第2話:魂ってなんだろう?(その2)
私の名前は星奈 結愛。
都内の某大学に通う、どこにでもいる普通の女子大生。
特に将来の夢があるわけでもないし、勉強に没頭するタイプでもない。友達と適度に遊んで、バイトもそこそこに学生生活を楽しみながら生きている。
そのバイトがちょっとだけ特殊で「二宮ラボ」という研究所で助手のバイト。
これはそんなバイトで経験した不思議な出来事を記録したものです…。
◆
「こんにちはー!今日もよろしくお願いします!」
大学の授業も終わり、私はラボに出勤すると元気よく挨拶をした。
「うむ」
所長が笑顔で答える。
……笑顔?
そんなに長い付き合いではないが、所長の笑顔はそうそう見た記憶がない。
「とても機嫌が良さそうですね?何か良いことあったんですか?」
「うむ。とうとう完成したのだ」
何が完成したのだろう?
所長の前を見ると、おもむろにピンク色のドアが立っている。
「……え、もしかしてこれって……」
「そうだ。猫型と称す青いロボットで有名なやつだ」
「作っちゃったんですか!?」
「我がラボに不可能はない」
え、こんなの作ったら、世の中変わっちゃうよ!
言葉にならない驚きをあげていると所長が言葉を続けた。
「これは先日の魂の実験の続きだ」
「は?」
意味がわからない。
「私は移動装置の移動手段にはざっくり2種類あると考えている」
「はぁ」
「1つは、2点の離れた座標をつなげるもの。ワームホールのようなものだな。離れた場所を空間的につないで移動する手段だ」
「どこでもドアはそのイメージですね」
「もう1つは、物質を原子レベルまで分解してデータ化し、転送先で再構築する手段だ」
「あーなるほど。そういう転送装置が出てくる物語もありますね」
「この装置は後者の装置だ。ドアを通ると転送されるようになっている」
「どこでもドアの見た目にする必要はないですよね……?」
「ドア型の方が場所を取らなくて便利だからだ」
「すみません、所長がそういうの気にするタイプとは思ってなかったです」
所長はメガネをクイッとあげる。
「そもそも座標をつなげる方法は非常に危険だ」
「そうなんですか?」
「繋げ先の空間があったものは一体どうなると思う。人がいたら大変なことになるぞ」
「……すみません、所長がそういうの気にするタイプとは思ってなかったです」
「君のそういう素直なところは好感がもてるな」
「やだ、セクハラ♡」
「……今後も忌憚のない意見が欲しい」
「で、これのどこが魂の実験なんですか?」
「転送後の人物は果たして同一人物と言えるのだろうか?」
「え?」
「物体を一度分解して転送、転送先で再構築するわけだ。それは同一人物と言えるのだろうか」
「同じじゃないんですか?」
「一度、再現可能な情報になっているわけだ。当然コピーも可能だ。2人になったらどうなるのだろうか」
「あ……」
私は言葉につまり、沈黙する。
確かに再構築できるということは、何人でも作れるということだ。
「……私は実験体になりませんよ!」
先手を打って拒否すると、所長は「ふむ」と少し残念そうな顔をした。
「まあ、君の意見も尊重しよう。まずは無機物からだ」
そう言って、所長は近くにあったリンゴを手に取ると、ピンクのドアを開けて中へ放り込んだ。ドアが閉まると、装置からウィーンという静かな駆動音が聞こえる。
ラボの反対の隅に設置された、同じデザインのもう一つのドアがカチャリと音を立てて開いた。そして、中からコロン、とさっきのリンゴが転がり出てくる。
「見た目は何も変わらないですね」
「うむ。次は生物だ」
「展開が早い!」
私のツッコミも虚しく、所長はどこからかネズミの入ったケージを持ってきた。
ネズミは無慈悲にも転送装置に入れられ、リンゴと同じように反対側のドアから出てきた。元気に走り回っているし、特に変わった様子はないように見える。
その時、モニターから声がした。
「所長、転送後のネズミの脳活動パターンに、0.012%の差異を観測した」
声の主は、1話の実験で作られた二宮AIだ。
彼(?)はそのままAIとしてラボに残り、実験を手伝ってくれていた。
「誤差の範囲か、それとも“個性”の揺らぎか……興味深いな」
リアル二宮はモニターのデータを見てニヤリと笑う。
「やはり、自分で試すしかないな!」
「え、ちょ、待ってください!」
私が止める間もなく、所長は自らピンクのドアを開けて中に入ってしまった。
ウィーン、という駆動音が先ほどより少しだけ長く響き、やがて止まる。
静寂。
私が固唾を飲んで見守っていると、反対側のドアが開き、中から無傷の所長が出てきた。
「ふむ、何も変わらんな。記憶も連続しているし、違和感もない」
「よかった……。もう、心臓に悪いですってば」
私が胸をなでおろした、その瞬間だった。
ガチャン。
今度は、所長が入っていった“転送元”のドアが開いた。
そして、そこからもう一人の所長がひょっこりと顔を出す。
「いや、こっちが本物だ」
「……は?」
リアル二宮が、二人になった。
片方のドアから出てきた所長Aと、もう片方のドアから出てきた所長B。二人は瓜二つで、まったく同じ服を着て、まったく同じメガネをかけている。
「どういうことですか!?」
「ふむ。どうやら物質を消去するプロセスが失敗したらしい。結果、私を“カット&ペースト“ではなく“コピー”してしまったわけか」
所長Aが冷静に分析する。
「面白い。どちらも転送直前までの記憶を持っている。では、魂はどちらに宿っている?」
所長Bが面白そうに問いかける。
二人の所長は、お互いを値踏みするように見つめ合い、そして同時にメガネをクイッと上げた。
「「テセウスの船の問題が、今ここで実証されたわけだ」」
「船の部品を少しずつ交換していき、全ての部品が入れ替わった時、その船は元の船と同じと言えるか、という思考実験だな」
所長Aが言う。
「我々は原子レベルで再構築された。もはや転送前の我々とは別人であり、かつ、記憶という連続性において同一人物だ」
所長Bが続ける。
「そもそも、記憶の連続性すら怪しいものだぞ」
所長Aがニヤリと笑う。
「“世界5分前仮説”というものがある。この世界は、全ての記憶や記録を含めて、たった5分前に創造されたのかもしれない。我々が“今まで生きてきた”と感じている記憶すら、植え付けられた偽物である可能性を否定できない」
「ふむ。つまり、この現象は転送によって“新しい世界”が創造されたとも解釈できるわけか」
「その通りだ。我々二人は、全く新しい二つの宇宙の観測者なのかもしれない」
「お二人とも、そもそも我々の“魂の定義”から議論を始めるべきでは?」
モニターの中の二宮AIまで参加してきて、ラボは壮大な哲学問答の場と化した。
そのカオスな状況を横目に、私は冷静に言葉を発する。
「……時間になったので帰りますね。お疲れ様でしたー」
「「「待て、星奈くん」」」
三つの声が、完璧に重なった。
私はゆっくりと振り返り、精一杯の笑顔を作る。
「あのう……明日から私、どっちの所長の指示を聞けばいいんですか?」
私の極めて実務的な問いに、二人のリアル所長はピタリと議論を止め、顔を見合わせた。
「む、確かに。指揮系統が二つあるのは非効率的だ」
「指示が矛盾する可能性があるな。実験の妨げになる」
「じゃあ、どうするんですか?」
私が尋ねると、二人はまた「私がオリジナルだ」「いや私が」という議論に戻りそうになる。もう、埒が明かない。
「ああ、もう!ややこしい!」
私は、つい声を荒げてしまった。
「さっき入ったドアに、今度は二人で一緒に入ればいいじゃないですか!そしたら一人に戻るんじゃないですか!?」
ヤケクソで言った私の言葉に、二人の所長はピタリと動きを止めた。
その時、二宮AIが即座に反応した。
「なるほど。逆転送によるデータ統合ですね。二つの身体情報をスキャンし、一つのデータセットとしてマージする……。転送先で再構築すれば、理論上は可能だ。今から転送シーケンスにパッチを当てて、二人分のデータを統合するマージプログラムを実装します」
モニター上で、凄まじい速度でコードが書き換えられていくのが見える。AIってすごい。
「よし、プログラム修正完了。これで二人同時に転送すれば、一つの身体に統合されるはずです」
「星奈くん、君は時々、凡人ゆえの発想で我々の思考を飛び越えるな!」
「最高の助手だ!」
……別に褒められてる気はしない。
二人の所長はすっかり意気投合し、肩を組んで転送元のドアに向かった。
「では、行ってくる!」
「うむ。魂の統合を体験してこよう!」
そうして二人でドアの中へ消えていく。ウィーン、という少し長めの駆動音の後、静寂が訪れる。
やがて、カチャリとドアが開き、中から一人の所長が姿を現した。
私は恐る恐る尋ねる。
「……あの、所長……ですか?」
所長はメガネをクイッと上げ、満足げに頷いた。
「うむ。記憶は完全に統合されている。二人分の視点と、先ほどの議論の内容も全て覚えている。実に興味深い体験だった」
ああ、よかった。一人に戻った。……けど、ただ見てるだけだったので異常に疲れた。
私が心底疲れ切ったため息をついていると、所長はキラキラした目で私を見た。
「この貴重なデータを元に、次の実験テーマが決まったぞ!」
「時間になったので帰りますね!お疲れ様でしたー!」
私は所長の言葉を遮り、猛ダッシュでラボを後にした。
——結局、魂は一つに戻ったらしい。でも、あの人の探究心と面倒くささは、確実に増した気がする。




