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第2章|教えることの孤独

■ 第2章|教えることの孤独


モンスーンの雨が、教室のトタン屋根を叩いていた。

パチン、パチンと規則正しく響く音が、アムリタの頭の中にも反響する。


彼女は、黒板の前に立っていた。手にはチョーク。

だが、教室には椅子が20脚あるのに、生徒はわずか6人。

そのうち3人は、昨日も今日も来ていない。欠席の理由は分からない。

父親が急に連れてどこかへ行った子もいれば、兄弟が風邪を引いて、看病に回された子もいた。


「Xに2を足すと10になる数は……」

声が雨音にかき消される。手を挙げる子は誰もいない。

一人の少女が、筆箱の中で消しゴムを指で弄んでいた。


アムリタは、黒板に「X + 2 = 10」と書き、

振り返って、ふと沈黙した。


窓の外に、瓦屋根の一部が崩れ落ちたのが見えた。

村の中心にある郵便局はすでに閉鎖され、その建物は半ば壊れかけている。

一度も修繕されることなく、ただ時間だけが蓄積していた。


生徒たちの目がどこにも向いていないことを、アムリタは知っていた。

黒板ではない。彼女でもない。どこか遠く、声の届かない場所。



放課後。

アムリタは、学校の倉庫で古い教科書をめくっていた。

ページの端がちぎれかけ、湿気で紙が波打っている。


「この村には、まだ未来を語れる言葉が残っているのかしら」

自問のように、小さく呟く。


その瞬間、足元を小さな足音が通り過ぎた。

娘のミーナだった。制服を少し汚したまま、無言で母の横に立つ。


「ママ、今日ね、都市に進学したリティアお姉ちゃんの手紙が来てたよ」


アムリタはミーナの顔を見た。

まだ赤みの残る頬。だが、その目は幼くなかった。


娘を都市に行かせたい。

けれど、その先にある孤独や距離を、アムリタ自身が一番よく知っている。


「あなたは、行きたい?」


ミーナはしばらく黙っていた。

やがて、「……行ってもいいの?」とだけ言った。


アムリタは頷いた。

雨はもう止んでいた。

だが地面には、無数の水たまりが残っていた。

その一つに、空が映っていた。


その空は、教室で見るよりも、ずっと広かった。



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