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待っとるでね。

柏立夏(かしわりっか)でーす。名前のとおり五月生まれの二十歳ですー。よろしくお願いします」

 私が自己紹介をすると、男性陣が「よろしくねー」「七か月前のお誕生日おめでとう!」とか言いながら拍手をする。なかなか好感触みたいだな。

 私がニコニコしたまま椅子に座り直すと、向かいに腰かけていた男の人は無表情だった。

 向かいの席にいるのは正宗忠(まさむねただし)。さっき自己紹介をしていたから、かろうじて覚えている。それにしても変わった苗字だなあ。名前は漢くさいのにアイドルみたいなかわいい顔をしている。男性陣は三人とも二十歳だと聞いたけれど、正宗君はもっと年下に見えるなあ。

 そんなことを考えていたら、彼と目が合った。やばっ、見てるのバレた……。

「もしかして柏さんって正宗みたいなタイプが好み?」

 私の斜め向かいの席の赤城(あかぎ)君がそう尋ねてきた。

「あ、いや、特にそういうわけでは……」

 それだけ言うと笑ってごまかした。確かにちょっとかわいいけど、そもそも出会いを求めてここに来たわけじゃないし。

 ちらりと正宗君の方を見ると、サラダを黙々と口に運んでいる。彼もあれだな。私と同じ『友達に頭数を合わせるために無理やり合コンに連れてこられたくち』かなあ。


 週末の騒がしい居酒屋には、年末特有の空気が漂っていた。

 辺りをぼんやりと眺めていたら、赤城君が質問してきた。

「彼氏とかいるの?」

『いないから、ここに来てるんだろーが!』と言いたいのをこらえて笑顔で答える。

「ううん。おらんよ」

 その答えに赤城君は目を丸くして首を傾げる。

「ん? それどこの方言?」

 言われて初めて気付いた。ついうっかり方言を使ってたよ。

「あ、えっと愛知出身なの。でも大学進学で上京してもう二年目なんだし、そろそろ方言は封印したいなーと思ってるんだ」

「えー。方言つかいなよー。別に無理に封印することないって」

 赤城君はそう言ってにっこり笑う。

「でも、方言のままだと東京に馴染めない気がしてね」

 私はそう言って、から揚げを箸でつかむ。

「そんなことないよ。いいよ、愛知の方言。なあ?」

 赤城君は隣の席の正宗君に同意を求める。彼は顔を上げた。

「ダサい」

 それだけ言うと、こちらを一瞥してから再びサラダを口に運ぶ作業に戻る。なにこいつ。

「方言がダサいなんてことはないよ。故郷の言葉はいいよね。温かい感じがしてさ」

 焦る赤城君をすかさずフォローしたのは、一番隅の席の池目(いけめ)君だ。彼は苗字のとおり、びっくるするほどのイケメンだった。赤城君も正宗君も顔はイケメンの部類なのだろうけど二人がかすんで見えるほどの端正な顔立ちだった。それで里奈や歩美がさっきからこっちの話に入ってこないんだね。彼女たちの方を見ると、池目君のからあげにレモンをかけたり、サラダを取り分けたりしている。

「そうだよ! それに正宗、お前だって地方出身だろ? 高知だったよな」

 赤城君がそう尋ねても返事はない。この気まずい空気を何とかしたくて、私は口を開く。

「正宗君って高知出身なんだね。どんなところ?」

 笑顔をつくって、明るく尋ねてみると正宗君はこちらを一瞥する。

「知りたいなら行けば?」

 無表情でそれだけ言い放つと、正宗君はウーロン茶を一気に飲み干した。

「立夏ちゃんが、かわいいから照れてるんだって」

 赤城君のフォローに正宗君が鼻で笑った。

 うん。間違いない。こいつ嫌な奴だ。    

「そういえば、冬休みは実家に帰省しないの?」

 池目君がさり気なくそう尋ねてくると、里奈と歩美が「しなーい」と口をそろえる。ライバル同士、息がぴったりだね。

 私はため息を一つ。本当は、実家に帰りたかったんだけどな。


 今年は、築うん十年の我が家を取り壊しているのだ。兄が結婚したから二世帯住宅にするらしい。そんなわけで、実家が工事中のため『あんた、寝る場所ないに。だもんで東京おりんよ』(訳:寝る場所ないから帰ってくんな)と母は言い放った。ビジネスホテルはお金かかるし、地元の友達に年末そうそう迷惑かけるのも嫌だ。そんなこんなで年末帰省はあきらめたものの、一人でいるのは寂しくて合コン参加を承諾してしまったというわけだ。

 だから、出会いというよりは一人で家にいるのが嫌なだけで彼氏を探しにきたわけではない。

 二度目のため息をついたところで、里奈と歩美にアイコンタクトでトイレに誘われた。別に行きたくなかったけど、付き合いだし行っときますか。

 

「池目君、本当イケメンだよねー」

 洗面所でマスカラを直しながら里奈が言う。おお、つけまつ毛をダブル使いし始めた。気合い入ってるなあ。

「うん。あんなハイクオリティなイケメン初めて見たかも」

 歩美も口紅を塗り直している。そしてカバンから香水を取り出して手首につけ始めた。こっちも気合いが入っている。

「そういえば、立夏、あんたは誰狙い? 赤城君? それとも正宗君?」

 急に里奈に話をふられた。まさか寂しさを紛らわせるために来たとか言えない。

「あー。うーん。どうだろうなあ。二人ともイケメンだよね」

 私はそう言って『池目君狙いではない』ということを暗にアピールした。あの戦いに巻き込まれたくないし参戦するつもりもない。

「そっかー。歩美が見る限り、立夏って正宗君とお似合いだよね」と歩美。「分かる分かるー」と里奈。やっぱ君たち気が合うよね。ってゆーか、あの嫌な奴とお似合いだなんて言われるとへこむからやめて。

 ため息をついてから、鏡に映る自分の顔を見た。この丸い顔とたれ目と低い鼻が子供っぽく見える原因なんだよね。美容院へ行ったらさらに童顔、加速したな。流行してるからってショートボブにするんじゃなかったよ。

 自己紹介の時に『モテ期は幼稚園のときで、仲良しだったマー君と結婚の約束をしたのがピークでした』とか言わなくて良かった。笑えないもん。 

 私は三度目のため息をついて、戦闘力が五十三万は軽く超えていそうな里奈と歩美とともにトイレを後にした。


「愛知ってやっぱり、『エビフライ』のこと『えびふりゃー』とか言うの?」

 席に戻るなり、赤城君はビールジョッキを傾けつつ尋ねてくる。

 それは名古屋弁であって私の出身地である東三河弁じゃないよ! 愛知イコール名古屋じゃないんだからねっ!

 反論したい気持ちを抑えつつ、「言うかもね」と曖昧な答えをしておいた。

「エビフライにはやっぱ味噌なわけ?」

 赤城君の問いに「それはないない!」と即答する。

「あー。やっぱエビフライはタルタルソースだよねー」

 言いながら運ばれてきたエビフライにタルタルソースをつける赤城君に、私は醤油を指す。

「醤油じゃない?」

「うん。醤油だろ」

 突然、話に割り込んできたのは嫌な奴こと正宗君だった。 

「えー。普通、タルタルだろー」という赤城君に正宗君は「いや醤油だ」とゆずらない。どうでもいい戦いだ。

 私はぼんやりとその姿を眺めていた。家に一人でいるよりはずっといいか。

「じゃあさ、から揚げにはレモンをかける派?」

 赤城君はそう言うと、揚げたてジューシーなから揚げに、さっそくレモンをかけようとする。 

「やめろ!」「やめて!」

 私と正宗君が同時に叫んだ。何事かと他の三人がこちらを見る。

「おいおい。赤城、断りもなしにレモンかけちゃダメだよ」 

 池目君の言葉に「かっこいい」「すてき」と里奈と歩美がうっとりと彼を見る。イケメンは何を言っても惚れられるらしい。

「え? ダメなの?」

 赤城君が目をまん丸くする。

「俺は唐揚げは何もかけたくない。あとさ、レモンかけると衣がべっちゃりするし酸っぱくなるのが嫌なんだよ」

 正宗君は赤城君からレモンを取り上げながらそう主張した。

「ものすっごーく分かる!」

 私の言葉に、正宗君は少し驚いたような顔をしてから照れたように笑う。

 なんだ、嫌な奴じゃないや。それどころか、ちょっとかわいいとか思ったり思わなかったり。


 居酒屋でたっぷり飲んで食べたあとはカラオケに行った。私はお酒弱いからソフトドリンクのみだったけどね。

 カラオケでは池目君は苗字と顔の通りイケボだった。キャーキャーと里奈と歩美が合いの手のように騒いでいた。

 私としては、正宗君の歌声がいいと思ったけどなあ……っていつのまにか、正宗君ばっかり見てる。いや、気のせいかな。

 池目君にささげるラブソングを歌う歩美と、それを邪魔しようとする里奈をぼんやりと眺めていたら、赤城君に呼ばれた。

「ちょっといいかな?」

 そう言って彼はカラオケの部屋の外へと私を連れ出す。

 どうしうよう。さっき赤城君の歌声があまりにも音痴で、こらえきれず吹き出したことを責められるのかな。先に謝った方がいいのかな。

 謝罪の言葉をあれこれと頭の中で組み立てていたら、廊下の隅で立ち止まった赤城君がこちらを振り返って笑顔で言う。

「二人で抜け出さない?」

「ごめんなさい!」

「断るの早っ!」

 赤城君がそう言って苦笑いをした。ん? 会話が噛み合ってないな。『二人で抜け出さない?』それって……。

 彼は実に慣れた様子でこう提案してくる。

「いいじゃん。寒いから味噌煮込みうどんでも作ってよ」

「別に愛知県民がみんな味噌煮込み作れるわけじゃないよ?」

「じゃあ、ういろうでもいいよ」

「寒さ関係ないじゃん!」

「あーもうなんでもいいよ、抜け出そうよ」

 赤城君はそう言うと、私の腕を掴もうとした。

 すると。

「いってええええ!」

 赤城君が急に叫んで目を抑えてしゃがみこんだ。

 後ろを振り返ると、正宗君が立っていた。右手に何かを持っている。

「なにそれ?」

「レモン。顔にかけてやった」

「まさか居酒屋から持ってきたの?」

「いや、さっき池目がから揚げ頼んでたからそれについてきたやつ」

 正宗君がそう答えたところで、赤城君が立ち上がる。

「何するんだよ!」

「お前が柏さんに変なことしよーとしてたから阻止したんだよ」

「はあ? 『抜け出そう』って提案しただけだ! 邪魔すんじゃねーよ!」

 赤城君はそう怒鳴りつけると、正宗君の胸ぐらをつかんだ。

「ちょ、ちょっとやめなよ」

 私が止めに入ろうとすると、赤城君がこちらをぎろりと睨んでから言う。

「俺と抜け出したいんだよね――ぎゃああ!」

 再び悲鳴を上げ、目を抑えてしゃがみこむ赤城君。

「お前、学習しねーな」

 正宗君はレモンに視線を落としながら呟く。

 学習しない男が復活すると、正宗君が私を庇うように立つ。

 私たちの様子を見た赤城君は、舌打ちをしてから「もういい!」と吐き捨ててカラオケを後にした。

「あいつ、女癖、悪いんだよ」

 正宗君はそれだけ言うと、部屋へ戻るべく歩き出した。私も慌ててその背中を追いかける。

「助けてくれて、ありがとう」 

 お礼を言うと彼は立ち止まり、こちらを振り返った。

「別に……レモンかけただけだし」

 そう言った正宗君の頬が赤いような気がした。

 

 カラオケの部屋に戻ると、池目君も里奈も歩美も楽しそうに歌って踊って大騒ぎをしていた。

 テーブルの上には空のジョッキがいくつも並んでいる。あーあ。こりゃあできあがってるなあ。

「お。正宗ー。赤城はどした?」

 タンバリンをしゃんしゃんと叩きながら先ほどよりも随分と陽気になった池目君が正宗君に尋ねる。

「先に帰るってさ」

 正宗君はそれだけ言うと、椅子に腰をおろす。

「おいー。立夏ー。正宗君といい感じだねー」「二人でこそこそと何やってたのー?」

 私が椅子に座りなり、里奈と歩美がからってきた。これだから酔っ払いは……。

「別に何もしてないよ」

 私の言葉に里奈が正宗君に向かって叫ぶ。

「立夏ねー。かわいい顔してるけど恋愛に奥手なのよ。なんせモテ期が幼稚園で、その頃に『砂場で結婚を約束した男の子』ってのがピークらしいから」

 ちょっとそれ私の持ちネタだよ!

 ぽかーんとする正宗君に私は慌ててこう付け加える。

「あ、もう顔も思い出せないほど、遠い昔の記憶だから!」

 ……って何言ってるのよ、私は!

 正宗君は困ったような顔をしている。

 そのすきに歩美が池目君とデュエットをはじめて、「ごらああああ!」と里奈が乗りこんでいく。

 騒がしい空間で、正宗君がぽつりとこう言う。

「俺、好きな人いるから」

 彼の言葉はまるで私を拒絶しているかのようだった。いや、これは遠まわしに断られているのだろう。というか、別に私は正宗君のことを何とも思ってない。

 それなのに、なんでこんなに悲しい気持ちになるんだろう……。 

 その時、ポケットの中のスマホが振動を始めた。着信は実家にいる妹。

皐月(さつき)からだ。なんだろ」

 そう呟いて、私は部屋を出た。


「もしもし。どうしたの?」

『あ、お姉ちゃん! 大変なの! お父さんがね――』

 電話はそこで切れた。充電するのを忘れてたせいで電池残量がほとんどない。

「お父さんがどうしたんだろう……」

 嫌な予感がした。まさか倒れたとか?!

 とりあえず電話をかけ直そう。里奈か歩美にスマホ借りなきゃ!

 私が慌てて、部屋に戻ろうとすると、ちょうど出てきた正宗君とぶつかった。

「ごめん」

「どうしたんだよ、そんなに慌てて」

「家に電話かけなきゃいけないんだけどスマホの充電なくて」

 私があたふたしながら説明すると、正宗君は自分のスマホを差し出す。

「じゃあ俺の使えばいいよ」  

「ありがとう!」

 私はスマホを操作する。焦る気持ちを抑えて、番号を押す。

 妹の番号――は覚えてないから実家の電話にかけてみた。誰も出ない。何度コールしても出ない。時刻は午後十時。この時間に家に誰もいないなんておかしい。

「お父さんに何かあったんだ……」

 そう呟いた途端、目の前が真っ暗になった。

「えっ?!」

 驚く正宗君にスマホを返し、私は歩き出しながら言う。

「帰らなきゃ」

「家に? 送ろうか?」

 正宗君の言葉に、私は首を横に振る。

「ううん。愛知に」

「えっ?! 今から?!」

「だってお父さんに何かあったかもしれないんだよ。倒れたとか事故とか何があるか分からんから」

「落ち着けって。『あったかもしれない』ってことは、詳しい話は全部聞けてないんだな?」

「そうだけど、皐月が電話してくるなんて大事に決まっとるよ! 『大変』って言っとたし、なんか悪いことがあっただよ!」

「じゃあ、まずはスマホを充電するのが先だよ。ちゃんと話を聞く前に行動しない方がいい」

 諭すように言う正宗君に、私は泣きそうになりつつも答える。

「だって家の電話に誰も出んし、さっき皐月が意味深なこと言っとったし、聞かんくても分かるよ」

 私の頭の中はいくとおりもの最悪のパターンで満たされていた。 

「やっぱり帰らんと! 新幹線に間に合うかもしれんし」

 歩き出す私の腕を正宗君が引っ張ってこう言う。

「だからすぐに帰るって結論づけんで、また電話してみん!」

 正宗君の言葉にハッとした。

 彼はこちらにスマホを差し出してくる。それを受けとると、震える指で自宅に電話をかけた。

 七コールしてようやくお母さんが電話に出た。

「お母さん? お父さんに何かあった?」

『ああ、今ねー、お寿司食べに行ってきたじゃんね』

 いつも通りのお母さんの明るい声に、少し戸惑う。

「いや、そうじゃなくて、お父さんに何かあった? さっき皐月が電話かけてきたもんで」

 しばしの沈黙。

『あっ! お姉ちゃん?! なんで電話でんのー? スマホのほう!』

「皐月? お父さんが大変ってなんだっただん?」

『あー、お父さんが買った宝くじが当選したと思ったら、去年の宝くじだっただよー。もー期待して損したー』

 皐月はそう言って笑う。   

「宝くじ……」

 私はそれだけ言うとその場にへたりこんだ。

「それで、お父さんは元気?」

『お父さん? お寿司食べ過ぎて苦しいとか言っとるけど。代わる?』

「いい。これ借り物のスマホだし。じゃあね」

 私はそこで電話を切り、正宗君に返した。

「ありがとう……」

「何かあったの?」

 正宗君の言葉に、私は苦笑いをしながら答える。

「平和だった」

「そりゃ良かった」

 正宗君はそれだけ言うと、にっこりとほほ笑んだ。

 なんか後光が差して見えたのは、気のせいか。


 部屋に戻ると、誰もいなかった。

「みんなでトイレではないよね」

 私は言いながら椅子の上に置きっぱなしだったカバンを取る。

 すると、カバンの上にペーパーナプキンが置かれてあり、そこにはこう書かれてあった。



   今から池目君と池目君のお兄さんも合流して、歩美と飲みに行ってくるね。

   立夏は正宗君と頑張って!

   里奈より。


   

「何をどう頑張れというのよ」

 私はペーパーナプキンをカバンに素早くしまう。

「なんか今、池目から『LINU』きたけど、四人で飲み直すらしいな。柏さんはどうする?」

 スマホの画面に視線を落としたまま正宗君が尋ねてくる。

「帰るよ」

「じゃあ、駅まで送る」 

 正宗君の言葉に『いいよ一人で帰れるから』と言おうとしてやめた。

 年末の一人は、やっぱり寂しい。だからせめて駅までは付き合ってもらおう。

 

 夜だというのに明るい街を歩きながら、私は正宗君に尋ねてみる。

「ねー。なんで高知県出身だなんて嘘ついてたの?」

「嘘なんかついてない。赤城が『愛知』と『高知』を聞き間違えただけだよ」

 ため息をつく正宗君に、私は質問を重ねる。

「さっき、私がパニックになってたときの方言さ、あれって三河弁だよね。東? 西?」

 正宗君は「東」とだけ答えた。

「じゃあ私と同じ東三河出身じゃん。なんで言ってくれないの? 方言つかいたくないとか?」

 私の言葉に正宗君は立ち止まる。

「どうしたの?」

「だって、柏が言ったんだろ。『東三河の方言ダサい』って」

「えっ?」

 私は首を傾げる。

 正宗君は足元を見つめたまま続けた。

「小学校三年生の時、柏が言ったんだよ。まあ、覚えてないか」

「えっ! ちょっと待って。小学校? 同じだった?」

 私が驚いて正宗君を見ると、彼は頷く。

「うん。でも俺、四年生に上がる前に隣の市に転校したから、覚えてなくて当然だろうなあとは思う」

「なんか、ごめん」

 私は謝って肩をすくめる。まさか同じ小学校だったとは。

 正宗君は歩き出し、月も星も見えない空を見上げながら言う。

「でもさー、結婚を誓った相手の顔は覚えててほしかったなあ」

「えっ? 何の話?」

 私の言葉に、空を見上げたままの正宗君は笑う。

「幼稚園の頃、砂場で結婚を誓ったことをネタにしてるくせに、肝心の俺のことをまったく覚えていないとは酷いな」

「えええええええええ!」

 ひとしきり驚いてから、彼の横顔をじっと観察する。そうか。『マー君』って……。

「マー君のあだ名って、苗字からきてたんだ。私てっきり、下の名前かと」

「苗字だよ」

 正宗君はそう言って笑うと、目を細めて夜空を横切る飛行機を見る。

「俺は今日、会った瞬間、柏立夏だって分かったよ。なんせ初恋の人だしな」

「ええっ?!」

 飛び上がる程に驚く私に、正宗君は立ち止まる。私も足を止める。

 まっすぐこちらを見て、彼は勢いをつけるかのように言う。

「とりあえず、積もる話もあるでさ、お茶でも飲まん?」

「私も同じこと思っとった」

 マー君が、嬉しそうに笑った。



<おわり>

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