表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

押し付けられた変人王子は最推しでした。支えた結果、彼を見捨てた令嬢が後悔しています

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2026/03/17

「はぁ……」


自室で紅茶を淹れてもらいながら、私はため息をついた。


「ステラ様。どうかお心をお鎮めくださいませ」


侍女が静かにカップを差し出す。


「だって……あの噂の第二王子でしょう?」


「ええ、そうですね」


「根暗で変わり者すぎて、婚約者が逃げ出したって話よ……いいはずがないじゃない」


その噂はすでに王都の貴族界に広まりきっている。令嬢たちは皆、距離を取っているというのに。


侍女は肩をすくめた。


「旦那様は大変お喜びでしたよ」


「それは王家との縁談だからでしょう……まあ、それでも」


好きな人と結婚できるわけでもない。相手が誰であっても、大差はないのだ。


私はカップを置き、立ち上がった。


今日は第二王子との初対面。

どんな方なのか――せめて、常識的でありますように。



王宮の小広間に通されると、そこには穏やかな笑みを浮かべる少女――王太子妃殿下が待っていた。


「よくお越しくださいました」


私は丁寧に一礼する。


「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」


着席し、形式的な挨拶が続く。


……しかし、肝心の相手が見当たらない。


「……第二王子殿下は?」


王太子妃が、わずかに笑みを深めた。


「殿下は研究に没頭しておりまして。本日はどうしても手が離せないとのことでした」


――え。


婚談の場なのに?


「殿下は大変研究熱心なお方です。歴史の分野においては、すでに数多くの論考を発表しておられます」


「はあ……」


「……本当に優秀なのですよ?」


なぜそこまで強調なさるのだろう。


「殿下は少々不器用なところはございますが、誠実なお方ですの」


それ、言い換えただけでは――と思いながら、私は紅茶に口をつけ、視線を落とした。


「もしよろしければ、研究室をご覧になりますか?」


「研究室、ですか?」


「ええ。殿下の本領は、あちらにございますから。きっと印象が変わると思いますわ」


ご厚意を断る理由もない。


「……お願いいたします」


私は王太子妃殿下の後をついていった。



研究室は静まり返っていた。


室内の奥。大きな机に突っ伏すようにして、一人の青年がいる。背中を向けたまま、動かない。


長い銀髪が肩に流れ、猫背気味の背中にかかっている。その背中だけで、噂の輪郭が揃ってしまう。


――根暗そう。研究室と完全に同化している。


王太子妃殿下が一歩前へ出た。


「殿下」


返事はない。


「ギルバート殿下」


「……」


小さく息をつき、王太子妃殿下は青年の肩をつかんだ。


「殿下」


ぐい、と半ば強引にこちらへ向けさせる。


銀髪が揺れる。


そして――


――え。


眼鏡越しに、端正すぎる顔が現れた。


整った眉。長い睫毛。薄く形のよい唇。銀髪がさらりと頬を流れる。


「……っ!!」


推しが、いた――!!??


「殿下。こちらがステラ嬢です」


青年――ギルバート殿下は、無表情のまま私を見る。


「……ああ」


低く、落ち着いた声。


声まで完璧――。


私は慌てて一礼する。


「は、はじめまして。ステラ・エルグレインと申します。本日はお時間を――」


危うく噛む。


落ち着け。落ち着け、私。


私は前世の記憶を持っている。そして目の前の彼は、私の最推しだった。


前世で何度も読み返した漫画。メインキャラではなく、サブキャラの――


考古学者ギルバート様。


ギルバートはゆっくりと眼鏡を押し上げた。


「……婚談、だったか」


「ええ。ですから殿下をご紹介しようと……」


彼は小さく息をつき、視線を机へ戻す。そのまま椅子に座り直し、再び動かなくなった。


王太子妃のこめかみが、ぴくりと動いた。


けれど私は、彼をうっとり眺めていた。


尊い……。


無造作に机へ向かう横顔。鬱陶しそうに払いのける銀髪。紙をめくる長い指。


すべてが美しい。


見惚れている私を、王太子妃殿下がちらりと見る。信じられない、という顔をして――次の瞬間、ふっと微笑んだ。


「……では、あとはお二人で」


さらりと踵を返す。


去り際、さりげなく拳をぐっと握るのが見えた。



彼は原作より、五歳ほど年上らしい。


そのせいか、どこかくたびれた雰囲気がある。目の下にうっすらと影。こけた頬。髪も少し伸びすぎている。


だが、それも好きだ!


私は翌日も、その翌日も研究室へ通った。


「殿下。お食事にいたしましょう。研究者は体力勝負です」


「……今は必要ない」


「必要です」


「……」


「倒れたら研究が止まりますよ?」


その一言で、彼の手が止まる。


――ふふ。論理的思考の人だ。


「……五分だ」


「ありがとうございます」


私は心の中で、がっつりとガッツポーズをした。


研究室は散らかっていた。


書類の束が机の端から崩れ落ち、床には開きっぱなしの本。インク瓶の蓋も閉まっていない。


……研究室なのに、補佐がいない。


「殿下、この本……埃をかぶっていますよ」


「……」


彼は資料に視線を落としたままだ。


私は黙って本をはたき、机を拭き、本棚へ戻す。

通うたび、少しずつ片付けていった。


しかし彼は何も言わず、無関心だった。


――原作のまんま。よき!


そんなある日、私は気づいた。


壁際の棚。そこだけは、不自然なほど整っている。背表紙がきっちり揃えられ、年代順に並べられていた。


手に取ると、考古学の論文綴りだ。置いてある冊子は三年前で止まっている。


……たしか、彼が婚約者と別れた年。


「殿下」


「……何だ」


「こちらの論文、拝読してもよろしいですか?」


未来の妻が、夫の研究を知らないのは問題だもの。


彼の手がほんの一瞬止まる。視線だけが、わずかにこちらへ向いた。


「……好きにすればいい」


そう言って机に向き直る。


だが、ページをめくる音が響くたび、彼の指が机を――とん、とん、と叩いた。


……聞いている。


論文を読まれていることを、意識している。


私は気づかないふりをして、冊子を読み続けた。



しかし、論文をいきなり読み解けるはずがない。


……推しの論文が読めない。

これは、許されない。


私は家庭教師を雇い、本格的に古文書学を学ぶことにした。


王立大学の老教授は穏やかな人物で、授業の途中、ふとした折に口を開く。


「三年前までは、あのお方の発表は実に勢いがありました」


「そうでしたか……」


「その年を境に、発表が止まりましてな。共同研究者も、ほとんどが離れました」


「離れた……?」


「若い研究者には生活がある。成果が出なければ、別の庇護者のもとへ移る。それだけのことです」


悪意ではありません、と老教授は静かに付け加える。


「学問は、紙とインクと時間と金が要るのです」


私は小さく息をのみ、頷いた。


「支える者がいなければ、どれほど優れた理論も世に出ぬ」


その言葉は、私の胸に鋭く刺さった。



「殿下、発表はなさらないのですか」


紙をめくっていたギルバートの指が、ぴたりと止まる。


「……未完成を世に出す趣味はない」


私は一歩、踏み込んだ。


「もし他の研究者が、類似理論を先に発表してもよろしいのですか?」


彼は、ゆっくりと眼鏡を押し上げる。


「それが正しい理論なら、学問は前へ進む」


「殿下のお名前が消えても?」


「理論が残るなら構わない」


私は首を振った。


「世に出さないのは、学問への怠慢ではありませんか」


「怠慢だと?」


「ええ。研究者には、発見を世界に示す責務があります」


沈黙が落ちる。


やがて彼の指先が、机をとん、と叩いた。


「……資金がない」


「え?」


「図版の再作成、写本の精査、学会出張費……足りない」


それだけ言って、彼は視線を落とした。


通い続けるうちに、私は薄々気づいていた。王宮から十分な資金は出ていない。


「……国王陛下にお頼みにはならないのですか?」


「一度、申請はした」


「それで?」


「却下された。……後ろ盾を失った研究に、優先枠はないと」


それきり、殿下は資料へ視線を落とした。


……三年前から、発表は止まっている。


本来なら、婚約者である私が担うべきなのかもしれない。


けれど実家は潤沢とは言えず、学問に資金を投じる価値観もない。


ならば――。


 

数日後。


私は数枚の書面を整え、王太子妃殿下のもとを訪れた。


「王太子妃殿下、こちらをご覧いただけますか」


「まあ……何かしら」


「第二王子殿下の研究が、王家にもたらす利点と影響をまとめました」


王太子妃殿下の視線が、静かに紙面を追う。


前世で資料作成に携わっていた経験がある。要点を整理するのは得意だった。


やがて、王太子妃殿下は書面を閉じる。


「……利益構造が明確なのは好ましいですわ」


「はい。王家の利益です」


しばし沈黙。


それから、ゆっくりと微笑む。


「王太子殿下にお話ししてみましょう」


ほどなくして、研究室に新しい補佐官が一人配属された。図版制作費が承認され、学会参加の紹介状も届いた。


ギルバートは書面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


「……何をした」


推し活です、とは言わない。


「少し、勧めてみただけです」


「……余計なことを」


だが、その声はわずかに震えていた。



数カ月後。


王宮で夜会が開かれていた。


王太子妃殿下のもとへ、一人の令嬢が歩み寄る。


「あら、リリア嬢。こんばんは」


リリアは優雅に一礼した。


「殿下。ギルバート様、また発表なさるようになったのですね」


「ええ、そうなの」


王太子妃は穏やかに頷き、その視線をステラへと向ける。


「あの方のおかげで」


リリアの視線もまた、ゆっくりとそちらへ向いた。


「よかったですわ。……殿下は昔から、ご自分の世界を何より大切になさる方ですから」


リリアは周囲を見渡す。


「……今日も、お忙しいのでしょうね」


その瞬間。


「……来ている」


低い声が、背後から落ちた。


リリアが驚いて振り向く。


黒の正装に身を包んだギルバートが、そこに立っていた。身なりは整っているのに、どこか落ち着かない。視線が定まらず、足先がわずかに揺れている。


「殿下……」


そこへ、ステラが気づいて駆け寄る。


「殿下」


自然な動作で、ギルバートの腕を取る。


「……」


ギルバートは短く息を吐いた。


ステラが小さく、ぼそりと付け加える。


「資金のためです」


「……聞こえている」


「行きましょう。ご紹介したい方がいて、

あちらに王立学会の理事がいらっしゃいます」


「……」


ステラに半歩引かれる形で、ギルバートは歩き出す。


二人の背中が、会場の中央へ向かっていく。


リリアは、その後ろ姿を静かに見つめていた。


その視線は穏やかだ。

けれど指先だけが、強く扇を握っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!

ブクマや感想・評価など頂けたら、励みになります!


◆王太子妃視点

婚約者に捨てられた変人王子を、世話焼き王太子妃が立て直した結果

https://ncode.syosetu.com/n8648lx/


◆ギルバート視点

婚約破棄された変人王子、気づけば推し活令嬢に囲われてました

https://ncode.syosetu.com/n2828ly/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ゴローさんの世界でしたか。 それにしてもいくら王子でも初顔合わせの場に表れないし、ボンボン育ちのせいか資金稼ぎという発想もないし、端から見たら穀潰しのロクデナシですな。推しで良かったね。
普通にいい話と思ったら、ゴローちゃん聖女様では無いですか?! この聖女様好きだけど、ちょい蛇足に感じました(全部持っていくんだもん) この世界どのぐらい転生者居るんだろう?
 好きな分野を追究するのにも、勧めたい人物を支援するのにもお金は不可欠、世知辛いですが分かりやすいともとれまする。  部下からはそれなりに慕われているものの、私生活が乱れ気味でもほっとけない人物と考古…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ