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回想

彼女と出会ったのは2年ほど前だったろうか。インターネット上の出会いだったのでお互いの顔も分からない所からのスタートだった。その時から俺は何故かその子のことが気になっていた。恐らく言葉の端々に人からモテているというニュアンスが含まれていたので、モテる女性=綺麗な女性=好きという実に明快かつ短絡的な好意があったんだと思う。今から思えば不思議だけど、その当時、2年前の俺は、残業マシーン君と共に日々残業、仕事の山の中をもがく様にして泳いでいた。アリナミン課長からリポDファインを奢ってもらったことも、チカラめしを奢ってもらったこともある。あの日飲んだ栄養剤の名前を俺は忘れない。とまあ、要するに人の好い奴だったのだ。だから言ったろう、俺は小悪者ではないと。

その当時は仕事が何より大切で、大切というよりは、それしか俺には残されていなかった。友達が沢山いるわけでも趣味が豊富なわけでも、恋人がいるわけでもなければ夢もない俺には、今ある仕事をして、その会社で評価されること位しか他にすることがなかった。だから俺はそれこそ「今やれば後で楽になる」という精神のもと、せっせと仕事に励んだ。ところが、仕事はそんなに甘くない。仕事と勉強に終わりはないとはよく言ったもので(言ったのは俺ね) 三年目の俺がいくら仕事をこなしたところで、新しい仕事はいくらでも自分に降りかかってきた。もう終わり、なんてことは到底起こるはずもなかった。ひたすら仕事をして、出来ることを増やし、何度もやることでする時間を圧縮する。圧縮出来たら次の新しい仕事に取り掛かり、出来るようにする。という地味な作業を延々と続ける。時間はいつの間にか経過していたし、食事の回数は自然と減った。さっさと切り上げて帰る従業員を羨む時間も、恨めしく思う時間もなく、今日中に何とかしなければ!という意識だけで働いていた。忙しいししんどくはあったけど、他にすることもなかったということがあってか、割と楽しんでそれを行う事も出来ていたように思う。というか、そう思うしかないだろうと、そういう気持ちがあったんだろう。今から楽して働いてる奴はあとで絶対に苦労するぞ、という気持ちだけは強くあったと思うけど、それも今思えば精神衛生を保つための論理だったのかもしれない。

彼女とのやりとりは出会ってから半年を経っても全く変化しておらず、数回メールを送って一回返ってくるという程度だった。これ以上ない位の脈なしだったので、思いはほとんど消えていた。もとから顔も知らないやりとりなので、別段それで胸が痛くなるようなことはなかったけど、時折メールで話をする時の、人に期待していない感じだけは妙に気になった。厳密に言えば、人に期待していないフリをして平静を保とうとする意識。こういう気持ちに遭遇する時に、妙に胸が騒めいた。

仕事に没頭する中で社内の評価はどんどんと上がっていった。最近の中だと一番の当たりだ、と言われるようになり、悪い気はしなかった。むしろそれを機に少し周りを見下げて見ることも許されたような気になって、あの人はこうですよね、とかもっとこうしたらよくなると思うんですけどねなんてことを上司に向かって進言していたこともあった。上司も俺に意見を求めてくるようになっていたので、自意識は肥大して、自分のことや取引先のことだけではなく、会社全体の事や若手のこと、ベテラン社員のことなどまるで経営でもしてるかのように自論をつらつらと語っていた。上司は面白半分でそれを聞いていたんだと思うけど、僕はそれに気づかずいかに自分の考えが正しいか、正確であるかを細かく話していた。そんな頃に最年少部長である白木部長は俺の自意識の肥大に気付いて警鐘を鳴らしていたというのだから、慧眼というかさすがだなーと思う。当時の俺に直接言いはしなかったけど、当時の俺の姿を見て社長や部長に対して「今の段階で他人のことをごちゃごちゃ言ってる奴を評価したら駄目です。自分が仕事が出来る奴だと勘違いして会社全体に悪影響を及ぼすようになります」と言ってたらしい。直属の部下ではないから強くは言えないものの、このままではお局のようになる姿が浮かんで制止しようとしていたらしい。それに対して社長は、うちは小さな会社だから、まず最低限の熱意と自分の意見が言えて、それに伴う行動が出来る人間なら褒めるよっと言ったらしい。社長も他の部長も、俺の生意気さにはもちろん気付いていたけど、それでもそれは誰にでもあることだし、いずれ必ず生意気が故の壁にぶち当たるから、今は速度を落とさせる時ではなく、好きなだけアクセルを踏ませればいいんだと、そういう解釈で俺を見ていたようだ。最近それを教えてくれた。恐らく、今ようやくそれを冷静に受け止められると判断されるくらいには成熟したという事なんだと思う。でもまあその当時はそんなこと全く知らないもんだから、俺は好き勝手言ったし、改善案なんかを出したり、課長、部長を超えて社長に配置転換を直談判したり、仕事の一部を勝手にアウトソーシングしたりと、奔放に振る舞っていた。それなりに怒られはしたけど、最終的にはその行動力を評価してくれたのは、今考えると会社の度量かなと言う気もしている。もちろん当時の俺でも一つ一つの行為がかなり大胆で、勝手であると言う点は理解している。それを超えて、もっとスピーディーに何か成果をあげられないかと、自己裁量をどこまで得られるのかと、自分なりには色々試行錯誤していたということは言っておきたい。

生意気が急速に収まっていくのは、俺が白木部長の直下に置かれたころからだった。白木部長は社長以下、上の人たちの考えを理解する一方で、それでもやっぱり俺に対して思う所があったらしく、自ら直下に置いてくれと志願したようだ。社長は意味するところを汲んだ上で、俺を下に着けたということだろうから、思っていた以上に自意識の肥大が進んでいたという事かもしれない。白木部長は徹底的に俺の仕事の粗さを指摘した。前の部長はある程度のクオリティであれば、後は現場で学んで来いというスタンスだったが、白木部長は社外の誰より厳しかった。根拠の提示、数字の明確化、誰が見ても分かる資料。口で追加説明するという方法を一切認めず、資料の中に全てを入れろ。それでありながら資料はできるだけ少なくしろと夢のようなことを平気で言ってきた。今までの仕事の仕方でもそれなりの成果が出ていたので、この仕事方法の変化はかなりのストレスだった。ただ、不思議なこともたくさんあったのだ。例えば、根拠を定義しようとすると、その定義の根拠もまた定義する必要がある、その定義の根拠も…と言った具体に、根拠の定義には終わりがなく、明確な根拠なんてものは存在しないということに気付いた。そしてもし仮にそれが真実だとすると、俺は一体何を根拠にして仕事をすればいいのだろうか?という疑問にぶちあたることになる。これは結構な間俺を苦しめた。根拠がないということだけが分かる状態で、何を根拠に資料を提示すればいいのか、何を根拠にそれを説明すればいいのか、見当もつかなくなってしまった。とは言え締め切りは迫るので、今まで培ってきた根拠らしいものを提示して資料を作成すると、白木部長は平気でそれを却下する。他の課員が俺からすると同じような理屈で作られた資料を提出すると合格を出して仕事が進んでいくものだから、これが人の好き嫌いってやつか、と相性の悪い上司に当たってしまったと心の底から落胆した。今まで仕事だけで考えてこれたものも、上手くいかないと途端に色あせて見え、自分には何もないという思いだけが強く眼前に現れるようになった

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