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「始まりという名の別れ」

作者: くまねこ

初投稿です。

至らぬところがあると思いますがよろしくお願いします。

「始まりという名の別れ」



 日本の国花は咲き誇り、春風に優しく抱かれた草花たちは気持ちよさそうに揺れている。私の小さな街にも、春はやって来た。それでも私は、いつもと変わらない生活を三十四年もここで送っていた。


 住宅街の隅に追いやられた公園で、私は飼っている犬を膝に乗せてブランコを漕ぐのが日課だった。今日もそうしながら、今晩の夕食を何にしようかと静かに考えていた。


 ふと前方のベンチに目を向けると、若い男の人が座って本を読んでいます。どこにでもあるような日常を切り取った風景。この公園には滅多に人が来ないだけに、私は少し拍子抜けしてしまった。しかし、そこまで気には留めず、その日はすぐに公園を後にした。


 次の日、また散歩がてら公園に行くと、同じベンチに腰掛けて本を読んでいました。そんな不思議な事がしばらく続き、私はなんとなく気になりだしていた。そして、いつの間にか私は意識し始めていました。


(結構若いよね。どうみても高校生にしか見えないけど、いくつなのかな?)


 私がそんな他愛のない考えをめぐらせていると、見られているのに気付いたのか視線がこちらに飛んできた。慌てて視線を逸らす私を少し見たあと、その視線はすぐに本の方へと向いた。その後も何度かチラリと目線が合うと、私は顔を伏せていましたが、なんだかそれが嬉しくなってきたのです。

 だんだんと私は、彼に会えるのが楽しくなり始めました。そしてブランコを揺らしながら、春の香り漂う夕暮れ時を密かに満喫していた。




「今日は寒いなぁ……。」

 桜の花を無情にも散らせ、草花を静かに濡らす雨。今日は朝から降っていたので、正直気が滅入っていた。なので、雨が止んだ今を見計らって愛犬と一緒に夜の散歩に出かけてみた。その帰り、なぜか公園が目に入ってしまった。私はまた彼の事を思い出す。だけど今日はこの雨だったし、もうこんな時間だ。いないだろうと思いながらも、確認せずにはいられなかった。


 その想いはいつの間にか確信にすりかわって、私を公園へと招き入れる。いつもの、離れた場所にある街灯で薄く照らされたベンチが見えてくる。そこに彼がいるのだが、なんだかいつもと様子が違う。


 私はいつも通りにブランコを揺らしながら、愛犬を遊ばせていた。愛犬が排泄したので、ブランコから降りてそれを片付けて戻ろうとすると、私が乗っていたブランコの隣に彼が腰を下ろしています。


「え?」


 私はなんで彼がブランコに座っているのか理解できずに、ただ立ち尽くした。そして、この高鳴る心臓を必死に抑えていた。


「どうぞ。」


 彼はそんな私を見て、私が乗っていたブランコに右手を差し出しそうつぶやく。素直に座るものの、私は落ち着かない。


「いつもここに来ていますよね。」

「は、はい。」

「犬……可愛いですね。」

「え?あ、そうですか?ありがと……ございます……ぅ。」


 微笑みながら落ち着いた口調で語りかけられたその声に、また高揚し返事も曖昧になってしまった。


(私も、な、な、なにか話さなくては!とりあえず、落ち着くんだ私!)

「いつもここで本を読んでいますよね。学生さんなんですか?」

「はい、高2です。」

(あー、やっぱり少年だった……。)


 それでも、そこで交わされた会話は私にとって、新鮮で夢のような時間が過ぎていきました。流暢な敬語を操り、趣味の話をはにかみながらポツリポツリと語ってくれる。天文に興味があるらしく、すっかり暗くなった夜空に浮かんだ月と星座の解説をしてくれた事を今でも思い出します。


 別れ際

「また、明日も会えますか?」

「……。」

「待ってます!」


 少年の言葉は鮮明に思い出すけれど、正直その時私はなんて答えたのかよく覚えていません。そして、星の位置を確認するときに添えられた彼の手に、甘美なときめきさえ覚えていたのも事実です。ただ、その公園には二度と行くことはありませんでした。


 星が綺麗な夜になるとその日の事を昨日のように思い出す。静かに夜空へ手を伸ばし、星を指でなぞってみる。そうすると、どこからかエリシマムの甘い香りがふわりと漂ってきた。星の輝きはいつまでも変わらないのに、私の世界は少しずつ進んでいく。





                【完】

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