3-2
「と、いう事で今日はゴブリン討伐に行こうぜ!」
早朝、日の出と共に目を覚ました俺は馬小屋の清掃をし始め、眠たそうな馬たちに噛まれながらもやり遂げた。
いつもなら朝食後に清掃を始めるので、馬たちもそのつもりだったのだろう、とても機嫌が悪かった。
なんせ噛まれた痕が朝食後でも取れてないからな!
そんな事になってまで早く仕事を終わらせたのは、すぐにでもゴブリン討伐に出掛けたかったからだ。
1日で狩れる数なんてたかが知れてるからな、討伐依頼なんて。
なるべく早く馬小屋生活を脱出したい俺はかなり気が逸っていた。
「あなたね、まあ、いいわ。それで私たちだけでやるの?それとも誰かに協力を頼むの?」
「うーむ」
俺たちだけで討伐する場合、どうしても1度に戦える数は少なくなる。
この間の戦闘を考えれば真っ当に戦えば2体が限界、奇襲であれば魔法で先制できるし4体ぐらいまでならいけると思う。
それ以上の数を相手となると前衛を任せられる者が必要になるので、俺たちだけでは難しい。
そこで出てくるのがだれかの協力、チームメンバーを増やすか助っ人の募集となるのだ。
現在この村にはフリーのギルドメンバーがノランしかおらず、彼はチームを組む事を好まない。
近郊でもトップクラスの実力者である彼は、今まで誰ともチームを組まずにやってきたらしい。
その理由は誰も知らず、その事を聞く事すらタブーとされているのだ。
だからメンバー増加は期待できず、助っ人という事になるのだが、これも問題がある。
お金が、そうお金が掛かるのだ、助っ人依頼と言う形で。
今回で言えばゴブリン討伐の助っ人なので、1回の戦闘で銅貨3枚が基本となり、討伐報酬の割分は要相談となっている。
なお銅貨3枚となっているが、これは銅証を雇う金額であり、もし鉄証だと銅貨10枚だ。
まあこの村の鉄証は、助っ人を受けてくれないノランしか居ないなので、ただの知識でしかないのだが。
ああ、あと自警団に助っ人を頼むこともできるのだが、この場合は銅貨5枚で報酬は半分渡すという暴利な為除外だ。
「そういや俺たちの貯金ってあといくらだ?」
「銅貨で39枚よ」
「え?まだそんなにあったのか?だったらもう少し食費に回せるじゃないか」
「何贅沢言ってるのよ。あと39枚しかないのよ?無駄使いなんてできないわ」
「いやいやいや。食事は生活の基本だろ?それを無駄とか言うなよ」
「やっぱりお金の管理は私がして正解だったわね。あなたに任せていたら今頃野宿になってたわ」
「さすがに使い切る前に何とかするわ!」
「信じられないわよ、そんな台詞。それはさておいて、どうするの?あと39枚しかない銅貨から何とか捻出して協力要請するの?」
「む、そう言われると確かに少なく感じるな残金。戦闘1回で3枚かぁ。2回は戦いたいから6枚。うーむ、厳しいな」
「まあ、そうね。何とか奇襲できる集団を探して討伐しましょう」
「おう!しかしよく反対しなかったな、討伐依頼を」
「だって雑用依頼だけでは何時までたってもお金が貯まらないし、実力もつかないでしょう?それだと動きたくても動けないもの」
「あれ?お前何かしたいことでもあったのか?」
俺の言葉の何がダメだったのか、兎はやれやれと言った感じで首を振りやがった。
「ここに居ても日本への送還方法が分からないでしょう?もっと情報が入る町へ行きたいのよ、私は。あの森へ帰るためにね」
あ、日本へ帰る事、すっかり忘れてたな、俺。
「ルナさま、おはようございます。ついでにナオヤも。今日は森へ出かけるのか?」
装備を整えた俺たちはゴブリンを求め森を目指して歩いていると、村の狩人に出会った。
この狩人とも何度か会話した事があり、すっかり馴染みになっている。
ちなみに馴染みになった切っ掛けは、先日のゴブリン討伐が原因だ。
あの時逆さ吊りになっていたゴブリンが掛かっていた罠を設置していたのは彼なのだ。
おそらく30歳は超えているであろう彼は、この村で一番の狩人であり、死んだ爺さん並みの腕前を持つ。
彼に弓とナイフの投擲を教えて貰おうとしたが、俺には才能がなかったのだろう、1時間もしない内に時間の無駄と判断されたのは涙無しには語れない過去の出来事になっている。
「ええ、そうよ。これから森でゴブリンを狩ろうと思っているのよ。何か有益な情報はないかしら?」
俺が何か言う前に兎のやつが答えやがった、俺の背中から。
またこいつは俺に背負われている。
悔しいが、本当に悔しいのだが、あの話し合い後に勝負して負けてしまい、その罰として俺が背負う事になったのだ。
チクショウ!
「有力ではありませんが少しばかりなら。ちょっと森の様子がおかしいですね」
「どうおかしいのかしら?」
「そうですね、雰囲気と言いますか。なんとなく違う、と感じる程度ですから特定できないのですよ」
「そう、あなたでその程度しか判らないのであれば、他の村人だと気にもならないでしょうね」
「いえいえ、ルナさま。私はそれほどでもないですよ」
「うふふ、そういう事にしておくわ。情報ありがとう」
「いえ、ルナさまにはいつもお世話になってますから。おい、ナオヤ。ちゃんとルナさまをお守りするんだぞ」
「いやいや、俺はこいつの僕とかじゃないんですが」
「何言ってるんだ、ナオヤ。お前はルナさまの従者だろ、真実神公認の。まったく羨ましい」
「羨ましいのか!?」
「そろそろ行きましょう。ちょっと森の様子も気になるわ」
「お、おう」
俺たちは狩人と別れ、森へと足を踏み入れた。
あ、しまった、従者扱いを否定し損ねた!
「うーん、違いが解らん」
あれからしばらく歩き森へ辿り着いて見て回るが、まったく違和感を感じない。
俺たちがこの世界へ転移してから何度と森へ来ているが、その時とまったく変わったように見えない。
なんとなく鼻を効かせたり、土を触ってみたり、それらしい事をしても違和感なんて全くない。
そもそもそういう知識がないのだから無駄な行為だったかもだが、スキルであるサバイバルが何か感じ取れないかと思ってやってみた。
やってみてから思い出したが、別にこのスキルは不思議パワーとか発揮する訳じゃなく、俺の能力を表示しているだけだった。
そりゃ、意味がないよな!
「何無意味な事をしてるのよ」
「わ、悪かったな!」
「さておいて、彼がおかしいと言った理由は解ったわ」
「え、もう解ったのか?」
「ええ。あなたも気が付けないのなら、やはり村人では厳しいわね」
「それって褒めてるのか?それとも貶してるのか?」
「勘ぐり過ぎよ。それで理由なのだけれども、簡単よ。私が森に入ったのに誰も現れないからよ」
「あ、そういやいつも五月蠅い小鳥やリスがまったくいないな」
実は最近、森を訪れると兎の周りに小鳥やリスが集まって五月蠅くて仕方なかったのだ。
その姿はまさに女王さまとその家臣、そんな風に見える光景で、奴らはそれぞが持ち寄る木の実や薬草なんかを兎に献上する。
兎の称号である森の女王はこれを指していたのか、と今更ながら思い至った。
「何かあったのか?いや、何かあったじゃなく、あの光景事態が異常なんだが本来。しかし今更なんだよな」
「今更ね、本当に。それよりもあの子たちは大丈夫かしら?とても心配だわ」
「うーん、解らん!取り敢えず森の中を進もうぜ。動いた方が情報も入るだろ」
「そうね、下手な考え休むに似たりだわ。偶には良い発想するじゃないの、その冴えない頭でも」
「いちいち落とさないと気が済まないのか、お前は!?」
「何言ってるのよ、ちゃんと褒めたわよ。ほら、無駄口を叩いていないで行くわよ」
「あれで褒めてるのか!?」
「「ぐぎゃぎゃぎゃ!?」」
「ぬあ!?」
森を進み、藪を抜けるとゴブリンたちと出遭った。
なんか童謡みたいな話だが、いきなり魔物と遭遇するとかツイテない。
いや、森に入って1時間もしないうちに遭遇なんてツイテるんだ、俺たちはこいつらを狩りに来たのだから。
「さあ、やってしまいなさい」
「お、おう!って、なんで命令されてるんだ、俺!?」
兎が飛び降りるのと俺が武器を抜いて駆け出したのはほぼ同時。
2体いるゴブリンのうち、しゃがみ込んで何かをしていたやつに突っ込んで、蹴りを食らわし吹っ飛ばす。
「お、らああああ!」
「ぎゃ!?」
「ぎゃ、ぎゃ!」
「タイマンだったらお前たちは敵じゃねえ!」
突然の事に驚き固まっていたゴブリンも、仲間がやられたのを見て気を持ち直して襲ってくるが、ナイフを振って牽制すれば飛び退って距離を取る。
魔物とはいえ知能のあるゴブリンは勇猛果敢、猪突猛進ぶりを発揮せず、そのまま逃げだした。
「よくやったわ、あとは任せなさい。サンダーボルト」
「ぐぎゃぎゃぎゃあああああ!?」
「残りはお前だ!」
「ぐぎゃあああああああ!?」
そんな隙を兎のやつが逃すわけなく、電撃を浴びせてノックアウト。
俺に蹴り飛ばされたゴブリンも、起き上がろうとしていたので鉈で止めを刺す。
まさに完勝と言っていい戦果で、あの初戦闘時の苦戦が嘘のような展開だった。
「よっしゃ!完璧だぜ!」
「まさに作戦勝ちね。予想通りゴブリンは不利を悟るとすぐ逃げ出すし、あなたも1対1なら余裕があるわ」
「お、おう。珍しいな、素直に褒めるなんて」
「別に褒めてないわよ、これぐらい。それよりもさっさと処理してしまいましょう。前回みたいになったら滑稽の極みだわ」
「そうだな、あんな展開もう嫌だ。で、俺が全部やるんだよなぁ、はぁ」
「あら、穴ぐらい掘るわよ」
「え、やるの?あらよっと!」
「ぐぎゃああああ!」
「ちょ、ちょっと、血が飛んできたじゃないの!ちゃんと飛ばないようにやりなさい」
その後、完全勝利の余韻に浸りつつ、兎の魔法で痺れていたやつも始末して証明部位や魔石を回収。
兎が掘った穴にゴブリンを捨て、火を付けた。
今回ゴブリン討伐を行うにあたり、新たに証明部位用と魔石用の袋を2つと、特殊な火打ち石も購入した。
前回、証明部位をはぎ取って肩掛けのバッグに入れたのだが、中々血糊や匂いが取れなかった。
その嫌な思いをした経験から、血が滲まない革の袋が欲しかったのだ。
あと魔石に関しては、何かといっしょにしておくと魔石がそれらに作用を起こす場合があると聞いたので、今回から別分けにすることに。
そしてゴブリンの死体を処理する方法は、掘り返されないぐらいの穴を掘るなんて重労働をとてもやってられない、という結論に至ったため選択したのは焼却。
焼却といってもただ火を付けるだけでも大変なので、時間短縮のために特殊な石を購入したのだ。
この石はなんと魔石と擦り合わせることで簡単に火花を出し、しかも火花の着火率が異常に高く、さすが異世界の鉱物だと思わせるものだった。
この世界の一般家庭には必需品として出回っているこの石の名は、そのまま火打ち石と呼ばれている。
そのままじゃん!と聞いたときは思ったが、わざわざ特別な名前を付ける意味がないし、昔から火打ち石として使われてきてるんだから、この世界ではこれが火打ち石なのだ。
ちなみに着火用の魔道具は別に存在しており価格はなんと銀貨2枚で、この石の100倍もする高級品だったりする。
まあこの火打ち石、河原なんかに行けば子供でも見つけれる入手方法が簡単な石なので、安いのも当たり前である。
そんな事を考えつつ、ゴブリンよ、早く燃えろ、とばかりに燃焼効果が高まる草木を被せていく。
そしてある程度燃え尽きたら土を被せて処理完了だ。
「ご苦労さま。さて、休憩もできたようだし、すぐに次へいきましょう」
「おう!」
あ、そうそう。
兎のやつが穴を掘るのに使ったのは前足で、道具なんて一切使っていない。
いくら魔法を使う魔訶不思議なしゃべる兎でも、こういった事は動物スタイルのようだ。
「あら?スコップがあれば使っていたわよ」
「え?どうやって持つんだ、その手、じゃない、前足で!?」
「こうよ」
「うわ!?何その持ち方!なんでそれで掴めるんだよ!?」
「うふふ、私は白き衣を纏いし高貴なる兎のルナよ。これぐらい当然だわ」
「高貴とか関係ねええええええええ!」
この光景、お見せできないのが非常に残念である。




