第2話 占い師レニールの予言
花音が、必死に記憶を手繰れば、少しずつ思い出してきた。
天気は、すこぶる良く、夏の始まりに相応しい青空が広がっていた。
しかし、昨日は、何もかもが非日常的だった。
「今日も暑くなりそう……水筒、持ってくれば良かったかな」
花音が、家を出て直ぐの角を右に曲がった途端、怪しげな占い師に捕まった。
「凶運が出ています!このままお帰りなさい!並の凶運じゃありません!」
「えっ、何!?」
初対面なのに強引に右腕を引かれて、不吉な事を言われた。
若い女性の声で、花音は、咄嗟に聞き返した。
「並の凶運じゃないって、どういう意味ですか!?あなた、誰!?」
赤いローブに隠された顔を、きっと睨んだら、相手はフードも取らずに重々しい口調で名乗った。
「私は、偉大な占い師レニール。予言者でもあります。私の予言は外れません。今来た道を引き返しなさい。あなたの為です」
花音は、呆気にとられた。
「私、急いでるんです!!」
さっさと通り過ぎたいのに、占い師は放してくれなかった。
毎週金曜日は、大学の図書館で、友人の檸檬と授業の予習をしている。
それが終わったら、二人で食堂へ行って昼食をとるのが常だった。
二人共、金曜は講義を取っていないので、貴重な時間だ。
「友だちを待たせたくないんです!!」
占い師は、遂に手を放したが、恨みがましい声で呟いた。
「あなたは、愚かな娘です。必ずや後悔するでしょう」
花音は、逃げるように走った。
「なんて失礼な人!!」
信号で立ち止まって、ふと空を見上げた時、背中に冷たくて固い物が当たった。
次の瞬間、「動くな!」という男の低く掠れた声がした。
(えっ、ピストル??もしかして殺される??)
力が抜けて、シャネルのバッグが、どさっと落ちた。
頭は真っ白になって、立っているのが、やっとだった。
助けを求めたくても、周囲に人っ子一人いなかったのだ。
もともと人通りが少ない道で、交番は、ずっと先にあった。
その上、車の往来も少なく、信号は押しボタン式だ。
「おまえが、第二王女リーシャだな。このまま真っ直ぐ進め」
(!?人違いです!!)
「ムーワ語を解読できる事は、先刻承知だ」
(えっ!?何ですか、その言語。私、知りません!)
「お貴族さまってのは、金離れがよくて助かるぜ」
(貴族?ここ日本ですよ。人も場所も間違えてます!)
「おまえを殺すだけで、一生遊び暮らせる金が手に入る。俺らの為に死んでくれ」
(そんなの御断りです!しかも、人違いで殺されるなんて、絶対に嫌!こうなったら、あれしかないよね。困った時の神頼み!氏神様、助けてーー!)
心の中で絶叫したら、辺りが真っ暗になったのだ。
「今度は何??」
目尻に涙が溜まった。占い師の予言は的中したのだ。
「もう帰りたい~」
泣き言を言いかけて、声を呑んだ。
急に周りが明るくなって、気付いたら、左手の甲に、白いおみくじが乗っていた。
恐る恐る右手の人差し指と親指で摘まみ上げると、朱色で書かれた『おみくじ』という字が突然消えて、代わりにピンク色の文が、ぱっと浮かび上がった。
『百円玉の分、叶えます。影のヒロインで、大恋愛して下さい』
思い出せるのは、そこまでだ。おそらく、意識が途絶えたのだろう。
あの文章は、間違いなく神託だ。
大変な事になってしまった。花音は、冷汗をかいて心底悔やんだ。
「願い事を換えて貰えないかな。今なら、テストで満点取れますようにって、願うのに」
《乙女ゲームの悪役令嬢になりました》的な小説や漫画を散々読み漁って、熱烈な大恋愛に憧れた。願掛けまでして、今に至る。
あの時は、精神的に病んでいたようだ。まともな思考ではない。
勉強のし過ぎだったのかもしれない。
「悩んでも仕方ないよね。こういう時は、前向きに!そう、いつもみたいに」
右腕を掲げて自分に言い聞かせた。
「前向きGO(ゴ-)GO(ゴ-)!!」
そうは言っても、事態が好転しないのも事実だ。
結局、しょんぼりしてベッドへ戻った。
「転生じゃないよね?檸檬に悪い事したなぁ。待たせて心配もかけて。お母さん達も、きっと心配してる。捜索願いを出されてたら、どうしよう」
力なくベッドに腰掛けて、深く吐息をついた。
「大恋愛なんて、もういいから、家に帰らせてーー!」
悲痛な叫び声で、青年は目が覚めた。
ベルベットのソファに起き上がり、寝癖がついた短い癖毛を、片手でほぐして言った。
「体調はどうだ?」
低く優しい声音で、どこか魅力のある声だった。
(おばあちゃんを思い出すなぁ。温かい声で、安心する)
花音は、改めて青年を注視した。
短髪は絶対に天パだ。
顔は鼻筋が通って、言わずもがな美しい。
青いシャツブラウスが膨らむ程だから、きっと見た目より胸板は厚い。
世界のスーパースター;野球選手の木谷こたに選手と同じで筋骨たくましい。
体格で言うなら、好みのタイプだった。