南の魔女レントの大嵐(第1話の続き)と、リベールの思惑
花音は、青ざめて青年を凝視した。
「あの顔面は、間違いなく攻略対象ね。もしかして、あの人が着替えを?下着を見られたってこと??」
顔が引きつったが、すぐに首を横に振って自分に言い聞かせた。
「きっと、メイドさんがいるのよ。前向きに考えよう!」
花音は、攻略対象を起こさないように、そろりとベッドから降りて両手でドレスを摘まむと、黒い絨毯の上を素足で歩いた。
白いスニーカーも、黒い靴下も行方不明である。
「この絨毯ふかふか。毛皮かな?」
ゆっくりと、抜き足差し足忍び足で窓辺に近付いた。
カーテンの間に両手の指先を差し入れ、そっと開いて息を呑んだ。
外は土砂降りで、景色も見えない。
大きな雨粒が、窓ガラスを荒々しく叩き付け、よくよく耳を澄ませば、乱暴な雨音は中まで響く。
雷が落ちる轟音で、窓ガラスがビリビリと震えた。
その上、狂風までもが、ごうごうと唸り声をあげて、体当たりを食らわせている。
おそろしい嵐だ。とても外には出られない。
「うう……今すぐ帰りたい」
花音は、途方に暮れて、しゃがみ込んだ。
『願い事は慎重に、願い方には気を付けて!』
幼い頃に教わった言葉を、今更ながら深く感ずる。
「これじゃ逃げられない。どうしよう……どうして、こうなったの??」
花音が、しょげ返っていた、ちょうどその頃、王太子リベールは、暇を持て余していた。
「また、『真珠の言葉』でも読もうかな」
王宮の宝物庫に向かう途中、ふと嵐の気配を感じた。
「うん?どこかで雷が鳴ってる。どこだろう?王国内の今日の天気は、把握済みなんだけどなあ……」
耳を澄ませば、方角はすぐに分かった。
リベールが、窓から身を乗り出せば、面白い現象が起きていた。
「なーるほど。南の魔女レントの仕業かあ。あの方角は、ゴースト子爵の屋敷だね。ユトンは間に合ったかな?ちょっと手を貸してあげようかな」
リベールは、右の人差し指を、すっと伸ばしたが、すぐに引っ込めた。
「やーめた!こういうのは、無理に止めない方が面白いかもね。ふふふっ」
リベールが、微笑みを浮かべながら大嵐を見つめていると、凛とした美しい声が廊下に響いた。
「何を笑っているの?呑気に高みの見物かしら?」
「おや、リーシャ。こんな所で、どうしたの?」
「あなたの義弟は、昨晩、大変だったそうよ。ドナルが教えてくれたわ。一応、私は様子を見に行くけど、何か言伝てはある?」
リーシャの顔立ちは、花音と瓜二つである。
ヒロイン;ルイネのモデルは、リーシャなのだから当然の話だ。
光沢のあるドレスは、エメラルドの瞳と同じ色で、青い髪は銀色がかり波うっていた。
「そうだねえ。じゃあ、これを渡して貰おうかな?」
受け取ると、リーシャは赤い唇を歪めて、整った眉を吊り上げた。
「これ、ピンク色の胸キュンじゃない!どこから手に入れたの!?」
「三羽だよ」
リベールは、あっさり白状した。
「!?在庫が尽きたって聞いたけど?」
リーシャが怪訝な顔つきで聞くと、リベールは、これ又あっさり白状した。
「ピンク色は、これが最後さ。一つだけ取り置きして貰ってたんだ。黄色の胸キュンは、また製造が開始されたらしいけどね。売ってるのは、三羽と四羽だよ。さあ、どうするの?」
からかうように尋ねてくるのを無視して、リーシャは背を向けた。
「ちゃんと渡すけど、ユトンは使わないわよ。あなたみたいな腹黒とは違うから」
吐き捨てるように言うと、風のように音もなく消えた。
「僕と違って?さあ、どうかなあ?ふふふっ、頼んだよ」
大嵐が襲う方角を見つめて、リベールは楽しそうに笑った。