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無口な猫

作者: 紫生サラ

 それはある森でのことでした。

 大きな大きな木の枝の上で、風の歌を聴きながら昼寝をしている一匹の猫がおりました。

 青い空にお日様ぽかぽか、白い雲が魚に見えます。雲魚を眺めながら、猫の瞳は今にも夢の中。

 お月様が帰る時に忘れていったかのような夜の空色の猫は大きな欠伸をしました。ここは猫のお気に入り。

「……っ」

「うん?」

 ヒョコっと、猫の耳が動き、ついで顔を上げました。

 どこかで誰かが泣いています。猫は風の歌に耳を傾けるのをいったんやめて、その泣き声がどこから聞こえてくるのか探ります。

 すると、向かいの木の根元でうさぎがポロポロと泣いているではありませんか。

 何を泣いているのでしょう?

 猫は気になり立ち上がろうとすると、うさぎの元にイノシシの兄さんがやってきて声をかけました。

「どうしたんだい、うさぎさん?」

 猫は坐りなおすとイノシシとうさぎを眺めました。

「あ、イノシシさん、あのね、すごくつらいことがあったの」

「そうか、どんなことだい?」

「あのね」

 うさぎが話し始めると、イノシシはうさぎの話の途中でこういいました。

「なんだ、そんなこと。俺なんかもっと、すごくつらかった事があるぞ。俺の兄弟がこの前、ひどい怪我をしてな」

「う、うん」

 イノシシの兄さんはうさぎが感じたつらいことよりももっとずっとつらい思いした兄弟の話をして聞かせました。

 そして、兄さんは言いました。

「だから、お前のツライことなんて何でもないさ、気にするなよ」

「……う、うん、ありがとう、イノシシさん」

 イノシシはうさぎにお礼を言われ鼻歌まじりで上機嫌で去っていきました。

 イノシシが去っていったあと、うさぎは一匹になるとまたメソメソと泣き出しました。

 それに気がついた猫はうさぎのもとへ行こうかと立ち上がりかけました。

 しかし、ちょうどよくそこへ犬の姉妹が通りかかり言いました。

「ちょっと、うさぎどうしたの?」

「メソメソ泣いて」

 犬の姉妹がうさぎに話かけたので、猫は腰を下ろして、うさぎと犬の姉妹を眺めました。

「あ、犬のお姉さんに妹さん、あのね、実はすごく大変なことがあったんだ」

「まあ、そうなの。どんなことがあったの?」

「私達が聞いてあげる」

 犬の姉と妹は言いました。そこでうさぎは「実はね……」と話始めました。

「それでね……」

 話が途中までやってきた時、犬の姉妹はこういいました。

「それは大変だったわね。でもね、私達はもっと大変ことがあったのよ、この前お母さんが病気になってね」

「とてもとても大変だったの」

「そ、そうなんだ……」

 犬の姉と妹はお母さんが病気になって、とても大変だったことをうさぎに話ました。

「だからね、あなたの大変だったことなんて、そんなに大変じゃないのよ。元気を出しなさい」

「出しなさい」

「……うん、ありがとう。犬のお姉さん、妹さん」

 うさぎが犬の姉妹にお礼を言うと犬の姉妹はしっぽを高々とゆらしながら上機嫌で去っていきました。

 犬の姉妹が去っていったあと、うさぎは一匹になるとまたシクシクと泣き始めました。

 猫はうさぎが気になりました。立ち上がろうとすると、そこへいつものん気なサルがやってきてうさぎに声をかけました。

「やあ、うさぎさん、どうしたんだい? そんなに泣いてさ」

 サルが話かけたので、猫はまた腰を下ろし、うさぎとサルを眺めていました。

「あ、サルさん、あのねあのね、すごく悲しいことがあったんだ」

「悲しいこと? それはどんなことだい?」

「あのね……」

 うさぎは今度は少し早口で話始めました。

「でね、でね……!」

 もう少しで話がうさぎの悲しい出来事になろうとした時、途中でサルがこういいました。

「うさぎさん、それは悲しいことだ。だけど、僕はもっと悲しい思いをしたことあるよ。友達から突然ひどいことを言われてね……」

「う、うん……」

 のん気なサルは友達にひどいことを言われて悲しい気持ちになった話をうさぎにしてきかせました。

「だからね、君の悲しい気持ちなんてまだまださ、悲しいってのはそんなもんじゃないよ。だから泣いてちゃダメだぞ。元気で笑顔だ」

「う、うん、ありがとう、サルさん」

 うさぎがお礼を言うとサルは木に駆け上がり上機嫌で去っていきました。

「……」

 うさぎは一匹になると、また泣きそうになりました。でも、泣かないように我慢しました。

 だって、私の感じた「悲しい」は悲しくなくて、「大変」は大変じゃなくて、「つらい」ことはつらいわけではないのだから。

 じっと我慢しようと思いました。声が出ないように、グッと力を入れて、涙がこぼれないように両手で目を押さえました。けれど、涙がこぼれてしまいます。

 ガサッと音がして、うさぎは両目を開けました。

「あ……」

 気がつくと、どこから来たのか猫がうさぎの前に座っていました。

「ね、猫さん! あ、あのね!」

「……」

 うさぎは今までと同じように言おうとして、思わず自分の口を両手で押さえました。

 だって今までと同じように、きっと言われるに違いありません。

 きっと、猫も自分より、悲しくて大変でツライ体験をしているに違いありません。だから、うさぎは言わないようにしました。

「猫さん、いい天気ですね。私はこれで……」

 うさぎはそう言って猫の前から立ち去ろうとしました。すると、猫がうさぎのあとをついてくるではありませんか。

 うさぎが立ち止まると猫も立ち止まり、うさぎが歩けば猫もまた歩きます。

「もう、猫さん、何でついてくるんですか?」

 うさぎはイライラしました。うさぎらしくないくらいイライラしました。うさぎが怒ったので、猫はいなくなりました。

「あ……」

 猫があっさりといなくなったので、うさぎはさみしくなりました。

 さみしくて、悲しくて、うさぎはその場に立ち尽くしました。

 ポタポタと空から雨がこぼれ始めました。雨がうさぎの体を濡らします。しかし、うさぎは雨を避けることなく、濡れ続けました。

 うさぎは悲しかったのです。うさぎはとぼとぼと歩き、雨を避けるために近くの洞穴に入りました。

 森の洞穴には誰もいませんでした。うさぎは、ただ洞穴の入り口から森の降る雨をただ見つめていました。

 ポタポタはシトシトに、シトシトはザーザーと音色を変えました。

 まるで、森の中には雨のカーテンでも引かれたよう。すると、雨のカーテンの向うから何かがものすごい勢いで走ってきます。

「あれは……? 猫さん!?」

 雨の中をずぶ濡れになった猫が洞穴に飛び込んきました。

「猫さん、ずぶ濡れだよ」

 うさぎは思わず言いました。

「ほら」

 猫は抱えていた木の実をうさぎの前に差し出しました。

「これは?」

「腹が減っているのだろう?」

「私に?」

 猫はうさぎのために木の実を取りにいっていたのでした。

「猫さん、ずぶ濡れだよ……」

 うさぎも濡れながら言いました。

それから、うさぎは猫の木の実を食べました。

 猫はうさぎの前でゴロンと横になると、木の実を食べるうさぎを見ています。うさぎも木の実を食べながら猫をチラチラと見ました。

「あの、猫さん……あのね、あのね、話を、聞いてほしいんだ。実はね、つらくて、大変で、悲しいことがあったんだ」

「うん」

 猫は一つだけ頷きました。すると、うさぎはうさぎの話を始め、猫はその話を聞きました。

 うさぎは必死に話ました。泣いたり、怒ったりしながら自分のつらくて、大変で、悲しいことを猫に伝えました。

 猫は黙ってうさぎの話を聞きました。猫はうさぎの話を最後まで聞きました。

「こんなことがあったの!」

「そうか」

 猫はそう言いました。

 猫には、親も兄弟いませんでした。この森に来たばかりで友達もいません。だから、兄弟の怪我も、親の病気も友達からひどいことを言われたこともありませんでした。だから、それらが、うさぎにおきた大変な事とうさぎの気持ちと比べられるかわかりませんでした。

 だから猫にはうさぎにあげられる応えをもっていませんでした。

 そのかわり猫はうさぎの顔を舐めてやりました。うさぎが話をしながら泣いていたからです。

「……猫さん、ありがとう、あのね、ありがとうね」

「……うん」

 いつの間にか空の雨粒も枯れていたようです。

 猫が去ろうとするとうさぎがこう言いました。

「猫さん、どうして、話を聞いてくれたの?」

「悲しそうな顔をしていたから」

「……」

「でも、今はそんなことないな」 

 そう言って、猫はお気に入りの木の枝の上へ、風の歌を聴きに帰っていきました。   


                                            おわり

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