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2話「腕が取れた巫女」

──いやいやいや、人間は腕取れないから!


心の中で思い切りツッコんだ。

でももちろん、口には出さない。

怖いから。


さっき彼女は、自分の腕をお化けに差し出した。それはもう軽い感じで。

その瞬間を、私は確かに見た。

でも目の前の彼女──供珀くはくさんは、何事もなかったようにしているわけで。

いまも顔色ひとつ変えず、袂から途切れた腕を覗かせて、その断面を指先でいじいじしていた。


「うぉぉぉお!?」


「あ?うるさ。何」


「何、じゃないです!正気ですか!?」


「わたしは正気だが」


「その冷静さが正気じゃない!!腕取れてるんですよ!?触んない!そもそも痛いとかそういうのないんですか!?」


「取れるから」


「いやいやいや、人は腕取れないから!」


「騒々しい。ほら、見ろ」


彼女はそう言うと断面を私の方に向けた。

反射的に両手で目をふさぐ。しかし好奇心は何とやらと言ったもので、指のすき間からちらりとのぞき見た。


袂から覗く腕の断面は、機械だった。

銀の板が何重にも噛み合い、糸のように細い配線がじんわりと光を帯びている。走る黄緑の液体が血のようにも見えた。それがまるで心臓の鼓動みたいにとくん、と震えている。


「人間だろ」


「どのへんが!?」


「全部だよ」


供珀さんは面倒くさそうに指先で断面の端っこをつまむと、かちり、と軽い音を立てた。

その瞬間、腕の皮膚の部分から内側に向かって金属の縁が花びらのように閉じて、断面がなめらかに塞がる。


「ほら」


「何がほら、なんですか!?」


供珀さんは私の動揺など意に介さず、ふうと短く息を吐き空を見上げた。

そして掌を上にして、差し出す。

まるで、空から何かが落ちてくるのを確かめるように。


その仕草につられて、私も空を見た。

夕焼けはやけに長く留まり、まるで壊れた時計の針みたいに沈まない。

時間が、息を止めているようだった。


「……ここ、どこなんですか」


思わず呟く。


「どこって、ここはこっちだよ」


「……説明になってませんけど」


「お前がいたところと別の場所」


「......。」


その言葉が、ゆっくりと胸の奥に沈んでいく。

まるで夕焼けに飲まれるように、現実感が遠ざかっていった。

私の知っている世界のどれにも当てはまらない。

未来でも過去でもなく、ただ夕焼けだけが永遠に残された世界。


「どうせならもっと楽しげな所が良かった...」


私は大きくため息をついた。


「じゃあ行くぞ」


供珀さんは私のあからさまな落胆を無視して、話を続けた。


「行くって...どこにですか...」


「家」


「...誰の」


「わたし」


「な...なんで?」


「連れてこいって言われたから」


「誰に?」


「男」


「ど、どの?」


「知り合いの」


「具体性がない!?どこの誰!?」


私のツッコミも虚しく、 供珀さんは無表情のまま、空の赤を映した瞳で言った。


「生贄を連れてこいって」


「だから具体性が、……いけにえ?」


突飛な言葉に思わず固まった。

イケニエ。

頭の中に浮かぶのは生贄の文字ただひとつで、

お姫様が攫われそうな話でしか聞いたことがない。


「龍とかお姫様とかいる?」


「いない。生贄。お前の話だよ」


「お前って、私……!?」


「そうだよ」


私は改めてこの巫女さんが、ヤバい人だとようやく本気で思った。


「じゃ、行くよ。生贄」


彼女は私を生贄と呼んだ。

反論すべく、私は声を大にして言った。


「生贄生贄って、私にも立派な名前が──」


その瞬間、冗談みたいに空気がひと欠けらずつ剥がれ落ちていく気がした。

供珀さんの声だけが、夕焼けの中でやけに澄んで響く。


「生贄に名前なんていらないよ」


空気が止まった気がした。


私の言葉も供珀さんの言葉もそこで途切れる。

喉にひっかかったみたいに、出てこない。

自分の名前。呼ばれ慣れたはずの音。

どれだけ頭を振っても、白紙のページをめくるばかりだった。


夕焼けが、動かなかった。

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