王立魔導具院を追放されましたが、装置の性能を上げただけなのに何が悪かったのでしょう? ~罰として嫁いだ北境で、夫から「もっと改良してくれ」と頼まれています~
王都を追放されて十日目、私は自分の嫁ぎ先を見て、処罰としてはよくできていると思った。
白い。
ひたすら白い。
空も、山も、道も、遠くに見える屋根も、何もかも雪に埋もれている。
「ここで暮らすのですか?」
馬車の御者に尋ねると、彼は気まずそうにうなずいた。
「北境ヴァルグレン領でございます」
「質問を変えます。人間が?」
「……はい」
おかしい。
王都では罪人を鉱山へ送る制度が廃止されたと聞いていたのだが。
どうやら結婚という名前に変わったらしい。
私は毛皮の外套を首元まで引き上げた。
実をいうと、寒冷地向けの魔導具にはずっと興味があった。
王都は温暖で、凍結対策の需要などほとんどない。
だから、北へ行けるなら一度行ってみたいと、心のどこかでは思っていた。
──とはいえ、これほどとは思っていなかったが。
リディア・エルヴァン、二十五歳。
十日前までは、王立魔導具院の上級魔導技師だった。
そして現在は、国家奉仕婚という聞こえだけは立派な制度によって、北境伯カイ・ヴァルグレンの妻になる予定の女である。
正確には一年間の奉仕婚。
一年後、双方の合意があれば正式な婚姻として継続し、なければ解消できる。
王都の技術者を地方へ送り、技術水準を向上させる制度。
建前はそうなっている。
今回に限っていえば、意味はもっと簡単だ。
厄介者を遠くへ捨てる。
その厄介者が私だった。
正直に言うと、処分は少々重すぎる気がしている。
だって、装置の性能は上がっていたのだから。
*
「リディア・エルヴァン」
十日前。
王立魔導具院の大審議室で、院長は処刑宣告でもするような顔で私の名を呼んだ。
左右には高位技師。
背後には近衛騎士。
正面には、顔面蒼白の主任技師ルシアン・ベルク。
知らない人が見れば、私は国家機密でも他国へ売ったのだと思っただろう。
「はい」
私は立ち上がった。
「三日前の建国記念品評会で発生した件について、確認する」
「はい」
「主任技師ルシアン・ベルクが出品した新型防犯結界装置に、無断で改造を加えたな?」
私は少し考えた。
「改造、という表現には語弊があります」
ルシアンが顔を上げた。
院長がわずかに目を細める。
傍聴席にも、小さなざわめきが走った。
どうやら皆、何か誤解があるのではないかと気づき始めたらしい。
当然である。
私は堂々としていた。
後ろ暗いところなど何もない。
「では、何をした」
「改良です」
審議室が静まり返った。
「……何を?」
「改良しました」
「お前が?」
「はい」
「ルシアンの許可なく?」
「はい」
「夜中に?」
「はい」
「研究室へ侵入して?」
「侵入という表現にも語弊があります」
院長の目に、わずかな希望が戻った。
「ほう」
「結界のセキュリティに脆弱性があったので、そこを素通りしました」
希望が消えた。
「それを侵入と言う!」
「ついでに脆弱性も塞いでおきました」
「なぜ仕事を増やす!」
なるほど。
そこも問題だったらしい。
私は少し考えた。
「でも今は、もう素通りできません。次から侵入になりますね」
「そういう問題ではない!」
院長が机を叩いた。
横でルシアンが両手で顔を覆っている。
彼は昔からよく頭痛を起こす人だった。
体質だろうか。
「では」
院長が、震える声で続けた。
「なぜ、防犯結界装置を起動すると、会場の天井に七色のミラーボールが出現した」
「華やかになるからです」
「なぜ四方の照明石が七色に明滅した」
「ミラーボールだけでは光量が不足します」
「なぜ帝国祝賀曲が流れた」
「無音では寂しいでしょう」
「なぜ玉座の上に『皇帝陛下、お誕生日おめでとうございます』という発光文字が浮かんだ!」
「何のお祝いか分からないと困るので」
「なぜ最後に玉座へ向けてクラッカーが三発飛んだ!」
「一発だと寂しく、五発だとうるさいかと思いまして」
「三発なら適切だと!?」
「はい」
院長が両手で顔を覆った。
ルシアンも両手で顔を覆った。
不思議な一体感が生まれていた。
三日前。
皇帝陛下御臨席の、極めて厳粛な建国記念品評会。
今年はたまたま、建国記念日と皇帝陛下の四十七歳の誕生日が同日だった。
もっとも、生誕祭の予定はない。
ルシアンが自信作である防犯結界装置を起動した。
最初の十秒は完璧だった。
半透明の結界が会場を覆い、侵入判定、魔力遮断、緊急封鎖が順番に作動した。
十一秒後。
天井が開いた。
七色のミラーボールが降りた。
十二秒後。
四方の照明石が赤、青、緑、黄、紫、桃、白の順で明滅した。
十三秒後。
軽快な帝国祝賀曲が鳴り響いた。
十四秒後。
玉座の上に、
『皇帝陛下 祝・四十七歳』
という文字が浮かんだ。
十五秒後。
クラッカーが三発。
ぱぁん。
ぱぁん。
ぱぁん。
皇帝陛下の頭上から、金色の紙吹雪が降り注いだ。
完璧だった。
誤差一寸もない。
ちなみに十六秒後には会場隅の焼き菓子を最適温度へ温める術式も起動している。
誰にも気づいてもらえなかった。
残念である。
「なぜだ」
院長が呻いた。
「なぜ防犯結界に誕生日機能が必要なんだ……」
「必要ではありません」
「分かっているのか!」
「便利ではあります」
「何が!」
「陛下のお誕生日を祝えます」
「防犯結界で祝う必要がない!」
なるほど。
院長と私は、設計思想がかなり違うらしい。
「そもそも」
院長は深く息を吸った。
「陛下が今年も生誕祭を行われなかった理由を知っているか?」
「財政難だと伺っています」
「知っているではないか!」
現皇帝陛下は厳格な御方だった。
国庫が苦しい中、国民へ節約を求める以上、自分だけ華やかな生誕祭を開くわけにはいかない。
そう仰って、ここ数年は私的な祝宴すら控えている。
素晴らしい心がけだと思う。
ただ。
「国で一番偉いのに、誰にも誕生日を祝ってもらえないのはかわいそうではありませんか?」
院長が固まった。
ルシアンが私を見た。
高位技師たちも私を見た。
近衛騎士まで私を見た。
「……それで?」
「サプライズを」
「御前品評会で?」
「はい」
「他人の防犯結界を勝手に改造して?」
「本来機能は一切損なっていません」
私は胸を張った。
そこは重要なのである。
「むしろ結界展開速度は従来比一・二倍。魔力消費は八パーセント削減。侵入感知精度も三・七パーセント向上しています」
ルシアンがぼそりと言った。
「そこが一番腹立つんだ……」
「何がです?」
「実際に性能が上がっているところだよ!」
彼は珍しく声を荒らげた。
「僕が半年かけて作った装置を、君は一晩で勝手に分解して、性能を上げて、そのうえ空いた回路容量にミラーボールを詰め込んだ!」
「詰め込んではいません。折り畳み式です」
「そこじゃない!」
「非常に省スペースですよ」
「誇るな!」
実際、犯人の特定も早かった。
品評会翌日には、ほぼ私だと断定されている。
理由は簡単だった。
既存回路へ複数の独立機構を割り込ませながら、魔力干渉を一切起こさず、本来の性能まで底上げし、しかも装置を開けた痕跡すらほとんど残さない。
全体の回路図は複雑怪奇。
追おうとすると途中で頭が痛くなるのに、一つ一つ確認すると一切の無駄もミスもない。
調査担当者いわく、
『こんな変態的な精度で回路を組む人間は、王国に一人しかいない』
とのことだった。
失礼だと思う。
褒めるなら普通に褒めてほしい。
「さらに」
院長が書類を持ち上げた。
「前日夜、ルシアンの研究室への入室記録が消えていた」
「はい」
「お前か」
「違います」
初めて否定したので、室内に緊張が走った。
「記録は消していません」
「では誰が?」
「新しい記録方式へ移行しました。旧式は検索性が悪かったので」
ルシアンが机に額を打ちつけた。
ごん、といい音がした。
「大丈夫ですか?」
「誰のせいだと思ってる……」
「机が少し高いですね」
「直すなよ」
「まだ何もしていません」
「『まだ』って言ったな?」
院長はしばらく天井を仰いでいた。
本来、皇帝陛下へ向けて正体不明の装置から物体を発射するなど、笑い話では済まない。
無害な紙製クラッカーだったからよかったものの、警備上は最悪である。
さらに王立魔導具院の展示物を無断改造。
式典妨害。
研究室への無断侵入。
その他、細かい規則違反が十二件。
普通なら、辺境送り程度で済む話ではなかった。
ところが、そこで別の問題が出た。
私を重く処分すると、国が困るのである。
鉱山用排水装置。
王都街灯の省魔力機構。
穀倉地帯の自動灌漑装置。
国境要塞の凍結防止装置。
王国が海外へ輸出している魔導具のうち、利益率の高いものには、かなりの割合で私の手が入っていた。
特に五年前に改良した大型排水機の輸出益は大きく、財政難の王国をかなり支えているらしい。
私は知らなかった。
使いやすくしただけである。
もっと困ったのは、皇帝陛下ご本人だったという。
『悪意がないことは分かった』
『性能が上がっていたことも確認した』
『紙吹雪も無害だった』
そこまで仰ったあと、長い沈黙があり、
『だからこそ、どう罰すればよいのか分からん』
と頭を抱えられたそうだ。
なお、
『陛下は七色がお嫌いだったのでしょうか』
と尋ねたところ、院長に、
『問題はミラーボールの色ではない』
と言われた。
私はそこで初めて少し反省した。
七色は派手すぎたのかもしれない。
厳格な方なら、金と白くらいの方が上品だっただろう。
そこまで考えたところで、
『そういう意味でもない!』
と怒鳴られた。
難しい。
最終的に決まった処分が、
北境ヴァルグレン領への一年間の奉仕婚。
冬に魔導炉が止まれば人が死ぬ。
国内でもっとも魔導技術を必要とする土地へ、国内でもっとも処分しづらい問題技師を送る。
罰。
左遷。
地方技術支援。
全部を同時に成立させた苦肉の策だった。
「北境で少し頭を冷やせ」
院長は言った。
「氷点下二十度ですが」
「ちょうどいい!」
「分かりました」
私は素直に受け入れた。
最後に院長は念を押した。
「いいか。もう二度と、頼まれてもいない物を勝手に改造するな」
「はい」
その言葉だけは胸に刻んだ。
守れるかどうかは別として。
*
ちなみに。
ルシアンが以前から、私を王都の魔導具院から離れさせようとしていたことにも、私は気づいていた。
ここ半年ほど。
地方への技術支援人事が話題になるたび、
『エルヴァン技師の能力は寒冷地でこそ最大限活用できる』
『北境の技術不足は国家的損失である』
『本人も以前から寒冷地向け魔導技術に関心を示している』
と、妙に具体的な資料が提出されていた。
彼の筆跡だった。
私は素直に感心した。
ルシアンは私が寒冷地向け装置を作りたがっていたことを覚えていて、わざわざ希望に合う赴任先を探してくれていたのだ。
優しい。
だから品評会前夜、彼の防犯結界を見つけたとき、
──これまでいろいろ世話になっていますし、お礼をした方がいい。
と思った。
結果、ミラーボールが増えた。
もっとも。
その翌日、私は皇帝陛下の頭上へ三連クラッカーを撃ち込み、運悪く処分対象になった。
そのためルシアンが半年かけて積み上げた北境勤務への推薦資料は、
『では処分先も北境が適任だな』
という判断材料として有効活用されたらしい。
本人が望んでいた形と同じだったかは知らない。
世の中とは、なかなか思い通りにならないものである。
*
「見えました。あちらがヴァルグレン城です」
御者の声で、私は現在へ戻った。
雪の向こうに大きな建物が見える。
城というより、工房だった。
煙突が三本。
石造りの母屋。
倉庫。
作業棟。
門の上には融雪用の魔導管。
私は無意識に目を細めた。
右から三本目の流れが鈍い。
煙突の排気効率は二割ほど改善できそう。
門扉の開閉装置は、重量に対して駆動部が大きすぎる。
屋根の融雪機構も南面だけ過剰。
直したい。
猛烈に直したい。
私は両手を握った。
駄目。
頼まれていない。
「……素晴らしい建物ですね」
御者が嬉しそうに笑った。
「でしょう?」
「はい」
今なら十二か所ほど良くできる。
口には出さなかった。
私は成長している。
馬車を降りると、門前に男が一人立っていた。
背が高い。
灰色がかった黒髪。
分厚い毛皮の外套。
整った顔立ちだが、愛想は雪の下に埋もれているらしい。
「リディア・エルヴァンか」
「はい」
「カイ・ヴァルグレンだ」
「存じています」
「そうか」
会話が終わった。
なるほど。
無口な男らしい。
カイは私の荷物を使用人へ渡すと、背を向けた。
「来い」
「婚姻手続きですか?」
「工房だ」
「私は今日、あなたと結婚するために来たのですが」
「役人が昼飯に行った」
「それで工房?」
「お前は魔導技師だろう」
「元、です」
私は一応説明しておく。
「ちなみに前職最後の大仕事は、皇帝陛下のお誕生日祝いでした」
カイが足を止めた。
「聞いている」
「もう?」
「北境まで噂は届く」
「早いですね」
「面白い話は雪より速い」
どうやら私の事件は、北境でも娯楽として消費されているらしい。
工房へ入る。
中央には大型暖房炉の試作品があった。
まだ外装もついていない。
私は一目見た。
魔力線。
炉心。
排熱管。
安全弁。
気づく。
直せる。
かなり直せる。
指先が熱くなる。
カイが設計図を渡した。
「見てくれ」
「見るだけ?」
「ああ」
危険な依頼だった。
見るだけ。
改造していいとは言っていない。
私は設計図を受け取る。
三分。
五分。
十分。
頭の中で炉がどんどん別物になっていく。
魔力管を一本減らせる。
排熱を暖房へ再利用できる。
点火部分を変えれば寒冷時の起動も速い。
余った熱で湯も沸かせる。
いや、待て。
頼まれていない。
「どうだ」
「良い炉だと思います」
周囲の職人たちがざわついた。
一人が小声で言う。
「何も言わない……」
「噂と違うぞ」
私は首を傾げた。
「どんな噂です?」
「王都中の魔導具を勝手に別物にすると」
誇張である。
王都中ではない。
せいぜい王立魔導具院の三割くらいだ。
「直せるか」
カイが尋ねた。
私はぴたりと止まった。
「今、何と?」
「もっと良くできるか」
「できます」
「頼む」
「……頼みました?」
「ああ」
「本当に?」
「何度聞く」
次の瞬間には外套を脱いでいた。
「工具を」
「そこだ」
「魔導銀線」
「右」
「炉心を止めてください」
「もう止めた」
素晴らしい。
一時間後。
試作炉は原型を半分ほど失っていた。
二時間後。
燃料効率は一割七分向上。
三時間後。
暖房能力は一割一分向上。
四時間後。
余剰熱を利用した給湯機構が追加された。
五時間後。
なぜか側面から温かいミルクまで出るようになった。
カイが無言でカップを見た。
「……これは頼んでいない」
「余熱がもったいなかったので」
「頼んでいない」
「便利ですよ」
「なぜミルクなんだ」
「寒いので」
職人の一人が一口飲む。
「うまい」
「でしょう?」
「砂糖も出せますか?」
「出せます」
「リディア」
「はい」
「増やすな」
私は止めた。
きちんと止めた。
偉い。
この男は、止める場所が分かっているらしい。
私はカイを少し見直した。
そしてその日の夕方。
婚姻書類へ署名する前に、カイは生活規則を一つ追加した。
『工房内の設備については、所有者または責任者が許可した範囲で改造してよい』
私は署名欄を指差した。
「ここ、永久契約にできませんか?」
「奉仕婚は一年だ」
「残念です」
「結婚より改造許可の方が惜しいのか」
「現時点では」
カイが初めて、わずかに口元を緩めた。
*
北境では、冬に炉が止まると人が死ぬ。
だからヴァルグレン工房では、壊れることを恥としなかった。
冬が来る前に、壊せるだけ壊す。
叩く。
凍らせる。
過負荷をかける。
想定外の使い方をする。
壊れたら直す。
また壊す。
王都では完成品へ勝手に触ると怒られた。
北境では完成品を壊すために渡された。
私は二日で、この働き方を好きになった。
工房にはノアという十二歳の見習いがいた。
そばかすの多い、小柄な少年である。
「奥様」
ある日、小型湯沸かし器を抱えてやってきた。
「これ、点火が遅いんです。見てもらえますか」
「見るだけ?」
「直してもらってもいいです」
「どこまで?」
ノアは少し考えた。
「点火部分だけ」
「分かりました」
三十分後。
ノアが戻ってきた。
湯沸かし器を見る。
「……奥様」
「はい」
「点火部分だけって言いましたよね」
「直しました」
「蓋が透明になってるんですけど」
「沸騰具合が分かります」
「取っ手が温かいんですけど」
「冬用です」
「横の数字は?」
「残り時間」
「この鳥は?」
湯沸かし器の横で、小さな銀色の鳥が羽を広げた。
『オユガ ワキマシタ』
無機質な声がする。
ノアが黙った。
「音声通知です」
「頼んでません!」
「点火部分は直しました」
「それ以外が増えています!」
私は考える。
「不要でした?」
「……鳥はちょっと好きです」
「では問題ありませんね」
「問題あります!」
翌日。
ノアは別の道具を持ってきた。
つまり満足しているのだと思う。
王都の技師たちは、一度改造すると設計図を隠した。
ノアは毎日持ってくる。
私は彼を非常に気に入った。
*
カイとの関係は、もっと分かりにくかった。
夫婦ではある。
だが寝室は別。
食事は一緒。
仕事でも顔を合わせる。
甘い言葉はない。
ある夕食時。
私は彼の椅子を見ていた。
「さっきから何だ」
「椅子の脚が一本、二ミリ短いです」
「知っている」
「直していいですか」
「駄目だ」
「なぜ」
「食事中だからだ」
「では食後に」
「今日は駄目だ」
「なぜ」
「一度くらい、何も改造しない夜を過ごしたい」
私は衝撃を受けた。
「そんな夜に何の意味が?」
「普通の人間にはある」
普通。
難しい概念だ。
「そういえば」
カイがパンをちぎりながら言う。
「本当に皇帝の頭上で七色の玉を回したのか」
「ミラーボールです」
「名前はどうでもいい」
「重要です」
「重要じゃない」
「とても綺麗でしたよ」
「反省はしたのか」
「しました」
カイが少し意外そうな顔をした。
「七色は派手すぎたのかもしれません」
「そこじゃない」
「院長も同じことを言っていました」
「全員そう言うと思う」
「では、どこですか?」
「他人の物を勝手にいじったところだ」
私は考える。
「でも性能は上がっています」
「そういう問題じゃない」
「安全でした」
「そういう問題でもない」
難しい。
私が眉を寄せると、カイが少し笑った。
「一つだけ覚えろ」
「はい」
「やる前に聞け」
「誰に?」
「持ち主に」
「持ち主が判断を間違える可能性は?」
「それでも聞け」
「非効率ですね」
「夫として頼む」
その言葉に、私は少し止まった。
命令ではない。
処罰でもない。
頼む。
私はカイを見る。
「……善処します」
「信用できない返事だな」
「できるだけ善処します」
「悪化した」
けれど、その日から。
私は何かを改造したくなるたび、以前より一拍だけ長く止まるようになった。
一拍だけ。
大きな進歩である。
*
二か月が過ぎた。
私は毎朝、工房へ行った。
頼まれていないのに。
もっとも、最近は向こうから頼まれる。
「奥様、こっちお願いします!」
「先に俺の除雪機を!」
「奥様、子ども用の手袋乾燥機って作れます?」
「できます」
「音は鳴らさなくていいです!」
「まだ何も言っていません」
「顔で分かります!」
失礼な。
私はただ、小さな雪だるまが踊る機能を考えていただけである。
食堂のマーサとも仲良くなった。
ある日、彼女が壊れかけた大型かまどを私へ見せた。
「直せるかい?」
「どこまで?」
「好きにやっとくれ」
私は感動した。
好きに。
なんと美しい言葉だろう。
翌朝。
かまどには焼き時間の自動調整機能。
保温棚。
吹きこぼれ防止。
煙量調整。
余熱利用の皿温め機能。
さらに、焼き上がると鐘が鳴る機能がついていた。
マーサは鐘が鳴るたび笑った。
「便利だねえ」
「うるさくありませんか?」
「うるさいよ」
「外しますか?」
「いや。あんたが作ったんだろ。そのままでいい」
王都なら、勝手な機能を増やすなと怒られた。
ここでは、うるさいと言いながら使ってくれる。
その日の昼食は、私の皿だけ肉が一切れ多かった。
私は気づいたが、何も言わなかった。
勝手に増やすのは、悪いことばかりではないらしい。
*
ある晩。
忘れ物を取りに工房へ行くと、カイが一人で試作炉の前へ座っていた。
設計図が何枚も散らばっている。
「まだ仕事ですか?」
「ああ」
「直しましょうか?」
「まだ完成していない」
「では勝手に見ても?」
「見るだけなら」
隣へ座る。
しばらく設計図を見る。
大きな欠陥はない。
むしろ慎重すぎるほど安全側へ振っている。
「カイ」
「何だ」
「あなた、自分の炉を信用していませんね」
彼は少し黙った。
「そうだな」
「なぜ?」
「俺が間違えれば、一軒じゃ済まない」
北境では、ヴァルグレン工房の炉を何百という家が使っている。
「冬の夜に、炉が止まる夢を見る」
カイは炎を見ていた。
「凍った家で、子どもが泣いてる。年寄りが動かない。そんな夢だ」
私は初めて知った。
この人は、怖いのだ。
臆病だから慎重なのではない。
大事なものが多いから、怖い。
王都で、似たような人を知っている。
「皇帝陛下みたいですね」
「俺が?」
「国が苦しいから、自分の誕生日すら祝わなかった」
カイが微妙な顔をした。
「それで、お前に天井から七色の玉を下ろされた人だろ」
「ミラーボールです」
「そこだけは譲らないんだな」
「名称は大事です」
「俺の誕生日には絶対に出すなよ」
「まだ日付を教えてもらっていません」
「教えない」
「調べます」
「やめろ」
「領主台帳を」
「見るな」
カイが吹き出した。
声を立てて笑った。
私はその顔を見た。
王都では、自分の仕事が完璧に動く瞬間が好きだった。
北境へ来てからは。
この人が笑う瞬間も、同じくらい好きになっていた。
そこに気づいた私は、少し困った。
人間は魔導具より難しい。
分解して調べるわけにもいかない。
*
春の初め。
王都から一通の通知が届いた。
王国技術革新計画。
新型暖房用魔導炉《春灯炉》。
翌冬までに北境一帯の旧式炉を順次交換する。
大規模量産による燃料削減を目的とした国家事業。
設計主任の名を見て、私は少し考えた。
ルシアン・ベルク。
「誰でしたっけ」
向かいに座っていたカイが顔を上げた。
「お前の元同僚だろう」
「そうでした」
「ライバルだったと聞いたが」
「そういえばそんな人もいた気がします」
「本人が聞いたら泣くぞ」
設計図を開く。
ルシアンは優秀だった。
それは覚えている──なんとなくは。
堅実。
丁寧。
安全率も高い。
私のように空いた場所へ不要な機能を詰め込まない。
とても真面目な設計である。
王都の標準試験も、すべて合格していた。
だから、普通なら問題はない。
普通なら。
私は炉心制御の一部で目を止めた。
「……あ」
「何かあるのか」
「たぶん」
自動燃料調整。
排熱再利用。
緊急時の魔力逃がし。
三つとも単体では正しい。
それぞれの安全試験も通っている。
だが北境では、王都と違って炉を何日も低出力のまま動かす。
さらに北境で使われる燃料石には、ごく微量だが冷属性の魔力残滓が含まれている。
通常なら無視できる量。
けれど長時間低出力運転すると、その残滓が逃がし回路の一部に薄く蓄積する。
そこへ急激な加熱要求が入った瞬間。
燃料調整機構が出力を上げる。
排熱再利用機構も効率を維持しようとする。
同時に、魔力逃がしが残滓の影響でほんの一瞬だけ遅れる。
ほんの一瞬。
計算上は一秒にも満たない。
だが、その一瞬だけ。
三つの優秀な機構が互いに相手の動きを補正しようとして、逆に魔力を炉心へ押し返す。
王都の燃料。
王都の運転時間。
標準試験。
どれでも発生しない。
北境の燃料を使い。
何日も低出力で動かし。
その直後に一気に最大出力へ上げたときだけ起こる。
「よく気づいたな」
カイが言った。
「この回路図を見て、空いている場所に何か追加できないか考えて」
「いつもの病気だな」
「? そこで三系統を同時に動かした場合を頭の中で組み直したら、変な噛み合い方をしました」
つまり、普通の技師が、
正しく作られているか。
安全に動くか。
を確認するところ。
私は、
ここにもう一機能入れるならどこがいいかという視点で見ていたからこそ、見つけられたのである。
自分で自分が誇らしかった。
「ルシアンが見落とすのも分かります」
私は言った。
「標準条件では出ません。設計上も単独では全部正しい」
「危険なのか」
「北境で数千台使えば、いつか必ず当たります」
カイの表情が変わる。
「直せるか」
「一晩あれば」
私は設計図へ手を伸ばした。
そこで止まる。
カイを見る。
彼も私を見ている。
私は手を引っ込めた。
「……今、触る前に止まりました」
「ああ」
「偉くないですか?」
「かなり」
「では直していいですか?」
カイは少し考え、首を振った。
「まず、ルシアンに知らせよう」
「直接直した方が早いです」
「知ってる」
「人が死ぬかもしれません」
「だからだ」
カイは設計図を指した。
「これはもう一台の試作品じゃない。国中へ配る炉だ。お前一人が一台直して終わる話じゃない」
私は黙った。
過去なら、迷わず触っていた。
正しい物にすればいい。
それだけだった。
でも今度守りたいのは、一台の炉ではない。
この土地で暮らす人たちだ。
「どうすれば?」
私は聞いた。
自分で答えは出せる。
でも、聞いた。
カイは少しだけ笑う。
「再現しよう」
「ルシアンにも見せる?」
「ああ」
「正式な試験として?」
「ああ」
私は考える。
それが一番確実だ。
「分かりました」
「不満そうだな」
「目の前に直せる欠陥があるのに、触らないので」
「耐えろ」
「夫の頼みなら」
私は設計図を閉じた。
「善処します」
「そこはまだ善処なのか」
*
王都へ連絡すると、ルシアン本人が北境へ来ることになった。
彼としても、自分の設計に未知の危険があると言われれば放置できないらしい。
三日後。
金糸入りの王立魔導具院の外套を着た男が工房へ入ってきた。
私を見るなり、遠い目をする。
「久しぶりだな、リディア」
「……」
「その間は何だ」
「思い出しています」
「顔を!?」
「はい」
「僕は君と七年同じ職場だった!」
「長かったんですね」
「本当に君は……!」
懐かしい。
この人は昔からよく頭を抱える。
ルシアンが深く息を吸った。
「それで、春灯炉の欠陥というのは」
私は説明した。
途中までは彼も冷静だった。
燃料石の微量残滓。
長時間低出力運転。
複数制御機構の同時作動。
最後まで聞くと、彼は設計図を奪うように見る。
しばらく無言だった。
「……理屈は通る」
「でしょう?」
「だが、僕はこんな条件を試していない」
「そうですか」
「君はなぜ気づいた」
「ここに保温用の小型鍋機能を追加できないか考えていたら」
ルシアンが顔を上げた。
「もう一度言ってくれ」
「鍋機能を」
「聞かなきゃよかった」
カイが背後で笑いをこらえている。
「再現試験をしましょう」
私が言うと、ルシアンは頷いた。
「当然だ」
「反対しないのですか?」
「する理由がない。危険なら止める」
やはり。
この男は仕事だけは真面目だ。
だから昔から、私とは噛み合わなかった。
「ところで」
私は尋ねる。
「以前から私を北境勤務へ送ろうとしていたのは、やはりあなたですね?」
ルシアンが固まった。
「……今それを聞くのか?」
「今思い出したので」
「思い出すな」
「地方技術支援の推薦資料。あなたの筆跡でした」
「……」
「私の寒冷地技術への興味まで調べていましたよね」
「違う」
「適性を考えてくれたのでは?」
「違う」
「親切ですね」
「違う!」
ルシアンが叫んだ。
周囲の職人たちがこちらを見る。
「僕は君と一緒に仕事をしたくなかったんだ!」
工房が静かになった。
ルシアンはもう止まらない。
「朝来たら自分の装置に知らない機能が増えてる! 昼休みから戻ったら研究室の扉が自動化されてる! 試験機が勝手に省魔力化されてる! 僕の机まで勝手に高さ調整式になってた!」
「腰痛そうだったので」
「そういうところだ!」
「使いやすかったでしょう?」
「使いやすかったよ!」
「ではよかった」
「そのせいで強く怒れないのが一番嫌なんだ!」
私は少し考える。
「でも」
「何だ」
「半年もかけて私を北境勤務にしようとしていたのに、最後は私が自力で用意したクラッカとミラーボールだけでー処分されてしまいました」
ルシアンが止まる。
「……」
「あなたの資料は、処分先を決める参考資料として役に立ったそうです」
「……」
「努力が無駄にならなくてよかったですね」
ルシアンはゆっくり天井を見上げた。
「僕は、こんな形で成果を出したかったわけじゃない……」
ルシアンはまた頭を抱えてしまった。
いつもの頭痛だろうか。心配である。
*
再現試験には一週間を使った。
北境産燃料石。
通常より長い低出力運転。
その後の急速加熱。
私は春灯炉に一切手を加えなかった。
それだけでかなりの精神修行だった。
四日目。
ルシアンが私の手元を見る。
「その工具を置け」
「まだ何もしていません」
「さっきから逃がし回路を見ている」
「見るだけです」
「目が改造するときの目だ」
「そんな目があります?」
「七年一緒に働いていれば分かる!」
妙なところで経験が活きている。
一週間目。
条件が整った。
カイ。
ルシアン。
王都から来た監査官。
北境の職人たち。
全員が計器を見る。
春灯炉は安定していた。
十分。
二十分。
三十分。
問題なし。
ルシアンがわずかに息を吐く。
その直後。
外気温低下を想定し、一気に最大出力へ切り替えた。
魔力圧が上がる。
燃料調整機構が働く。
排熱再利用が追従する。
警報はない。
最初の数秒だけなら正常だ。
けれど私は、一つの針を見ていた。
「来ます」
「どこが」
ルシアンが問う。
「逃がし圧」
針が、ほんのわずかに遅れた。
ルシアンの顔色が変わる。
「……そんな」
次の瞬間。
三つの制御回路が同時に補正へ入る。
炉心魔力が跳ねた。
警報石が黄色。
「遮断準備」
私が言う。
ルシアンは計器を見たまま動かない。
さらに一段。
赤。
「遮断!」
カイと職人が同時に緊急遮断具を作動させる。
魔力供給が切れる。
炉心の奥で鈍い音がした。
青白い光が一瞬だけ防護壁の向こうを走り、消える。
静かになった。
ルシアンはしばらく何も言わなかった。
私は記録紙へ数値を書き込む。
「再現しました」
「……ああ」
「直せます」
「分かってる」
ルシアンが額を押さえた。
「これは僕の見落としだ」
監査官が首を振る。
「王都の標準試験では拾えん。北境の燃料と運転条件が揃わなければ出ない」
「それでも僕の設計だ」
ルシアンは炉を見る。
言い訳をしない。
そこは昔から変わらない。
「全面回収ですか?」
私が監査官へ尋ねる。
「まだ配備前だ。計画を一時停止し、設計修正後に再試験する」
私はほっとした。
誰も死なない。
それで十分だ。
ルシアンが私を見る。
「修正版を一緒に作ってくれるか」
私は目を見開いた。
「頼みました?」
「ああ」
「本当に?」
「そこまで嬉しそうな顔をするな」
「では今から」
「ただし」
ルシアンが指を立てる。
「安全上必要な変更だけだ」
「余熱が余ります」
「余らせろ」
「お湯くらい」
「駄目だ」
「小型鍋」
「駄目」
「ミルク」
「絶対駄目だ!」
カイが隣で笑っている。
私は少し不満だった。
でも。
頼まれた。
だからその日は、必要な部分だけ直した。
かなり頑張った。
*
春灯炉は二か月後、改良版が正式採用された。
燃料効率は少し落ちたが、北境条件でも安全に動く。
ルシアンの処分は、主任職から一時的に外れるだけで済んだ。
妥当だと思う。
悪意も不正もない。
見つけにくい欠陥を、一つ見落とした。
それだけである。
むしろ彼は修正版の設計を最後まで担当し、北境向けの運転基準まで整えた。
「仕返ししないのか」
後日、カイに聞かれた。
「誰に?」
「ルシアンだ」
「以前からお前を北境へ飛ばそうとしていたんだろう」
「私は結果的に北境で満足していますし」
「腹は立たないのか」
私は考える。
「私も彼の研究室へ侵入しました」
「ああ」
「机も勝手に改造しました」
「ああ」
「防犯結界にミラーボールも追加しました」
「ああ」
「ミラーボールの色は好みが分かれますよね」
「そういう問題じゃないんだが」
「でも役に立ったものばかりです」
「やっぱり気づいてないな」
私は工房を見る。
ノアが春灯炉の記録を整理している。
マーサが差し入れを配っている。
外では雪解け水が流れていた。
「それに」
私は言った。
「ここへ来られたので」
カイは何も言わなかった。
ただ、私の頭を軽く撫でた。
私はそれを振り払わなかった。
*
それから季節が進んだ。
工房で働き。
ノアの道具を直し。
マーサのかまどへ余計な機能を増やし。
増やしすぎて怒られ。
カイに止められ。
たまに、止められる前に自分から聞いた。
そうしているうちに。
奉仕婚の満了まで、あと四か月になった。
最近、私はその数字が妙に気になっていた。
王都へ帰りたいわけではない。
地位が欲しいわけでもない。
魔導具院へ戻りたいとも思わない。
そんなことは、最初から大して重要ではなかった。
問題はもっと単純だった。
四か月後。
私はカイの妻ではなくなる。
その事実だけが、どうにも気に入らなかった。
その夜。
私はカイの部屋へ行った。
「相談があります」
「最近はよく相談するな」
「成長しています」
「自分で言うのか」
机の向かいに座る。
私は事前に整理してきた項目を読む。
「あなたの人生設計には、現在十二か所ほど改善余地があります」
「多いな」
「第一に働きすぎ。第二に睡眠不足。第三に自分の炉を信用しなさすぎ。第四に食事速度が速い。第五に」
「一番大きいのは?」
私は口を閉じた。
少しだけ緊張している。
魔導炉を分解するときには感じない種類の緊張だった。
「私との奉仕婚が、四か月後に終わることです」
カイが止まる。
「これは」
私は続ける。
「非常に重大な設計上の欠陥だと思います」
沈黙。
彼が顔を伏せた。
肩が震える。
「……笑っています?」
「すまん」
「私は真面目です」
「分かってる」
「どこがおかしいんです?」
「求婚まで改善提案なのか」
「まだ求婚していません」
「してるだろ」
「現状分析です」
「同じだ」
カイはしばらく笑ったあと、立ち上がった。
私の前へ来る。
「リディア」
「はい」
「俺からも改善提案がある」
「聞きます」
「奉仕婚を正式な婚姻に変更したい」
「妥当です」
「理由を聞かないのか」
「聞きます」
「お前が好きだからだ」
思考が一瞬止まった。
もっと理屈が来ると思っていた。
工房に必要。
北境に必要。
技術が必要。
そのどれでもない。
「……短いですね」
「悪いか」
「説明不足です」
「じゃあ追加する」
彼の手が私の頬へ触れる。
「勝手に物を改造するところも」
「はい」
「人の話を半分しか聞かないところも」
「半分以上聞いています」
「皇帝の真上でミラーボールを回して、色の選択しか反省していないところも」
「今は相談を覚えました」
「そうだな」
カイが笑う。
「全部込みで、好きだ」
私はしばらく答えられなかった。
胸の内側が、妙にうるさい。
これは故障ではないと思う。
たぶん。
昔の私なら、自分一人で結論を出していた。
奉仕婚が終わるなら、次にどうするべきか。
自分で考え、自分で決め、それで終わりだった。
でも今回は違う。
これは私一人の話ではない。
だから私は、聞く。
「カイ」
「何だ」
「あなたは、四か月後も私にここにいてほしいですか」
彼は少しだけ目を見開いた。
「ああ」
「判断材料として聞いています」
「分かってる」
「重要な判断なので」
「ああ」
「あなたの意見を入れます」
カイが笑った。
「残ってほしい」
「仕事が便利だから?」
「それもある」
「正直ですね」
「でも、それだけじゃない」
彼は私を見る。
「お前がいないと、静かすぎる」
「良いことでは?」
「俺はもう、少しくらいうるさい方がいい」
胸の奥が熱くなる。
「工房も?」
「ああ」
「家も?」
「ああ」
「あなたも?」
「ああ」
それなら。
答えは簡単だった。
「私も」
言葉を選ぶ。
甘い言葉は得意ではない。
だから、私なりに。
「今後、大規模な魔改造を行う前には、あなたへ相談したいと思っています」
カイが固まった。
「……それは」
「はい」
「相当好きってことか?」
「かなり」
「分かりにくいな」
「私としては最大級です」
彼がまた笑った。
「なら、正式に妻になってくれ」
「はい」
「即答だな」
「そこはもう検討済みです」
「いつから」
「たぶん、あなたが『やる前に聞け』と言った頃から」
「早いな」
「ただし」
私は指を一本立てる。
「求婚には改善点が四つ」
「明日にしろ」
「一つ目だけでも」
「駄目だ」
「では二つ」
唇を塞がれた。
仕方がない。
その夜だけは、改善提案を延期した。
*
三年後。
ヴァルグレン工房の試験場で、私は若手技師の新型暖房炉を眺めていた。
「二十三か所」
「うわああああ!」
十九歳になったノアが頭を抱える。
「今回は自信あったのに!」
「去年より四つ減っています」
「それ、旦那様と同じ褒め方です!」
工房の奥から、書類の束を抱えた男が歩いてくる。
「何の騒ぎです」
ルシアン・ベルクだった。
春灯炉の一件以降、彼は北境の実地試験制度を整えるため、王立魔導具院から定期的に派遣されるようになった。
一年後。
なぜかそのまま北境技術監査部へ転属した。
そして。
私が北境技術監査責任者になったため。
彼は私の副官になった。
着任初日。
人事辞令を読んだルシアンは、しばらく無言だった。
それから、
『僕は何のために君を北境へ飛ばしたんだろう』
と呟いた。
世の中とは不思議なものである。
「ルシアン」
「何です」
「二十三か所あります」
「はいはい」
彼は流れるように紙を取り出した。
「安全上の優先箇所から分けます。あと、奥様が勝手に面白機能を追加したいだけの案は別紙です」
「なぜ分かるのです?」
「三年もあなたの後始末をしていれば分かります!」
非常に有能だった。
私が思いついた改造案を、どこまで採用し、どこから止めるか。
判断も速い。
私より私の扱いが上手いのではないかと思う。
「ルシアン」
「何です」
「あなた、私の右腕に向いていますね」
彼の手が止まった。
「やめてください」
「褒めています」
「あなたを遠くへ追いやった結果、その土地であなたの部下として最適化されていく自分について、時々真剣に考えるんです」
「適性ですね」
「そういう結論にしたくない!」
「昇給申請します?」
「……お願いします」
実利には弱い。
そこも扱いやすい。
工房の向こうから、幼い女の子が走ってきた。
「かあさま!」
三歳になる娘だった。
後ろからカイが来る。
「走ると転ぶぞ」
娘を抱き上げる。
カイが新型炉を見る。
「二十三か」
「はい」
「去年より減ったな」
ノアが感動した顔をする。
「旦那様だけですよ、僕を褒めてくれるの!」
「成長は成長だ」
私は炉へ目を戻した。
もう一つ、気になる箇所がある。
工具へ手を伸ばしかける。
そこで止める。
「ノア」
「はい?」
「もう一か所、見てもいいですか?」
ノアが少し迷う。
それから頷いた。
「お願いします」
私は工具を取る。
「頼まれました」
即座にルシアンが口を挟む。
「安全性能の範囲だけです」
「余熱が余ります」
「余らせてください」
「冬ですよ?」
「暖房炉なんだから部屋は暖かいんです!」
優秀である。
本当に。
外は今日も雪だった。
かつて私は、ここを世界の端だと思った。
罰として嫁がされた土地。
今では違う。
私が自分で選んだ夫がいる。
娘がいる。
頼んでくれる人たちがいる。
止めるべきところでは、ちゃんと止めてくれる人たちもいる。
そして、私と二度と働きたくなくて北境送りを画策した挙げ句、なぜか今では誰より上手に私の後始末をしている元ライバルもいる。
「奥様」
ルシアンが疲れた顔で言った。
「何です?」
「今、別のこと考えてませんか」
「まさか」
「本当に?」
「相談してから追加します」
ルシアンがしばらく私を見る。
そして深く息を吐いた。
「……成長したなあ」
なぜか少し遠い目をしていた。
「嬉しいですか?」
「自分でも分かりません」
「では、お祝いにクラッカーでも」
「絶対にいりません!」
工房中から笑い声が上がった。
私は今でも、直せるものを見ると直したくなる。
余った魔力を見ると、何か面白い機能を詰め込みたくなる。
皇帝陛下のお誕生日を祝ったことについても、悪意はなかったと今でも自信を持って言える。
ただ。
昔と一つだけ違う。
何かを変える前に、一拍だけ止まるようになった。
昔、皇帝陛下へ祝福を撃ち込んだ私を、王都は北へ送った。
その結果。
私は、頼んでくれる人たちに出会った。
だからこれは、処罰としては大失敗だったと思う。
少なくとも、私にとっては。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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