこの作業を終わらせて、死体を処理しないといけないからまだ眠れない。


そしてそんな事をやっていたら次のオオカミが近寄ってくる。


果たして今日睡眠が取れるのだろうか?と睡魔と戦いながら作業を続ける俺であった。


「ほーほー」


「次が来たわよ」


「いい加減寝かせてくれよ!?」






結局襲ってきたオオカミは全部で17匹にも及んだ。


1回に付き1~2匹ほど襲ってきては返り討ち、剥ぎ取りと下処理、小休止を繰り返し、眠りに付けたのは10回目を終えた後だ。


うっすらと明るくなり始めた空を見上げてため息交じりに木に寄りかかると、気を失う様に眠りに付いていた。


体にだるさを残したままうっすらと目を開けると完全に日が上っており、兎や馬は草を啄んでいる。


その様子をぼーっと見ていたら、俺が起きている事に気が付いた兎が近寄ってきた。


「おはよう。すぐ動けそうかしら?」


「あー、まあ、たぶんな」


「さすがに昨日の強行軍と徹夜明けは厳しそうね。もう少し寝ていたらどうかしら?」


「いや、起きる。早く町に着きたいからな」


「あら、そう。じゃあ、水を出しておくわね」


まだ頭がはっきりしないが何とか返事をして起き上がる。


軽く伸びをすれば関節からバキバキと音が鳴り、体がまだまだ寝ていたいと訴えているのが解る。


だが兎にも答えたように、ゆっくりしていてまた夜営なんて事になればたまったもんじゃない。


木に引っ掛けてある毛皮の数を見て、思わずため息が出た。


「用意できたわよ」


「サンキュー。ふはぁあ、気持ちいい」


常温とはいえ寝ぼけた頭で顔を洗うとやはり気持ちいい。


子供の頃からの習慣で、目が覚めたらまずは顔を洗う様にしている。


こうすると気が引き締まって1日が快適に過ごせる気がするのだ。


顔を洗った後は朝食を食べるのだが、それほど食欲がないので果実を1つだけ齧る。


昨夜襲ってきたオオカミの肉を少量ずつだが毎回食べていたのでお腹が空いていなかったのだ。


食べ終わったら馬に馬具を取り付け荷物も乗せる。


干していた毛皮も一纏めにして空いた袋に押し込み出発準備完了だ。


「何度見ても手際が良いわね」


「登山とかしてればこういうのも慣れてくるからな。山でぐずぐずしてたら天候が変わって動けなくなるとかざらだし、必要に迫られて、というのもあるか」


「なるほどね。さて、そろそろ行きましょうか。昨日のペースだったら夕方までには町に着きそうよ」


「ペースが同じって、またゴブリンと遭遇して早駆けとかは勘弁だけどな」


「うふふ、そうね」


兎を乗せてから俺も馬に乗り、馬を走らせる。


馬の調子もよさそうで、昨日の疲れはまったく見えない。


徐々にスピードが上がっていき、程よい速度で駆けて行く。


あれ?何かがおかしいな、と思いつつも揺れ流れて行く景色を楽しむ。


そんなゆとりのある旅2日目の出だしだった。


「やっぱり山中と裾野では植生が若干違うんだな」


「そうね。私も山を下りた事がなかったから新鮮よ、こういうのも」


「そういやそうだったな。うーん」


「どうしたのよ?」


「いや、なんか変な感じがしてな。それを考えながら景色見てたんだが、植生の違いを気にしてたのかな?と思ってだな」


「おそらくだけれども違うと思うわよ」


「ん?お前には心当たりがあるのか?」


「今日目が覚めてからあなた一度も突っ込んでないし、この子に噛まれてもないからではないかしら」


「あ、なるほど、たしかに。って、俺は芸人じゃねえよ!」


「そのリアクションが芸人ぽいわよ。よかったわね、いつも通りで。悩みも解決よ」


「ぐ、この」


「ブルル」


「変なやつだな、噛まれたいのか?ですって」


「そんな訳ねえよ!」


俺は変な扉は開いちゃいねえし、芸人でもねえよ。


でも、このやり取りで調子を取り戻したのは事実だったりする。


俺、いつのまにか開発とかされてないよな?


「おめでとう。新境地へ辿り着いた事、祝福しておくわ。でも、私の従者なのだから、ちゃんと人前では隠すのよ」


「辿り着いてねえし、従者でもねええええええええ!」

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