表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

第4章|郵便という存在証明

朝露を含んだ道を、ファヒームはゆっくりと歩く。

肩にかけた布鞄には、手紙が五通、政府からの年金通知が三通、そして色褪せた絵葉書が一枚。


道沿いの家々は日干しレンガでできており、屋根には衛星アンテナが不格好に据えられているが、テレビは電力不足でほとんど映らない。


野良牛がゆっくりと通りを横切り、竹箒を持った女性が石畳を掃いている。

井戸からは子供たちのはしゃぐ声が響き、地面にこぼれた水が朝日にきらめいた。

空は青く、地平線の先まで薄くかすんでいた。


ファヒームの足取りは、村の地図を記憶したかのように正確だった。

最初の家では、片耳の遠い老人が玄関先に座っていた。


「ファヒームか。まだおまえは歩いてるのか」


「はい、ババ。今日は絵葉書もありますよ」


彼は慎重に封筒を取り出し、老いた指に押しつけるように手渡した。

老人の目が一瞬潤む。

「息子からか?」


「はい。アラハバードの消印です」


「そいつは……元気にやってるのかね」


「ええ、工場で新しい仕事に就いたそうです」


家の奥からは、薬缶が沸く音がした。ファヒームは断って次の家へと向かった。



かつて郵便局は村の中心にあった。

だが、今では局員も減り、配達業務も外注された。

ファヒームは正式な職員ではなく、村に暮らす半ばボランティアのような存在だった。


一部の住民は、もう彼を必要としない。

年金はスマートフォンのアプリで直接通知され、指紋認証で引き出せる。

だが、村の半数以上が、読み書きに不自由し、機械に恐れを抱いていた。


午後、彼は共同井戸の脇で、配達物を整理していた。

通りすがりの若者が声をかけてきた。


「いつまで歩くんだよ。アプリ使えば済むのに」


ファヒームは苦笑した。

「手紙は読むまで届いたことにならないんだ」


「へえ、でも読む人がいなきゃ、どうなる?」


「……そのときは、届ける意味も一緒に消えるのかもしれない」


若者は肩をすくめて去っていった。


夕方、彼は最後の一軒を訪れた。そこには、寝たきりの老婆が寝息を立てていた。


娘が表に出てきて、手紙を受け取った。

しばらく見つめた後、静かに言った。


「この人には、もう届かないかもしれません」


ファヒームはうなずき、目線を逸らした。


「でも……届けなければ、届かないままです」


娘は手紙を胸に当て、家の中へと戻っていった。


ファヒームは深く頭を下げ、ゆっくりと家を後にした。


郵便鞄は軽くなったが、彼の胸の内には、言葉にできない何かが残っていた。


月が昇りはじめた村の空には、あらゆる音が静かに吸い込まれていった。

乾いた土と煙の匂いが、夜風とともに彼の衣に染み込んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ