昼休み
※この内容は少々重たい話です。
昼休み――生徒がそれぞれの昼食を楽しみ、賑わう時間。
そんな中、学校の隅に位置する資料室だけはひっそりとしている。
昼間でも薄暗く、ヒンヤリとした空気。夏場では湿気が籠もる。普段から使われなさそうな物ばかりが置かれていて、資料室というより倉庫か物置のように扱われている。だから置かれている物の扱いも存外で、物が平気で山積みにしてあったりもする。人が居ても物陰に隠れてすぐには気付かない。そう、だから、それを利用するやましい者は少なからずいる。
「何してるんだ?」
資料室の奥、入ってもすぐには見えないような場所に、そいつはボロボロな制服を纏い、乱雑に置かれてある荷物の間で窮屈そうに大の字に寝ていた。数度叩かれたような痕がある顔で自分をゆっくりと見上げてくる。
「充電。そっちこそ何しに来たの?」
同じ様なものだと答えて、近くに座り込んだ。
「・・・・・・なんで、そうなったんだ?」
「今の状態のこと?それとも状況を言ってるの? まあ、こんな状態なんて好きこのんで自分でやるような人はそうそういないか。制服高いし」
問いかけを投げながらも自分で納得し、目を瞑って暫く無言になった。
「最初はこうじゃなかったんだけどね。私の友達が被害に受けてたの。それを止めようとしたら生意気だって事で、ターゲット変更されたわけ」
全く、連中も暇人だよね。とそいつは少し笑った。
自分には何でそこで笑えるのか分からない。奴等を皮肉るように笑うならまだしも、そいつは―――。
「おまえ変態か?」
「失礼な。何でそういう考えに辿り着くわけ?」
そいつは皮肉る笑いでも悲しい笑いでもなく、心底楽しそうに笑ったから。
「あー、なんだか笑うとき他の感情とかと一緒に出ないんだよね。苦笑とかもどうやって出るのやら分からないし」
「それって得だな。作り笑いは不要か」
「そうでもないよ、これが。笑いたくないときはとことん笑わないからさ。でも今は笑うよ。笑えるんだ。連中の前で、思いっきり。笑ってやると気に入らなさそうにしたり、罪悪感を覚えて青くなったり、連中の顔色が面白いほど変わるからね」
悪趣味な奴だ、と思った。あちらに対して間接的に返す、か。直接的にやり返される方があちらにとっても言い逃れも出来るし理由にもなるだろうが、そんな仕返しにもなりそうにない返し方なんぞされたら、あちらもやりにくいだろう。
「気に入らないっていう顔する人はさらに何かしてくるけどね」
「無視された方がよっぽどマシなんじゃないか?」
「ん~・・・・・・最初はそんな感じだったんだけど、しつこく話し掛けたらあっちが折れた」
で、シカトは意味無いから直接的に移したと。
「変人だな」
「変人ですよ~」
認めるのかよ。
「変態だな」
「変態じゃないから。しつこいよ、根暗君」
根暗と言われて瞬間ギクリとした。何かが冷たくなっていく感じがする。
「根暗じゃ、ない」
いきおい、語調が少し強くなったかもしれない。けれどそいつはただ、ふ~ん、と言って少し黙った。が、すぐにまた口を開いた。
「君もあの人達と同じ口みたいだね。相手のことを少しからかう気持ちで、軽い思いで、何かを言って、自分はそれを受け入れないでムッとする。それって矛盾してるよね」
まっ、人はそういうもんだし、世界は矛盾だらけ~。とそいつは言った。
「・・・・・・だったら、だったらお前はどうなんだよ?」
矛盾~、矛盾~、世の中矛盾だ~らけ~。と、意味不明な歌を歌っているそいつに聞いた。・・・・・・こんな奴に聞いてまともな答えが返ってくるのだろうか。
「ん?」
「だから、お前は矛盾しないのかよ」
「相手とか話とかその時によるよ。親しくなればからかい合う事なんか一つや二つどころじゃないくらい出てくるだろうしね。親しくても真剣に話してるのに茶々いれてくるのは嫌だし。言葉を使うのは少し気を付けてるつもりだけどね、いくら気を付けててもそんなのいくらでも起きるものだよ。さっき言ったよね? 人はそういうものだって」
こいつは・・・・・・意味不明な歌を歌ったり、悪趣味な仕返しをしたりしているが。
「お前、本当に中学生かよ」
「しっつれいだね~、君は。私はれっきとここに在校する二年生ですよ」
しかも同学年だった。・・・・・・奇行に走るかと思えば、自身なりの考えをちゃんと持っている。それが同い年とは思えないほど上に見えたり、下に見えたり・・・・・・。
「やっぱり、変人だな」
「変人ですよ~」
「将来は詐欺師か」
「いやいやいや、乙女は常に詐欺師なのですよ」
・・・・・・ごめんなさい。悪かったから、謝りますから許して。そこは反論してください。
「あはは~、冗談だよ」
・・・・・・世の中の女子がこいつみたいだったら絶対嫌だ。恐ろしい。
話をしててこいつが乙女だなんて欠片も思えない。
「さってと、充電完了!」
そいつは反動を付けて半身を起こして、伸びをした。
「そろそろ昼休みも終わる頃だし、戻らないとね」
「その格好で戻るのか?」
「もっちろん。私は特にやましいことをしてるって思ったことないからね。っていうか、理由こそ曖昧なのに何でこっちが隠れて怯えなきゃならないのさ」
強いな、と思った。うざいな、とも思った。輝いて見えて、それが疎ましく見えて。それがこいつの周りの状況を作る理由ともなるのだろうとも思った。自分とは違う疎ましさ。自分の周りの状況と似て、異なるもの。どうして、こいつはそんな風に考えられるのだろうか。
「んん~? 何その顔? 言いたいこと有るならば、はっきりと!」
そいつの満面の笑顔が眩しく思え、思わず下を見てボソリと言った。
「どうして、そんな風に考えられるんだよ。どうしてそんなに、強いんだよ?」
「んん? 後ろ向きに考えても仕方ないから。というか、ただ考えたくないだけ。強くなんて全然ないよ。逆に聞くけど、〝強い〟って何?」
「あいつらに、そうやって立ち向かえることがだよ」
何を聞いてくるんだと思うと、そいつはう~んと唸った
「立ち向かってると思ったことないよ。そうじゃなくて、私が言いたいのは〝強い〟って色々あると思うってこと。考え方によっても色々とね。例えば、君も、〝強い〟」
何を言ってるんだ? 自分も?
「よく知らないけど、君はあんまり自分のこと言わないから、多分何か言われてもあまり言い返さないんじゃない?」
確かに、その通りだ。何かを言われても、やられても、口に出せない。つまりは臆病な奴だ。それが何故強いっ
ていうんだよ。
「それってさ、あてはまりにくいかもしれないけど、我慢強いってことじゃないの?もしくは忍耐がある。それは十分に〝強い〟と思うよ」
・・・・・・ものは言いようだな。だけど、そんなの強いなんて思えるかよ!
「んん、八つ当たりされても困るな。精神的な〝強さ〟なんて、所詮自分の持っていないものが相手にあったとき、羨ましがってそう言うものなんだろうって私は思うだけだからさ。あと、相手もそう思うかもだから、軽々しく〝強い〟なんて使っちゃ駄目だよ~」
私も考えない事で、逃げているだけだしね。とそいつが呟いた。
「そうそう、ここ倉庫みたくなってるけど、自殺の場所には不向きだよ。それとお節介だろうけど、嫌な奴のために死ぬ事なんてないよ。死んでも何も変わらないし、あいつらだって何も変わらない。君という存在が記憶から薄れて消えるだけ」
何の重みもなく、たださらりと言われたことに、何も言えなかった。どうしてここに来た理由が、使用目的が自殺と思ったのだろうか。最近、半分、なんとなくちらりとでも思っていた事柄。そいつの言葉を聞いて背中がうすら寒くなった。
「まっ、私がやったら、あの人は今以上に罪悪感に苛まれるだろうね~。とりあえず、今はなにをしているかだけ、自覚してくれればそれだけでいいけどね~」
お気楽に、愉快に、笑いながらそいつは資料室のドアに手を掛ける
「んじゃ、またね~」
そいつは何の混じりけもない笑顔をこちらに向けて、手を振って出て行った。
「また、か・・・・・・」
また、あいつと会えるのだろうか?いや、同じ学年だし会える機会はあるだろうが、また、さっきのように話ができるときが来るのだろうか?
そういや・・・・・・名前聞くの、忘れてたな。
ボンヤリと、昼休みの終わりを告げるチャイムを聞きながら、そう思った。