第3話 願い一つのキスエンドが、この娘の為かもしれない
後半、がらりと変えました。
リベール登場です。
「体調云々より、キャパオーバーです。家に帰りたいです」
花音が正直に答えると、青年は苦笑して軽く右手を結び、ぱっと開いた。
「座れ」
暖炉の近くに、ぽんっと現れたウッドチェアと、丸テーブルを指差して促した。
花音は、無言でウッドテーブルを見つめた。
(何なの、この人、偉そうに!!もしかして俺様キャラ!?)
青年は、ソファに座ったまま、再び右手を軽く結び、ぱっと開く。
それを、何度も繰り返している。
テーブルの上には、《銀の器に盛られた種類豊富なサンドイッチ》が飛び出して、今度は、《ふんわりしたオムレツ》が並んだ。
次々ぱっぱっと出現する朝食は、どれも非常に美味しそうだが、食欲は出ない。
《野菜たっぷりのハムサラダ》
《バスケットに入った焼きたてのフランスパンと、チョコクロワッサン》
《青いマグカップから湯気を立てるココアに、コーヒー》
《あつあつのコーンスープ》
《ガラスのコップに注がれた搾りたてのオレンジジュース》
最後に、《切り分けたリンゴ》が現れた。
「あの………食べるより、家に帰りたいです。出来れば、一刻も早く、元の世界に戻りたいです」
青年の顔色を、うかがいながらお願いした。
「昨日から何も食べてないだろ」
言われて、はたと気が付いた。
「どうして、昨日からって知ってるんですか?」
花音が訝しむと、青年は、溜息をついて答えた。
「《おみくじ》を読んで倒れたヒロインは、おまえが初めてだ。屋敷の門前で、気絶してたぞ。大雨に打たれてるのを見つけた時は、肝を潰した」
「えっ!?」
花音は、面食らって言葉に詰まった。
(そんな!!昨夜から、ずっと大雨なの!?この暴風雨、いつまで続くの!?)
花音の絶望的な胸のうちなど、どこ吹く風で、青年は話を続けた。
「屋敷に運んだが、それから困った。メイドの仕事を、請け負った経験がない。何しろ、王子だからな」
「王子さま!?ジーンズ履いてるのに!?」
花音は、目を丸くして呟いた。
その呟きを拾って、気分を害した王子が、つっけんどんに答えた。
「服装と関係ないだろ。着たいもん着てるだけだ。俺の名は、ユトン。歳は25。この国の第二王子で、SPだ」
「王子なのに、SP!?」
「妖魔討伐ゲームでは、王宮魔術師で、討伐隊を指揮する役を担ってた。妖魔は、今なお存在し、俺たち元魔術師は、魔術が使える」
「!?乙女ゲームじゃないんですか!?」
驚きの連続だった。そして、驚きは落胆に変わりつつあった。
「ちょっと特殊なゲームだ。もとは、妖魔討伐を主とした、恋愛要素も含むゲームだった。妖魔の生みの親は、妖術師シルス。初めに、妖魔の国;胸キュン王国を誕生させ、妖魔を住まわせた」
花音は、話の内容に心が追い付かず、頭がくらくらではなく、ぐらぐらし始めた。
帰りたい思いで胸が一杯になる前は、少しくらい期待したのだ。
叶えばいいな~という願掛けも、元を辿れば、心の奥底で一心に恋を求めたからだ。
ヒロインになれて、浮き立つ心もあった。がっかりするのも当然である。
「次に、フルーヴ王国を創り、俺たち各キャラ,国民を生み出した。最後に、この二つの王国から成り立つ討伐ゲームを創造した。シルスは、飽き性で気紛れだ。一時は、人間界の乙女ゲームに嵌った」
聞き手の想いを汲めない話し手というのは、迷惑この上ない。
花音は、ズキズキするこめかみを押さえながら、そう思った。
「かなり感化され、ちょっとばっかし手を加えて、乙女ゲームに改変した。その際、転生者と、悪役令嬢は創らなかった。面倒な事が嫌いで、ヒロインの件も、親しい氏神様に“ヒロインの選別と移送”を委託している」
ユトンは、淡々と語っていたが、花音の表情が、だんだん虚ろなものに変わっていく事に気が付いて、大きく溜息を吐いた。
(さっさと終わらせてやるのが、この娘の為かもしれないな)
昨日は、リベールに呼び止められたせいで、ユトンは、屋敷に着くのが遅くなった。
すれ違いざま、廊下で足止めを食ったのだ。
「待って、ユトン!」
「何の用だ、俺は、急いでる。知ってるだろ?早く言え」
ユトンが、眉間に皺を寄せて促すと、リベールが、にこやかに微笑んで言ったのだ。
「ヒーロー、代わって?」
「は?」
一瞬、何の事か分からなかったが、すぐにピンときて顔をしかめた。
「バカ言うな!今、シナリオを変えるつもりか?改変には、まだ早い。おまえが、一番分かってる筈だ。じゃあ、俺は行くからな」
くるりと背を向けた時、地を這うような声で、リベールが言った。
「ねえ、ユトン。君、前回は、随分と勝手したよねえ?」
ユトンが、ぱっと振り向くと、リベールが、腹黒い笑みを浮かべて腕組みをしていた。
「何が言いたい?」
ユトンが、向き直って睨みつけると、リベールは肩をすくめ、ふてぶてしい態度で答えた。
「そんなに怒らないでよ。僕は、可愛い義弟の味方だよ?だけど、君の御母上様は違うみたいだね。王妃様は、随分お怒りだったから、僕がフォローしてあげたんだ。最短ルートでヒロインを送り返したら、どうだろうって。その為には、隠しシナリオを使うのが、一番手っ取り早いから。今回は、『キスでエンド』で終わってね?」
隠しシナリオを、これまで使った事はなかった。強要された事もない。
「それは、決定か?」
ユトンが、眉をひそめると、リベールが、にんまり笑った。
「嫌なら、僕が変わってあげるよ。願いを三つ叶えて、キスして終わり。簡単じゃないか」
「そういう問題じゃないだろ!ヒロインデータを見ただろ!?今回の娘は、十代だぞ?」
ユトンは食ってかかったが、リベールは全く動じなかった。
動じないどころか、ユトンを脅したのだ。
「四捨五入すれば、二十歳でしょ?それに、これは、国王も承知の上だよ。君が断れば、僕が貰う。それでもいい?」
「!!」
国王の下命であると知って、目の前が一瞬暗くなった。
その様子を見て、リベールが愉快そうに笑った。
「カジノなんか行くからだよ。あんな小娘に、まんまと騙されちゃってさ。君って、ほんとバカだよね~。今度の子は、僕が相手してあげるよ。三つの願いを、僕が使うから」
「!?何を言ってる!?」
ユトンが詰め寄ると、リベールは、心底バカにした目つきで言った。
「簡単なことだよ。ヒロインの願い事を、僕の為に使うよう仕向ければいい。僕の願い事が、ヒロインの願い事になればいい、それだけさ」
「……本気で言ってるのか?」
ユトンが青ざめた顔で聞くと、リベールは、からかうように尋ねた。
「もちろん、本気だよ。さあ、どうするの?僕に代わる?それとも、『キスでエンド』を受け入れる?ああ、そうだ、本来の隠しシナリオは、三つ叶えてキスエンドだけど、今回は一つの願いで終わってね。前回との帳尻合わせには、一つがピッタリなんだ」
「……悪魔より質が悪いな」
「最高の誉め言葉だよ」
リベールの腹黒い笑みは、思い出しただけで腹が立つ。
しかし、花音の土気色の頬を見て、ユトンは思い始めた。
(願い一つのキスエンドが、この娘の為かもしれない。さっさと終わらせるか)
ユトンが、ソファから立ち上がった時、花音もベッドから立ち上がった。
「あ、あの!ベッドで休んでいいですか!?もう完全にキャパオーバーです!一旦ベッドで休ませて下さい。寝て起きたら、夢かもしれません」
さっきまで口を挟む間もなかったが、ありがたいことに一息ついてくれたのだ。
(今しかない!)花音は、勇気をふるって切り出したのである。
昨夜のカブス戦では、大谷選手のホームランが出ました!!
初投稿した日が、大谷選手がホームランを打った日と同じで、すごく嬉しかったです!!
ほんと、彼は世界の大スターです!
小説とは関係ないけど、でも言いたいので、大目にみて下さい。
大谷選手、二連勝おめでとうございます!!めちゃくちゃカッコよかったです!!