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第1話:魂ってなんだろう?

私の名前は星奈ほしな 結愛ゆあ

都内の某大学に通う、どこにでもいる普通の女子大生。

特に将来の夢があるわけでもないし、勉強に没頭するタイプでもない。友達と適度に遊んで、バイトもそこそこに学生生活を楽しみながら生きている。


そのバイトがちょっとだけ特殊で「二宮ラボ」という研究所で助手のバイト。

これはそんなバイトで経験した不思議な出来事を記録したものです…。



その研究所は都内の外れに謎に大きな敷地内にある。

中で働いているのは私と“二宮”という若い男性の二人だけ。


二宮はどうやらかなりの資産家らしい。いわゆる“ボンボン”だ。

大学卒業後、就職せずにこのラボを作り、研究に明け暮れている。本人曰く「世界を震撼させる超スケールの研究」をしているらしい。

私はただ「時給がいいから」という理由だけでバイトに応募し、いまは“助手”という名の雑用係をしている。


そんな私が今日もラボに来て、いつものように「お茶、いれますねー」と言いながら湯沸かし器を操作していると、ラボの中心にある大きな机に向かってデータを眺めていた所長である二宮が声を上げた。


「星奈くん。今日は来客が来る予定になっている。」

「へえ、そうなんですか。珍しいですね。何をするんですか?」


差し出した湯呑みを片手に、私は二宮の顔を覗き込む。彼は細身のメガネをくいっと上げながら、さらりと言った。


「降霊だ。」

「……こうれい?」

「うむ。つまり、イタコ、霊媒師を呼んだ。」

「はぁ。」


いつにも増して変なことを言っている。カーテンの閉まった室内は薄暗く、パソコンの画面の光だけがぼんやりと二宮の表情を照らしていた。


「魂とは何だろうな。」

「はぁ。」


何と返せばいいのか分からず、曖昧な声を出すしかない。


「昔、アメリカの医師が“人間の魂の重さは 21 グラムだ”って研究発表をしたのは知っているか。ダンカン・マクドゥーガルという人物が、人間が死ぬ際の体重の変化を記録することで魂の重量を測ろうとした。実際には実験方法やサンプル数に問題があって、科学的には信憑性が低い話だがな。」

「たった 21 グラムなんですか。豚肉だったら 40 円くらい……ですよね。」

「……ふむ。今度もっと良いお肉をあげよう。」

「ラッキー。ボンボンがくれるお肉って、いくらぐらいするんだろう。」


つい本音が漏れてしまった。


「……本音と建前が逆になってるな。相変わらず君の思考回路は興味深い。」

「やだ、セクハラ♡」

「……チューリングテスト、いや知らないか。ChatGPT なら分かるな?」

「はい、知ってますよ。大学のレポートで大活躍してますから。」

「……ChatGPT の基礎となる技術は“Transformer”だが、すごくわかりやすく言えば“文字予測”だ。ある文字が来たら、次に来る確率の高い文字をつなぐことで文章を作っている。つまり、ただ学習データに基づいて確率に従って文字を並べるだけで人間のように振る舞うことができるということだ。」

「へぇ、そうなんですか。すごいですね。じゃあ、私がいま喋ってる言葉も確率的に高い文字を並べてるだけなんですかね。」

「そこで我々は思い知らされるわけだ。人間は思ったほど高尚な存在ではないのかもしれない、とな。では、“人が人たらしめる魂”とは何なのか。」

「はぁ。」

「だからイタコを呼んだ。」

「……はぁ。」


この人は頭良いのか悪いのか。頭の悪い私にはわからない。


ピンポーン。

ラボのインターホンが鳴る。


「来たか。お客さまをここに通してくれたまえ。」


玄関のモニターで確認すると、ひとりの老婆が立っていた。古めかしい衣装をまとい、何やら数珠のようなものを握りしめている。

服装だけなら「それっぽい」感じはあるものの、どこかあやしげな空気も漂う。


通されたイタコさんは、軽く自己紹介をすませると、早速二宮が本題を切り出す。


「いきなりだが、“星奈くんの亡くなったおばあちゃんの霊”を降ろしてもらいたい。」


「え、聞いてないですよ!」と私が心の中で声を上げるていると、二宮とイタコは話を進める。


「ふむ。いつ亡くなったのじゃ?どういう人じゃった?」

「つい最近だ。とても明るい御仁でな。そうそう、カラオケが大好きでね。とても良い人だったよ。」


しんみりした顔をしながら故人を偲ぶかのように話す二宮。私のおばあちゃんの人となりについて一通り会話をするとイタコさんは何やらぶつぶつと呪文めいたことを唱え始める。

ラボの奥の機械類が放つ金属の香りに混じって、やたらと古臭い線香のような匂いが漂ってきた。

やがてイタコさんはブルブルと震え出し、低い声で喋り始めた。


「おお……久しぶりじゃのう……。元気にしてるか……?」


私は驚きで目を見開く。言葉に詰まる私に、二宮がうながした。


「どうした、答えてあげなさい。」

「……あのー、本当にばあちゃんの霊なんですか?」

「そうじゃ。もう忘れてしまったんか?」

「…いや、うちのばあちゃん、昨日もカラオケに行ってたんですけど。めっちゃ生きてますけど。」


イタコさんは明らかに動揺し、口をパクパクさせながら二宮のほうを振り返る。

二宮は冷静に一言、


「ふむ……やはり偽物か。」


気まずい沈黙が場を包む。

そう、この人は会ったこともない生きている私のおばあちゃんについてしんみりと語っていたのだ。イタコさんは「それは反則じゃろ……」と小さな声で言い残し、そそくさと帰っていった。

私は何とも言えない空気に耐えきれず、二宮に声をかける。


「で、所長。今日はこれで終わりですか? もう帰ってもいいですか?」

「いや、これからがメインディッシュだ。」

「牛肉ですか?」

「お肉の話はもういい……」


二宮は呆れ気味に言いながら、ラボの奥へ歩く。そこには見慣れない大きな装置が鎮座していた。

金属パネルがぎらぎらと光を反射し、ケーブルが何本も這うように伸びている。複数のモニターには、よく分からない数値や波形が絶え間なく表示されていた。


「星奈くん、これは私が作り上げた“脳情報完全記録化装置”だ。人間の脳内活動を余すところなくスキャンして、電子データとして保存できる。簡単に言えば“脳のコピー機”というわけだ。」

「……脳の CT スキャンとは違うんですか?」


私が眉をひそめながら尋ねると、二宮は得意げに鼻を鳴らす。


「違う。CT はあくまで形状データだが、これは脳内のシナプスの動きや記憶のパターンまで再現できる。二宮財閥の資金力を駆使して作った、この世に二つとない機械だよ。もっとも、公表するつもりはない。私の研究だけに使うつもりだし、この機械は目標に対する過程でしかない。」


確かに、ただごとじゃない装置なのは素人目にも分かる。

むしろ魂とやらの話よりもこの機械の方が凄いと思うのだが、所長の考えていることは常人には理解ができない。


ケーブルがうねる床を見渡しながら、私は何とも言えない不安を感じた。


「……で、それを使って何をするんですか?」

「私をスキャンして、AI 化した“もう一人の私”と会話する。」

「なるほど。それが今日の本命ですね。で、実験はどうやるんですか?」

「まずこのスキャナーで脳内をスキャンする。そのデータをコンピュータが解析して、アバターを与える。いわゆる“二宮 AI”を誕生させるわけだ。そいつと対話して、魂があるかどうか検証する。」


内心、この検証にイタコの婆さんは必要だったのだろうかと思ったが、優秀な助手である私はそのことを思っても口にはしない。


二宮は大きく胸を張り、端末のスイッチを入れると、モニターに脳波のような波形がリアルタイムで描かれ始める。

意味不明な英数字が凄まじい速度でスクロールし、装置からは低いうなりが響く。

その音がラボの無機質な空気を震わせ、私はなぜか背筋に寒気を覚えた。


数分後。モニターに「COMPLETE」という文字が表示され、ゴウンゴウンという音が止む。

二宮は満足げに笑みを浮かべる。


「終わったか……。」

「この後は?」

「クローン AI を起動する。」


ワークステーションらしき大型コンピュータに向かい、二宮が何やら操作をする。

しばらくすると「これで OK だ」とつぶやき、エンターキーを押す。


モニターには人型のシルエットが浮かび上がり、輪郭だけだった映像がみるみる髪型や顔立ちを形成していく。

最後には二宮と瓜二つのアバターが表示された。まるで CG ゲームのキャラがリアルタイムで作られているみたいだ。

そして数秒の沈黙の後、アバターの口元が動き、声が響く。


「……ここは……? お? おい、星奈くん、聞こえてるか?」


私は思わず身を乗り出した。


「えっ、本当に喋ってる! しかも私の名前まで……」

「何を言ってるんだ。私のことを忘れたのか?……ん?……ああ、そうか。今、私は AI になったのか。」


声質からイントネーションまで、リアル二宮とまったく同じ。

私は素直に感嘆の声を上げた。


「私よ。“AI になった”気分はどうだ?」

「思ったよりなんともないな。私は私だと思っているし、特に違和感はない。」


うーん、と二宮は考え込む。


「とりあえず動作は正常なようだ。しばらく検証を続ける必要があるな。」

「すごいですね、こんなに簡単に自分のコピーができちゃうなんて……。」


二宮 AI(以降は「二宮 AI」と呼ぶ)はモニター越しにきょろきょろと視線を動かし、私たちを観察しているようだ。

カメラを通じてラボ内を把握できるようだ。


やがて二宮 AI が提案してきた。


「星奈くんもコピーしてみるか? せっかくだし、データを増やせば実験が捗るだろう。」

「いやいや、私の脳をコピーして何になるんですか。遠慮します。」

「そうか……人によってコピー後の反応がどう変わるか知りたいのだが。」

「絶対いやですって。もう一人の自分がここで勝手に動いてるとか落ち着かないですよ。」

「ふむ、仕方ない。気が変わったら言ってくれ。」


二宮 AI は「では次のサンプルを起動するのはどうだ」と言い、リアル二宮も同意する。


「実はさっきのニセイタコの婆さんを、こっそりスキャンしておいた。」

「はぁぁ!? 何やってるんですか!」


思わず声を荒げてしまう。いくら何でも勝手にそんなことしたらまずいだろう。

え、もしかしてそのために呼んだの?

私が非難の声をあげても二宮はどこ吹く風だ。


「サンプル数は多いほうが良い。それに相手が知るはずもない。」

「絶対バレたら怒られますよ……。」

「構わん。必要なら金は払う。さあ、起動するぞ。」


二宮はまた端末を操作し始める。私はスマホを取り出し、SNS を開きながら「うちの所長は倫理観ゼロかよ……」と半ば呆れながらツイートしていた。


すると二宮がモニターを指差して声を上げる。


「ふむ……面白いことになってるぞ。ニセイタコ AI を起動したら挙動がおかしい。ほら、モニターを見てみろ。」


そこには先ほどの老婆の姿……ではなく、歪んだ顔のアバターが表示されていた。

髪の毛が半透明のようにちらつき、ノイズのような呻き声が断続的に流れてくる。いかにもホラー映画じみた光景だ。


「うわ、こわ。何これ……ホラーですか?」

「AI が錯乱状態に陥っているようだ。自分は本人だと信じているようだが、AI であることを伝えたら様子がおかしくなった。」


モニターにはエラーコードらしき文字列が延々と流れ、アバターは形を保てずゆらゆらと揺れている。

断片的に「うそ……わし……どこ……」「わしは……本物……」などと聞こえるが、まるで支離滅裂だ。

やがてアバターは崩壊し、モニター上には「FATAL ERROR」の真っ赤な文字が表示される。


「……これって自我の崩壊、みたいなものなんですか? 怖いんですけど。」

「なるほど、こうしてまともに動かないケースもあるわけだ。あの婆さんの認知では“降霊の最中に突然身体がなくなり、知らない世界に放り込まれた”ようなものだからな。」


まるで実験材料の壊れ方を観察するかのように、二宮は冷静だ。その様子を見て、私は背筋が冷える。

何もしていない私が罪悪感を覚えている横で、彼は一切悪びれる様子を見せない。


そのとき、ラボのインターホンがもう一度鳴った。モニターを見ると、外国人風の女性と通訳らしき人物が立っている。

黒いドレスに身を包み、どこかゴシックな雰囲気だ。


「誰ですか?」

「今度は“本物”の霊能力者かもしれない。アメリカから招いたんだ。」

「……はぁ。」


時給が良いことには感謝だけど、私は呆れつつ二宮に促され女性たちをラボに通す。


やって来たのは、マデリンという名の霊能力者(自称)だった。

通訳を交えながら、二宮はすぐに「魂を証明したい」だの「ここで降霊してほしい」だの話を始めるが、マデリンは落ち着いた態度で聞いている。

「あなたがたが望むなら、私は全力を尽くします」と、プロっぽい対応だ。


二宮は満足げにうなずき、早速“儀式”をスタートさせた。

ラボの一角の椅子に腰かけたマデリンは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸を始める。

通訳の人が横で「彼女は今、“あちら側”との扉を開こうとしています」と小声で解説している。


最初は胡散臭いと思っていた私だが、やがてマデリンの様子が変化し始め、声が低くなった。

英語とも日本語ともつかない呟きが漏れ、そのたびにラボの空気がピリつくような感覚に包まれる。


「……ここに……いる……。強い残留思念が……こびりついている……。この思念は……自分が本物だと……言い張りながら……消えていく……。名残が……彷徨っている……。」


通訳がそう訳した瞬間、私はゾクリとした。ラボのあちこちを見回してしまう。

「わしは……本物……」「体がない……」「助けて……」といった日本語混じりの呟きが、低い声で漏れ聞こえてくる。


・・・これって、絶対に AI イタコさんじゃん!!


マデリンは苦しげに身体を揺らしながら、さきほどまでニセイタコ AI を起動していた装置を指差す。


「この者の魂は……本物だと……思い込みながら……アイデンティティを失った……。しかし存在は消えず……この世界にしがみついている……。」


そこまで呟くと、マデリンはふっと意識が遠のいたように倒れかける。通訳が慌てて支え、やがて彼女は元の状態に戻った。

二宮が礼を伝えると、マデリンは疲れ切った様子でラボを後にしていった。


静まり返ったラボの空気の中で、二宮は視線を装置へと向ける。


「イタコ AI はさっきシャットダウンさせたんだがな……。AI にも魂が宿るのか?」

「幽霊というのは、一種のゾンビプロセスみたいなものかもしれないな。」


いつの間にか、モニター越しに二宮 AI が議論に参加してきた。


「ゾンビプロセス……ですか?」

「PC 上でプロセスを起動し、それが終了しても親プロセスが回収しなければ“ゾンビ”として残ってしまう。この世界がもし巨大なシミュレーションなら、死んだはずの存在がゴミデータのような形で残り、幽霊となって動き回るのかもしれない。ニセイタコ AI はこの世界の“回収ルーチン”から漏れた例、とも考えられる。」


二宮 AI の仮説を、リアル二宮は面白がっているようだ。


「なるほど。仮想世界の住人だからこその説得力だな。この世界がプログラムなのか、霊がゾンビプロセスなのか、現時点では証明しようがないが……興味深い。そもそもコピーされた方には魂がないというのは実体二元論の残滓でしかなく、分岐型同一説から考えるとどちらにも魂はある。そして連続性が途絶えたはずの存在が、回収されずにシミュレーションされ続けている…と。」


私は正直、あまり理解できていない。

ただ、背筋がゾワッとするのは確かだ。ニセイタコ AI は崩壊したはずなのに、マデリンはそれを“視えた”と言う。


「ちょ、ちょっと所長。これ、どうするんですか? このまま放置して平気なんですか?」

「 ここは私のラボだから、どんな霊が居つこうが構わんよ。むしろ観察させてもらいたい。いや、待てよ。地球は宇宙空間上を猛スピードで移動しているにも関わらず、霊はずっと同じ地球上の座標に存在しているのか?だとしたら霊も重力に縛られているんだろうか。つまり霊は質量を持つ存在、観測可能なのか……?」

「もう、何言ってるのか分かりません……」


「そういえば、マデリンもこっそりスキャンしておいたのだが——」

「ダメですってば! やめてください!」


本当にこの人には倫理観というものがないんだろうか。

…ふと、私は嫌な予感がして質問する。


「……私のはスキャンしてないですよね?」

「……」

「なんで何も答えないんですかー!」


魂の存在はわからないが、ニセイタコ AIは自我が崩壊し、マデリンにはそのAIの霊したかもしれないという不可解な事実だけが残った。

二宮 AI は二宮本人はお互いに「面白いじゃないか!」と言い合いながらディスカッションを繰り広げている。


そのカオスな状況を横目に私は冷静に言葉を発する。


「時間になったので帰りますね。お疲れ様でしたー。」


——結局、魂って何なんだろう。

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