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この世界の旅は馬車が主流である。
もちろん徒歩や馬だけで移動する旅人も存在するが、人だけを運ぶ旅自体が珍しい。
そもそも旅行と言う贅沢ができる人が少ないのだから当然であり、あっちの世界とは違い脅威となるモノが圧倒的に多いからだ。
そうなってくると町から町へ、国から国へ移動するのは人よりも物が多くなる。
海に隣接した国や、巨大な湖や大河を有する国であれば船を使うだろうが、陸地の移動はどうしても馬車となる。
馬車があるのだから態々徒歩で移動する人の方が圧倒的に少なく、必然的に旅も馬車が多くなるのが自然なのだ。
ただし馬車が通るのはある程度補整された道でなくては通れず、どうしても街道の整備が必要となってくる。
今から100年ほど前まで街道は主要国を結ぶ程度しか出来ておらず、人や物が移動するのも離れていても隣国止まりだった。
だが、90年前の魔王出現時に街道を整備させた人物がいる。
それが後のファーロン建国王だ。
弱小公国の公王でしかなかった彼が如何にして整備させたかと言えば、当時の施政者に戦力と兵站の移動速度の重要性を知らしめたからだ。
この世界では魔王が出現すると、聖アルテシウム教国が主導して世界中の国家が連合軍を作り、全力で勇者を支援してきた。
その支援とは、各地で暴れる魔族や魔物をその地の者たちが各個対応、勇者が訪れたら国を挙げて協力する、という単純なものだった。
それが第3次魔王と第4次魔王、そして前回の第5次魔王討伐まで行われていた対応方法だ。
だがこの方法に一石を投じたのがファーロン公王で、このやり方では世界中の国が疲弊し、魔物が暴れた国と暴れなかった国での疲弊度があまりにも違う事に異議を唱えたのだ。
当然、世界の盟主である聖アルテシウム教国、当時の女神教教皇は表向きは賛同しながらも激怒し、それならば彼にその疲弊を緩和するように求めた。
それに対して公王は教皇にこう言ったのだ。
「魔王や魔王は勇者にしか倒せない。そして我々は勇者の支援を最大限かつ迅速に行わなければならない。これは国を超え、すべての生きとし生ける者が行うべきである」
この言葉を大層お気に召したようで、教皇は世界中へ神の声として宣言、施政者たちに協力させたのだ。
このような協力要請とは名ばかりの命令を受けた施政者たちは公王に詰め寄った、どうしてくれるのだ?と。
彼は施政者たちにこう言った。
「道を作り、戦力と兵站の移動を簡単にしましょう。その労働力は女神教の信者ならば神の声もあり、いくらでも従事する事でしょう。ただしお金だけは全ての国で賄う必要があるでしょうね」
この言葉を聞き施政者たちは当然金を出し渋った。
だが、神の声として女神教が宣言している以上、やらない訳にはいかない。
それに勇者でないと魔王や魔族は倒せない、という固定感念が民たちにも、もちろん施政者たちにもある。
信仰心なのか恐怖なのか、兎も角この世界中を巻き込んだ大事業は動き出した。
動き出すと色々なものが動く。
人、物、そして金だ。
これだけ大規模になると国レベルで管理するのも難しくなり、また用意できなくなる。
そこで建国王が打ち出したのが、総合ギルドの元である冒険者ギルドだ。
道なきところに道を作るためには色々と排除する必要があるし、魔王出現による魔物の増加を抑える戦力がいる。
また資材や労働者を運んだり、守る者も必要となってくる。
これらを一手に管理する機関として立ち上げたのだ。
世界中の国や町に管理所が作られ、鍛えられた者たちが命がけで危険地帯を踏破し、人や物をどんどん運んでいく。
そしてこれらが形をなし、街道が整備されていくにつれ、世界中で魔物の脅威を押さえられて行き、やがて魔王は勇者に倒された。
魔王が倒されたことで即平和になるわけでもなく、少なくなった物資も運ばなくてはならない。
それからも街道の整備は着々と進められ、やがて世界中に街道が引かれる事になったのだ。
「だからだな、建国王の偉業を称える為にも馬車で移動しようぜ!」
「分かり辛く長い上にうざったらしく熱く語っていたけれど、要するに馬車に乗ってみたいだけなのでしょう?馬鹿じゃないの」
「ち、ちげーし!あと、うざい言うな!」
さて、隣町に拠点を移すことになった俺たちなのだが、その移動をどうするか話し合っていた。
移動方法は徒歩、乗馬、馬車の3つの選択肢があり、がぜん俺は馬車を押していた。
この村と町までを繋ぐ道は険しいながらも何とか馬車が通れるくらいに整備はされており、1週間に1回は定期便の馬車が訪れる。
町までの移動日数が徒歩で5日、馬で2日、馬車で3日だ。
各料金はと言えば、徒歩はもちろんタダであり、馬は銅貨10枚、馬車が銅貨20枚だ。
移動の間に掛かる食事代は自己負担になるが、早い上に安全面を考えれば多少お金が掛かっても馬車が良いに決まってる。
だからこその馬車なのだが、兎のやつは俺を胡散臭い目で見て疑っていた。
「馬車の旅、というフレーズに惹かれただけでしょう、あなたの場合は」
「そ、そんな事ねえよ。ほら、魔物も活性化してきてて徒歩は危ないし、早く着いた方がいいじゃないか」
「だったらあの子たちに乗せて貰えばいいじゃない。私が同乗するから安心して乗れるわよ」
「乗馬は経験してるし、そっちは気にしてねえよ!ただ、ほら、馬車の方が雨風も防げるじゃないか」
「何言ってるのよ、どうせあなたの事だからあの子たちの背に乗りたくないというのが一番の理由でしょう?今まで散々やられてから乗るのが怖いのでしょう?」
「こ、怖くねーし!全然余裕だし!」
「じゃあ、あの子たちに乗せて貰いましょう」
「嘘です、すいません、あいつらだけは勘弁してください!絶対に俺の事乗せないし、乗せても振り落とされるに決まってる!」
うん、あいつら俺に噛み付こうと今でも虎視眈々と狙ってるんだぜ?
別に馬の言葉が解るわけじゃないけど、これだけあいつらと生活してれば嫌でも解ってしまう。
兎が言えば嫌々ながら乗せてくれるかもしれないが、絶対にちょっとした事で振り落とすぞ、あの馬たちは。
「最初からそう言いなさいよ。まあ、あの子たちもかなり嫌がってるから無理はさせたくないのは私も同じよ。そういう事で大丈夫よ、あなたたち」
「「「ヒヒーン!」」」
「やっぱり嫌がってたのかよ!毎日ブラッシングなんかの世話をしていたのに、チクショウ!」
ちなみに後々兎に聞いた馬たちの嫌がっている理由だが、俺がいつも兎を背負ってるのが羨ましいから嫉妬だってよ。
俺は兎の騎馬じゃねえよ!
「「「「「「「「「「「ルナさな、お元気で!ついでにナオヤも」」」」」」」」」」」」
「あなたたちは森が守ってくれるわ、息災でね」
あれから俺たちは旅に必要な装備をを整え、町へと向かう。
村の門には沢山の人、村人ほぼ全員が集まり、送り出してくれた。
その顔を見て思わずうるっとしてしまったが、見送の言葉を聞いて、思わずがくっとしてしまう。
なんせほとんど兎との別れを惜しむもので、俺はそのついで感があまりにも大きかったからだ。
一部の人、ギルドメンバーやガキどもや奥さま連中は俺にも温かい言葉をくれたけれども。
明らかに扱いの差が激しいこの現状に、違う意味で涙した。
まあよく考えたら俺たち1ヶ月ほどしか滞在してないんだから、少しでもいてくれた事に感謝するべきなんだろうけどな。
兎に角俺と兎は村人たちに見送られ、馬に揺られて旅立った。
結局俺たちは馬に乗って移動する事になったのだ。
馬車の移動を強く希望していたが、魔王出現とエント村の方針もあり、定期便が月1回に変更されたので、徒歩か馬かに選択肢が絞られた。
それなら徒歩でと思ったのだが、馬たちが兎にそんな事させられないと暴れだし、俺が噛まれまくったので、お互い仕方がなく馬に揺られる事になったのだ。
俺としても色々納得いかないのだが、野営道具や調理道具を背負って移動する事を考えたら、馬に乗る方が良いってのが決め手なんだけどな。
いくら登山でそういう装備を背負いながら移動する事に慣れていても、この世界はあっちの世界と違って脅威となるモノが多すぎる。
それらがいつ襲ってくるか分からない旅で重装備は勘弁したい。
町への移動を考えていた時は選択肢があったのに、気が付いたら選択肢がなかった訳だ。
「色々ままならねえな」
「人生なんてそんなものよ。人は運命という流れに身をまかせ、その中で自分の最善を尽くしてより良い未来を勝ち取る。そういうものでしょう?」
「兎に諭されるとか、異世界ファンタジー過ぎて泣けてくるな」
「あら、所詮は人も獣も皆ちっぽけな存在でしかないのよ。私がいくら高貴な存在でも、この世の中ではそれほど差はなくてよ」
「その割に村人の反応に差があった気がするけどな」
「うふふ、拗ねなくてもいいじゃない。ちゃんとあなたの事を泣いて引き留めていた子もいたというのに」
「いや、あれは対象外だろ」
「あなた、あの子のどこに不満なのよ?気立ても良くて器量良し、将来は一国一城の主を約束してくれる子なのに」
「相手は子供、しかも幼女だろうが!」
うん、確かにめちゃくちゃ泣いて引き留められたさ、リーナちゃん(5歳)に。
たしかに療養中はお世話になったし感謝してるけど、さすがにない。
リーナちゃんの祖母である宿屋の女将ユーリさんにも気に入られてたみたいだから、将来高級宿屋の主人に成れる可能性もあったと思う。
「俺はこの世界に骨を埋める気なんて一切ないんだから選択肢としてありえない。というか幼女となんてありえない、すげえ感謝したけど。それに俺はまだ捕まりたくない。いや、まだとかないし!」
「リーナに失礼よ、あなた。あの子はすでに立派なレディなのよ。その子があなたに好意を寄せていたのに、勿体ない。もうあなたは一生良縁に巡り会わないわね」
「一生ないとか縁起でもねえ!?てか、幼女でレディとかなんなんだよ」
「見る目が無さ過ぎるわよ、あなた。あの子はお手伝いがしたいと言うよりも、純粋な好意であなたの世話を買って出てくれていたけれど、それによる影響も分かってやっていたのよ」
「マジで!?」
「さすが宿屋の娘ね。あの歳でメスがオスに与える影響というものを何となくでも理解していたわ。あなたが別れ際にかなり困っていたのがその結果ね」
「幼女怖え!」
たしかに泣いて引き留めるリーナちゃんを宥めるのはかなり骨が折れた。
他の子たちならそれほどではなかったろうが、かなり罪悪感が沸いてきて真剣に慰めた。
また絶対にこの村に来るし、来た時はリーナちゃんの所の宿に泊まる、と約束してなんとか泣き止んでくれたのだ。
うん、なんだか外堀の1つを埋められた感があるし、そうでなくてもどの宿に泊まるかも確約されちゃったぽいな、あれだけの見物人がいたら。
そう考えると幼女でも商売人の娘、実に計算された行動で、ちょっと勿体ない事したかな?と思わなくもない。
「そういう風に考えてしまうのもあの子の戦略ね。将来有望だわ、リーナは」
「マジ怖えよ、幼女!?」
なんて事をしゃべる余裕があるほど異世界での初の旅は、平和だった。
「ヒヒーン!」
「うふふ、本当にそうね」
「あん?馬のやつはなんて言ったんだ?」
「どっちにしろあなたには勿体ない、ですって」
「ヒヒーン」
「大人しく私に遣える事に集中しろ、ですって」
「誰がするか、この駄馬が!」
「ヒヒーン!」
「うおっ、いってえ。俺を振り落とすとかなんのつもりだ、この駄馬!」
「ヒヒーン!」
「ちょ、ちょっと待て、俺を置いて行くんじゃねえええええええええ!」
「はあ、本当に馬鹿ね」
「くそ、やっぱり速えええ!マジ、置いて行くな、待てやこらああああああああああ!」
うん、本当に平和な旅になったさ、馬を追い掛けて全力疾走するぐらいな!
明日投稿予定の分を、ま、間違えて投稿ボタンを押してしまいました(ばたり
明日の分を今から急いでチェックして予約投稿しときます。
ひー




