表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

私の一番好きなもの

作者:
掲載日:2025/10/25

私はママが大好き、世界中の誰よりも。

そんなママも、私が大好きだった。


すっかり明かりが消えた空の下、私は部屋で1人考える。昨日はママと公園へ、今日はママとお買い物へ、明日はどこへ行こうかな。


朝の合図で目を覚まし、いつものようにリビングへ。朝食はいつも家族みんなで食べるの。って言っても、6歳の私とママだけ。ママとの時間はとっても楽しい。

「本当に食べちゃいたいくらい可愛いわ。」とママ。これはママの口癖。いつも私にこう言うの。「私美味しそう?」と私。「ええ、とっても。」とにこにこしながら話すママ。「私ママに食べられても平気よ?ママのお腹の中にいたんだもの。」と私。


ママとの優雅な朝食が終わり、食器を洗うママの元にかけよって、上機嫌な私は聞いた。

「ねえママ、今日はどこへ行くの?」

「そうねえ、誰もいないところ。」

「どうして?」

「あなたと二人になりたいわ」

「でも、おうちではいつも二人きりよ?」

「お隣のおばさんがいるでしょ?もっともっと二人きりになりたいのよ。こんなに可愛いんですもの。ずっと独り占めしてたいわ。」

ママはそう言って、濡れた手をタオルで吹いてから、私の頬をゆっくり撫でた。


ピンポーン

家のチャイムがなり、私は勢いよく戸を開ける。冷たい風が家の中へ入ってきた。そこに居たのは友達のリカちゃん。

「一緒に遊ぼう!」とリカちゃん。

今日もママとお出かけが、、。私は何かを尋ねるようにママを見た。するとママはニコッと微笑みこう言った。

「せっかく来てくれたんだもの。お出かけならお昼をすぎたら行けばいいわ。リカちゃんとふたりで遊んでらっしゃい。暖かくしてくのよ。」

ママの言う通り、私は上着を着てからリカちゃんと公園へ行くことにした。


砂場でおままごとをしていると、リカちゃんは嬉しそうに話し出した。

「あのね!私のママはリカが世界一可愛いって言ったのよ!食べちゃいたいくらい可愛いんですって!」そう言って、リカちゃんは滑り台に小さな泥団子をひとつ乗せた。

「そんなの嘘よ!私のママは私が1番可愛いって言ってたもの。」私は2つ目の泥団子をリカちゃんの作った団子の隣にちょこんと置いた。すると、葉っぱのサラダを作り始めたリカちゃんはこう言った。「じゃあ、ままに食べられたことあるの?」私はしばらく考えてからこう答えた。「きっとあるわよ!私はママのお腹から出てきたんだもの!」リカちゃんはきょとんとした顔で私に聞いた。「じゃあなんでここにいるの?可愛く無くなったから?」滑り台に3つ目の泥団子を乗せてから、私はにっこり答えた。「きっとまた食べてくれるわよ!私は世界一可愛いんだもの。」


リカちゃんと真っ黒な手をつなぎながら家へ帰ると、甘い香りと大好きなママが待っていた。「おかえり!おやつにクッキー焼いたから、手を綺麗に洗ってらっしゃい。」

白くなった手でクッキーを持つ私とリカちゃんを、ままはずっと見つめていた。

「ごちそうさまでした!私もう帰るね。バイバイ!」そう言ってリカちゃんは家に帰った。


そして時計の針がしばらく進んだ頃、ママはワクワクしたように私に言った。「お出かけしよっか!2人で楽しいとこ行こ!」

私とママはバスケットに入ったサンドイッチを持って車に飛び乗る。この車はいつも楽しい場所に私とママを連れてくの。


私の大好きな曲を流しながら車が案内した場所は、全く人気のない空き地。あたりはすっかり暗かった。

「ねえママ、ここはどこ?」

「ずっとここにあなたを連れてきたかったの。」

「どうして?」

「あなたが可愛いからよ。あなたがいれば何もいらないわ。ああ、なんて可愛いの、食べちゃいたい。」ママはそう言って私を強く抱き締めた。私はママに抱き締められながら質問した。「ねぇママ、私の事次はいつ食べるの?」ママは私を体から離し、目を丸くさせ「どうして?」と。「私は世界一可愛いのよね?私の事愛してるわよね?」淡々と話す私の顔を見て、ママは何故か震え出した。そしてママは私の質問には答えてくれなかった。私はママのことが世界で一番好き。


綺麗な月の出る寒空の下。私はこの日、唯一の家族を失った。




ー20年後ー



「おはようママ!」

私の可愛い娘が起きてきた。もうすぐ4歳。

「おはよう。今日も可愛い、大好きよ。」

そう言うと、娘はにっこり笑ってみせる。

「だってママの子だもの。」

「食べちゃいたいくらい可愛いわ。あなたを一番愛してる。」私に抱きつく娘を見て、私は毎日今ある幸せを痛感する。


娘と楽しく暮らしていたある日、家のベルが鳴る。慌てて玄関へ向かうと、そこには2人の刑事が難しい顔をして立っていた。「なんでしょう?」恐る恐る刑事に聞く。

すると刑事の1人がゆっくり呼吸をしてから、淡々と話を始めた。

「あなたの20年前に亡くなったお母様の事件ですが、未だに未解決のままでして。まだ小さかったあなたは、本当に何も見ていないのでしょうか。」

私の胸が強く締め付けられる。「やめて頂けますか。あの日のことはもう思い出したくないんです。帰ってください。」そう言って、私は玄関の戸を閉めた。

大好きだった母、愛していた母。会いたい。私がいくらそう強く願っても、もう無理なのね。

6歳の時母を亡くし、それから施設で育った私。母は何者かによって人気の無い空き地で殺害され、母の遺体の一部は無くなっていたそうだ。ショックからか母が亡くなった日の記憶はほとんどなく、強い恐怖と怒りを感じていたことだけを覚えている。そんな過去を忘れさせてくれたのは、娘との幸せな時間だった。


「ママ大丈夫?」刑事2人が帰ったあと2階から降りてきた娘が、暗い顔の私を心配する。「大丈夫よ、ありがとう。今日の晩御飯何がいい?」そう娘に尋ねると、私を気遣ったのか、満面の笑みでこう答える。「ママの一番好きなもの!」本当に優しい子。「じゃあお買い物行こっか!」


娘とふたりで近くのスーパーへ行き、買い物を済ませた。「ママの一番好きなものって何?」娘は運転する私を真っ直ぐ見つめる。「そーねー。夜ご飯になれば分かるかな。」助手席にちょこんと座る娘はにっこりと笑った。

すると私は、ふと、母のなくなった事故現場に行ってみたくなった。私は20年間1度も、そこに足を運んだことは無い。しかし、今日来た刑事のせいだろうか。そこに行けば、なくなった母に会えるような気がした。


空き地に着き、私と娘が車を降りる。「ここどこ?」周りをきょろきょろと見渡す娘。「ここにはね、きっとあなたのおばあちゃんがいるのよ。」娘は不思議そうな顔をする。「私のおばあちゃん?」「そう。」

冷たい風が私の頬をそっと撫でる。その風はなんだか母のようだった。息が白くなるほど寒い夜。あの日もこんな日だったな。私の心もだんだん冷えていくのを感じた。

「ヘクシュン!!」娘が1つ小さなくしゃみをする。私は娘を強く抱き締めた。「ママあったかい」娘の温もりは私にも伝わる。「大好きよ。ママはあなたが一番好き。あなたを誰よりも愛してるわ。」そう言わずにはいられなかった。


この日私は再び、唯一の家族を失った。

そしてこの日の晩御飯は、私の一番好きなものが、食卓に並んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ