女の子ver.
蛇足的なものですが、昼休みの女の子視点です。
私のコレは、多分生まれつきなのだろう。
昔からとにかくよく笑う子、と周囲から見られていた。オトナもコドモも。私も確かによく笑っている自覚はある。だからといって、喜怒哀楽が欠けているわけでもなく。けれど、他人の目に映っている私を知ったのは、言われていた言葉の意味が自分の中で解釈出来るようになったのは、小学校の高学年辺りだったように思う。
何の話をしていたのか、もう忘れてしまった。三年生から一緒の級友が複雑そうな表情をした。見せられたその表情――笑い方に疑問を持ち、方法を聞いてみた。級友は、私には不思議で興味を惹かれたその複雑な表情を顔に付けて、答えた。
『ごめんね、分かんない。○○ちゃんこそ、どうしてそんな風に笑ってるの?』
『何で? 楽しいから笑うんでしょ?』
『あのね・・・・・・みんな、○○ちゃんの笑顔のこと不思議に思ってるよ』
『どうして? みんなも笑うじゃない』
『○○ちゃんは絶対に何でも楽しそうに笑うから・・・・・・』
最後の級友の言葉は小さい声だった。クラスの喧噪に負けて消えそうな。
後日、彼女は遠くに引っ越して転校した。
それから私は何となく周りの表情を、特に笑い方について気を付けて見るようになった。
小学校卒業までずっと観察していて分かったのは、笑い方には何種類かあるということ、私はマネをしようにもただ一つしか出来ないことだった。鏡に向かって、何回笑っても、手で引っ張っても多少引きつった同じ笑顔。
中学に入って暫く、小学校と違った雰囲気を味わい、友達も少し出来て生活を楽しんでいた。小学校の時よりも更に頻繁にみんなが表情豊かに笑うのを見て、ほんの少しの疎外感も感じていた。
あの頃(といっても、まだほんの数年前でしかない)は、自分なりに気になって悩んでいた。けれど今は、別に困ることでもないからもう気にしないことにしている。
いや。寧ろ、今、私は――。
外の喧噪が遠くに聞こえる。静かすぎず、煩すぎない。校舎の隅に位置するこの資料室は、あまり日が入らなく、湿っぽい独特の臭いが薄く充満している。初めてここに来たときはもっと臭いが濃かったけれど、少し換気されるようになったからか、もう酷くは匂わない。
私は置かれている物が比較的に少ない場所に寝転がって大の字になる。そして四肢を思い切り伸ばして目を閉じた。この定位置も最初は物が散らかり埃も積もっていて、来る度に少しずつ勝手に整理したり教室の端にあった布きれで掃除をした。その成果もあって、こうして気にせずに寝転がれるほどになった。
(さて。この制服の言い訳、どうしようか)
体育が終わって制服に着替えようとしたところ、スカートが無惨なことになっていた。所々ハサミかカッターのような物で切り破られていた。前々から嫌がらせを受けてはいたし、隠れたところで何回か叩かれもした。けれど、家族や周りに笑って適当なことを言って一応誤魔化していた。どこまで信じているかは分からないけれど、そんなに心配そうにはしていない。でも、流石にコレを見たら・・・・・・。
ガラリ、とドアが開く音がした。閉める音も聞こえ、静かに奥のこちら側に来る一つの足音が聞こえた。教師が来たかと思ったが、こんなところの資料を使う教師はいない。ここは一種の物置場、廃棄場だから。
「何してるんだ?」
瞬間に教師だったら面倒だなと思ったが、生徒でも面倒だなと思った。一人で色々と考えたかったのに、隠れ家が見つかってしまった。またどこか違うところを探そう。
「充電中。そっちこそ何しに来たの?」
見上げると、男子生徒がいた。こんなところに一人で来るということは、同類なのか。
「オレも同じ様なものだ」
男子は私の横の荷物がない場所に胡座をかいて座った。そこはまだ掃除してないから、制服が汚れるだろうな。私の足下も一応片付いてはいるが、制服が制服だから座らなかったのかもしれない。別に下にスパッツをはいているから気にしないが。
「なんで、そうなったんだ?」
〝何で〟というのはこの制服の状態か、学校での周りの状況か。問いを問いで男子に返す。そういえば、本当の最初の発端は何だったんだろう。目を瞑って考える。いくら考えても他人の思考を読めるものではないことは分かっている。とりあえず、連中は暇人で、物好きだという結論。
小学校から一緒でまあまあ仲良しだった友達。その友達がクラスの女子からイジメを受けていた。シカト、悪口、からかいの度を過ぎた行動。シカトが始まってすぐに気がつき、なるべく側にいた。そして私が邪魔で段々と悪質になる。
最悪の循環になりそうと思った頃、標的がこちらに移った。友達はこれによってイジメから解放されることになった
――加害者側に移ることで。
別に、期待をしていた訳じゃなかった。助けたから助けてくれるなんて、甘い考えは持っていなかった。・・・・・・一欠片も思っていなかったというと嘘になるけれど。
〝私へのイジメの発端〟それを追及されたら、その友達のことも話さなくてはならない。周りのオトナはほとんど何も考えない。煩わしい。当事者でないものが、ただ事実だけで騒ぎ立てる。そうではないオトナもいると思うが、そういう輩が多いと思っている。
この男子は、見たことがないから他クラスなのだろうし、訳ありなのだろうから教師に告げ口はしないだろうと推測して、友達が加害者に移ったこと以外、簡潔に話した。
「全く、暇人な人達だよ」
連中の機嫌が悪そうな表情、私には出来ない〝笑う〟表情を頭に浮かべて、私は笑った。
「おまえ変態か?」
失礼な。私が変態なんて、さっきの話からどう繋がっていくの。男子はボソボソと私の表情について言った。
「あー、なんだか笑うとき他の感情とかと一緒に出ないんだよね。苦笑とかもどうやって出るのやら分からんし」
面倒くさい、そこまで解説しなくて良い、そう思うけれど場所が安心感を与えるのか、はたまた取るに足りない人物と認識したのか、話してしまっていた。もういいや。あんまり警戒しなくても。今まで見かけなかった顔であるし、他のクラスの生徒だ。今の周囲の情報網が途絶えた私にとって、違うクラスということは違う世界だ。
作り笑いをしなくて良いのって、得だな。なんて、お気楽な発言を男子はした。
そうでもない。笑いたくないときは、私だって笑いたくない。無理に笑ったら、私の笑顔じゃないから。
「でも今は笑うよ。笑えるんだ。連中の前で、思いっきり」
それが私のささやかな仕返し。気乗りしてない人、罪悪感を持っている人は私を見て少し青くなる。気に入らないと思ってる人は赤くなる。青と赤の対比。友人にも同じように笑う。
〝良かったね。念願の仲間が出来て。〟
心の中で言葉をつぶやいて。
「無視された方がよっぽどマシなんじゃないか?」
最初はね。でも
「しつこく話し掛けてたら、あっちが折れた」
シカトでへこたれる私ではありませんから。
「変人だな」
「変人ですよ~」
「変態だな」
「変態じゃないから。しつこいよ、根暗君」
「・・・・・・根暗じゃ、ない」
「?・・・・・・ふ~ん」
根暗君、なんてふと出てきた言葉。さっきからあまり表情が変わらないし、人を変態呼ばわりしているのだから、軽口のつもりで言い返したのに。この人は、この人のクラスでそう言われてイジメられてるかもしれないけれど、そんなの知ったことじゃない。
「君もあの人達と同じ口みたいだね。相手のことを少しからかう気持ちで、軽い思いで、何かを言って、自分はそれを受け入れないでムッとする。それって矛盾してるよね」
問いかけでなく、断定的。同じ様な立場にいるのなら、それを欠片でもいいから認識して貰いたいと思うから。認識してもどうにもならないことはあるけれど・・・・・・。
「まっ、人はそういうもんだし、世界は矛盾だらけだけどね」
矛盾~、矛盾~と自分でも意味不明だと思うことを口ずさんでいると、男子が何かを言った。
「だから、お前は矛盾しないのかよ」
そんなことはない。いつだって、時と場合、している話による。言葉を選ばなきゃいけないときだって沢山あると思うから。
「いくら気を付けてても、そんなもの幾らでも起きるものだよ。さっき言ったよね、人はそういうものだって」
ジッと、男子が難しそうな顔をしながら睨みつけるように私を見た。
「お前、本当に学生かよ」
「しっつれいだね~、君は。私はれっきとしたここに在校する二年生ですよ」
同学年なのかよ。と、その人が呟いて、何故か俯く。あー、学年知らなかったけど、あまりに頼りなさそうだったから、後輩かとこっちは思っていたよ。ゴメンね。
しばらくして立ち直ったのか、この資料室に来た初めより、何かが少し柔らかくなったように思えた。
「やっぱり変人だな」
「変人ですよ~」
「将来は詐欺師か」
「いやいやいや、乙女は常に詐欺師なのですよ」
・・・・・・嫌そうな顔された。
「あはは~、冗談だよ」
いつの間にか自分の心が軽くなっているのを感じる。今日は一人じゃないことに煩わしさを感じてたのに。もう、ここでの休息は不要かな。この人の気配も随分変わったように思えるから。
「さってと、充電完了!」
弾みを付けて、身体を起こして伸びをする。ほんの少しかびくさい空気を一杯に吸う。
「その格好で戻るのか?」
もちろん。別に私自身はやましいことしてない。何でこっちが隠れて怯えなきゃならないの?
そう言うと、その人は何かを言いたそうな、恨めしそうな表情をしていた。
「どうして、そんな風に考えられるんだよ。どうしてそんなに、強いんだよ?」
〝強い〟って何のこと? 私は・・・・・・逃げているだけなのに。
前向きになることで、問題を見ないようにしてるだけで。
「逆に聞くけど〝強い〟って何?」
その人は立ち向かえること。と言った。私は立ち向かってるつもりなんか全然ない。立ち向かっていたら友達に向かって笑ってない。もっとも残酷な仕打ちだと自分でも思ってる。思い詰めて自殺しないだろうかと、今さら、最近になって考える。
人一倍寂しがりやで、仲間に入れて貰うためには加害者に移るしかなかった。仕方がない。許されることでない。あの子も自身の中で葛藤があるかもしれないのに。見ないふりをして、残酷なことをしている。
この人にただ私は強くないと言っても、納得してくれないだろう。だから、よく考えながら話した。
「そうじゃなくって、〝強い〟って色々あるって思うってこと。考え方によっても色々とね。例えば、君も〝強い〟」
よく分からないし、これ以上は当てずっぽう。推測だ。でも、私の勘は当たるほう。
「よく知らないけど、君はあんまり自分のこと言わないから、多分何か言われてもあまり言い返さないんじゃない? それってさ、当てはまりにくいかもしれないけど、我慢強いってことじゃないの? もしくは忍耐がある。それは十分に〝強い〟と思うよ」
私だって、何も仕返しをしないでいれば。負の連鎖をここで止められればと、壁となって耐え抜けたらどんなにいいだろう。現実は、飽きられれば次の標的を探されるだけだけれど。
「ものは言いようだな。だけど、そんなの強いなんて思えるかよ!」
「んん、八つ当たりされても困るな。精神的な〝強さ〟なんて、所詮自分の持っていないものが自分にあったとき、羨ましがってそう言うものなんだろうって私は思うだけだからさ。あと、相手もそう思うかもだから、軽々しく〝強い〟なんて使っちゃ駄目だよ~」
そう、私はあなたの〝強さ〟が羨ましくも思えるから。それなのに私を強いと言われても、複雑になるだけだ。
少し落ち着くのを待って、付け足すように言う。
「そうそう、ここ倉庫みたくなってるけど、自殺には不向きだよ。それとお節介だろうけど、嫌な奴のために死ぬ事なんて無いよ。死んでも何も変わらないし、あいつらだって何も変わらない。君という存在が記憶から薄れて消えるだけ」
自殺するつもりで来たかどうか知らないけれど、最初に顔を見たとき相当参っているなと思った。友達のことも色々と考えたからかもしれない。私は自殺しない。出来ない。
「まっ、私がやったらあの人はそれ以上に罪悪感に苛まれるだろうね~」
とりあえず連中のことかな。何をしているか、自覚して貰いたいだけだね~。
「んじゃ、またね~」
少しの間、話し相手になってくれたその人に手を振ってあっさりと資料室を出て行った。
また会うか分からないけど。少なくともココには来るのを止めるつもりだけど。
「また、なんてあるのかな~。」
とりあえず、お互い山積みの問題を何とかしないとね。
今度会うとしたら重たくない話をしたいな。