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あの日、クリスマスは来なかった

作者: 高見 リョウ

 冬至から2日が経ったクリスマスイヴの夕暮れ、北九州市にある八幡駅のイルミネーションが煌々と明かりを灯し始めた。樋口悠太は今年も恋人のいないクリスマスを、迎えることになりそうだ。独り歩く悠太に対して、街には手をつないで歩くカップルで溢れていた。いや、悠太の心模様がそう思わせているだけなのかもしれない。

 クリスマスとは一体何者なのだろうか…。敬虔なるクリスチャンは協会に行き、賛美歌を歌い、家族で一日を過ごす。日本はいつから恋人と過ごす日になってしまったのだろうかと悠太は考えることもあった。

 悠太はとにかく早く帰って、この焦燥感から逃れたいと思い、歩く足を速めている時であった。

「あの…」

 悠太の背後から、悠太を呼び止めようとする女性の声が聞こえた。

「はい…」

思わず、悠太は振り返り返事をした。

そこには、色白の可愛らしい女性が立っていた。

「なんですか?」

「あの…樋口悠太さんですよね?」

「そうですけど…僕のこと知ってるんですか?」

 悠太は、少しの期待感を持って聞いた。

「はい、いつも電車でお見掛けするんですが…一回、樋口さんに助けてもらったことがあって…」

 悠太は、そう聞くとこの女性を確かにどこかで見たことがあるような気がしてきた。それからしばらくの沈黙が続いたが、女性の真剣な顔を見ているとその憶測は確信へと変わっていった。

「あ…気持ち悪いですよね、すみません」

「いや、電車でよくお見掛けする方…分かりますよ」

「本当ですか!」

 女性の顔が一気に笑顔になった。悠太もそれにつられて笑顔になる。

「あの、こんなこと言ったら、本当に気持ち悪がられるかと思うのですが…一目ぼれしてるんです…」

「僕にですか?」

「はい!」

 悠太はこれが聖夜の奇跡というものだと思い、思わず「ありがとうございます!」と言ってしまった。

「あの、お名前は?」

「関口冨美子です」

「えっと、これからスペースワールドでも行きませんか?」

「いいですね!よろしくお願いします」


 2人はそれから、クリスマスイヴで夜間営業している、北九州のエンターテイメントパーク、スペースワールドへと向かった。ジェットコースターに乗り、パーク内のイルミネーションで記念撮影をした。そして、最後に観覧車に乗った。その時、冨美子が皿蔵山の方向に視線を送り、涙を流していることに気付いた。

「冨美子さん、どうしたの?」

「あの山、見てると思いだすから…」

「何を?」

 悠太がそう聞くと、冨美子は激しく首を横に振った。

「ごめんなさい、悠太さん、最後に着いてきてほしいところがあるの」

 冨美子がそう言うと、悠太の視界が一気に暗くなった。


気付けば八幡駅前のロータリーにいた。冨美子は悠太の目の前に立っていた。

「冨美子さん?」

「悠太さん、ごめんなさい…。電車であってたなんて嘘…」

「えっ?」

 冨美子は、そのロータリーの中央に立つ石碑に目をやった。

「悠太さん、これ何の石碑か知ってる?」

 悠太は、このロータリーの石碑について聞いたことがあった。1945年8月8日、米国が北九州を狙った八幡大空襲、ここには防空壕があり多くの人が亡くなったと聞いている。

「冨美子さん、知ってるよ」

「そう、私、70年前の8月ここで死んだの…」

 そう言って、振り向いた冨美子の目は、赤く染まっていた。冨美子は泣いているのだ。

「クリスマス…あの時は、できなかった、戦争が始まりそうなってからは、自粛してたから」

「そうなんだ…」

「でもね、私が好きな人とは、来年はしようねって約束してたの…だって、クリスマスは世界が平和になる日だって、教えられたから…」

 悠太は何も言えなかった。普通にクリスマスを祝える幸せをどう感じたらいいのか分からなくなってしまった。

「でもね、1943年の12月24日、私の好きな人に届いたのは、召集令状だった…」

「戦争に行ったの?」

 悠太がそう尋ねると、冨美子は小さく頷いた。

「あなたが、行くなら私も一緒に行くって何度も言った。でも、僕は君を守るために行くんだってあの人は言った…。それから、帰ったらクリスマスを祝おうって待ってたんだけどね、私は、別の人と結婚することになったし、それからあの皿蔵山の向こう側から飛んできた、B-29が…」

 悠太は、それを聴くと自然に冨美子に近寄り肩に手を添えた。

「それから、ここでずっとあの人の帰りを待ってたんだけど、3年位前からあなたの姿を見かけるようになった。樋口悠太っていう名前を知って、間違いないって思った」

「どういうこと?」

「私が好きだった人は、樋口悠吉…」

「僕のおじいちゃん?」

 悠太がそう言うと、冨美子はゆっくりと頷いた。

「だから、ありがとう…クリスマスを私と過ごしてくれて…あなたは、あの人に似て素直な人です…」

 そう言うと、冨美子は悠太に近付いてきて、軽く悠太の頬に唇を触れさせた。悠太が気づいた次の瞬間は、冨美子はもう姿を消していた。


 悠太はそれから母に、関口冨美子さんのことを聞いた。「いつかは、教える日が来ると思ってたんだけどね」と言いながら、はっきりとした詳細を教えてくれた。

 悠太の祖父、悠吉は冨美子を守るために戦争に行ったはずなのに、冨美子が死に、自分が生き残ったことを悔やんでいたそうだ。

 悠太は、クリスマスになるとよく祖父に連れられて協会に行っていたが、祖父は冨美子さんの供養と世界の平和を祈るために、帰還した後は毎年欠かさずに続けていたことらしい。


 悠吉は、12月25日の夕暮れ時も独りで八幡駅周辺を歩いていた。本格的なクリスマスであり、久しぶりによく祖父に連れられて行った協会に行こうかと考えていた。

 そんな時、前方から走ってくる女性にぶつかった。女性が持っていた大量の荷物がばらけて落ちた。

「すみません…」

 悠太はそう言って、その女性の荷物を拾ってやろうとした時に、その女性の運転免許証が目に入った。その免許証には、関口富花という名前が記されてあった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 綺麗な文章でまとまっていました。 クリスマスと戦争というテーマにひかれました。 [一言] 設定やストーリーが、自分の以前書いた作品に似ているので驚きました。 「向日葵描きのセレナーデ」です…
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